Article ID: 96.23055
The purpose of the current study was to clarify the psychological processes underlying aggressive behavior among drivers. The narratives of 118 drivers who had been interviewed by police and later subjected to administrative punishment because of their aggressive behavior were analyzed using the Modified Grounded Theory Approach. The results identified four stages that led to the aggressive behavior: "situation before the incident," "reaction to the opponent's behavior," "behavioral intentions," and "cognition of one's behavior." Depending on "recognition of the consequences of one's behavior," aggressive behavior may terminate or relapse. In some cases, "trigger of behavioral inhibition" may promote termination of aggressive behavior. The results revealed that the presence of a primer before an incident, maintenance of anger, attribution bias, and a lack of insight were associated with offending drivers in this study. The findings suggested that interventions that apply deterrent measures for general aggressive behaviors, such as interventions that are based on cognitive-behavioral models, may be effective for reducing offences among drivers.
近年,他の車両の前に割り込んで急ブレーキをかけたり,後方から極端に車間距離を詰めたりといった妨害運転(いわゆる「あおり運転」)が社会問題となっている。2020年6月には改正道路交通法が施行され,妨害運転罪が創設された。同年7月には改正自動車運転死傷処罰法が施行され,第2条「危険運転致死傷罪」に車を止めさせる行為類型が追加された。さらに,例えば車外に出て口論する,相手の車を叩くといったような,これらの法の適用が困難な攻撃行動が行われた事案(読売新聞,2020)には,刑法の暴行罪・脅迫罪などが適用される。本稿では,道路交通法の規定による狭義の「妨害運転」のみではなく,いわゆる「あおり運転」に該当する「道路の渋滞や他道路利用者の行動に不満や怒りを持った人が,様々な形の攻撃行動をとること」(Dula & Ballard, 2003)を対象とし,以降では「運転者(時)の攻撃行動」と述べる。
運転者の攻撃行動に対しては厳罰化が進められてきたが,運転免許停止等の行政処分を受けた人の多くは事故・違反を繰り返し,以前にも類似の交通トラブルを起こしていることから(上野他,2021),再犯防止の教育も重要である。効果的な再犯防止策を明らかにするためには,運転中,どのようなきっかけで,どのような認知・感情を持ち,攻撃行動を行うのかという心理的プロセスを明らかにすることが重要である(藤田,2018)。
一般的な攻撃行動の発生機序については多くの研究がある。例えば,欲求不満が攻撃行動の先行条件であるとした欲求不満・攻撃説(Dollard et al., 1939)及び不快情動を重要視した認知的新連合理論(Berkowitz, 1989)のような情動発散説や,攻撃の手段的機能を強調する社会的機能説である(大渕,2011)。2000年代にはAnderson & Bushman(2001)が複数の理論を統合して攻撃性の総合モデル(General Aggression Model: 以下,GAMとする)を提唱した(Allen et al., 2018; Anderson & Bushman, 2001; 大渕,2011)。GAMでは,性格特性等の遠隔的要因と近接的要因が想定され,近接的要因の3段階を経て攻撃行動につながる。3段階とは,個人要因と状況要因の相互作用による「入力」,認知・感情・覚醒の3要素からなる個人の内的状態である「経路」,認知的評価と意思決定を含む「結果」である。「結果」には,自動的処理(直接評価)を行う衝動的過程と直接評価を修正して再評価を行う熟慮的過程がある。衝動的過程は意識的制御が及びにくく,内省や自己洞察を経ないもので,特に犯罪者では自分の感情に気づきにくいことと衝動性が攻撃性と関連している(Garofalo et al, 2018)。熟慮的過程は,認知資源の量や結果の重要性評価等に依存し,認知資源が限られていると制御的な再評価は困難となる。
特に,運転場面での攻撃行動については,欧米では1990年代より「路上での激怒」(road rage)として社会問題化し,“driver aggression”・“aggressive driving”といった語で研究が蓄積されてきた。岡村他(2021)のレビューによれば,運転者の攻撃行動に影響する要因として,衝動性(Bıçaksız & Özkan, 2016)やダークトライアド(Ball et al., 2018)といった性格特性や日常生活上のストレス(McLinton & Dollard, 2010)等が挙げられてきたが,特に注目されてきたのは怒りである。全般的に怒りを感じやすい性格特性(怒り特性)が運転時の攻撃行動に影響するとともに,怒り特性は特に運転時に怒りを感じやすい性格特性(運転時の怒り特性)に影響し,さらに運転時の怒り特性が攻撃行動に影響する(Deffenbacher et al., 2005)。一方で,複数のメタ解析では,怒り特性と運転時の攻撃行動の方が,運転時の怒り特性と運転時の攻撃行動の関係性よりも強いことが示されている(Bogdan et al., 2016; Nesbit et al., 2007)。同じ状況でも運転者の認知により感情・行動が異なることも指摘されており(Deffenbacher et al., 2003),運転者の怒りの感情以外の要因にも着目して運転者の攻撃行動の発生機序を明らかにする必要性が指摘されている(Nesbit et al., 2007)。
介入研究では,認知的介入(Osgood et al., 2021),リラクゼーション(Galovski et al., 2003),行動的介入(Stephens et al., 2022)や,それらを組み合わせた介入(Haustein et al., 2021)が開発され,運転中の怒りや攻撃行動の低減に一定の有効性は確認された(Deffenbacher, 2016)。また,認知の機能・プロセスに焦点を当てる第三世代の認知行動療法の1つであるマインドフルネスに着目した介入が運転中の怒りの認知や適応的な運転中の怒り表現の認知の変化に有効であった(Kazemeini et al., 2013)。しかしながら,これらの研究は,トリガー・認知的反応・情動的反応・生理的反応・行動的反応という過程を概念的に想定して,各要素に焦点を当てたものであり,一連の心理的プロセスとしては実証されていない。
また,運転者の攻撃行動に関する先行研究の対象はほとんど一般運転者であった。これは,一般運転者を極端な攻撃行動を行う運転者と等価あるいは連続的とみなして研究対象とする点でアナログ研究といえる(杉浦,2009)。しかし,他の運転者をにらむ,車間距離を詰めるといった軽度な攻撃行動は比較的よく見られる一方,メディアで報道され行政処分の対象となるような極端な攻撃行動は稀である(藤田,2018; 湯川・日比野,2003)。一般的に日本人は欧米人に比べ怒りの表出を抑制する傾向が強く(Argyle et al., 1986),表出する際も遠回しや表情・口調といった非明示的な方法で行う傾向が高いことを考えれば(木野,2000),極端な攻撃行動を行う運転者は一般運転者と異なる特徴を持つ可能性がある。一方で,暴力を伴う攻撃行動の加害経験がある運転者の67%は被害経験もあると回答していた(Roberts & Indermaur, 2005)ことからは,極端な攻撃行動を行う運転者が自分は加害者どころか被害者であると考える傾向があり,その自己認識が再犯防止のための介入効果を妨げる可能性も考えられる。再犯防止対策を明らかにするためには実際に極端な攻撃行動を行った運転者を対象とした分析が必須であり,それにより一般運転者との攻撃行動の発生機序の異同が明らかとなり,一般運転者対象の先行研究も意味をもつ(杉浦,2009)。以下では,極端な攻撃行動により実際に行政処分を受けた運転者を「違反群」,それ以外の運転者を「一般群」と称する。
さらに,Lennon & Watson(2011)を除いては,先行研究は一時点の質問紙調査であったため,「共通方法に基づくバイアス」(岡村他,2021)がある上,継時的な心理的プロセスを明らかにできなかった。そこで,本研究では実際に攻撃行動を行って運転免許停止などの行政処分を受けた運転者の事件に関する発話を質的に分析し,攻撃行動の心理的プロセスを明らかにすることを目的とした。
分析対象とした事件資料 妨害運転罪の創設前の2016―2019年に全国で発生した,運転者の攻撃行動に危険運転致死傷罪や刑法等を適用した事件のうち,当事者が運転免許停止等の行政処分を受けた事件の資料113件について,警察官が処分者に対し,口頭で事件について聞き取りを行った際に作成した資料を分析対象とした。この資料は警察庁が運転者の攻撃行動を調査し,処分者の教育内容の検討に活用するために全国の都道府県警察を通じて収集したものであった。113件のうち,当事者双方が処分者・被害者であった事件が4件,処分者が2人であった事件が1件あったため,処分者は118人であった。本研究では,この118人の事件に関する資料内で処分者の発言として記載されていた発話データを分析対象とした。したがって,本分析には処分者以外(被害者,目撃者,処分者の家族等)に対する聞き取りの内容は含まれていない。
倫理面への配慮 本研究で使用するデータは,科学警察研究所が警察庁交通局から提供を受けたものであった。著者が受領する前に,資料に登場する人物(処分者,被害者,目撃者,処分者の家族等関係者,警察官等)の氏名,住所,生年月日等の個人情報は削除されていた。但し,年齢と性別は提供された。さらに,分析前に第1著者が事件発生地や発話中に登場する地名を削除した。また,発話中の方言については,匿名性を高めるため,最小限の範囲で第1著者が標準語の表現に修正した。
分析方法方法の選択 運転者における攻撃行動の心理的プロセスは,これまで明らかになっていない事象であるため,探索的な研究手法が適していることから質的分析法を採用した。中でも,時間的な流れを分析するのに適し,発話データを切片化せず意味的なひとまとまりとして分析することができる点から,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Modified Grounded Theory Approach: 以下,M-GTAとする;木下,2003)を選択した。
分析手順 M-GTAでは,分析テーマ(明らかにしようとする問い)と分析焦点者(研究計画から規定される抽象的集団であり,分析者がその視点を介してデータをみて解釈を行うもの)の2点からデータを分析する(木下,2003, 2016)。本研究の分析テーマは「運転者における攻撃行動の心理的プロセス」,分析焦点者を「運転中または車両停車時に他の道路利用者に対して攻撃行動を行ったことにより運転免許停止等の行政処分を受けた運転者」と設定した。
事件資料内で分析の対象とした発話は,事件の発端となった相手(車両)の行動と処分の対象となった自身の攻撃行動に対する認知・解釈・感情・印象・感想に関するものであり,時間的には,事件当日の最初のできごとから,主に処分の対象となった攻撃行動が終了し,事件に関連する最後のできごとまでの間についての発話とした。同様の攻撃行動を複数回実行していた場合には,今回処分された事件当日を始点と設定した。但し,相手と自分の行動に対する認知・解釈・感情・印象・感想に関連する過去の経験については,分析対象とした。
警察庁の付与した整理番号順に分析を行った。ステップ1として,1人目のデータから,分析テーマに沿う発話の具体例を抽出し,複数の具体例から抽象度の高い概念を生成した。概念ごとに分析ワークシートを作成した。分析ワークシートは概念と,それを説明する定義,具体例,理論メモから構成される(木下,2003)。2人目以降の分析ではデータの中から生成済みの概念と類似した具体例を抽出し,より具体例全体を代表するような概念名に改変したり,新規の具体例を抽出して新しく概念を生成したり,概念同士を比較して概念を統廃合したりという作業を繰り返した。同じ具体例が複数の概念に分類される場合もあった。一方,概念の有効性は一定程度の多様性を説明できる点にあるため(木下,2003),分析終了時点で該当する具体例が1人のデータからのみであった概念は最終的に廃止とした。ステップ2として,分析テーマに基づき類似する概念同士をカテゴリーに統合した。5人のデータを分析した段階で時系列を含むカテゴリーが5つ生成されたため,ステップ3として,攻撃行動の前後における時系列に基づきカテゴリーの関連を検討し,カテゴリー間の関連図を作成した。その後も,ステップ1から3を分析終了まで同時並列的に繰り返した。
理論的飽和化の判断は困難とされる(木下,2003)が,本研究では2016―2019年における分析焦点者のうち事件資料が入手できた全数が対象であることから,118人分の分析で終了とした。
生成された概念・定義・具体例とカテゴリー間の関連図について,共著者5人によるピアチェックを行った。さらに,交通部門で10年以上の勤務経験のある警察官3人にカテゴリー関連図を呈示し,妥当性を確認した。
対象者は18―74歳(平均40.96歳)で,男性113人,女性5人であった。事件の罪名(のべ件数であり,その後起訴されたか否かは問わない)は多い順に,暴行(44件),危険運転致死傷(32件),傷害(18件),道路交通法違反(18件),器物損壊等(14件),暴力行為等処罰法違反(5件),過失運転致死傷・強要・公務執行妨害・銃砲刀剣類所持等取締法違反(各2件),脅迫・公用文書等毀棄・殺人・威力業務妨害(各1件)であった。
生成されたカテゴリー・概念分析の結果,6カテゴリーと26個の概念が生成された。カテゴリー,概念とその定義をTable 1に示した。以下の具体例の直後には発話者の整理番号を付した。
生成されたカテゴリーと概念
カテゴリー | 概念 | 定義 | |
---|---|---|---|
注)数値は,全対象者のうち,各概念に該当する具体例が発話内にあった対象者の割合を示す。 | |||
事件前の状況 | 事前の準備状況 | 38% | 事件前に事件の発生に影響しうる環境・感情・状況が発生している状態 |
外見的特徴に基づく相手に対する先入観 | 10% | 相手の外見や運転の特徴に基づき想像した相手の運転手やその行動意図のイメージ | |
交通トラブルからの独自の経験則 | 9% | 以前のあおられた経験や体験した交通トラブルをふまえ,トラブル時の護身用として説明される凶器等の所持や自分なりの基準 | |
自分の運転に対する自己評価 | 9% | 自分の普段の運転ぶり・運転行動に対する自己評価 | |
相手の行動への反応 | 不当であるとする認識 | 61% | 相手の運転・交通行動に対して,自分の良しとする運転・交通行動と異なっており正しくないとする認識 |
危険・突然であるとする認識 | 42% | 相手の運転やその前後の行動が危険・突然であるとする認識 | |
怒りの亢進 | 85% | 相手運転・交通行動が不当あるいは危険・突然であったことへの苛立ち・怒り | |
自分の行動意図 | 確認する意図 | 11% | 相手の顔を見てやろう・確認しようという意図 |
止める意図 | 36% | 相手を止めたいという意図 | |
意思表示する意図 | 60% | 相手の行動に関し不当と感じた点について相手に意思表示をしたいという意図 | |
質す意図 | 30% | 相手の意図を聞きたい,話をしたい,問い詰めたい,話し合いたいという意図 | |
危害を加える意図 | 38% | 相手の不当性に対して,物理的・精神的な危害を与えたいという意図 | |
事態を終わらせる意図 | 15% | トラブルを早く収束させたいという意図 | |
興味本位の意図 | 4% | 相手をからかう,おちょくる,面白がるといった意図 | |
ストレス解消の意図 | 2% | ストレスを解消したいという意図 | |
自分の行動の認知 | リスクの軽視 | 62% | 自分の行動は,ある程度危険・悪質であったが,そのリスクは高くないあるいは事故や犯罪というほどではないという考え |
リスクより気持ちを重視 | 34% | 自分の感情を重視し,相手や周囲の危険性・感情・迷惑は顧みないこと | |
不当であった部分に関する認識 | 40% | 自分の行動のうち,確かに不当であったことに関する認識 | |
リスクへの思考欠如・放棄 | 14% | 自分の行動について,危険性・悪質性やその後の影響については考えていない,考えたくない,どうなっても構わない等リスクの評価・検討を行わないこと | |
不当でないとする認識 | 53% | 自分の行動が正当であったあるいは悪意はなかったという認識 | |
自分の行動の結果の認知 | 思い通りだったか否かの認識 | 50% | 自分の行動に対する相手の反応が自分の思い通りであったか否かに関する認識 |
相手に対する再評価 | 9% | 自分の行動後の,相手の印象に対する再評価(関わりたくない等) | |
リスクの認識・再評価 | 9% | 自分の行動後,結果の重大性や今後行動を継続した場合のリスクを改めて認識したこと | |
行動抑制の契機 | 別の目的の優先 | 4% | 攻撃行動と別の目的を優先させたこと |
ゆとり運転 | 2% | ゆとりのある運転をしたこと | |
他者の忠告 | 2% | 同乗者や近くにいた知人からやめるように忠告されたこと |
事件前の状況 事件発生以前に,発生に影響しうる環境・認知・状況が存在していた。「事前の準備状況」は,「パチンコに負けたことで,怒りが込み上げてきていました」(No.7)のように,既に別の要因により苛立っていたこと,急いでいた,飲酒をした,渋滞していた等の状態であったことが述べられた。また,「外見的特徴に基づく相手に対する先入観」は,「赤色の車はスポーツカーで,運転している人はきっと運転が上手な人だろうと思っていたのですが,このような危ない進路変更をしてきたので,この運転手がわざと寄せてきたのではないかと思ったのです」(No.20)のような具体例から生成された。さらに,「交通トラブルからの独自の経験則」は,「10年以上前に車を運転して道の譲り合いでトラブルになったことがあり,(中略)相手の運転手が運転席のドアを蹴ってきたことで,ドアが私に当たり怪我をしたことがあったのです。なので,私は最初からなたやのこぎりを持っていることを見せつけて脅せば相手は何もできないし,私が言いたいことを言えると思ったのです」(No.16)のような具体例から生成された。「自分の運転に対する自己評価」は,「私は運転中,何かきっかけがあると運転が乱暴になったり,冷静な判断が出来なくなる自覚があります」(No.63)のような具体例から生成された。
相手の行動への反応 結果的に攻撃行動の契機となった相手の行動に対する対象者の反応に関する語りであった。相手の行動が「不当であるとする認識」は,「私の前を走っていたバイクを抜いた時バイクが私の車に寄ってきたので,私は避けたのですがバイクはぶつかってきました」(No.60)のような具体例から,相手の行動が「危険・突然であるとする認識」は,「突然目の前に現れた相手の車がぶつかりそうなタイミングで横切ろうとしたので,ぶつからないように急ブレーキを掛けました」(No.18)のような具体例から生成された。相手の行動に対する「怒りの亢進」は,「相手の車の速度が時速約60kmに落ちたため,相手はブレーキをかけたのではないが,嫌がらせをされたと思い,腹が立った」(No.27)のような,相手の行動に対する認知と感情が同時に含まれた具体例から生成された。
自分の行動意図 対象者が攻撃行動を行った意図についての語りであった。まず相手を「確認する意図」は,「こんな危ない運転をするやつの顔を見てやろうと思い,相手の車と並走をしたのです」(No.57)のような「確認した上で何がしたいか」には言及がない具体例を分類した。次に,相手を「止める意図」は,邪魔したい・追いかけたい・逃がさない等で,「躍起になりなんとしてもバイクを止めてやろうと思いました」(No.91)のような,「止めた上で何がしたいか」には言及がない具体例を分類した。第三に,相手に「意思表示する意図」は,相手に主張や文句を言いたい・注意したい・わからせたい等で,「これはただ単に苛立ちから感情的に鳴らしたというよりは,相手の運転に対して,突然相手の車両が自分の車の目前に出てきたことに対して驚き,相手に対して危ないぞ,こっちの車に気づいているのか,という事故防止的な意味合いでのクラクションです」(No.47)のように,対象者から相手に一方的に意思表示したいことが語られ,相手からの反応に言及はない具体例から生成された。第四に,相手を「質す意図」は,「何で相手の人がゆっくり走っていたのか聞きたかったからです」(No.75)のような,話をしたい・問い詰めたい・話し合いたいといった発話の他,相手の行動意図を知り行動を変化させたい意図として,謝らせたい・警察に通報したい・動画をとって証拠にしたい等の具体例も含めた。第五に,相手に「危害を加える意図」は,恐怖心を与えたい・脅かしたい・驚かせたい・腹いせ・嫌がらせ・仕返し・制裁等相手に物理的・精神的なダメージを与えたい等で,「腹が立っていたので相手をビビらせようと思い車間を詰めました」(No.84)のような具体例から生成された。一方で,「事態を終わらせる意図」は,相手とのトラブルを予見し回避しようとするもので,「(子ども)を迎えに行かなければならなかったため,早くその場から解放されたいという思いで,ナイフを出して脅せば引き下がってくれるだろうと考えてやってしまったのです」(No.8)のような具体例から生成された。他には,「調子に乗って,いたずら半分というか,悪ふざけみたいな感覚で,(被害者)の車を追いかけ回していました」(No.39)のような「興味本位の意図」,「私のストレス発散のためでもあるのです」(No.79)のような「ストレス解消の意図」があった。
自分の行動の認知 自分の攻撃行動に対する対象者自身の評価・認知について5つの概念が生成された。以下では,自分の行動の危険性・悪質性(リスク)の認識への有無により二分して順に述べる。
まず,自分の行動の「リスクの軽視」は,自ら「急ブレーキを踏んだ」と述べつつ,「このブレーキは私がわざとかけたブレーキとなりますが,事故を起こさせるためや相手の進路を妨害するのではなく,相手のタクシーをやり過ごそうという目的での事です」(No.65)のように,自分の行動のリスクを認識しつつも,社会通念・常識あるいは実際の状況に比べて軽視している認識であった。さらに,「リスクより気持ちを重視」は,「走っている車の中から物を投げるという行為がとても危険で,交通違反になることもわかっていましたが,その時の私は抑えきれないくらいの怒りを覚えていたので,投げてしまったのです」(No.29)のような,自分の行動の危険性は認識しているあるいは認識できたはずだったにもかかわらず,自分の気持ちを優先したという具体例から生成された。自分の行動の「不当であった部分に関する認識」は,「相手の前に出ようとする時に相手との距離が近いなと思ってミラーを見ました。俺は,その時,既に相手の車の前に出る態勢に入っていたので,これはやばいな,近すぎると思った時にありました」(No.53)のような具体例から生成された。
一方,自分の行動が「不当でないとする認識」は,「相手が勝手に私の運転する車にぶつかってきて転倒したことによるもので,簡単に言うと相手が自分のミスで怪我をしたものなので,私には一切責任がありません」(No.92)のように,自分の行動に悪意はなかった,トラブル回避のためによかれと思ってした,そもそもそのようなことはしていないといった具体例から生成された。また,「リスクへの思考欠如・放棄」は,「私は思いっきり相手の車にコインを投げ付けたので,ガラスが割れたり傷が入っても構わないという気持ちでした」(No.32),「この時は前に出てからのことは考えてなく,前に出たらそのまま走って行こうかなくらいの気持ちでした」(No.17)のように,自分の行動のリスクについて考えるのを放棄する,考えようとしない具体例から生成された。
自分の行動の結果の認知 自分の攻撃行動の後,その結果についての対象者自身の認知についての概念が3つ生成された。相手の反応が「思い通りだったか否かの認識」は,「原付の集団がバラバラになり,道路の端を大人しく走っている事を確認したので,大人しく走ってるからもういいわ,帰ろうと腹が立っていた気持ちがおさまり実家に帰ろうとしていました」(No.93)のように思い通りと認識した場合も,「私を無視して逃げて行ったと思ったので,ふざけんなよ,無視すんなよとさらに怒りが増していき,自分の思い通りにいかない思いを被害者にぶつけるように,車のスピードを上げて追い上げて行っています」(No.109)のように思い通りでなかったと認識した場合もあった。また,「相手に対する再評価」は,「怒鳴りつけ窓を叩きましたが,完全にビビって一切出てくる様子はありませんでしたので,こんなビビりは相手にしないでいいと思い車に戻ることにしました」(No.116)のように,関わりたくない人物である・相手にしても無駄等と考えるようになったという具体例から生成された。さらに,「リスクの認識・再評価」は,攻撃行動による結果の重大性を初めて認識した(「相手の車の助手席側ミラーを叩いて壊してしまったことを認識しやってしまった,どうしようと,さきほどまで運転手の若い男に募らせていた怒りの感情がなくなり血の気が引き焦りました」(No.47)),あるいは攻撃行動を続けた場合のリスクを改めて評価した(「そのまま意地悪して,車を進ませてこの黒の車と事故でもしたら面倒だと思い」(No.88))といった具体例から生成された。
行動抑制の契機 攻撃行動が終結に向かう場合,それに影響する契機として,「別の目的の優先」(「追い越したところでもう別にどうでもよくなったんだよ。その後はラジオで流れていた競馬中継の方が気になったんだよ」(No.68)),スピードを落としたり車間距離をあけたりといった「ゆとり運転」(「少し頭を冷やそうという思いもあって車間距離を開けました」(No.71)),「他者の忠告」(「知り合いの女性がクラクションを鳴らして忠告してきたことと,信号も青に変わると他の車に迷惑を掛けると思ったので,(車種名)に戻りました」(No.90))の3つの概念が生成された。
カテゴリー間の関連図6つのカテゴリーを時系列に沿ってFigure 1に示した。まず,「事件前の状況」があった上で,事件の契機となるような相手の行動に対し「相手の行動への反応」が生じ,それに基づき「自分の行動意図」が生じ,その予定する行動に対して「自分の行動の認知」がなされ,実際の攻撃行動に至っていた。この行動により相手や周囲の交通状況が変化し,「自分の行動の結果の認知」が生じる。それによっては直接,あるいは「行動抑制の契機」に促進されて行動が終結に向かう場合もある。一方,新たな「自分の行動意図」が生じてさらなる攻撃行動へとつながる場合もあり,このプロセスは,「自分の行動の結果の認知」に該当する発話があった対象者の81.4%でみられた。
運転者における攻撃行動の心理的プロセス
注)カテゴリー名は四角囲み,概念名は網掛けで示した。
本研究で見出された相手に対する「怒りの亢進」,相手に「意思表示する意図」,「質す意図」,「危害を加える意図」という概念は,一般群において見出された「他者から攻撃されたというネガティブな感情」,「他の運転者の行動を正したい」,「相手に当然の仕返しをする」という心理(Lennon & Watson, 2011)と一致していた。すなわち,違反群と一般群における攻撃行動の心理的プロセスが質的に一部共通する可能性が示唆され,一般群による軽度の攻撃行動でも拡大・激化する可能性があるため,極端な攻撃行動の取締り同様に対策が必要という指摘(Lennon & Watson, 2011)が支持された。さらに,一般群対象に怒りや攻撃性の低減が示されてきた介入法(Deffenbacher, 2016)や,行動以上に動機や認知の変化に焦点を当てること(Lennon & Watson, 2011)は,違反群に対しても有効な可能性が示唆された。
一方で,一般群対象の質的研究(Lennon & Watson, 2011)では見出されなかった点も複数明らかとなった。これは一般群と異なり違反群に特徴的と考えられる。まず,「事件前の状況」では,相手と直接関連しない要因(例えば,渋滞,嫌なことがあった等)により既に苛立った状態であったことが多く言及されていた。こうした「事件前の状況」はプライマーとなって,相手の行動前に既に攻撃動因が高まった状態になっていたと考えられる。これは欲求不満や不快情動が攻撃行動の先行条件となっていた点で,欲求不満・攻撃説や認知的新連合理論と一致していた。これまでの運転者の攻撃行動の研究においては,こうしたプライマーは怒り特性として一部は扱われつつも,あまり注目されてこなかったが,本研究で初めて重要性が明らかとなった。例えば,車に乗ることで身体が拡張され(工藤他,2016),利己主義的傾向が助長される可能性が指摘されており(杉田,1991),この場合は車に乗ること自体がプライマーとなっている。違反群の再犯防止のためには,個々のプライマーの存在に着目して介入を行うことが重要だと考えられる。
次に,怒りは一般的に時間が経過すると鎮静化するとされるにもかかわらず(日比野・湯川,2004),本研究では事件前からの怒りが持続し,攻撃行動の後も怒りが再燃してさらなる攻撃行動につながる場合が多かったことから,違反群には怒りを維持・増幅しやすい特性があると考えられる。怒りの維持・増幅と関連する要因の1つに怒り反すうがあり(遠藤・湯川,2012; Ray et al., 2008; Takebe et al., 2016),これは危険運転行動と関連している(Suhr & Dula, 2017)。実際に,「交通トラブルからの独自の経験則」の具体例は10年以上前の経験であったり,他のカテゴリーの具体例に比べ描写が細かく分量も多い傾向があったりと,違反群が過去のトラブルを長年にわたって反すうし怒りを維持・増幅させている様子がうかがえた。例えば反すうという認知の機能に着目した反すう焦点化認知行動療法(Watkins et al., 2011)が違反群の再犯防止に有効な可能性が考えられる。
第三に,「交通トラブルからの独自の経験則」,相手の行動が「不当であるとする認識」,「怒りの亢進」,自分の行動が「不当でないとする認識」といった概念は,まるで攻撃行動の被害者による発話のようであり,先行研究(Roberts & Indermaur, 2005)と同様,違反群は自分を被害者と認識し,「あおり運転」をした自覚を持っていない可能性を表している。被害者意識が強い理由としては,相手と自分の行動に関する認知バイアスの問題が考えられる。本研究では相手が止まらなかった・通り過ぎていったことを,自分のことを無視した・ばかにしたと解釈していた。このように相手の行動の意図を否定的に解釈する「敵意帰属バイアス」は,非行者・犯罪者で特に高いとされている(Dodge et al., 1990; Slaby & Guerra, 1988)。さらに,本研究では,相手の行動が「不当であるとする認識」のように,自分の行動を正当化し自己責任を回避するために被害者に原因を帰属させていることも示された。実際,暴力を伴う犯罪を行った者は外的要因への帰属傾向が高い(Gudjonsson & Singh, 1988)。また,前述のような「交通トラブルからの独自の経験則」からは,自分の攻撃行動を正当化するのに都合のよい情報ばかり集めようとする「確証バイアス」の存在もうかがえる。こうした認知バイアスにより介入の効果が妨げられる。曖昧な状況の適応的な評価,原因帰属や情報の重要性の解釈の偏りを修正するような介入が違反群の再犯防止に有効であると考えられる(Tuente et al., 2019)。
第四に,本研究の結果をGAMにあてはめれば,プライマーにより既に高い覚醒状態にある上,運転というタスクにより認知資源が不十分なため,状況に対する認知的再評価が十分に行われないまま,衝動型攻撃行動につながったと考えられる。本研究で示された「リスクの軽視」や「リスクへの思考欠如・放棄」は,自分や状況への洞察や検討の不十分さを表している。攻撃行動の後,「相手に対する再評価」や「リスクの認識・再評価」を行い,「行動抑制の契機」の影響も受けるという熟慮的過程を経れば,さらなる攻撃行動に至らず終結する場合もある。衝動的な攻撃行動の背景には,自分の感情に気づきにくい特性(Garofalo et al., 2018)や自己統制能力の低さ(Archer et al., 2010)がある可能性も考えられる。例えば,犯罪者に対する自己認識力や自己統制力を向上させ,従来の処遇の効果も高めると指摘されているマインドフルネス瞑想の手法(大江他,2020)を取り入れることが違反群の再犯防止にも効果的な可能性がある。
ここまで述べてきた違反群の特徴は,運転中に限らない日常のトラブルにつながりうる。日本人は怒りの表出を抑制するとされる中で,極端な攻撃行動を表出した点で違反群の認知や感情は一般群と異なると考えられ,日常でもトラブルが多いと予想される。実際,違反群の半数以上には犯罪歴があった(上野他,2021)。したがって,運転場面に限らない一般的な攻撃行動の予防・再犯防止にこれまで効果が示された介入・対策は,運転者の攻撃行動の抑止対策にも効果的であると考えられる。
本研究の限界としては,分析対象としたデータは警察官が聴取したものであり,対象者が処分への影響を意識して社会的に望ましい内容を述べ本心が語られていない可能性や,対象者の発話の逐語録ではないため,警察官による解釈・省略が混在している可能性があった。一方,事件資料であれば多くの対象者の発話の収集・分析が比較的時間・費用をかけずに可能であり,一定期間当事者と接して信頼関係が形成され交通事故当事者との対話経験の豊富な警察官による聴取の方が初対面の研究者による面接より多くの情報を得られるという利点もあった。
今後は,一般群と違反群双方を対象とし,特徴や認知・感情の比較や介入の効果を検証する研究が必要である。
本論文に関して,開示すべき利益相反関連事項はない。
本論文は,著者らによる日本犯罪心理学会第59回大会(2021)および日本交通心理学会第87回大会(2022)における発表から,サンプル数を増やし,修正したものである。
第1著者の現在の所属は,自動車安全運転センターである。