2025 Volume 2 Issue 1 Pages 3-14
心理職の統合性は,医療,教育,ソーシャルワークなど他の多くの職種との協働によって促進される。こうして育った統合性を実践に生かすためには,クライエントが置かれた状況を取り巻く法の網の目を通して,心理職が連携を発展させていく場合に実現される。この協働作業の途上では,クライエントが自分自身についての種々の自己決定を行うことができるように,心理療法的な設定を組み立て 維持することが重要である。
この心理療法プロセスの間に心理職が多職種との協働作業を行うことによって,クライエントの生活史と生活環境の,生物-心理-社会的総合が達成される。このプロセスの目標地点は,人間の尊厳を享有し合うことを基盤として,心理職自らもその職業的統合性を達成することである。ここに表れている人間の尊厳の概念は,国連の人権宣言の中核を成すものであり,現代日本の社会福祉関係法を貫いているものでもある。心理職の仕事もまた,法の体系の中にあって,この概念に焦点を定めたものなのである。
The professional integrity of the psychologist can be aided by their collaborations with other professionals in various fields, such as medicine, education, and social work. This facilitation of integrity can be put into practice when a psychologist has developed coalitions through the legal network surrounding the client’s situation. In this process of collaboration, it is important to maintain a psychotherapeutic setting that enables the client to be capable of making decisions about themselves.
During the psychotherapeutic process, the biopsychosocial synthesis of the client’s life history and survival is achieved with the help of the collaborative work of the psychologist. At the end of the process, the professional integrity of the psychologist is realized on the grounds of shared human dignity. This concept, which constitutes the core of the United Nations’ Declaration of Human Rights, permeates current Japanese social welfare laws. The psychologist’s work should also focus on this concept in the legal system.
心的な苦悩の原因を探究するにもその手当てを考案するにも,視野をあくまでも総合的に保って思考すべきことを述べた“biopsychosocial”という標語がしばしば語られる(Engel, 1980)。この標語が含む三視点のどれか一つに精通しておくことがより重要であるという見方もあり得よう。しかしながら,その際にも病める人の人間性をその人の人格の中に認めるという形で,全体としての三次元の人間を感知していなければなるまい。例えば,注射針を刺されれば痛くて当然であるからといって,「痛いですか?」という声かけが意味をなさないと考えることはできない。すなわち,病を有し,病を経験し,その症状を訴える主体の存在を視野から追いやってしまうと,医療的なケアというものは成り立たない。
人はそれぞれの経験の記憶から成る内面性を有している。それゆえそれぞれの人が交換のできない価値として生きている。病の症状のみならず,どんな悩みであっても,主体にとってそれが生の歴史の中で経験されている限りで意味を持っている。その内面性において,人は,他人についても自分についても,全体的な人間性を感じ取るのである。社会生活の中で,その全体性の価値が無視されることはあってはならない。
Kant(1785年刊)は,この事情を人間の社会生活上の実践的原理として,こう定式化する。「君自身の人格ならびに他のすべての人の人格に例外なく存するところの人間性を,いつでもまたいかなる場合にも同時に目的として使用し決して単なる手段として使用してはならない」すなわち「人間性」は,人間関係のなかで分解されて道具のように使用しうるものではなく,常に「目的」として,人と人との関係の中に原理的に存在するものである。この定式化は後に述べる「人間性はそれ自体が尊厳である」という句と相俟って,カント的な尊厳を良く表わしていると受け止められている(Rosen, 2012)。
個々の役割を通しての付き合いにどれほど集中していても,人は同時に相互に相手を一人の全体的な人間として感じ取る。全体的な人間性を感じ取ることに特殊化した器官があるわけではない。しかし人間である相手を役割遂行上の「単なる手段として」道具のように扱うと,扱った側にも扱われた側にも根本的な欠落感が生じ,相手が全体的な人間であることに互いに改めて気づき直すことになる。こうした日常生活水準の経験は,Kantによる人間性の捉え方に真実が含まれていることを示している。Kantによる人間性の把握は,まさに人間を分解して単なる手段として扱い人間の全体性が忘却されることを,あらかじめ防ぐための倫理的指標となっているのである。Kantが「人間は神聖どころではないが,人間性は神聖である」と述べるように,互いが人間性を自分と相手の人格の中に見出すことで,人格は全体性の次元を獲得して尊厳を体現する。
実際,健康上のケアを行うに当たっては,全体としての人間の像を頭に入れておかないと仕事の意義を見失うおそれがある。介護保険法第一条(1977)1 は次のように述べている。「加齢に伴って生ずる心身の変化に起因する疾病等により要介護状態となり,入浴,排せつ,食事等の介護,機能訓練並びに看護及び療養上の管理その他の医療を要する者等について,これらの者が尊厳を保持し,その有する能力に応じ自立した日常生活を営むことができるよう,〔中略〕介護保険制度を設け」る(下線は引用者)。
対象者の個々の生理機能のみに着目していると,介護する方もされる方も心的に行き詰まる。介護の目的にはそれらの機能を越えた「人間性」を視野にいれるという次元が含まれており,法律はここで「尊厳」という言葉で,この次元がどれほど基本的であるかを人々に想い出させている。また,児童福祉法(1947)2 はその第一条において「児童の権利に関する条約の精神にのつと」る旨を述べており,その「児童の権利に関する条約」は,児童は「平和,尊厳,寛容,自由,平等及び連帯の精神に従って育てられるべきである」(下線は引用者)と謳っている。一見人格の諸能力が完成していないようにみえる児童にも,尊厳の覚知を想い出しながら接さなければならない。後に述べることになる発達障害者支援法においてもまた,「目的」の項に,尊厳の概念が登場し,条文の中には,各人の暮らし方の中に尊厳を見出す手立てが記されている。実際,Engel のbiopsychosocial なモデルについて比較的最近に振り返ったBolton(2020)は,Engel のこのモデルの重要性は心身の健康のケアという局面でこそ認識されると考えて,その裏付けをなしているのは「全体としての人格」という概念であると捉えている。このBolton の所見は,病による苦悩の許にあるとき,人は同時に,自分の人間性が危機に晒されているのではないかという怖れを抱き,それゆえ病でも変わらない人間の尊厳という概念を必要とするという事情を捉えている。彼はその例示として,「お具合はいかがですか?」という問い一つでも,病を抱えて苦しむ全体的な人間という像が呼び出されてくる,というケアの一面を挙げている。
人間の一人一人が内面に湛えている記憶は,一つの侵すことのできない人格を構成する。このことに人は互いの人間性を認め合って,社会を作り上げている。「人間の尊厳」という概念が含むこの重要な観点は,Kant によって端的に,「人間性はそれ自体が尊厳である」とも述べられている(Rosen, 2012)。人間の尊厳という概念は,自分が人間であるということの自覚において主観的な投錨点を有するが,同時に人々が互いに尊厳を認め合うという形で関係的な水準にも広がっている。心身のケアにおいてはこの関係的な水準で尊厳が具体的に現前する。そしてケアの実践で人間の尊厳という理念の重要性に出会うことで,それが現在の法体系の中でこれほどの重要な客観的役割を与えられている理由も理解できる。
人間が作り上げた関係性を根本的に破壊するのが戦争という災厄であるならば,戦争を止める最後の力は,人間の尊厳を維持しようとする人々の願いの中に求められるべきであるという基本方針が,国際連合の中に生まれた。この歴史的経緯から,国連憲章(1945)には,「われらの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い,基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念をあらためて確認」するという章句が記され(国際連合広報センター),世界人権宣言(1948)にも,「国際連合の諸国民は,国際連合憲章において,基本的人権,人間の尊厳及び価値並びに男女の同権についての信念を再確認し,かつ,一層大きな自由のうちで社会的進歩と生活水準の向上とを促進することを決意した」(下線は引用者)とある。そしてここから導き出された国際人権条約(1966)では,「国際連合憲章において宣明された原則によれば,人類社会のすべての構成員の固有の尊厳及び平等のかつ奪い得ない権利を認めることが世界における自由,正義及び平和の基礎をなすものである」(同)と,個々の人間の尊厳が互いに守られることが,国家間の平和の礎であるとの認識がはっきり示されている。こうして日本を含む批准した各国の法体系の基本に,この概念が組み込まれ機能しているのである。
上述のようにKant は人間の尊厳を,互いの人格の中に人間性を目的として認めあうこととして定式化した。これは主観内の義務であるに留まらず,実際のケアの場面では,苦痛を負う主体の全体的人間性が覚知され保持されることを目的としてケアが進められる。すなわちケアにおいては人間性を全体的な次元で扱うことで人間の尊厳を維持することが目指されている。国連憲章も,国家間の平和の客観的な礎を人間が互いの尊厳を保持し合うことに求めた。国連憲章に登場する人間の尊厳の観念は,お互いが相手の中に人間性を認めつつ暮らしているという日常生活の暗黙の前提を表現するものともなっていると言える。
このようにいつでも自己にも他者にも発見されるべき人間の尊厳の経験は,Kant によって定式化されて現代の国際法の基礎を築き,さらに各国の諸法の隅々に浸透していった。その途上で,医療的なケアも単に身体的データを観察しているだけではこの倫理に適わないことが気付かれ,人間性の全体像へと収斂する認識の道筋をつけるため,先のBolton の指摘の如く,biopsychosocial という三次元のモデルが考案されることになった。
日本の公認心理師法(2015)3 はその42条で,「公認心理師は,その業務を行うに当たっては,その担当する者に対し,保健医療,福祉,教育等が密接な連携の下で総合的かつ適切に提供されるよう,これらを提供する者その他の関係者等との連携を保たなければならない」と述べている。この総合性への配慮もbio-,psycho-,そしてsocial な人間観の一つであると言える。ここには,これらの分野の各々に心理師が配置される必要のみならず,提供される支援自体が,「総合的」でなければならないと述べられている。すなわち一人一人に対して各分野の関係者との連携を保った支援が提供されるべきとされている。支援を受ける人も提供する人も,全体的な人間性を保って互いに接するならば,このような連携は必然性に生まれる。さらに臨床心理士の倫理綱領(1990)を繙くならば,その前文,ならびに第一条に,「基本的人権を尊重」することと,「基本的人権の尊重を第一義と心得る」ことが規定されている。基本的人権と人間の尊厳の間の深い関係は,これまでの引用箇所でも両者が同時に言及されているところに窺われる。改めて今一度「世界人権宣言」(1948)から引いておく。「人類社会のすべての構成員の固有の尊厳と平等で譲ることのできない権利とを承認することは,世界における自由,正義及び平和の基礎である」(前文)。また,「すべての人間は,生れながらにして自由であり,かつ,尊厳と権利とについて平等である。人間は,理性と良心とを授けられており,互いに同胞の精神をもって行動しなければならない」(第一条)。これらの国連の文章では,尊厳と権利の両概念は単に並置されているかのように見えるが,法務省から出されている「人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育及び啓発に関する施策の総合的な推進に関する基本的事項について(答申)」(2001)4 では,両者の関係はもっと緊密に解釈されている。「人権とは,すべての人間が,人間の尊厳に基づいて持っている固有の権利である。人権は,社会を構成するすべての人々が個人としての生存と自由を確保し,社会において幸福な生活を営むために,欠かすことのできない権利であるが,それは人間固有の尊厳に由来する」(下線は引用者)。公認心理師法の言葉に戻れば,「保健医療,福祉,教育等」の各分野を日ごとに生きている一人一人の国民にとって,各分野で意識される基本的人権の由来を振り返ってみれば,それらは「人間の尊厳」という根源において焦点を結ぶということになる。そしてこの淵源は,日々の他者とのふれあいの中ですでに経験されている,互いの人間性の確認に他ならない。
ところで人間の尊厳は,必ずしも頑丈なものではない。ちょっとした不注意によってすら蹂躙されやすい。この理念を守り通そうと欲するならば,われわれがどのような職にあるのであれ,他の職種と連携しながらその崩壊を防ぎ再建に資するため,実践の中で総合性を意識し,その総合性を人間の尊厳という概念の上に焦点化させておくことが重要になってくる。心の働きは,人間の尊厳の維持の上に成り立っているものの,多分野の協力によりその維持が果たされていなくては,停滞し危機に陥る。心理職にある人は,この理念を守ろうとするときにこそ,法に謳われる多職種連携という概念が生きたものになることを,実践のなかでたびたび経験することだろう。時には,自分以外の人の尊厳を守ろうと意志するときにはじめて,自分の心の健康が保たれるのではないかとさえ思うこともある。そして自身の心の健康が保たれているのもまた,確かに多くの分野の人々の協力がそこにあったからだということにも気付かされる。
本稿では,心理職とその関連の職種とをそれぞれ社会的に規定している基本的な諸法が,人間の尊厳を守るという一点において収斂していること,そして心理療法という行為も,この収斂点を取り巻く法的概念の連携の網の目の上で社会的意味を獲得しているということを,心理職の総合性の内実として捉える試みを行う。そして,この収斂点を意識しながら多職種間の連携を行うことが,心理療法の実臨床においてどのような総合性を具体的にもたらすのかを模擬事例によって考察する。
社会生活の中でさまざまな心の問題が発生しうること,したがって心の問題についても社会的文脈に目を向けておかなければならないということは,幸いにして今の日本社会では原理的に認められている。したがって心理的な支援は,その背後に社会全体からの支援の精神を背負っているということもおのずから明らかである。したがって,心理的支援と社会的支援の繋がりの認識がどういう法律によって支えられているのか,かつその認識に沿ってさらに広くどのような法整備がされているのかを知っておくことが,心理職が他職種との間での連携によって心理的援助を実りあるものにするために欠かせない。法律は人間の尊厳という理念に向かって焦点化されており,心理療法も人間の心が尊厳あるものであることを覚知している法治システムによって支えられている。多職種連携の実践には,他職種との間でのこの総合の意識が共有されていることが望まれる。そして個々の法律の文面に備わった総合への志向性は,その総合の具体的な相を表現してくれるだろう。そこでまずは二つの法律を取り上げて,心のケアと法の関係を見ることにしたい。
第一に取り上げるのは,すでに触れた公認心理師法(平成27年制定)である。この法律はその名の通り,「公認心理師」の資格を定めたものであるが,その目的は「国民の心の健康の保持増進に寄与すること」であると明確に理念化されている。言い換えれば,法に規定された公認心理師の活動の目的はここに見さだめられなければならないということである。
ではこの「心の健康の保持増進」の内容がどのようなものであるかを考えてみよう。一見当たり前のように響くこの言葉をあえて標識化することがなぜ必要であるのかといえば,一つには,心の健康が,ともすれば社会状況からの圧迫によって壊されやすいものであることが知られているからである。また,この概念が法システムの全体に繋がっているからでもある。諸法を束ねている現日本国憲法(昭和21年公布)には,周知のように第25条において「すべて国民は,健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」5 と書かれている ,ここで言われている「健康」の概念は,単に体が病気でないことのみならず,「文化的」という規定との組み合わせから「心の健康」にも配慮していることがうかがわれる。心身の全体的な生存を保障したこの条文は「生存権」といわれる基本的人権を表現している。国連によって「普遍的かつ国際的に保護されるべき人権の法典で,すべての国が同意し,すべての人が願望する権利の法典である」とされる「世界人権宣言」(1948年採択)では,この「生存権」は,「すべての人間が享有すべき市民的,政治的権利」の最初に「生存,自由,身体の安全に対する権利」として書かれており(国際連合, 1966),「すべての人間は,生まれながらにして尊厳と権利とについて平等である」という基本的人権の基礎をなす。この視点からは,公認心理師法が言及している「心の健康の保持増進」も,一人一人の市民にとっては「生存,自由,身体の安全に対する」基本的人権の一つの表現であるという見方が成り立つ。それは先ほど引いた臨床心理士倫理綱領が「基本的人権の尊重を第一義と心得る」と述べていることにも対応している。すなわち「健康で文化的な最低限度の生活」という憲法の規定における,国民の生活の「文化的」な側面は,「心の自由」あるいは自律性を顧慮したものであって,人間の尊厳のうちに基礎づけられるべきものである。この考えを裏付けるものとして,法律の専門家たちの意見の中から,日本弁護士連合会(2006)による「憲法25条の生存権の基底には,憲法13条前段の個人の尊厳原理が存在する」という考えを参照項としておきたい。憲法13条にいう「個人の尊厳」は,「尊厳」そのものに関して集団の権力より個人の尊厳を大切にすべきことを謳っている。思想の歴史としては,Kant以前の尊厳概念が,社会的地位の高さと結びついていたのに対し,Kant以後の尊厳は平等に人間に備わるものとして理解されており,先述の通り社会関係の中で相互の人格の内に根底的に見いだされるものとなっている。身体が物理的に存続するためのみならず心的に人が自立できるための内面の存在によって,心が健康で文化創造に参与できる6 。心的な障害は身体の障害と同じ資格で,人格の全体性を目指す福祉の対象になる。障害者差別の解消を目指す国際法の精神はこの考え方に基づく。こうして法にいう「心の健康」は,全体的な人格としての人間性を常に視野に入れる「人間の尊厳」という国境を越えた倫理を背景にしていることがうかがえる。
この健康観をよりはっきりと表明しているのが,二番目に挙げる発達障害者支援法(平成16年制定)の条文である7 。この法律ができるまでは,「発達障害」という心的状態は,いわば児童福祉と精神障害者福祉の狭間に置かれていたが,この法律で他職種連携の必要性が指摘されたことによって,全人的な成長の連続性を踏まえて統一的にこの障害にアプローチできるようになった。その10年以上後にできた上記の公認心理師法における,教育,医療,福祉などの諸分野をまたぐ連携の理念の中にも,人の連続性を総合的に捉える必要性が語られているのは先に見た通りである。では発達障害者支援法を,その理念から検討してみよう。
発達障害者支援法の「第一条(目的)」と「第二条の二(基本理念)」の条文には,障害のある人への支援のための基礎となる「人間の尊厳」の概念が書き込んであるだけでなく,個人の尊厳を守るために支援がどのようにあるべきかが工夫された具体的な言葉で綴られているという点で,学ぶべきところが大きい。特に注目していただきたいところをゴシック体で表示する。
(目的)
第一条 この法律は,〔中略〕切れ目なく発達障害者の支援を行うことが特に重要であることに鑑み,〔中略〕発達障害者が基本的人権を享有する個人としての尊厳にふさわしい日常生活又は社会生活を営むことができるよう,〔中略〕発達障害者の自立及び社会参加のためのその生活全般にわたる支援を図り,もって全ての国民が,障害の有無によって分け隔てられることなく,相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に資することを目的とする。
(基本理念)
第二条の二 発達障害者の支援は,全ての発達障害者が社会参加の機会が確保されること及びどこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され,地域社会において他の人々と共生することを妨げられないことを旨として,行われなければならない。
2 発達障害者の支援は,社会的障壁の除去に資することを旨として,行われなければならない。
3 発達障害者の支援は,個々の発達障害者の性別,年齢,障害の状態及び生活の実態に応じて,かつ,医療,保健,福祉,教育,労働等に関する業務を行う関係機関及び民間団体相互の緊密な連携の下に,その意思決定の支援に配慮しつつ,切れ目なく行われなければならない。
ご覧のように,発達障害者支援法の精神は,昭和45年制定の「障害者基本法」の精神を忠実に受け継いでいる。発達障害のある人を,障害者として法的に福祉の対象とするにあたり,発想の中核になったのはやはり「基本的人権を享有する個人としての尊厳」を守るという理念である。発達に障害を負った人を「個人」として認識し,その尊厳に配慮するところから,第一条でも第二条の二でも,支援は「切れ目なく」行われなければならないというアイデアが導き出されてくる。教育は,いわゆる「学制」というもののために不可避的に発達の途上で「切れ目」を入れられたものとなっている。この切れ目からどんな困難が一人一人の発達障害者の上に生じ得るかを知って,それを和らげるためにどのようにその切れ目に架橋するのかを工夫しなければなるまい。さらに発達障害の影響は成人になっても続くことを考えれば,学校生活と社会労働の間にある切れ目もまた,「個人としての尊厳」に試練を課し,場合によってはそれ自体を「社会的障壁」と化すおそれのあるものとして捉えなければならないことも起こってくるであろう。共生を阻む「社会的障壁」のうち,生活史の中に設けられている一見合理的な階段が,当事者にとっては困難な隙間になり得ること,それゆえ「緊密な連携」がいかに必要であるかがこの「切れ目なく」という指摘から浮かび上がる。
「発達」の軸は未来にまで伸びている。発達障害者への支援は「どこで誰と生活するかについての選択の機会が確保され,地域社会において他の人々と共生すること」が妨げられないことを旨として,行われるようにすべきであるとなっている。よく引用される周到な文言であるが,「どこで誰と生活するかについての選択の機会」があるということは民主主義社会で健康に暮らしている人にとってはほとんど意識せずに済ますことのできることに属するかもしれない。それでも法律にこの文言が書かれているのは,発達障害があるとその「選択の機会」が狭められてくることを意味している。「切れ目なく」という概念も再び重要になってくる。つまり「切れ目」の問題は,時間的発達といういわば実存の縦軸においてのみならず,人との「共生」という横軸の広がりにおいても当然深刻なのである。当事者にとってここに人間関係の切れ目あるいは深淵がいきなり開くおそれがある。そうならないようにするために,心理職においてなしうることとして,他職種との円滑な連携がある。
心理職にとって,社会的な水準での連携が,個人情報の保護との兼ね合いについての懸念を引き起こすことがあるかもしれない。しかし上の第二条の二に言われているように,この問題は,当事者の「意思決定」に配慮するという姿勢が十分であれば,すなわち支援活動の主体は支援者であるというよりも当事者なのであるという姿勢が貫かれておりさえすれば,正しく解決されてくる性質のものである。なによりもまず「どこで誰と生活するかについての選択の機会」を持つことは,まさに基本的人権を享有していることから来ているからである。法律の中ではこの点について次のように述べられている。
(情報の共有の促進)
第九条の二 国及び地方公共団体は,個人情報の保護に十分配慮しつつ,福祉及び教育に関する業務を行う関係機関及び民間団体が医療,保健,労働等に関する業務を行う関係機関及び民間団体と連携を図りつつ行う発達障害者の支援に資する情報の共有を促進するため必要な措置を講じるものとする。
切れ目なく支援する以上,各分野の関係機関の間には,官と民を問わず,必要な情報共有への阻害因子があってはならない。個人情報保護に留意しつつ,情報共有を促進する手段を講じなければならないのである。表面的に矛盾しているように見えても決してそうではない。個人情報は,管理すべきデータとして秘匿独占されるべきものである以前に,権利上,個人の尊厳と自由な意思を守るためにこそ保護されなければならないものである。この要請の実践にあたって,当事者の「意思決定」のために十分な時間と場所を提供することがどれほど重要になるかはここからすぐに推しはかられる。心理療法的な対話が,当事者が自らの意思を明確化することのできる安心の場として機能すること,それこそが強く期待されるところとなる。
ここまで,心の健康という概念をめぐって心理職に深く関わる二つの法律のあり方を検討し,「基本的人権を享有する個人の尊厳」という理念の中にその法の精神の核心を見出してきた。次節では,この二法以外にも心の健康を支える社会的条件を守るために多くの法律がこの理念に収斂しつつ整備され,互いに補い合っている有り様を,その歴史と共により広く概観したいと思う。
多様な法律のうち,心の病という現実に対処するために作られた法律から見てゆこう。現在「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(精神保健福祉法)」が,心の病からもたらされる社会的困窮への福祉的防御となっている8 。この法律がカバーしている病気の種類の中に,事実上,発達障害も組み入れられている。すなわち成人年齢で発達障害の診断を受けた場合は,この法律を通して福祉手帳などの福祉的手当てを受けることができる。
だがこの法律の経緯を辿ると,「福祉」という言葉が法の名称の中に入ったのは平成7年の改正の時であり,前身の昭和62年の「精神保健法」の成立からは少し時を経ている。精神障害を負った人の社会的状況に応じて,法律が福祉の方向に拡張されなければならなかったのである。その要因となったのは平成5年に心身障害者対策基本法が改称・改正され「障害者基本法」が制定され,「障害者」の範囲の中に「精神障害者」を含むことが決定されたことである9 。精神障害者の社会参加,社会復帰に向けた努力を理解することは,本人にとってはもとより,社会全体の心の健康の向上に寄与すると考えられることになった。
「精神保健福祉法」の成立を促した「障害者基本法」の背景をさらに見ておくと,そこには,1981年の国際障害者年の実現と,引き続く「国連障害者の十年」の実施がある(厚生労働省, 1992)。障害のある人にもない人にも,等しく享有される基本的人権と個人の尊厳という国際社会の理念が,国連の活動を通して日本の法体系の中にも浸透し,精神医療の運用場面から発想されていた精神保健法を,障害者福祉の方へと引き寄せたと言えよう。
それでもなお曖昧に取り残されていた分野が「発達障害」であった。先ほど,発達障害は「事実上」,「精神保健福祉法」の対象に組み入れられていると述べた。それは,この法律の対象として明示的に挙げられているのは「統合失調症,精神作用物質による急性中毒又はその依存症,知的障害,精神病質その他の精神疾患」であって発達障害は明記されていないため,これについては国際疾病分類第10版(ICD-10)を用いて,「その他の精神疾患」に含まれているという解釈ができるということである。そしてここに,さらに改正された現今の「障害者基本法」が関わってくるのである。そこでは,「障害者」は「身体障害,知的障害,精神障害(発達障害を含む。)その他の心身の機能の障害(以下「障害」と総称する。)がある者」と定義されていて,「精神障害」の中に「発達障害」が含まれることがカッコ内に明記されている。この明記法は,障害者への「必要かつ合理的な配慮」を行うべきことを定めた「障害者差別解消法」(平成25年制定)にも見られる10 。「発達障害」の内容をより詳しく知るためには,先ほどの「発達障害者支援法」の第二条を見れば,そこに臨床で馴染まれた具体的な病名が列挙されている。ここから,「発達障害」は「精神保健福祉法」にいう「精神障害者福祉」の対象疾患となることが,理念の歴史的発展の背景と共に,はっきりと理解されるのである。
この「発達障害者支援法」という法律は,心の健康を保つという日常的な概念が,精神の障害を負った人への福祉的支援という法的理念に合流して,法的な網の目を作っていることを如実に物語る。心理職の活動は,法を意識すればするほど,障害を負った境遇を多面的に想い,そこからの回復を願う心を育てることになる。そして多くの他分野との連携,そして基本理念によるその総合の必要性がよりよく見えてくる。心の苦悩による社会からの脱落を,法と法の間の繋がりが防ごうとしていて,「リーガル・セイフティネット」と言うべきものが作られている。心理職もこのネットワークを生かして,不利な立場に置かれた発達障害者を含む精神障害者への支援に臨みたい。そしてこのような意識の高まりが,他の障害者への心理的援助にも及ぶことで,現実的な力になってゆくことは,もちろん言うまでもない。
さて,福祉的配慮を受けなければならないのは,病を負った障害者のみではない。現在健康で働いている人も,福祉の思想に守られていなければ,病気に罹りやすい境遇に追い込まれるおそれがある。これを防ぐために近年は「メンタルヘルス」という概念が意識される。日本語では「心の健康」とも「精神保健」とも言い換えられるが,精神の病への予防の心構えを,個人のレベルでも集団のレベルでもよく意識し,保っておこうという願いが込められている。厚労省の作成しているその名も「みんなのメンタルヘルス」というホームページは,病名など基本的な知識をソフトタッチで提供している(厚生労働省, 2011)。この概念は,我々の健康な日常と,心の病の間にある間隙を埋めている。
メンタルヘルス概念の公的な活用として,よく知られてきているのが「ストレスチェック」の制度である。すでに数年が経ち,検証も始まっているこの制度であるが(川上ら, 2021; 江口ら, 2022),その根拠となっている労働関係の諸法を見てゆくと,やはりその背景に,「基本的人権を享有する個人の尊厳」という,今までに見てきた基本理念が浮かび上がることが見逃せない。心と身体の健康を蝕むストレスは人々の日々の労働のあり方と密接に結びついている。勤労により生産活動に携わることは人間社会の成員にとって悦びであると同時に,個人の尊厳を冒して強制されると,苦役へと変じる危険を孕むものでもある。ストレスチェックが有用になるのはこの危険に備えるためである。ストレスに気を配って健康を維持することは,ストレスという言葉が20世紀半ばの生理学的な水準で出発した概念であることもあり,個人的な心身管理のレベルにあるかのように見えるけれども,この問題は,近代社会を覆う産業構造の変化とともに急速に人間の生活を脅かすようになってきたものである。18世紀後半に紡績産業で始まった産業革命は,子どもの労働を含めた過大な労働時間という問題を引き起こし,さらに19世紀初めの蒸気機関の発明で加速され,人間を機械に合わせるような産業形態が世界的に広がり,事故による危険を生み出したばかりでなく,「神経衰弱」を生んだとも言われた(Beard, 1869)。形を変えながら今に続くこうした危険が,もし法律で制御されないなら,それは人間にとって心身両面の大きな「ストレス」となる。
勤労に当たっての「ストレス」を防ぐことは,このように歴史的に見てみると,個人が注意すべきことであるだけでなく,数世紀にわたり大きな社会的な課題であった。公認心理師の活躍分野の中に「産業分野」が数えられているのは,これまでに見てきた心と法の関わりから考えれば,歴史的な必然性のあることである。ここでも心理学的活動は,人間の尊厳を保持することへと焦点づけられていると考えられる。それゆえに先の国連の世界人権宣言には「すべて人は,労働時間の合理的な制限及び定期的な有給休暇を含む休息及び余暇をもつ権利を有する」(第24条)という条項をはじめとして,労働環境についての定めが書き込まれているのを見ることができる。
このような歴史的経緯があって,今ストレスチェックの制度が書き込まれているのは,精神保健の法律の中ではなく,労働安全についての法律の中である。それは昭和47年制定の「労働安全衛生法11 」であり ,その第66条の10に「心理的な負担の程度を把握するための検査等」と題してストレスチェックの定めが入ったのは平成27年のことである。またこの法律の母胎になったのが昭和22年制定の「労働基準法」であり12 ,この第一条には「労働条件は,労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべきものでなければならない」とある。この文中の「人たるに値する生活」という言葉には,あの19世紀の過酷な労働環境の歴史を踏まえた悲愴感さえも漂っていて,この基本法によって改善しなければならなかったのがどんな生活であったかを想像させる。それは,劣悪な労働環境によって「基本的人権を享有する個人の尊厳」を剥ぎ取られた生活であったことだろう。
公認心理師法によって保持増進するべき「心の健康」を,法に沿って巡ってくると,こうして「心」を取り囲む社会的条件の広さと,その歴史的背景の深さに粛然とさせられる。人の心はその人にしか分からない。しかし心は自分の言いたいことを持ち,それを社会に分かってほしいと思う。法の網の目は,その心と社会の接面に沿ってめぐらされている。心を考えるときの思考スタイルは“biopsychosocial”であるべきだという考え方を本論文の最初に述べた。その“social”な面を,われわれは法の網の目を通して再認識したのである。それは同時に,様々な法律がその歴史的背景を含めて「心」を取り囲んでそれを見ていることを知ることでもあった。しかもここからは,それほど様々な法律があっても,その間には隙間が出来やすく,次々とそれを埋める法律が加えられてゆくこと,そしてそういう部分に,「発達障害者支援法」がなくすことを呼び掛けている「切れ目」もあったのだろうということが見えてくる。法律と法律の間に隙間があると,そこに生命つまり“bio(bios)”の実相が「切れ目なく」しかし庇護もなく,露出する。そういった部分はおのずから支援を求めて“psycho(psyche)”として声を放つ。人は生物学的な命を保ち,考える内面すなわち心によって何かを言い,それを聞き届ける社会があることを知り,自己の人間性を自覚する。人間の尊厳としての心の健康はなるほどこれら三要素の総合によって保たれている。この総合に向かってこれまでに触れた諸法が組織されていたのを見れば,われわれの心も元々この総合性を目指して健康でありたいと望んでいることがわかる。言葉を変えれば,これは人間の社会を他の生物たちと繋がった生命活動の系であると見た時の総合性,つまり「生態学的な」総合性であるとも言える。この総合性に籠められた心の健康への願いを主体の側から社会に向けて表現すれば,健康でありたい,病気から回復したい,そして人と自分のために活動したい,という諸表現になるであろう。これらの表現を三極におき,それらを繋いでいる法律をその間に配してみると,Figure 1のような三角形が描けるだろう。

心理職が多職種連携の場に入ると,クライエントの境遇を通して,Figure 1に示したような法律たちの連携の姿が見えてくる。そして当事者の人間らしい生活,すなわち発達障害者支援法で「基本的人権を享有する個人の尊厳」と表現される基本原理に基づいて,連携のある支援を行うことになる。そこに表れる総合性によって,心理職の力がどのように発揮されることになるのかを,臨床カンファレンスの形で考察してみよう。現代の心理職の活動範囲の中で珍しくない,典型的と言いうる事例を模擬的に想定して考えてゆく。
はじめに呈示するのは,社会全体で考えなければならないほどの増加が昨今しばしば話題となる,うつ病による休職の事例である。
1.事例1A氏は,50人以上の従業員のいる事業所で長年働いてきて,数年前に異動になった職場でも最初は元気で勤めていたが,徐々に部下からの突き上げを感じて辛くなり,ストレスチェックの際に「高ストレス」の判定が出て面談を勧奨され,産業医の許を訪れた。産業医はSDS(Self-rating Depression Scale)を施行し,点数がはっきりうつ病の範囲に入っていたので,心理職を置く精神科医院を紹介した。ここでうつ病の診断を受けて病休もとり,少量の抗うつ剤の処方で抑うつは少し和らいできた。だが,職場へ復帰することを考えると,人間関係が怖くて先に進めないと感じる。夢にも職場の人が出てきて,復職が余計に怖くなるという。主治医が心理職による心理療法を奨め,医院において心理療法も受けるようになった。心理療法の狙いは職場への再適応であった。その心理療法の中でも自発的に夢が語られた。職場の人だけでなく,亡くなった父や母が何度も夢に出てきて何かを言っているという。そこで心理職は父や母とクライエントとの関係についてよく耳を傾けた。その中で,父は億に達する債務を背負ったまま十年近く前に亡くなったことが語られた。父の死に当たってクライエントは止むを得ず相続放棄をして,父や母からの遺産はなく,現在は経済的にも余裕がないだけでなく,障害者である兄の介護も定期的にしているという。復職のことを考えると死にたいという気持ちが出る。こうして職場異動がきっかけの軽症うつ病であろうと推定されていた診断には再検討の余地が生じ,心理職はクライエントの同意を得て主治医と話し合い,診断は軽症のうつ病ではなく,SDSの粗点に見合った「大うつ病」へと変更され,抗うつ剤の用量も通常量となった。そして,クライエントは主治医とも話し合い,病休が尽きるのをきっかけに,休職に入ることにした。心理療法と服薬はそのまま続けることになった。一方,主治医がこの手続きのために産業医を通じて職場の人事課と連絡調整を行うのと並行してA氏も人事課と話し合い,人事課においても,A氏の今後の道の選択を考えてくれることになった。
このように心理職は,クライエントがこれからのことを職場と話し合うにあたっての心理的支援を提供した。心理療法の時間の中でも,社会的資源がどのようになっているかということについての話題が多くなった。服薬の効果が出たこともあって,クライエントの思考はこれらのことを検討する力を残していた。休職期間に入ってから,クライエントが人事課の担当者と話し合って出した結論は,年度の終わりに早期退職することであった。労務担当者からは,早期退職によって支払われる退職金の額がどのように変わるか,健康保険はどうなるのかなどの,退職後の生活の資についての情報が提供された。また休職期間中には診断書により傷病手当金が支払われる。こうした情報を総合して,A氏は早期退職の結論を出したのであった。うつ病は退職前に寛解に至り,退職後も家賃を含めて生活が成り立った。治療はフォローアップ期間に入り,再発の兆候はなくなり,服薬も終了した。心理療法は,服薬終了後,生活が病前の文化的活動を含めて元に戻ったことを確認し,父母が出て話してくる夢も長い間見なくなったことが報告された回をもって終結となった。
うつ病で休職となったあとの復職は必ずしも容易ではないもので,放置しておけない問題であることが今や広く認識され,厚労省からはそのための手引きも出されている状況となっている(厚生労働省他, 2004)。現在リワークに取り組んでいる医療機関も少なくない。本事例では,休職に先立つ病休期間のうちに,すでに復職への困難感が自覚され,心理職が心理療法にあたることによって,この困難感が病気そのものからくること,病気は長い間の両親との不幸な喪の状況を背景とした本格的なものであって,職場での直近の不適応は症状発現の誘発因子に留まることが判明した。
この所見をクライエントの同意を得て心理職は主治医と共有し,医療内容はより適切なものへと変更され,症状は確かに和らいだ。ただ,寛解に向けて症状の軽減に劣らず重要であったと思われることがある。それは,心理療法の中で,クライエントが自分の病と生活史の両方をよく認識し,会社側と十分話し合う力を回復することができたことである。心理職による多職種連携の姿勢が大きな役割を果たし得たのは,このようにクライエントが心理療法の場で行うことができた意思形成を通じてである。心理職による連携は,まず主治医との間で心理病理学的な水準で行われているが,主治医を介して間接的にではあるが産業医との間での連携も意味を持った。心理職の職務は医療分野と産業分野の両方にまたがった。そしてクライエント自身が産業医を交えて職場の労務担当者との間で話し合いを持ち,休職すること,そして次に,当初目標の復職よりもむしろ早期退職を選んだ方がよいということを主体的に判断することができた。この主体性の働きは,クライエント本人において実現した他職種連携の成果に数えてよいと思う。この事例に限らず,連携のとれた心理療法がクライエントにとって役に立てるものとなるのは,クライエントが過去と現在を率直に振り返って自分の生き方についての考えをまとめる場を,心理療法が創り出し,そのことを通じて社会的寛解が促進されることによってであると言えよう。
この事例において,心理職による「担当する者に対する総合的」なアプローチ(上記公認心理師法42条参照)は,クライエントが復職を早期退職に切り替える際に主体的な判断を下せるようになった点に結実していると考えられる。すなわち,「復職」への道を整えることが時宜にかなった医療的な考え方であったとはいえ,この事例ではクライエントの生活史,特に両親との経済的な関係の在り方を無視して「復職」という目標のみにこだわることは,クライエントの生活全般にとって必ずしも益にならないと心理職は考えた。むしろ生活史が語られたことによって,クライエントの人間性の全体を視野に入れた対応,すなわち個人の尊厳を保持した対応(上記Kantによる定式「人間性はそれ自体が尊厳である」を参照)の道が開けたのである。ここから,主治医・産業医との情報共有の方針が策定できて,それに基づいて,疾病の質への正確な判断(診断と治療指針)およびクライエント自身による会社側との主体的な話し合いへと,連携が進展した。クライエントの人間性を総合的に念頭においた全人的な対人姿勢が心理療法において重要であった事例であると考えられる。
2.事例2卒業までをそつなくこなした大学生B氏であったが,大学院に進学してからしばらく経って,無気力や睡眠障害を自覚するようになった。無気力は在籍している大学院での研究生活に関わるもので,指導教授に「叱られてばかりいる」と感じ,教授との面談を翌日に控えている日は,特に無気力が著しく自覚され,食欲が無くなり,さらに悪夢が起きて睡眠が障害されやすい。B氏は,自分があまりに教授から強く叱られるので大学院での研究には能力的にも向いていないのではないかと悩み,キャリアの選択に不安を覚えて,学生支援センターに来談した。
支援センターでは,心理職が中心になって対応した。心理職は話を聴いて,大学院進学から適応不良が始まったという点から,念のため今までに知能検査を受けたことがあるかどうかを尋ねた。答えは「IQが平均より下」であった。心理職は,B氏自身の不安の通りに,大学院に合っていないおそれもあるけれども,まずはそれだけの症状があるなら心身の調子を整えることから始めたほうがよいのではないかと柔らかく示唆した。心理職から紹介を受け,B氏は精神科医院を受診した。医師は,やはり適応の観点から問診し,ひとまず障害者支援のための合理的配慮の申請の必要のため,抑うつと不眠を伴う適応障害との診断書を発行した。ただ,IQの値が低めで,かつ本人は進学時の成績は普通であったと強く述べることを医師は不審に思い,診察の結果を連絡する際に,新たなWAISの実施を心理職に依頼した。検査では,十分に平均以上のIQが算出され,大学院での研究ができないはずはないと思われた。
検査の結果を受けて,担当教授から叱られてばかりいるという適応障害の内実を具体的に解明する必要が生じ,心理職と医師の間で協議が持たれた。支援のための合理的配慮の申請にあたり,診断名を再検討し,望ましい支援計画を設定するためである。その際に「積木模様」だけが著しく低値であることが目立っていた。この所見と本人の適応状況とに関係があるかどうかという観点から考えて,医師から次のような推定が出された。研究室におけるさまざまな実験器具の空間配置や手順遂行において時間がかかり,間違えた場合には修正にさらに時間がかかることなどが予想される。実験の中での個々の手続きの目的や意味が理解できていないわけではない。それにもかかわらず周囲からは勉強不足のように見えるかもしれないということが考えられる,という推定である。そうだとすれば,「できるはずのことをやらない怠慢」という誤解と叱責を招く可能性がある,という見立てであった。次回のB氏の診察機会において,医師は幼少時の既往歴や,現在の睡眠障害には悪夢や筋緊張異常などの随伴症状があることを考慮して投薬内容を変更し,主たる診断を適応障害からADHDに切り替えることをB氏に告知し,理解を得た。そしてこの診断に基づいて合理的配慮を開始することを心理職に依頼した。
これを受けて心理職は,B氏のそうした特徴を踏まえ,自ら間に入ってB氏と指導教授との面談を設定し,指導に際しての配慮を求めたところ,説明に納得してくれた教授から,論文の内容や時間配分についての配慮をしてもらえることになった。また医師からは,B氏が人の話を聞く時に,十分に話を聞き終わらないうちに,分かったというシグナルを送ってしまう傾向が指摘され,教授との話の時には分からなかったところを自ら感知して質問に時間をとるようにとB氏に直接の示唆があった。医療上の変更内容は医師と心理職との間で共有され,合理的配慮のもとで,B氏は自分の望む形での研究を続け,学業を全うすることができ,服薬も不必要となった。
この事例では,心理職・医療職の連携が十分になされたうえで,教育機関側との連携が図られ,幸いにも摩擦なく連携が成立した。それだけ簡単に対応が進められたように見えるが,これを逆に当事者の側から見ると,かなり危なっかしい事態を幾つか乗り越えた経験であったと言える。すなわち先に発達障害者支援法において見た「切れ目」の問題である。順番にまずは時間的な切れ目を見ると,発達障害を小児の障害と考えたときには浮かび上がってこない,学部から大学院という切れ目において,障害が表面化していることが挙げられる。そして次に,修士課程を無事終えられるのかどうかという,院生から社会人への切れ目が,すでに視野に入ってきている。それぞれの切れ目で,軽度の発達障害の存在を周囲から認めてもらえないまま,また自分でも認識できないまま,キャリア形成が自分の望まない方向へと導かれてしまう可能性が相当高かったことが分かる。先に論じたように「どこで誰と暮らしているのか」ということについての主体的な選択が可能であるということは「個人の尊厳」そのものである。その可能性は,専門職の連携がもたらす総合性の中で,本人を含めた人々の努力があってありのままに保持される。専門性は,総合性が担保されることによって,当事者のための生きたものになる。
具体的に細部を見てみると,知能検査に関して共有されたデータと一致した解釈に基づいて,診断書を活用して支援活動がなされた。教員の側に当事者から見た研究室の空間の風景を理解してもらうために,当事者の特性を説明することは不可欠でありその説明は勉学の継続を可能にした。一人の人間の人生経路を視野に入れた支援の中に心理検査の所見を総合することは適切な形で有益な結果を生んだ。これによって学生支援センター所属の心理職は合理的配慮のコーディネーターの役割を遂行した。発達は成人に達していてもそこで止まるものではない。切れ目なくさらなる発達が起こるように,当事者の特性についての知見を当事者自身と直接の関係者との間で共有し,当事者がどこで誰と暮らすのかということについての選択のイメージを保てるようにすることが大事である。そのために法には「情報の共有の促進」が謳われているのであるし,その際に個人情報保護に意を用いなければならないのも,まさに障害を理由にして「個人の尊厳」に関わる差別が生じてはならないからなのである。
心理職の臨床の活動には,背後に法律の後ろ盾がある。それは単に公認心理師が国家資格だからではない。その国家資格を定めた法の精神の中核が,基本的人権を享有する個人の尊厳というところにあるからである。個人の尊厳という理念があるからこそ,その許で人々が互いの内面の活動を深く理解し合うことの意義が保たれる。心理職の活動の一コマ一コマを振り返ってみれば,とりわけ多職種との連携を果たそうとするときに,このような後ろ盾の力が感じられる。そして連携が果たされたときには心理職の活動がもっていた総合性への潜在力が実現したのを知る。それは連携の主人公が,当事者という,尊厳を有する個人であるからである。その人の存在によってのみ,総合性は実現をみる。法律は連携を縛ったり制限したりはしていない。ただその道筋を指し示しているだけである。そして多くの法律が,障害のある人への理解と,自分自身の健康に留意することを,国民の義務であるとしている。たとえば精神保健福祉法では,精神障害を理解して,精神障害者の社会復帰への協力をすべきだとしている。これは単に意識の高まりを促すキャンペーンとは違う。むしろ,人の心の障害を取り除くことに協力することは,自分の心の健康への道を開くことと同じだという人類愛的な発想が述べられていると見てよい。心理職による支援に総合性が備わるということは,その活動のそれぞれの細部が,この高邁な発想の実現の方を向いていることを意味する。
上記の模擬事例の経過を振り返ってみていただければ,いつでも心理職の目の前で起こり得る場面を繋いだものになっていることを理解していただけるだろう。そうした場面で心理職が当事者と共に法律を参照しつつ専門家同志の間で連携を行うことで,当事者の生活の切れ目が架橋され,選択肢が広がってゆくのが見える。うつ病からの復職は,むろん当事者が願っていることである。ただし人が復職を願うのは「人たるに値する生活」を続けられる機会が失われるのではないかという不安を背負ってのことである。また発達障害がある人は,不適合を怠慢や能力不足だと誤解されないでいたいと思う。それもやはり自分の力を生かした生活をしたいという人として当然の願いからである。法の背景をなしている国際理念は,そうした危惧のない生活の願いが通じる社会を,目標として描出している。心理職の総合性も,連携を進めるに従ってその理念に収斂してゆく。法はいかに煩雑に見えても,日々の活動に照らせば分かるように,心理職の感覚からかけ離れているわけではない。
それゆえ,支援の切れ目の生じやすいところで連携が途絶えそうになれば,心の中でイメージしてみるべきなのは,当事者の生活における過去から未来へのつながりに内在する個人の尊厳である。連携の大切さが再び思い起こされるに違いない。職種や分野の間でのセクショナリズムがあると,連携の必要に目が届かなかったり,場合によっては連携へのしぶりが生じたりして,当事者の不利益を招くということに,注意を払っておきたい。人が自立した生活を営み,人生の選択の主体性を失わないようにするためにやはり連携を見失うわけにはいかない。もちろん連携を困難に感じる場合にはそれなりの理由があることも多い。上の二つの模擬事例を参考にそのような場合についても考えておきたい。
事例1は職場異動をきっかけにしたうつ状態で,ストレスチェックの面談勧奨で受診となり,そして復職をすることなく早期退職を選んでいる。このような外形的な経過を見ると,産業分野としては,この事例での復職から早期退職への切り替えという意思形成が,十分に本人の主体性に基づくものであったかどうかということが労使関係の面でセンシティヴな問題になるだろう。
この場合にも当事者の主体性を担保するのは,心理職による心理療法が,本人の意思形成の場を十分に提供しえたかどうかである。うつ病では病気のために当事者の判断は消極的な方向に傾きやすいことは言うまでもない。したがって,心理療法を経てからのうつ状態のありさまは,主治医や産業医による復職についての意見に影響を及ぼし,ひいては本人と会社側との話し合いの結果を左右する。普段は精神科での医師による治療と心理職による心理療法は独立性を保って進められているが,ここで両者の間での連携,たとえば臨床カンファレンスが非常に重要であることが分かってくる。
会社側に十分な情報提供の用意があるかどうかももちろん問題で,この事例呈示は理想的な場合を想定し過ぎではないかと読者は思われたかもしれない。たしかに世の中にはいろいろな会社があり,実際にはこの部分の連携には雇用形態などの複雑な問題が絡まり,心理職としては困難と感じることも多いだろう。けれどもこの例は,当事者の主体的判断が生かされるために,心理療法で当事者の意思形成を援けるという姿勢が,連携においていかに大きな意味を持ってくるかということを示すものとして,受け取っていただければ幸いである。実際の復職に至るかどうかだけが大切なのではなくて,復職に向けての当事者の思いが心理職に向けて言語化されてゆくことを,その前提として大事にしたい。
事例2は,心理職と医療職との連携によって,障害のある学生への合理的配慮が進んだ例である。当事者が高校生の時代に知能検査の経験があったが,その数値への疑問を心理職と医療職が共有し,新しく検査を行うことになって,支援センターの心理職が検査を実施,成人のADHDとの診断が出て,心理職自らコーディネーターとして支援に携わった。ADHDから来る「聞き洩らし」があり,少し残っている衝動性も手伝って,当事者はそれを性急に言語理解によって補って,素早く分かったことにしてしまい,結局,研究の手順を具体化できていなかったことが判った。ただしこれは本人が長い間に適応のために自ら編み出したいわば戦略であり,むげに否定するのではなく,対話での確認の作業を通じて徐々に改善してもらうしかない。ADHDのいわゆる二次症状としての不眠や抑うつの治療も続ける必要があった。
模擬事例ではこのような治療体制を組むことができた場合を呈示したが,もちろんここに至るまでの過程で,困難の生じた可能性はいくつも考えられる。二次症状で受診した先の精神科医が以前の知能検査の数値のおかしさに気づかなかったり,さらに進んでそれをそのまま受け入れて,大学院に進むのはもともと無理であるから適応障害は当然であるという診断を下したりする可能性があった。また,主治医から検査の依頼があっても,積極的に検査をしない心理職であれば,わざわざ二度目の検査をすることをしぶった可能性もある。すると,指導教授への説明が根拠の薄いものになって,合理的配慮を求めた時に,教育システムとの間で支援がぎくしゃくしてしまう可能性もあった。模擬事例では,これらの可能性がすべて,行うべきことを連携の中で行ったことによってクリアされた場合を示している。
連携が途絶しなかったのは,それぞれの職種の担当者が,ある程度の広い知識と興味を有していたからである。逆にもしそれぞれの担当者が自分の得意分野のことしか興味がない場合,すなわち医師は知能検査の意味を知らず,心理師は検査を苦手としていて医師の依頼に応じず,教授は成人に発達障害があるというのは病気ではなく性格だろうと考える人であったら,連携は成立していない。しかし成立しないことの結果は深刻である。当事者は,「切れ目」に落ち込み,親の期待に沿った自分自身のキャリアを形成してゆく将来像を,見直さなければならない境遇に置かれることになる。繰り返しになるが,本事例を単に幸運なモデルケースを挙げたものだとするのではなく,連携を進めると当事者が本来の自分を見出すことへと近づけるという展望として,受け取っていただければと思う。障害への支援では,一人の人の一つの問題への支援でも,複数の職種の人々の力が要る。そのことを忘れず,各職種にある人々が,自身の職能を磨くと同時に他職種の職務内容への理解を深めるという基本に,普段から立ち返っておきたい。
心理職の総合性は,種々の連携を果たした結果として,一人の人間としての当事者の生活史や生活場面の統合性と重なり合いながら,“biopsychosocial”と形容されるような,人格を造り上げている複合的な水準で実現してくるものである。連携の道筋は,心の健康をめぐる現代日本の諸法律の網の目によって指し示されており,それらの法律の目指す方向性は,国際連合が世界人権宣言において定めた人間の尊厳という理念へと収斂している。
本論文に記載した模擬事例は実際の事例をモデルとして臨床事実を損ねない範囲で個人情報の保護のために必要な改変を施したものである。論文への掲載に当たってはモデル事例を提供してくださった方々の同意を得た。同意くださった方々,ならびに連携にあたって御協力をいただいた関係諸機関の方々に深く感謝いたします。
1. 介護保険法(https://laws.e-gov.go.jp/law/409AC0000000123#Mp-Ch_1)。以下,国内法を参照する場合,本文中に制定年を示し,脚注に関係政府等機関のURLを示す。
2.児童福祉法(https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000164)
3.公認心理師法(平成27年9月16日法律第68号)(mhlw.go.jp)
4. 人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育及び啓発に関する施策の総合的な推進に関する基本的事項について(答申) (moj.go.jp)
5. 日本国憲法 (shugiin.go.jp)
6. 「健康で文化的」であることの「最低限度」の意味は,法学者がドイツ連邦基本法(1949年)と日本国憲法を比べながら述べていることからも推しはかられる。ドイツの法学者たちの意見によれば,国民の生活に経済的な条件をまず求める文脈においても,最低限度の経済的条件は人間の尊厳を保持するのに不可欠である。したがってこの条件は,ドイツ連邦基本法の初めに書かれている「人間の尊厳」の保持に不可欠であると考えられる(玉蟲, 2012)。この考え方に照らしても「健康で文化的な」という明文的な規定は,単なる客体として生命を保持しているということではなくて「人間としての尊厳のある」ということであると解することが妥当であろう。
7. 発達障害者支援法(平成十六年十二月十日法律第百六十七号). 文部科学省 (mext.go.jp)
8. 精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年05月01日法律第123号) (mhlw.go.jp)
9. 障害者基本法(昭和45年05月21日法律第84号) (mhlw.go.jp)
10. 障害を理由とする差別の解消の推進.内閣府 (cao.go.jp)
11. 労働安全衛生法(昭和47年06月08日法律第57号) (mhlw.go.jp)
12. 労働基準法(昭和22年04月07日法律第49号) (mhlw.go.jp)