2025 Volume 2 Issue 1 Pages 33-48
本論文は,日本心理療法統合学会の第4回学術大会における大会企画シンポジウム「治療的変化を創り出すクライエントの力」(2024年3月9日開催)に登壇した6名が,シンポジウムでの発表に基づきつつ,あらためて論文としてまとめ直したものである。まず心理療法におけるクライエント要因が簡潔に展望された。その後,3名のセラピストが,それぞれ,心理療法におけるクライエントの力を実感した事例の経験を報告した。その後,それらの事例を踏まえて,心理療法におけるクライエントの力が議論された。
This paper is a reworking of the presentations given at the symposium “The Power of Clients to Create Therapeutic Change” (held on March 9th, 2024) at the 4th academic conference of the Japanese Society for Psychotherapy Integration, by the six speakers at the symposium. First, the client factors in psychotherapy were briefly reviewed. Then, three therapists each reported on their experiences of cases in which they had a real sense of the power of the client in psychotherapy. After that, the power of the client in psychotherapy was discussed in relation to these cases.
2024年3月9日に開催された日本心理療法統合学会の第4回学術大会において,大会企画シンポジウム「治療的変化を創り出すクライエントの力」が開催された。本論文は,このシンポジウムに登壇した6名が,このシンポジウムの内容に基づきつつ,あらためて論文としてまとめ直したものである。
[杉原保史]
心理療法における治療要因としては,多様な要因が想定されている。一般には,技法要因,クライエント要因,セラピスト要因,治療関係要因,期待・希望・プラシーボ要因,治療外要因が挙げられることが多い。さらに,文化・社会・制度・組織の要因(科学への信頼,資格制度など)を付け加えることができる。
本論文では,それらの中でもクライエント要因に注目する。伝統的にほとんどの心理療法学派は,心理療法を専門家の側の目線で捉え,専門家をセラピーの主要な行為主体とする視点から心理療法を考察してきた。そこでは,学派に固有の専門的な技法の要因が重視され,「専門家であるセラピストがどのように関われば,クライエントは効果的に変化するのか」が検討されてきた。セラピストこそが心理療法を実施する主体であり,クライエントはそれを受ける客体であり対象であるということが前提とされてきた。
心理療法の統合に関しても同様のことが言える。心理療法の統合もまた,専門家の側の目線で捉えられ,専門家を主人公として考察されてきた。そこでは「セラピストは,どんなふうにクライエントに合わせて技法を選択するのが効果的か?」「セラピストはどんなふうに理論を統合して効果的なセラピーを導くべきか?」「セラピストはどんなふうに関われば治療同盟を強められるか?」といった問いが検討されてきた。クライエントは,やはりそれを受ける客体であり対象として位置づけられてきた。
一例として,共感を取り上げよう。心理療法統合の議論において,共感は,治療関係に関わる重要な要素とされ,共通要因の重要な要素であると考えられてきた。しかし,心理療法において,そして心理療法の統合において,共感が検討されるとき,それはほぼ常にセラピスト側の共感についてであった。つまり,セラピストがクライエントに共感することが持つ治療効果についてであった。クライエントのセラピストに対する共感についてはほとんど考察されてこなかった。
しかし,近年,特に関係論の文脈において,共感はセラピストが一人でする行為ではなく,セラピストとクライエントが共同で発展させるプロセスであるという見方が強くなってきている。そこでは共感は,セラピストとクライエントが相互に影響を与え合いながら発展させる関係の深まり(relational depth)の中で,それぞれが相手に対しても自分に対してもますますオープンになっていくプロセスであるとされている(Mearns &Cooper, 2018)。
こうした関係論の見方は,21世紀になって学派を横断して心理療法の世界で優勢となってきたものである。もちろん20世紀心理療法においても,セラピストとクライエントとの間の関係は重視されていた。しかしそれは,関係に先立ってそれぞれに独立した個人という存在があると前提した上で,独立した個人と個人が関係するという見方に基づくものであった。21世紀に入ると,個人の独立性はそれほど確かなものではなく,個人の境界は関係の中で曖昧になりうるという見方が強くなってきた。現代の関係論では,むしろ,関係に先立って独立した個人を措定することはできず,個人は関係の中に最初から埋め込まれていて,常に互いに影響を与え合いながら発展する関係の中の1つの中心だという考えが強くなっている(Aron, 1996; Safran & Muran, 2000; Wachtel, 2014; Mearns & Cooper, 2018)。
こうした見方は,心理療法は,セラピストという個人が施行し,クライエントという個人が受けるものだという前提に立った議論の限界を指し示すものである。関係論の視点は,心理療法をセラピストとクライエントが共同で創り出すプロセスとして見る見方に光を当てる。そこではセラピストの能動性とクライエントの受動性,クライエントの能動性とセラピストの受動性が,ダンスのように呼応しながら,ダイナミックに展開するものと見られている。こうした視点からすると,心理療法における,そして心理療法統合におけるクライエントの能動性はもっと注目されるべきだということになるだろう。
実際,心理療法の実践において,クライエントの能動的な関与によって心理療法が大きく推進されるのを経験することはしばしばある。心理療法の歴史を振り返れば,クライエントの能動的な関与が,新しい心理療法の創造に大きく寄与した例さえ認められる。たとえば精神分析の成立には,アンナ・O (本名はベルタ・パッペンハイム)が大きく寄与したことはよく知られている。アンナはBreuerの訪問のタイミングに合わせて自ら催眠状態に入り,そこで感情を帯びた体験を話し,話し終わると催眠から覚め,症状の改善を報告した。彼女はこの治療を自ら「談話療法(Talking Cure)」と名づけた(Breuer & Freud, 1957)。
また,学派の創始者が,学派を創始する以前に経験した自己治療体験に基づいて成立したセラピーもある。EMDRの創始者のShapiroは,1987年に,公園の散歩中,自身の嫌な思考が意識的な努力もなく消失したことに気づいた。彼女は,嫌な思考が心に浮かんでいたときに,風に吹かれて斜め方向に落ちる木の葉を追って目の往復運動を素早く自発的に繰り返していたことに気づいた。EMDRの創設には彼女のその経験が大きく関わっている。
精神分析もEMDRも,その学派としての発展には,苦悩を抱えた当事者の力が大きく関わっていたのである。このこともまた,心理療法は「セラピストがクライエントにするもの」ではなく,少なくともセラピストと同じくらいクライエントの能動的な関与が重要なものである可能性を指し示している。にもかかわらず,これまで心理療法において,そして心理療法統合において,クライエントの力は不当なまでに軽視されてきた。
本論文では,さまざまな臨床現場で活動している3名が,治療的変化が生じる上でクライエント自身による積極的な寄与の重要性を実感した心理療法事例のエピソードを提示する。それらの臨床素材をもとに,治療的変化を創り出すクライエントの力を,心理療法の統合においてどのように位置づけ,活かしていくべきかについて,2名の論者がコメントする形で考察を深める。
事例提示に際して,倫理的な観点から,以下のような配慮を行った。
事例1と事例2は,臨床経験をもとに構成された架空事例である。いずれも,モデルとなったケースは存在するが,今回の発表についてクライエントからの個別の許可は得ていない。終結から数年を経過していること,担当セラピストが当時の治療機関の所属をすでに離れていることなどから,本論文での報告のためにクライエントや治療機関に連絡して許可を取ることは控え,モデルとなったケースから本論文の論考の目的にとって重要な経過の要素を抽出し,個人が特定されないよう具体的な事実については他の類似事例を参考にしながら創作する形で報告することとした。
事例3については,クライエントが亡くなったため,今回の発表についての同意は得ていない。クライエント本人が死亡した場合の事例発表で個別の同意が必要かどうかについては,当学会も含め,特段の定めがない学会が多い。ルールを明確にしている学会では,条件を付しながらも,クライエント本人もしくは遺族等の代諾者による同意がない場合の発表を認めている1 。
本論文においては,個人の特定につながる情報を伏せた上で,遺族のプライバシーに関わる情報は記述せず,本研究の目的に必要な範囲にとどめた上で,今は亡きクライエントの尊厳に敬意を払った記述となるよう心がけて報告することとした。
[飯島誠]
(1)事例の概要クライエント(以下,Cl)は,筆者の所属する精神科・心療内科クリニックの外来へ受診し,双極性障害の診断を受けた30代女性である。
主治医による勧奨および本人希望にて話題提供者がカウンセリング説明を実施した。しかし,初回の説明ではカウンセリングに対して懐疑的な反応を示し,カウンセリング契約については一度保留となった。その後の受診で再度カウンセリングを希望し,再説明時にも未だ懐疑的な反応を示した一方,カウンセリングに対するニーズも高かったことからカウンセリング契約に至った。Clがカウンセリング説明時から語っていた主訴としては,パートナーに対する依存や,親密な相手に怒ってしまう,詰め寄ってしまうことについて相談したいというものであった。
なお,セッション開始時には,Cl自らカウンセリング説明時を振り返り,気分症状の不安定さが影響していたこと,服薬により改善したことを語り,自分の状態を「おかしかった」と評して当時の反応について謝罪された。また,実際のセッションではメモを取りながら取り組むなど,積極的に関与する様子が見受けられた。
(2)セッション1初回セッションは,ご本人が新型コロナに罹患されてキャンセルとなったため,後日予約を取り直して来室された。セッション冒頭,Clはカウンセリング説明時より親密な他者への依存について語っていたことに触れ,今回の新型コロナウィルス罹患時の生活においても「コロナが治り出してからの孤独がしんどかった」と語り始めた。
元々,1人は好きではあるが「孤独が不安」で,例えば,パートナーが電話に出ないだけでも不安で,話ができれば落ち着くと語った。また,パートナーとの関係性に不安を抱きやすく,過去のパートナーともその不安によって自ら別れを切り出すということを繰り返しており,このようなパターンで不安になる自分に自己嫌悪を抱きがちだったことが語られた。
この話を受け,セラピスト(以下,Th)はオリエンテーションとしていた感情や体験に焦点を当てる面接技法に基づき,その時の体の感覚を味わってみることを提案した。Clは「胸がキューっとなる」と語り,涙がとめどなく流れ始める様子が見られた。こうした孤独への不安に対する連想の中で,小学校時代の友人との関係で傷ついた体験のイメージが広がったため,Thより,その友人のイメージを見ていて何が感じられるかについて焦点を当てて質問を行った。質問に対してClは,成人後は会ったことがないのだが,その友人が大人になった姿のイメージが浮かび,自分と友人がそれぞれ“個”であって,自立しているというイメージを語った。Thは,Clの語り口に先ほどまでとは異なる芯の強さを感じ,その体験に対して「Clもなんだか自立している」などと共有した。
(3)セッション2セッション冒頭,Clは上述の初回セッションを受け,「自立の一歩につながり始めている」と語り,成育歴を振り返り始めた。学生時代,Clは成績も良く,リーダー役も引き受けていた一方,いつも2番手であること,その葛藤から孤独の中で頑張っている感覚があり,独りで頑張りたくないという気持ちが芽生え,それが親密な他者に対する依存につながったのだと認識していた。また,仕事では美容関係やピラティス教室のインストラクター業に従事し,前者は不規則な就業時間などから健康な生活のために退職し,後者では一流になって活躍しなければとの考えと実現できない現実の間で葛藤を抱えた経験を語った。学生時代から社会人生活までの成育歴に関する語りに対し,Thは「軸になるもの,確かなものが欲しかった感じでしょうか?」と問うと,Clは中高一貫校の出身であったこと,周囲が当たり前に進学する中で「自分の道が決まらなかった」と涙を流しながら語った。
Thより,涙とともにある感情や身体感覚,湧き起こるイメージを味わってみることを提案したところ,Clは憧れの同級生がいたことを想起した。語り始めは同級生がキラキラしていると感じていたことを語ったが,次第にキラキラだけではなく「きっと悩みもあったのだろう」とイメージの変化が語られた。憧れの同級生にも悩みがあったのだろうと気づけたことについて,Clは自分が退職した経験から,次の仕事に就職するまでの間に“人生の夏休み”を過ごせた幸せを体験できたこと,その期間にメイクをやめてスッピンで過ごしていたことを理由として挙げた。Clにとってメイクは「素の自分を良くするもの」として語られた。この語りに対し,Thは『なりたい自分に変身できるものってことですよね』と共感的に要約したところ,Clにとってもしっくり来た表現であった様子で,メイクという仮面を被ることが心地良かったこと,しかし“人生の夏休み”を通して素の自分(スッピン)でいることに慣れることができたのだと語った。
本セッションの終盤には,当初はつまらなく感じていた今の仕事が,最近になって良い部分を見つけられ,楽しく感じられているとClより語られた。この時,ThはClが本セッション冒頭に,読んでいた小説の登場人物のようにセンスも良く,自分の軸を持った人物になりたいと思いつつも挫折した学生時代の気持ちを語っていたことを想起し,次のようにフィードバックした。すなわち,『今のClは先ほど話していた本の主人公になれているように感じる。その時々のClらしさがそのまま仕事になっていると感じた。“人生の夏休み”を乗り越えて,今の仕事が楽しいと言えている。乗り越えてステップアップしてすごいことだと思うが,どう思う?』と伝えた。
これに対し,Clは「最高ですね!」とハッキリ言い切った。Thはこの明朗快活な発言を受けて,Clには転職や“人生の夏休み”を通して学生時代のコンプレックスを乗り越え,自分の人生を切り開いていくレジリエンスがあると感じた。
(4)セッション3前回セッションにおける『本の主人公になれている』というThの発言を通じて,Clは「ここ1~2年で自分の目標にたどり着けた」と振り返った。その上で,「色々な仕事をして,多種多様な人たちと出会い,仲間が出来ること,自分の経験や特性を活かせること」が本の主人公に憧れていた要素であり,自己実現の目標として語られた。ただ,目標にたどり着くことができたと感じる現在も,憧れている生き方をさらに達成したいという気持ちがあり,職場の同僚や旅行先の出会いなどから,実際に転職などのイメージがあることが語られた。Thはその行動力や,経験や対人関係に対する開かれた態度にClらしさを感じると共に,これもClの強みであると感じ,尊敬の念を抱いた。その思いから,ThはClに対し,『Clの今までの経緯や話を聞いていると,Clなら(理想を実現することが)出来るような気がする。憧れていた本の主人公のようになれた自分をどう思うか』と尋ねたところ,Clは「長かった」と話しながら涙を流した。ここでもThから涙を味わうことを提案すると,セッション#2でも語ったのと同様に,学生時代に自分だけ進む道に迷っていたことを再び想起した。また,「今は深い呼吸ができる」と語り,深呼吸をして体の感覚を味わう様子が見られた。この深呼吸について,Clは今までの仕事についても迷いながら選んできたが,その仕事の経験のおかげで深い呼吸が出来るようになったと振り返った。体の感覚を味わっていく中で,Clは「温泉に入っているような気分。満たされています」と語ったため,Thが『表情も清々しくて,涙はあるんだけど力強い。良い表情をしている』とフィードバックしたところ,「次のステップに行きますか!」とユーモラスかつ力強く,前向きな気持ちが語られた。
また,この回のセッション冒頭にはThが退職することになった旨をClに報告した。Clは,Thが言い切る前に察した様子で,動揺することなく「色々事情もありますよね」と理解を示した。そして,ThからClへ転職などのテーマやClとのセッションにTh自身も学びを得ていたことを伝えると,「先生も人生の夏休みに入るんですね」とユーモラスに返された。
そして,セッション終了間際には,Clから「先生いなくなっちゃったら困っちゃうな。個人契約しようかな」と冗談交じりに気持ちを伝えていただいた。これに対してThが「そう言ってもらえて寂しいし,嬉しい。泣きそうです」と率直な気持ちを伝えたところ,Clは「泣いても良いんですよ?涙を感じることに意味があるって言ってたじゃないですか。どんな感じがしますか?」と返した。セッションで行った感情のワークを想起させるユーモアに,お互いに大笑いしながらセッションは終了した。
(5)考察本ケースは,セッション開始前にはThやカウンセリングに対して懐疑的な気持ちを抱いていたが,実際のセッションでは気になったワードをメモする,そのメモにおいても出来事の関連性に線を引くなどして図解しながら理解していくなど,知的な力や,積極性といった力が備わっている人物だったと思われる。
また,親密な他者との関係に対する不安や孤独を感じやすい傾向は見られた一方,臨床像も含めて,自律的な人物と見受けられ,新しい仲間を見つけていく,人生を切り開いていくといった行動力や人的リソースも豊富な人物であったと思われる。Clのセッションへの寄与に対し,Thのセッションへの寄与を述べるとすれば,Clの持つ力や前向きな変化を支持する関わりを大事にセッションに取り組むようにしたことだと考える。
本ケースのClのオープンさや,快活でユーモラスな態度は,Thのこともオープンにさせるほどの力があった。そして,Thからも自己開示的な関わりやメッセージを自然と届けたくなるような気持ちになったと実感しており,この相互作用が,ラポールやセッションそのものをより深めてくれる効果があったのではないかと思われる。そのため,本話題提供の結論として,Thが「クライエントの力」を信じて関わることで,Clの力によって,Thの力も引き出されるものと考える。
[浅野みどり]
(1) 事例の概要:クライエント(Aさん,40代女性)Aさんは,うつ,不安,リストカットなどを問題として,X年に,筆者が心理士として勤務する総合病院の精神科に通院し始めた女性患者である。X+2年,うつの症状がなかなか改善せず,良くなる気がしないと感じたAさんは,当時の担当B心理士にそのことを伝えた。その際,B心理士からは,自分が提供している現在のセラピーがあなたには合っていると言われ,その意見に従ってきた。しかし,しばらくしても一向に良くならないため,Aさんは主治医に担当心理士の変更を強く訴えた。その結果,C心理士へと担当者が変更になった。
その後,Aさんは1年ほどC心理士のカウンセリングを受けていたが,次第にC心理士に対して不信感を抱くようになり,このままであれば転院を考えたいと主治医に訴えた。主治医の判断で,その頃,心理士として新たに着任した筆者がAさんを担当することになった。
(2)筆者との初回面接X+4年,筆者との初回面接で,Aさんは,これまで担当してきた心理士に対する怒りや不信感を吐露され,「上から見られているようでとても辛い」と涙ながらに話された。
その中で,C心理士との間での次のようなエピソードを話してくれた。Aさんは,「病院と家の行き来だけでなく,社会と繋がっていたい」という気持ちと,「夫の給料だけで生活している自分が情けない」との思いから,「働きたい」と考えていた。しかし,そのことをC心理士に伝えると,まだその段階ではないからと「まるで呆れたような,笑われるような態度」で否定されたという。Aさんはそのことに深く傷ついていた。
Aさんの赤裸々に語られる話の内容や話し方,声色,こぼれる涙から,筆者にはAさんの心身丸ごとの痛みがひしひしと伝わってきた。Aさんは,肩に力が入り,時折怒りを露わにしながらも,どこか今にも崩れ落ちそうな様子であった。そんなAさんに寄り添いながら,筆者はその苦しみを共に噛み締めた。
初回面接の後,筆者は,B心理士もC心理士も,Aさんの抱える問題や症状の改善を図って関わってきたであろうに,Aさんとの間で,どこでどうボタンを掛け違えてしまったのだろうかと思案した。また,2人の先輩心理士がうまく関われなかったAさんに,外来を担当するようになって半年に満たない心理士の筆者が,改善をもたらすことなどできるものだろうかと不安に思い,正直なところ,筆者では力不足であろうと感じた。一方で,担当となった以上,そのように考えることはAさんに失礼なことだとも感じ,筆者に何ができるかは分からないけれど,Aさんの苦しみを受けとめ,できる限り支えていくことを一心に考えた。
(3)エピソード1Aさんは,心身の苦痛を抱え,家では一日中寝込む事が多いこと,仕事が忙しく帰りが遅い夫や成人した子ども達との関係について悩んでいること,原家族との関係の中で受けたトラウマから自己否定に陥りやすいこと,リストカットを繰り返していることを筆者に打ち明けてくれた。そして,Aさんは筆者にリストカットの傷を見せてくれた。その時,痛々しい傷を労るように手当しているAさんの思いが伝わってきた。
面接を始めて数回目に筆者との面接について尋ねると,Aさんは「どんな感じか様子を見ています」とのことだった。筆者は,自分がこのまま担当を続けていいものかと躊躇しつつも,Aさんを少しでも支えていけたらという思いを次第に強く持つようになっていた。
(4)エピソード2ある時,Aさんは夫と一緒に来院された。そこで,Aさん,夫,ご夫婦の順に面接を行った。ご夫婦で話す際には,Aさんも夫もそれぞれ個別に話した時と変わらない様子で,二人の間に,お互いの立場や考えを理解し尊重し合うような繋がりが感じられた。
(5)エピソード3面接が終わった後,部屋の外の廊下の窓越しから見える小さな梅の木に花が咲いているのを<梅の花の凜とした姿が綺麗ですよね>と話しながら少しの間Aさんと一緒に眺めた。
(6)エピソード4子ども達が自立していくにつれ,Aさんには,孤独感や喪失感,無力感が湧き,自己否定に陥ったり不安感が大きくなったりしていた。しかしある時,Aさんは,自身の幼少期の辛い経験から,子ども達の幼少期には,「いい子だね」と頭を撫でながら愛情をかけ育ててきたというエピソードを語った。
その時,筆者は,Aさんがトラウマを抱えながらも,子ども達を大事に育ててきた姿勢やその努力に大変頭が下がる思いがした。筆者自身は,子育ての時期には会社員としてフルタイムで働いていたため,時間に追われて子ども達に思うようにゆったりと関われなかった。そのため,心のどこかで子ども達に罪悪感を抱えていた。筆者は,そのような罪悪感を持つ母親として<私にはAさんのような子どもとの関わりができなかったです。そうやってお子さんと関わってきたAさんのお話を聞いて,頭が下がります>と伝え,互いに子どもを持つ母親としての思いを共有した。筆者には,我が子を慈しみ愛情を注いできたAさんの本来の姿が見えてきて,次第に目頭が熱くなっていた。この時,筆者はAさんとの関係性が深まるのを感じた。
(7)エピソード5Aさんは,心身の辛い症状や調子の波はあるものの,就労移行支援の事業所を自ら探し始めた。いくつかの事業所を調べ,連絡をして見学に行かれた。次の面接でAさんは,事業所についてあまり詳しくない筆者を気遣うように,パンフレットを見せながら事業所についてわかりやすくT寧に説明された。筆者にはAさんの自然な気遣いや優しさが伝わってきた。
その後,Aさんと出会って半年ほどだった頃,事情により筆者が退職することになった。筆者は,中途半端な形で面接が終わることを心苦しく思い<申し訳ないです>と謝罪した。Aさんは,「わかりました」とそのまま受け入れてくれた。その後,筆者はD心理士に引き継ぎを行い,AさんにD心理士を紹介した。
(8)最終面接Aさんは,前述したエピソード1,3それぞれについての感想を述べた。筆者からは,Aさんが元気になっていかれるよう,そして「働きたい」という思いを実現されるよう祈っていることを伝えた。
別れ際,筆者は,Aさんから小さな封筒を渡された。Aさんと別れたあと,封を開けると,そこには「寄り添ってくれるカウンセリングはいろいろなことを考えるきっかけになりました」「〇〇先生(筆者)のことを忘れません」といった内容が綺麗な字で書かれていた。
筆者は,Aさんとの関係性を大事にしながらセラピーを続けていくつもりでいた。しかし,途中で担当を交代することになり,Aさんに対し申し訳ない気持ちでいた。Aさんの手紙を読んで,筆者は,そんな自分がAさんによって救われ,何とかなったと感じると共に,驚きと有り難い思いが混ざり合った安堵するような気持ちになって,思わず目頭が熱くなった。そして,Aさんの温かい心遣いと前向きな姿勢に,感謝の気持ちが湧いた。
その後のAさんは,症状はあるものの,就労移行は順調で,D心理士との面接では笑顔が見られるようになっていると聞いている。
(9)考察1:セラピーへの違和感の表明と心理士を変更する努力初回面接でAさんは,これまで担当してきた心理士(B,C心理士)の関わり方に対する不満を,怒りや不信感と共に具体的に伝えてこられた。
杉原(2009)は,心理療法における理論の位置づけに関して,FrankとFrank(1991/2007)の次のような考えを紹介している。すなわち「理論の内容が正しいかどうかよりも,むしろクライエントと治療者がクライエントの問題について同じ理論を信奉しているいるかどうか」が重要であるという考えである。FrankとFrankは,治療者とクライエントの基本的な見方が一致していない場合,治療を軌道に乗せるには2つの道筋がありうると言う。その1つは,「治療者が親しんできた見方をクライエントに教え,クライエントもその同じ見方を信奉できるよう導く努力をする」ことである。B,C心理士はそれぞれ,自らの治療アプローチを行う中で,Aさんも同じ見方を信奉できるよう働きかけていたことであろうと推察される。しかし,Aさんとの関係はうまくいかず,心理士の交替を希望されるに至っている。
FrankとFrankは,治療者とクライエントの基本的な見方が一致していない場合,もう1つの道筋として,「治療者が自分の親しんできた見方に対するこだわりを捨て,クライエントの世界観や価値観に適合するような理論や技法を,どのようなものであれ採用するよう努める」ことを挙げている。FrankとFrankは,「後者の努力が不足しているために治療効果が損なわれている」ことが多いと述べている。このような見方から考えると,Aさんが,セラピーへの違和感を表明し,心理士を変更する努力をしたのは,自身の世界観や価値観に適合するようなセラピーを求める努力として理解することができるものであり,治療的変化を創り出すクライエントの力であるといえよう。
(10)考察2:安心や安全(ニーズ)を求め,良くなりたいと願う力最終面接では,Aさんはエピソード1,3について振り返り,感想を述べている。
エピソード1では,リストカットについて,「傷を優しく見てくれた人は初めてだった」と語った。これまでAさんは,傷自体を汚い物として見られているように感じてきたという。
また,エピソード3では,「梅が咲いているのを教えてくれた」と一緒に梅の花を眺めたことを話題にされ,「これまで,待合室から面接室の行き帰りに心理士と会話したことはなかった」と語った。
エピソード2では,その次の面接で,「夫婦一緒の面接は初めてで安心できた」ことを語られ,これまで夫と一緒に来院の際には,夫と心理士が何を話したのか不安に感じていたと言い,これまでAさんは,そのような不安を言えずに一人で抱えてきたようであった。
エピソード1に記述した「どんな感じか様子を見ています」という面接初期のAさんの言葉の背景には,深く傷ついた心が少しでも癒やされ,安心や安全を感じられるかどうか,筆者の態度や発言,行動を1つ1つ吟味する姿勢がうかがえる。本来は,安全な場であるはずの面接の場が,孤独や不安,怒り,苦しみを受けとる可能性がある場となっていたため,そのような姿勢になることも理解できる。その際のAさんの心は,どんなにか孤独で心細いものであっただろう。
苦しい状況にあるAさんが,次第に安心感を感じられるようになったとすれば,Aさんの,安心や安全を求めるニーズを感じ取り,そのニーズを尊重したこと,そしてAさんの “良くなりたい” という心からの願いを感じ取り,そのためのAさんの努力を手伝う姿勢で関わったことで,Aさんの治療的変化を創り出す力が引き出されたからだと考えられる。
(11)考察3:「相互一人称化の過程」と「深い関係性」における出会い増井(1994)は,治療者のセラピーにおける「私」の体験としての提示を「一人称化」への志向性と呼び,「治療者としての『私』を生きることにより,クライエントが一人称としての『私』の提示をやや容易にし,クライエントにとっての一人称的な提示が促進される」のだという。また,増井(1994)はそれらを「『相互一人称化』の過程」と呼んでおり,そこには,治療者の「私」とクライエントの「私」との「出会い」が待ち受けているという。
また,本山(2022)は,増井(1994)の「相互一人称化」のプロセスを通して,「クライエントが『私』の主観的な意味を探求しはじめ,セラピストとそれを共有する方向に対話が進んでいく」のであり,PCA(パーソン・センタード・アプローチ)による対話においては,「援助する者とされる者とが『相互一人称化の過程』による『私』と『私』の対話を成立させることによって,援助関係の中での“対等性”を生み出している」と論じている(本山, 2022)。
エピソード4において語られた我が子を慈しむAさんの温かな情愛に触れて,筆者には,治療者としての「私」のみならず,母親としての「私」の体験が想起された。筆者がその「私」の体験をAさんに提示したことで,Aさんの「私」の提示が容易になり,上述のような「『相互一人称化』の過程」が生じてきたと考えられる。そうして,Aさんと筆者の間に,対等な「出会い」が生まれ,“今ここで”の気持ちがともに共有される方向に対話が進んだと思われる。そして,そのような「出会い」は,互いの関係性を深めたと考えられる。
こうした関係性の深まりは,Cooper(2015)の「深い関係性(relational depth)」と関わりがある。Cooperによれば,深い関係性とは,「コ・プレゼンスの状態,すなわちクライエントもセラピストも相手を受け入れ,それへの反応として起こる自分の在りようを,そのまま純粋に表現できる状態」である。MearnsとCooper(2018/2021)によると,そこでは,「セラピストのプレゼンスと共にクライエントのプレゼンスも必要」とされ,「表現および感受ということが両者に求められる」という。そしてさらに,「人は他者との密接な親しい繋がりがある時に,より前向きになる傾向がある」という(Mearns &Cooper, 2018/2021)。
Aさんは,心身の苦痛を抱えながらも,エピソード4の頃から,気持ちが少しずつ前に向かう様子がうかがえるようになっていった。「深い関係性」に関してCooperが示唆しているように,Aさんと筆者の間に互いに親しい繋がりが感じられる瞬間があったことが,その改善に寄与していたように思われる。
(12)考察4:現実の関係やケアする関係によって治療的変化を作り出すクライエントの力エピソード5で,筆者が就労移行支援事業所について詳しくないことを知ったAさんは,見学後にパンフを持参され,事業所の特徴や内容について簡潔で丁寧な説明をしてくれた。筆者はAさんの自然な気遣いや思いやりを嬉しく感じた。また,筆者が退職することになり,面接が途中で終わることをAさんに謝罪した際には,Aさんはそれをそのまま受け入れてくれた。最後にいただいたAさんの手紙に対して,筆者には感謝の気持ちが湧いた。
筆者はAさんの苦しみを和らげようとケアしてきたが,振り返ってみると筆者の方も,Aさんによってケアされていたのである。
これまでのエピソードを振り返ると,セラピーの技法よりも,ケアする関係や,Aさんと筆者の「現実の関係」が治療的変化を創り出すAさんの力を推進する要因となっていたと考えられる。
「現実の関係」について,Gelso(2009)は「相手に対して素の自分を純粋に見せており,相手をありのままに知覚ないし体験しているような,セラピストとクライエントの個人的関係」と定義している。また,Gelsoら(2019)は,「現実の関係」は,「現実性」と「純粋性」という2つの構成要素から成り,「現実性」とは,歪曲された知覚ではなく,現実的であること,「純粋性」は防衛的でも役割的でもなく,純粋であることだという。
また,Freud(1954)は,「転移の厳格な扱いと解釈を大事にしながらも,患者と分析家は,互いに現実の関係における対等な二人の人間であるということを理解する余地を残しておくべきだと私は感じている」と述べている。
以上を踏まえると,本ケースでは,セラピーの技法というより,素の自分としての筆者とAさんとの間の「現実の関係」が,Aさんにとって「寄り添ってくれるカウンセリング」となったものと考えられるだろう。そしてそれにより,Aさん自身の中から自らを支える力が創り出されていったと言えるだろう。
[茅野綾子]
(1)事例の概要クライエント(以下,Cl)は,筆者が勤務していた大学病院でがん治療を受けていた40代の女性Aさんである。著効していた抗がん剤治療を突然やめたいと主治医に話し,驚いた主治医より緩和ケアチームに介入依頼があった。筆者は緩和ケア科及び緩和ケアチームに所属しており,主治医,緩和ケア科医師,がん看護専門看護師などと連携しながら,チーム医療の一員としてAさんの心理支援を担当した。
クライエント:Aさん,40歳代前半女性,B県在住家族構成:父(80代),母(70代後半),同胞4名第1子。C県に両親と次弟が同居,D県に長弟,E県に末弟(子と2人暮らし)がいる。夫と離婚,子はなし。
成育歴:C県で育つ。高卒後,就職のために生まれた地方を離れた。X-5年に結婚,夫の家業を手伝っていたが,X-1年離婚。B県に引っ越し,清掃業に従事する。
(2)がんの経過X-2年6月に子宮頸がんと診断された。同時化学放射線療法を開始し,8月に治療終了。結果は完全奏功。同年11月,右肺に単発転移,切除術施行。X-1年2月,子宮頸部に再発,リンパ節転移。化学療法開始。3月,主治医が変更。化学療法は継続し,3クール施行後に病巣の著明な縮小。5月,主治医に対し,突然「治療をやめたい」と話す。本人の意向をくみ,いったん化学療法は休止。7月,主治医に対し「治療をしないことも考えている。はじめから治療したくない気持ちはあった」と話し,治療再開はせず。
効果の出ていた治療を中断し,治療再開を迷う患者に多職種での支援が必要と判断した主治医より,緩和ケアチームへ心理社会面へのサポート及び意思決定支援を目的として介入依頼となった。この時点で治療をしなければ余命1年の見立てであった。
(3)面接経過以下,経過の記載においてClの言葉は「 」で,Thの言葉は< >で,それ以外の言葉は『 』で示す。
#1 X-1年8月20日(面接初日)
診察にThも同席,Aさんは主治医の治療説明に対して,これまで同様に「治療はしたくない」と答えた。別室にて面接を開始するが,Aさんから話すことはなかった。外来看護師より,『いつも一人で来院し,困りごとを尋ねても「大丈夫です」と言うのみで,誰とも会話せずに一人で帰っていく』との様子を聞いていたので,Thから話しかけることにする。治療はしないと決めた診察を振り返り,今の気持ちを尋ねた。Aさんは「気持ち,,,気持ちはあんまりわからない」と話す。さらにThから治療しない理由について尋ねると「最初からがんは治るもんじゃないと思ってるんです。それに治療にお金がかかるから」と話す。Thは患者の考えに理解を示したうえで,<延命治療をしないという結論を自ら出すことは大変なことだったと思います>と伝えると,「小さい頃からもう人生いいかなって思っていたんです。だから,自分的には大変じゃなかった。これが自分のやりたいことだから。ずっと死にたいと思ってたら,がんが向こうからやってきたという感じです。あー,これでやっと病死になれるって」と表情を変えずに淡々と話す。
Thは初対面でのその答えに動揺しながら,さらに答えの背景を尋ねた。「小学校,中学校とずっといじめられてきたので」といじめの体験を話す。<いじめがあってずっと苦しい思いをされてきたのですね>と伝えると,Aさんは初めて涙を流した。Aさんは「私がこういう,なんていうか,,,自分が思ってることをうまく言えなかったりするので,変な奴って思われるのかな」と話した。この時,ThはAさんの感情に初めて触れた感覚があった。<これまできっと本当に大変な思いをされてきたのだと思います。もしかしたら,今回の決断の前にも,Aさんは身近にいつも死があったということなのでしょうか>と尋ねると,「そうですね...高いところに行ったら,ここから飛び降りたら楽になるかな,とか,橋の上でここから飛び込んだら死ねるかな,とか,そういうことばっかり考えて生きてきました」と話してくれた。<本当に頑張って,ここまで生きてこられたのですね>と伝えると,ピンとこない表情をする。これまでどのように生活してきたのかを尋ねると,実家が息苦しくて高校を卒業してすぐに就職して家を出たこと,また,病気になった今も実家に戻る意思はないとのことだった。
(4)がんの経過病状が進行し,痛み,腫瘍熱,浮腫などの身体症状が増悪した。そのため,延命ではなく症状緩和のために,抗がん剤治療が行われることになった。
#4 X - 1年12月3日:がん看護専門看護師も加わり3者で面談
がん看護専門看護師が同席し,今後の療養場所について具体的に検討した。そこでAさんは次のように自分の考えを話した。「ぎりぎりまで働き,お金を工面する。入院が必要となったら,実家から家族が遺体を引き取りに来やすいF県のホスピスに入りたい。お見舞いとかは来てくれなくていい。亡くなってから来てくれたらいい。できれば知っている医療者がいるここ(当院)にぎりぎりまで受診したい」。
#6 X-1年12月17日~#8 X年12月21日:化学療法のための入院
次男と三男が相談して,実家から病院に通うことを提案する。<Aさんはどうしたいですか?>「私は実家には帰りたくない。過去の嫌な記憶が戻ってくるから,落ち着かない。最後ぐらいは自由にしたい」と話す。また,次男に遺体の引き取りに来てほしいと話したら,嫌な顔をされたと話す。Thからは別の見方として<いきなりお姉さんから遺体の引き取りにきてと言われたら,私だったらびっくりしたり,悲しくなったりします>と伝えてみた。Aさんはあまりしっくりとは来ていない様子であった。ご両親と話したいかの問いには横に首をふった。
日中に病棟の談話室に一人でいることが多く,退屈で暇をつぶせるものが何もないとのことだった。Thは,Aさんの入院生活が楽になることと,心理的な安寧が得られるようにと,マンダラ塗り絵と色鉛筆を渡した。
#10 X年1月15日~ 18日:2回目の化学療法のための入院
マンダラ塗り絵をAさん自らが面接室に持参し,見てほしいと話す。「何かわかるのですか?」と尋ねたため,Thは<心理検査ではないので,これを見て何かわかるわけではないのですよ>と答えると,「えー。残念。わかると思って頑張ってやったのに」と少し楽しそうに話す。Aさんが自分のことを知りたいと言うので,Thは<塗り絵を見ると,Aさんはお話する以上に内面に豊かなものがたくさんあるように感じました。塗り絵を見ながら,今度一緒に考えましょうか>と伝えた。ThはAさんと一緒に心のことを見つめていけるようになったと感じた。
(5)がんの経過抗がん剤の副作用(口内炎,手足のしびれ)が強くなったため,抗がん剤治療は中止となる。F県のホスピスが2つピックアップされ,面談を受けた。この時点で,余命はおそらく3か月ぐらいとの見立てであった。
#11 X年2月1日
「できれば実家には帰りたくないけど,最終的には仕方がないのかなと思っています。だけど,その期間は一番短くと思います」と言う。実家に帰りたくない理由は,「気持ちの安らぎがない。だから,なるべく一人で過ごせる時間を多くしたい。親には負担をかけたくない」とのことだった。
#13 X年4月19日~ 4月20日:救急受診・入院
マンダラ塗り絵の本を見て,その本に記載されている色の意味を一緒に読んだ。黒は「死や再生」を意味すると記載されている。黒を多く塗っている塗り絵を見ながらAさんは話す。「死ぬことは怖いと思っていない。その時が来たら死んじゃうんだろうなって思ってる。死ぬことは自分が選んだことだから。病気はきっかけなだけです。もともと何も持っていないし,なくなるものもない」。ThはAさんの人生について本当に何もなかったのだろうかという思いがよぎったが,それを意識的に追いやり,何も持っていないと語るAさん自身の切ない思いを感じながら,その言葉を受容した。
#14 X年4月26日
転院のため,カウンセリングは本日で最後となる。「主治医にうまく症状を伝えられない。言葉にするのが難しい」<症状を言葉にするって難しいですよね>と伝えると,「もともと人見知りもあるし。こういうのはなおるものなんですか?」と問いかけがある。ThはAさんが変化することに関心をもった問いかけをしたことに驚いた。<Aさんはなおしたいと思われますか?>「うーん。あんまりひどいのは困る」。ThはAさんが自分の心を見つめ,変わりたいと思ったそのこと自体が尊いものだと心から感じた。<Aさんがなおしたいと思うならば,変えていけるものですよ>とその変化の芽を大切にしながら,この先に希望がもてるよう言葉を選んだ。
Thより一番最初の記憶を尋ね,昔の記憶を振り返っていると,いじめられたトラウマティックな体験を再び語った。Thは残された時間で出来得る限りのことをしたいと考え,いじめられ,耐え抜いた過去の私に,今の私が言葉をかけるというワークに誘った。Aさんは「よく我慢したね,もう大丈夫」「もうちょっと辛抱したら終わる」と声をかけた。
Thからは<恐怖心が少なくなれば,今のAさんのままで人との関係は作っていけると思っています>と伝えた。「そう言ってもらえると安心します。人と関係を作っていくのが苦手なんです。もうちょっとって思っても,怖くてあきらめてしまうんです」<もうちょっとって思えることはとても大切なことだと思います。それがAさんの心の健康的な部分です。そこが怖いという心で抑えられているだけです>「ずっといじめられてて,何も話さない,目立たないようにしてきたのに,なぜかいじめられてしまう。きっといじめられる何かが,向こうから見たら私にあったのだと思う」<それはあなたの問題ではないです。問題はいじめた側にあったと思います>「そうなのかな。(流涙)そういってもらえると安心します」<AさんはAさんのままで十分魅力的な方だと私は思います>「嬉しい。そういえば,昔の私を知っている人は変わったねって言われます。今のほうが明るくなったって」。
ThはAさんの変化の芽がさらに育ち,そしてこの先Th以外の何かがAさんを助けてくれるよう祈りをこめて,Aさんとの面接を終えた。
(6)がんの経過GWあけ転院予定であったが,症状(下痢,嘔気,貧血,疼痛)が増悪し救急受診。入院。緩和ケア医師よりオピオイドが開始された。主治医より『もう1回カウンセリングをお願いします』と連絡を受けた。
#15・16 X年5月8日~ 13日:救急受診・入院
救急受診をした外来のベッドサイドに出向く。個室での面接を希望したため,Thが車いすを押し,面接室に向かった。今のお気持ちをうかがうと「こんなしんどいのが続くなら早く逝けたらなとか。いつまで続くんだろうとか。身体がしんどい」と話す。Thは<そんなにしんどい中で,一人で過ごすのは心細かったですね>と伝えると流涙する。ThはClに次々と起こる苦しみにかける言葉が見つからず,<苦しいですね。私も言葉がないです>と伝えると,Clは「うん」と頷き,「ありがとうございます」と応じた。その後,しばらく二人で言葉のない時間を過ごした。
Thの方からAさんにお伝えしたいことがありますと,次のように伝えた。<前回のカウンセリングからもう一度お会いできたことを,私はすごく嬉しく思っています。そして感謝しています>「ありがとうございます。私もです」とClは流涙した。
入院後,面接室で話をしていると,体力のなくなったAさんはうとうとする。<眠いですか?座っているとしんどいと思うので,お部屋に戻ってゆっくりされますか?>「部屋に戻っても寝れないし。もうちょっとここでいたい」<わかりました>しかし,こちらから声をかけないとAさんは寝てしまう。ThはAさんが安心していられるならこのままいてもらおうと思い,別の仕事をしながらAさんが目を覚ますのを待った。しばらくして目を開けたAさんに<起きましたか>と微笑みかけた。Aさんは「病室に戻ろうかな」と話したので,車いすで一緒に病室に戻った。とても穏やかな時間であり,Thはまるで母親が寝ている子どもを横にしながら用事をしているような感覚を持った。
#17 X年5月10日
「弟もいろいろ悩んでいるみたいです。彼にも心のケアが必要だと思う。できるだけ弟の話を聞いてあげたい」と話す。Clが望んで始まった面接ではなかったが,Aさんは心のケアを受けていると感じ,その思いがケアを与えることを通して弟と関わりたいという思いへとさらに変化していた。さらに「母親は行くとなんだかんだとやってくれます。最終的には頼ることになるのかな。やっぱり自宅で過ごしたほうがいいのかな」と,母親への認識も少しずつ変化し始めていた。
今後,どこで過ごすかを話し合う中でAさんは「家の方がゆったりする。気がまぎれるっていうか。それにご飯が食べられそう」と話す。「何となく,みんながいて,わいわい食べていると,なんか自分もちょっと食べられるような気がするっていうか」<何か少し以前のAさんとは違うように感じるのですけど,気持ちが変わったりされましたか?>「うん,,,なんかこうなってしまって,頼ってもいいのかなって思えるようになった。今日わかった」<少し気持ちが緩みましたか?>「うん。今まで,一人で頑張らなくっちゃって必死になってた。だけど,それも難しくなって。この前帰ったときに,靴下が自分ではけなくて。母親に頼んだんです。そしたら,母親がはりきってやってくれた。なんか,目がすごく,なんていうかな,嬉しそうだった。それを見ると,頼ってもいいのかなって。親との間には,まだわだかまりもあるけど,そういうのがあってもやっていけるのかなって思って。気づくのが遅いと思うんですけど」と流涙した。Thにも込み上げるものがあり,Aさんと一緒に涙を流した。「それに母親が去年に退職して,ぼけるんじゃないかなって家族が心配してて。私がいたら,世話する人ができてちょっとはりが出るかもしれないし。そうなったらいいのかなって」<それもAさんの大切な役割かもしれませんね>「そうですね」。
#18 X年5月12日:翌日に弟の車で,G病院へ転院予定(最期の面接)
「少しは家にいたいな。急激に悪くなった時は病院に行きたい。なんか昔と違った。親も。私も少しは丸くなったかな」<Aさんがお家で過ごしたいという気持ちはとても大切です。言えてよかった。このことはG病院にはまだ伝わってないので,私からカウンセリングでお話ししてきた内容を簡単にまとめてG病院の先生にお手紙で送ってもいいですか?>「はい。お願いします」。<会えなくなるのは本当に寂しいです>「私もです。ありがとうございました」<こちらこそです。ありがとうございました。お会いできて本当によかったです>。
Thは,Aさんの思いを実現するため,Aさんに同意を得て,転院先の病院へ診療情報提供書を作成した。入院後すぐに在宅療養を希望されると思うが,それはやっと言えた気持ちであり,在宅調整をしていただきたい旨を記載した。
#転院後,G病院主治医からの返書
入院し症状マネジメントを行った上で,在宅診療の調整を行い,約3週間後に自宅退院。実家で過ごすことができた。自宅では母や義妹が作った食事を食べたり,ご自身が卵焼きを作って家族に振るまわれたこともあったそう。またご家族と地元の温泉に行き,足湯につかったりもされた。状態が悪化したときには再度入院する予定であったが,状態悪化してもそのまま自宅で過ごすことを希望された。
在宅療養から約3週間後,自宅で,ご家族とご友人に見守られながら永眠された。
(7)考察 ①治療的変化を推進したClの力について本事例において,Clは以下のような治療的変化を遂げていることが指摘できるだろう。
まず,セラピーに対する姿勢が,医師に言われて受け身的に受ける姿勢から,自分にとって大事なものとして,能動的に関与する姿勢へと変化した。面接開始当初,ThはClの過去や心にどこまで触れるべきか,戸惑いがあった。Clもまた聞かれたことに答えるという姿勢であった。しかしClは,Thから尋ねられたことに誠実に答えることによって,ThがClを理解できるよう,そしてThがClに共感できるよう助けてくれた。そのようなやり取りを重ねて二人の関係が深まっていくにつれ,次第にClの方が面接をリードするようになっていった。Clは『マンダラ塗り絵を見てほしい』(#10)と求めることで,Thに自らの心に触れる許可を出してくれた。それはThが意図していたことではなく,Clの主導によって始められたことである。ThはClのリードについていくかたちで,Clが自らの内面に触れていくのをサポートした。
このように,Clにはもともと素直に自分の心を見つめ,言語化できる能力があった。誠実さやオープンさ,そして言語化する能力などは,Clが持つ力である。さらに,Clは一貫して自分の内にある考えに基づいて行動しており,その考えに基づいてやり抜こうとする力があった。それは,これまでの苦難の中で頼る人のいなかったClが,一人でもがきながら生きてきた時間に培った強さである。答えは常にClの中にあった。平木(1997)は,Clを「その現実を生きているエキスパート」(p.183)と呼び,その潜在能力の重要性を強調している。Clはそうした内的リソースを活用して,望んで始まったわけではなかった心理支援を能動的に活用し,変化したのだと考えられる。
次に,家族に対する姿勢が,家族に迷惑をかけたくない,家族に頼りたくないという姿勢から,甘えてもいい,頼ってもいいという姿勢へと変化した。これと並行して,家族に対する感情が,落ち着かない,居心地が悪いという感情から,落ち着く,安心できるという感情へと変化した。
Foshaは,誰かが親しく,優しく,近くに,豊かな感情を持ってすぐ隣にいてくれることで,抵抗が解きほぐされ,その結果,Clの中にもともとあった力が発揮され,自分から話し,共有したくなり,世界からも自分自身からも隠されていた自己の本質とおのずと出会うことになると論じている(Fosha, 2000/2017, p.42)。この面接においてはまさにそうした過程が生じていたと考えられる。Clは過酷な人生を生き残るために,強い防衛を作ってきた。Clの持つ防衛とは,傷つけられることや拒否されることを恐れて,対人的な感情体験を排除することであった。また,がんに伴う身体的苦痛を感じることは不安を惹起するが,そうした不安を一人で抱えることがないように,身体の感覚体験を無意識的に感じないようにすることであった。気づきの中にあるものは誠実に語ることができるが,そもそも排除されアクセスできない感情は語ることができない。したがって,面接の初期は,強い感情を伴うような出来事を不自然なまでに淡々と話していた。Thの応答もどこかClに届かない印象があった。しかし,Thが親しみと優しさ,そして豊かな感情表現をもってただそばに居続けると,Clは自ら自分の気持ちを話すようになっていった。それに対してThから受容的な応答を返したところ,Clはそうした応答をオープンに受け入れ,これまで排除してきた感情を体験したり共有したりしても大丈夫なのだという体験をることができるようになった。そのようにして防衛が緩んでいき,Clはそれまで隠されていた本質的な自己に出会っていったと思われる。
そしてその本質的な自己が家族と新たに出会ったとき,Clは食事の場面を想像する(#17)など,家族と一緒にいることの安心や安全をイメージできるようになっていった。また,「弟の話を聞いてあげたい」と言い,家族とより深い部分でつながり,関わることを望んだ。それと同時に,家族の表情や行動をより適応的に読み取るようになり,母親のケアや弟の援助を別の視点から解釈できるようになった。母親や弟たちは,Clに『何かをしてあげたい』という気持ちを持っていたが,これまでClは長年にわたってそれらを拒絶し,関わりを回避してきた。しかし,新たな見方ができるようになったClは,『家族のしてあげたい』を受け入れるようになった。さらに母親と一緒にいることで自分が母親の人生に張り合いというかたちで役立てるのではないかとも想像するようになった。
Boszormenyi-Nagyは,家族における公平性を重視し,自分が他の家族のために何かを与えること(ギブ)と,家族から与えられること(テイク)の両方のバランスが取れることが必要であることを述べている(Boszormenyi-Nagy & Krasner, 1986;平木, 1997)。Foshaもまたギブ・アンド・テイクについて,「健全な人は他者とつながり,自立し,自分と他者を喜び,自分に関心を持ちつつ他者に気を配ることができ,共感と思いやりがあり,ギブ・アンド・テイクができる」と述べている(Fosha,2000/2017, p.43)。このように,さまざまな心理療法理論家が,家族その他の人間関係において,与え合い,受け取り合う相互性を,セラピーが目指す健康さの一側面と考えている。
Clは面接プロセスにおいて,今の自分が家族にしてあげられることに自ら気づき,家族メンバー間の相互的で公平なギブ・アンド・テイクのバランスを回復していった。しかしThはこれを目指すべき治療目標として想定していたわけでもなければ,Clにそのような提案をしたわけでもなかった。これは純粋にClの中から出てきた動きであった。
面接初期に「遺体を引き取りに来てもらえばいい」と頑なに主張していたClが,面接の終盤では家族との信頼を取り戻し,家族と「家にいたい」と言えるような状態へと変化したことは,非常に印象的である。
②緩和ケアの場面で見えてくるClの力について本事例は,身体的な治療を中止し,死の準備に入ろうとするClに対する緩和ケアの一環としての心理支援(カウンセリング/セラピー)である。つまり,Clが尊厳を感じられ,全人的苦痛(身体的苦痛,社会的苦痛,心理的苦痛,スピリチュアル(実存)な苦痛が少しでも緩和され,Clの希望が叶えられるよう意思形成や意思決定をサポートすることを目的とした心理支援である。この点で,本事例は,Clに何らかの主訴があり,心理的な症状や問題の消失や軽減を目標として行われるような心理療法とは異なっている。
カウンセリングに紹介された時点で,Clの人生に残された時間は,不確定であるとはいえ,かなり具体的にイメージできるほどの長さとなっている。その時間をどう過ごすかは,Cl自身の自己決定が最大限に尊重されるべきものである。そもそもカウンセリングを受けるかどうかでさえも,Clに委ねられている。その意味で,本事例においてまず注目されるべきは,Clが,自分の限りある時間をカウンセリングに費やすことを自己決定しているということである。Clは1分1秒が貴重な人生の残り時間をどのように使うか選ぶことができる状況にあり,その上で,ここに報告してきた時間,Thと共に過ごすことを選択したのである。このように,心理支援の場そのものが,Thの関わりを許可するClの力によって,成立しているのである。
同様のことは,カウンセリングの目標に関しても言える。繰り返しになるが,Clは心理的な症状や問題を主訴として,症状や問題の改善のために心理療法を求めたわけではない。人生を終えようとしているClに,残された時間でどのような変化が必要(適切)なのか,Cl自身の他に誰が決められるだろうか? 本事例において,Thはあくまで,もし仮にClが求めるのであれば,その変化を実現するために可能な限りサポートしようとしたのであり,Thの側から変化を求めることはなかった。にもかかわらず,Clは人生の最後に,自ら性格的な変化を求めたのである。このことはThを驚かせた。
以上のように,本事例においては,緩和ケアにおけるカウンセリングであるという状況が,Cl自身の中から発露される成長へと向かう力を浮き彫りにしている。緩和ケアに携わる経験の中で筆者が感じることは,患者はどれだけ身体の自由が奪われようとも,その心は死の直前まで自律的であり,ダイナミックに変化するということである。人間は死が迫り,終わりを見据えるような限りある人生の時間の中であっても,ごく自然に成長の方向に向かうものである。それは他者から強いられるものではない。そして,その在り様やプロセスは一人ひとり固有であり,個性的である。抗うことのできない現実の中で,ThはそうしたClの持つ力を借りて支援を提供しているのである。
[加藤敬]
このシンポジウムでは「治療的変化を作り出すクライエントの力」と題して,3人のシンポジストによる話題提供がなされた。これまで治療関係における共感はセラピスト側からなされるものとして認識されてきたが,クライエント側からの共感や働きかけにもセラピストが影響され治療が進んでいるという認識が必要であるとの趣旨でシンポジウムが開かれた。まず各演者の発表を振り返りクライエントの力が発揮されるセラピストとの関係性について考察してみたい。
始めの演題では飯島氏によって双極性障害の30代女性との事例が発表された。氏は主にEFT,AEDPに基づく感情を重視したカウンセリングを実践している。カウンセリングは氏の退職という事情から3回という短いものだったが,クライエントの健康性が十分に発揮された結果となった。クライエントは面接に積極的な姿勢があり,パートナーに対する依存や親密な人に怒りをぶつけることが主訴であったが,その背景に孤独に対する不安があると明らかになる。カウンセラーはクライエントの感情や身体感覚に焦点をあわせ面接を進めていくと,クライエントの気づきが深まり自立心の強さを感じることが出来た。そうした健康性を面接の中で大切に扱うことによって,自分の軸が感じられなかった状態から自己の仕事を見直し,良い所を発見することが出来,「色々な仕事をして多種多様な人たちと出会い,知らない考え方や見たこともない物を見て,仲間が出来たりすること,自分の経験や特性を生かしたい」と考えるようになる。こうしたクライエントに影響を受け,最後の回ではカウンセラーの自己開示が自然となされ,自身がこのカウンセリングで学んだことや転職の話がされ,クライエントに受け入れられると同時にユーモアを持って返される。筆者は医療領域で長く心理士をしていた関係から,このクライエントが3回で急展開な気づきを得たあたりは,やや躁的な気分の高揚も関連しているのではないかと懸念されるのであるが,基本的にはクライエントの力を信じ,クライエントの生き方やそれに伴う生き生きとした感情を大切にしたカウンセラーの姿勢が重要と考える。またそこにはクライエントに対する敬意がカウンセラーの根本姿勢にあることが見て取れる。
次の演題は浅野氏による40代女性の事例である。氏は長年企業に勤めた後,大学院に入りPCA,フォーカシング,精神分析,CBTを学び,統合的心理療法に関心を持ちながら多様な現場で実践を重ねている。事例のクライエントは通院とカウンセリングを4年程続けているが症状が良くならず,カウンセラーの交替を主治医に訴え,3人目のカウンセラーとして氏が担当することになる。これまでのカウンセラーはカウンセラー自身の考えを押し付けるような,また上から見ているような対応だったと不満を述べるが,氏はその点に注意し,クライエントの辛い気持ちを精一杯受け止めながら寄り添う姿勢を保った。
クライエントは原家族との関係の中で受けたトラウマからリストカットをしていたことを話し,カウンセラーはクライエントの苦しみを労わる姿勢で受け取る。また苦しみの中でも子どもに愛情をかけて育ててきたことに対して,カウンセラーは頭が下がる思いをし,自己開示を交え同じ母親としての思いをクライエントと共有する。そうしたクライエントに寄り添う姿勢を続ける中で,クライエントは仕事をしたいという希望を実行に移し,就労移行支援事業所に行くことを始めた。カウンセラーの事情により退職することになったが,最後の面接ではクライエントから手紙をもらい「寄り添ってくれるカウンセリングは色々なことを考えるきっかけになった」とあり,感謝の言葉が添えられていた。カウンセラーはこのような自分でもなんとかなったと驚きと喜び,そしてクライエントに対して感謝の念を抱いた。
このクライエントはどのような症状だったのか明確ではないが,抑うつ的なものと想像される。それまでのカウンセラーは自分の治療方針を押し付けたり,上から目線で応答するなどカウンセリングの基本的な姿勢に問題があった。一方カウンセラーを2回変えてほしいと主張するクライエントに対しては,当然難しいケースではないかと不安になるものである。氏はそうした不安も認めながら謙虚な姿勢でカウンセリングに臨んだと言える。またクライエントの力に焦点を当てると同時に,クライエントの価値観を尊重するカウンセラーの敬意を持った対応がクライエントを勇気づけ,自身の希望を叶えるようになったと考えられる。
最後の演題は茅野氏による末期の子宮頸がんを患うクライエントの事例報告である。氏は大学院でユング派のスーパーバイズを受けると同時に統合的アプローチに関心を持ち,卒業後はEFT,PCA,ゲシュタルト療法の研修を受け,現在は国立がん研究センター中央病院において緩和ケアの実践を重ねている。事例のがん治療は奏功するが数か月後に再発し,化学療法がなされたが,クライエントは治療を中止したいと主治医に希望した。主治医は緩和ケアチームにサポートを依頼し,茅野氏がカウンセリングを担当することになった。
初めにカウンセラーはクライエントの治療を中止した理由を尋ね,小さいころから虐めにあってきたこと,人生を諦め死にたいと考えてきたため癌で死ねるならそれで良いという心境をクライエントは語る。そうした思いをカウンセラーは丁寧に受け止め,迷いつつクライエントのアセスメントを行い,クライエントの傷つきの防衛をカウンセリングによって解いてしまうと抑うつや希死念慮が増大する恐れがあると判断した。そこで心の探索はクライエントの求めがあれば応じることにし,クライエントに寄り添うことで孤独にさせないようにすることや,自分の生をどのようにまっとうしたいのか話し合いを重ね,クライエントの意思形成支援を行っていく方針を立てた。
7カ月の面接の後,転院の予定だったが,症状が増悪し再び入院となる。その間カウンセラーはクライエントに寄り添う姿勢で面接を続ける中,クライエントに自分の心を知りたい思いが高まってきた。クライエントは人見知りを治したいと語り,過去の虐め体験を振り返るが,カウンセラーの共感的な応答やエンプティチェアを使ったワークによって過去の自分に語り掛けることが出来た。再入院での面接では信じられなかった家族に対しても信じれるようになったと語った。退院時は互いに会えなくなることを寂しいと伝えあい,互いに出会いに感謝し,共に流涙して面接は終結する。
終末期のクライエントに対して,氏は面接がクライエントの防衛を引きはがし,抑うつ状態になる可能性を考え,今後の生き方を考える意思決定支援を中心に寄り添う姿勢をとる方針をたてた。その対応によってクライエントの力が発揮され自分の心を見つめ,過去に受けた虐めによるトラウマを扱うことが出来た。これはクライエントの尊厳を守り敬意を持って出来る対応である。このように3人の演者に共通するのは,クライエントに対する敬意と謙虚な態度である。
多元的アプローチを推奨するCooper(2015)によれば,クライエントとセラピストが共に影響を受けあいクライエントの力が発揮される前提として,治療関係の「深い関係性(relational depth)」が形成されることが重要であり,そこには「クライエントの在り方に対してセラピストが心からの驚きと畏敬の念を持っていること,つまり世界を生きるこのクライエントの在りように対する深い敬意」が必要である。また宇都宮(2007)はBuberが提唱した「我と汝」という関係性の中で,汝の絶対的価値は評価の対象ではなく,それはただ他者を「汝」として,代置不可能な存在として敬愛することが「汝」の絶対的価値を承認すると述べている。
このようにセラピストが謙虚な姿勢を保ちクライエントに敬意をはらうことは,汝としてのクライエントの存在価値を積極的に承認する態度に繋がる。そこで形成される深い関係性によって,セラピストだけでなくクライエントもセラピストに対して共感することが出来,セラピストもクライエントに受け入れられていると感じることがセラピストの自然な形での自己開示に繋がる。3人の演者の発表にも治療の自然な流れの中でセラピストの自己開示がなされていることが分かる。もちろん自己開示はセラピストが勝手に自分のことを喋ることではない。そうすることはセラピストの価値観を押し付けることにも繋がることや,自分のプライベートな情報(住所や電話番号など)を伝えることでクライエントとの心理的な境界が曖昧になり,治療関係が混乱に陥る危険性があるのと同時に倫理的な問題に発展する恐れのあるものである。しかしクライエントとの深い関係性が形成され,クライエントからの影響を受けた後に自然に発露する3者のセラピストの自己開示は,クライエント,セラピスト両者にとって重要な体験となっただろう。
カウンセリングは普通の会話ではなく,専門家によるクライエントの治療や支援を目的とした特殊な会話をしていく点で専門家-非専門家というタテの関係が存在する。タテの関係では専門家の支援のもと理論技法の押し付けになりがちである。しかし統合的な志向を持つセラピストは,既成の理論技法を押し付けるのではなく,治療や支援のためのアセスメントやそこで使われる理論技法を,クライエントの合意や理解を得ながら使用し,クライエントの認識を大切にした関心相関的(西條,2005)な姿勢のもとで理論技法を改変し治療を進める姿勢をとる。その結果クライエントや治療者の主体性が生かされ,創造的な治療が展開していくが,重要なのは治療者の基本姿勢にクライエントに対する敬意があることである。繰り返すが3者に共通するのは,治療の現場や特徴は違うが,クライエントに敬意を持ち謙虚な姿勢をとり続けていることである。こうした根本姿勢を大切にしながら今後も臨床を重ねていかれることを期待している。
[岩壁茂]
心理療法の効果研究とそのメタ分析は,セラピストの介入よりも,クライエントの寄与によって起こる変化の割合のほうが大きいことを示してきた(Fuertes,2022) 。この知見の,心理療法統合に対する意味は大きい。心理療法統合を考えるときに多くの臨床家が念頭においているのは,自身がどんなアプローチをとるのか,という介入の種類についての問いである。確かに,クライエントのなかにある力を引き出すということを重視するアプローチもある。しかし,全般的に,病理を治療する,症状を改善させる,不適応な機能を修正するといった目的に向けて,外側からのなんらかの力を加えることによって変化を起こす。このような介入を中心とした変容のメカニズムを前提にしている。心理療法統合に関心をもっている臨床家は,様々な介入への知識に長けており,様々な介入の選択肢の中からクライエントにもっとも合ったものを選択するという視点を取りやすい。しかし,クライエントの治療的変化を作りだす力を引き出す,という視点は,介入選択を超えた何かが求められる。本シンポジウムの3事例の発表にはその要素の一部がくっきりと浮かび上がったように感じられた。
クライエントの変容を起こす力について考えるとき,すぐに思い浮かぶのはクライエントが自分の意志に基づいて決断して,行動する力である「主体性」という概念だろう。ほとんどの臨床家は,クライエントが主体性を発揮することを良いことと想定している。もう一方で,これらが心理療法のプロセスにおいていつどのような形で表れるのか,一体どんな行動が主体性なのかということについては十分に議論されていないようにも思える。というのも,主体性も積極性も外側から見た価値判断がかなり入っており,セラピストの都合により,時に良くないものと判断されることがあるからだ。たとえば,「抵抗」という場合,クライエントが「介入」を受け入れずに,拒否したり,面接プロセスの進行に逆らうことを指す。しかし,抵抗はセラピストが目指そうとしていることに対して,クライエントが合わせないという意味でもっとも基本的な「主体性」の表れと見ることもできる。BlanchardとFarber(2016)によると92%のクライエントはセラピストに嘘をついたことがあり,そのうち72.6%は,セラピーの感想や印象についての嘘であったという(多くの場合,セラピストやセラピーの成果に対する不満足を否定すること)。セラピストに嘘をつくことも,セラピストが見逃しやすい「主体性」の表れであることは間違いないだろう。
ここに登場する3名のクライエントは,面接がはじまる前から「主体性」を発揮していた。セラピーを受けることに躊躇し,それを主張した。もう一方,セラピストたちはその主体性を尊重し,クライエントが必要としている時間を与え,クライエントの気持ちの準備ができるのを待った。これは,治療関係をはじめる上で重要な局面であった。これらの抵抗ととられるような力を「主体性」の表れとして捉え,その力に逆らうことなく,それを尊重し,それを伝えることがクライエントの治癒力または治療的変化を起こす力を活用するためのはじめの鍵となっただろう。
3件の事例発表はそれぞれ臨場感があり,面接の生き生きとしたやりとりの肌感が伝わってきた。そして,3人のセラピストは,はじめから「治療的変化を創り出すクライエントの力」を活用しようと意図していたわけではないだろう。むしろ,彼らはそれぞれクライエントの傷つきや苦しみを尊重し,それを理解しようと努めた。そして,そのなかに,クライエントの強さや人間性を感じ,それに心を動かされ,そのことをクライエントに伝え返した。加えて,クライエントから多くを学び,セラピストとして,いや一人の人としてクライエントの力によって「変化」したといって良い。
クライエントの治療的力にはさらにもう1つ重要な側面がある。それは,自分の問題を解決するために,セラピストがより自分を効果的に助けられるようにセラピストを「コーチ」することである(Bugas & Silberschatz,2000)。飯島氏が「Thが『クライエントの力』を信じて関わることで,Clの力によって,Thの力も引き出される」と結論しているが,まさにこのようなクライエントが導く力をしっかりと認めていることを示している。飯島氏は,クライエントが子どものころの傷つき感情にふれ,それらをしっかりと体験することを手伝い,肯定的な自己感覚が出現するとそれを歓迎し,それが強まるのを支えた。もっとも印象的なのは,飯島氏が転職するための最終セッションでは,クライエントがセラピストの得意な台詞を使ってセラピストの感情体験を「促進」した場面だった。セラピストは,クライエントの優しさと感受性を否定することなく,それを受け取った。セラピストの苦しさを感じ取り,それに即座に応えるクライエントには,まさに治療的変化を作りだす力が読み取れる。
浅野氏のクライエントも同じく,カウンセリングを望んではいなかったし,浅野氏は,そのようなセラピストにとっての不都合かもしれない「主体性」をしっかりと受け止めていた。浅野氏は,ふとした瞬間にクライエントの「人柄」を感じ,それに対して敬意を覚え,それをクライエントに伝えた。興味深いのは,浅野氏も飯島氏も自身の転職のため,終結せざるを得なかった点である。彼らは,自身の都合で面接が継続出来なくなるという事態を申し訳なく感じていた。そんなときに二人とも,クライエントからのいたわりと理解の言葉を受け取ることによって,自分が一人の人間であることをそのまま見せることができただけでなく,クライエントのセラピストを癒やす力を尊重することができた。
最後に,茅野氏の事例であるが,死が迫ったクライエントが,過去の傷つきに立ち返り,変容へと向かおうとする姿を目の当たりにすることに,畏怖の念を感じてならない。茅野氏もそのような気持ちを抑えることなくしっかりと感じ,今ここでの生を共有した。
3人のセラピストは,一人の人間として「心を動かされ」,クライエントとの出会いによる自分自身の「変容」を感じ,それを認めている。それは「純粋性」とも言えるかもしれないし,セラピストの受容的感情能力(receptive affective capacity)ということもできるかもしれない(Fosha, 2000)。セラピストがクライエントに心を動かされ,一人の人間として存在することを許すときに,クライエントのなかにある治療者が生き生きと立ち上がる。セラピストに影響を与えることができる力をしっかりと受け止め,それを言葉にできることが際立っている。
日本の心理療法では,セラピストの視点から事例の流れをまとめる事例研究が一般的であった。確かにセラピストはクライエントの力を感じ取り,それを言葉にして表す力に長けているかもしれない。しかし,クライエントの治療的変化を創り出す力は,クライエント自身によって語られることによって了解可能になる側面も多くある。クライエントの心理療法における主観的体験に関する質的研究は,かなり一般的になりつつあるが(たとえば,Levitt et al., 2016),日本ではまだ少ない。クライエントに話を聞くというだけでなく,クライエントが,どんなことについて知りたいのか,何を心理療法に求めるのか,ということについて研究者と協働することによって,または研究者がクライエントを協働研究者とすることによって,さらにクライエントの寄与について理解できるはずである。
[杉原保史]
本論文では,まず治療的変化を創り出すクライエントの力というテーマについて,簡単な解説を加えた。
その後,3名のセラピストがそれぞれ臨床実践においてクライエントの力を実感した体験を報告した。それらの報告はいずれも,クライエントがセラピーを推進する力強い主体であることを,味わい深く照らし出すものであった。
それに続いて,2名の論者が異なった角度から考察を加えた。
本論文が,心理療法の,そして心理療法統合の探究において,クライエントの力を適切に理解する助けとなることを期待している。
1.たとえば,日本精神神経学会(2023)では,発表内容が遺族の個人情報とみなされない場合には,本人の生前の意思,名誉等を十分に尊重し,特段の配慮をした上で,遺族の同意を得ることなく発表できる場合があるとしている。また多くの医療系の学会は,外科関連学会協議会において採択された「症例報告を含む医学論文・学会研究会における学術発表においての患者プライバシー保護に関する指針」(日本外科学会,2019)に依拠することを方針としているが,そこでは,明示されたルールに沿って個人の特定に繋がる情報を伏せる配慮を行った上で,それでもなお個人が特定化される可能性のある場合には,遺族か代理人から同意を得ることとしている。つまり,個人が特定されないように記述できるのであれば,発表に際して遺族か代理人からの同意を必須とはしていない。