2025 Volume 2 Issue 1 Pages 49-50
本書は,統合的な心理療法について,100のトピックを掲げて解説したものである。多くのトピックは2ページに収められており,長くても3ページである。それぞれのトピックは独立して書かれているので,隙間時間に少しずつ読み進めるのに最適である。
「監訳者まえがき」によれば,著者のマリア・ギルバート氏とヴァーニャ・オーランズ氏は,本書の刊行当時(2011年),英国,ロンドンにあるメタノイア研究所の統合部門の共同責任者であった。ちなみに,現在のメタノイア研究所のホームページを見ると,心理療法とカウンセリングのファカルティにおける修士課程では,現代パーソン・センタードの心理療法,ゲシュタルト療法,ヒューマニスティックな心理療法,交流分析に加えて,統合的心理療法のコースが提供されている。統合的心理療法のコースの説明には「このプログラムは,共同構築される治療同盟,自己省察的な実践,自己理解,波長合わせの重要性を強調している」という記載がある。コースのラインアップやこうした記載を見ても,メタノイア研究所は,全体的に関係論的で洞察志向的な心理療法,特にヒューマニスティック・サイコロジーの色彩が強い研究所であることがうかがわれる。
おそらく,そのようなメタノイア研究所の傾向を反映しているのであろう,本書において解説されている心理療法の統合も,技法以前の共感や尊重,そしてそれによって促進される治療関係を重視する考え方が基礎となっているように見受けられる。
本書の100のトピックは,以下の8つのパートに分類されている。①心理療法への統合的アプローチ,②統合に関する文献レビュー,③幼少期からの関係の重要性,④自己の発達の諸次元,⑤統合的心理療法家のための問題のフォーミュレーション,⑥統合的心理療法のプロセス,⑦統合的心理療法のための技法と戦略,⑧倫理と専門職の実践。
以上を見れば分かるように,本書には,統合的な心理療法の基本的な考え方や発展の歴史から,関連する理論的視点,見立て,治療過程,技法,そして職業倫理まで,統合的な心理療法についての一通りの知識が幅広くカバーされている。とはいえ,そのように心理療法統合についての基本知識を幅広くカバーしつつも,本書は,統合に関わる多様な立場の全範囲を偏りなく網羅したものではない。著者らは,明確に特定のスタンスを打ち出し,あくまでそのスタンスからの心理療法統合を論じている。その著者らのスタンスとは,先にも述べたように,共感や尊重を重視し,セラピストとクライエントとの関係性を重視するスタンスである。また,心理療法はヒューマニスティックな価値を体現したものであるべきであって,ただ単に壊れた機械を使えるように修理するような仕方で人間を社会に適応させるためのテクニックであってはならないと考えるスタンスである。セラピストのユニークな個性をセラピーにおける大事な要素として重視し,省察的な姿勢をセラピストに必須のものと見なすスタンスである。統合的なアプローチ中には,統計的な研究に基づいて技法を選択することを目指した技法折衷のスタンスもあるが,著者らのスタンスはそうしたものとは明らかに異なっている。著者ら自身,自分たちのアプローチは,「選んで混ぜる」折衷的なアプローチではなく,また検証可能なモデルとして開発された統合的アプローチとは異なると述べているとおりである。
それにしても,本書で扱われている話題の範囲は広い。心理療法統合に関わる基本知識,すなわち共通要因,理論統合,技法折衷,同化的統合などに関するトピックが扱われるのは当然としても,精神分析,交流分析,トランスパーソナル心理学,感情神経科学,愛着,トラウマ,ナラティブ,メンタライゼーション,治療同盟,ジェンダー,文化,倫理,哲学と,実に幅広い内容が扱われている。
そして,どの内容をとっても,決して表面的な概念の解説にとどまらないというところがすごい。1つ1つのトピックはせいぜい2ページぐらいでありながら,その記述からは,著者らが,これらの幅広い話題のいずれについても深い理解を持っていることが伝わってくる。逆に言うと,かなりの基礎知識がないと,本書を本当に楽しんで読むことは難しいだろうと思う。評者である私は,精神分析やヒューマニスティック・サイコロジーについては,ある程度,知識を持っている方だと思うが,本書で初めて知るようなこともたくさんあった。
また,本書はどのトピックも2ページほどで終わるので,本書によって初めて知った内容に興味を抱いたとしても,そのほんの入り口のところまでしか導かれない。もっと知りたければ,出典として示されている文献を当たったり,その用語でウェブ検索をしたりして,自分で調べるしかない。その意味では,本書はかなりフラストレーションを呼び起こす本である。
1つのトピックにつき2,3ページで,100のトピックが取り上げられた本と聞くと,きっと多くの人は,気楽に読める本,読みやすい本だと思ってしまうのではないだろうか。けれども,実は本書は決してそうしたイージーな本,初学者に優しい親切な入門書ではない。著者らは,著者らの唱導する関係的でヒューマニスティックな統合的心理療法の考え方にとって重要と考えられるトピックは,これだけ幅広い専門知識と関わっているということを教えているのであり,それらの重要な専門知識のそれぞれについての本格的な学術的議論のほんのさわりだけをチラリと論じてみせているのである。
本書を手に取って,難しい,分からないと感じて落ち込む人が出てくるかもしれないが,落ち込む必要はないと言いたい。難しくて分からなくても,せいぜい2,3ページの我慢なので,なんとかそのトピックの終わりまで辿り着くことはできるだろう。そして100回それを乗り越えれば,関係的でヒューマニスティックな統合的心理療法についての重要な論点に一通り触れたことになる。自分が何をよく理解していないかをも含めて,全体像に触れておくことは,その後の学習を大いに助ける。その学びのプロセスは決して楽しいだけではなく,むしろ苦しいものをかなり含んでいるだろうが,その学びには価値がある。
さて,ここからは,少し個人的な感想になる。本書は,力動的で,関係論的で,文脈的なモデルを背景とした心理療法統合を論じたものである。こうしたスタンスは私自身の心理療法統合のスタンスとかなり近い。その意味で,本書の方向性にはシンパシーを感じる。
本書には,主要な心理療法のいずれかを排除するような記述はなく,学派的なバランス感を持って心理療法統合を導こうとしているように見える。とはいえ,行動療法や認知療法の理論や技法についての記述はかなり少ない印象である。また,ブリーフセラピーや解決志向アプローチをはじめとするシステミックで構成主義的な心理療法についての記述もかなり少ない。こうした点で,本書における心理療法統合は,私の心理療法統合の実践を構成しているセラピーのリソースとは少し違いがあるように感じられた。逆に,現在の学派の勢力で言えばより小さいように思われる交流分析がよく取り上げられていることが少し意外に感じられた。これに関しては,私は,本書を通して交流分析についてあらたな興味を抱くことになった。
また,本書の全体を通して,文化や社会の文脈の中で心理療法を見る視点が大事にされていることを嬉しく思った。倫理についても,最近の動向も含めてきちんと取り上げられていることも,同様に嬉しく思った。これらは,心理療法の統合とも関連しつつ,それを超えてあらゆる心理療法の実践において重要なことだと思う。近年,私はますますそのような認識を強めてきたので,こうした本書の傾向には勇気づけられた。
このような良書を見出し,翻訳の労を取られた監訳者の前田泰宏氏,東斉彰氏をはじめ,訳者のみなさん(その多くが本学会会員)に感謝したい。
本書には,引用して紹介したい魅力的な文章がたくさんあり,その1つ1つを引用しながら解説したいという誘惑に駆られる。しかし,それはあくまで私の個人的な読書体験であって,ここでそれを披露することは控えるのが成熟した評者のあり方だろう。それよりも,みなさん自身がそれぞれに本書を読み,そのユニークな読書体験の中で,それぞれに魅力的な文章と出会うことが大事だろう。
ただ,そうは言いながらも,書評を終えるにあたって,1箇所だけ,本書から引用して紹介することをお許しいただきたい。この格調高い文章は,きっと本学会の会員への勇気づけとなることだろう。
最善の方法はひとつではないという認識は,私たちに異なるアプローチ間の緊張の維持を強い,私たちを膨大な範囲の関連文献や関連する研究活動に巻き込み,心理療法の効果の定義と研究法だけでなく,効果をめぐる継続的な議論の中心に私たちを巻き込む。このような状況のなかで,時に私たちは,何らかの確信を持って信じられる単一の方法があればどんなに心強いだろうと想像してしまう。参照すべき文献の範囲が決まってさえいれば。どんな状況でも利用できる明確に定義された一連の介入法さえあれば。もちろんこれは空想の産物であるー私たちが直面している課題は別の状況でもいずれ現れるのだから。私たちにとって,時に反目し合う学派間の緊張を持ちこたえ,明確な根拠と謙虚さをもってその間の自らの道を歩み,それぞれに特殊であるクライエントと治療環境に新鮮な方法で対処することへの献身は,とりわけ困難を伴うものである。しかしそこには,人間的な出会いと成長の可能性という魅力的でとらえどころのないプロセスを,幅広い観点から探求できる興奮もある。(p.215)