2025 Volume 2 Issue 1 Pages 51-52
「カウンセリングなんて大嫌いなんです」
30年ほど前にA先生が口にしたこの言葉を,いまだ鮮明に記憶している。「ネジ穴の形に合うように,ネジの形を変えるのがカウンセリング。ネジ穴がどんなにおかしく,過酷な状況であっても,ネジの形だけを変えようとする。ネジ穴の形に合わせ,人をそこへ適応させようとする。だから,カウンセリングなんて大嫌いなんです」──A先生はその言葉を私に託したのち,一年も経たないうちに亡くなられた。
以来,さまざまなクライエントと出会うたび,私はこの言葉を噛みしめる。海外の学校では生き生きと過ごしていたのに,帰国後は学校との折り合いが悪くなったB子さん。過酷な労働環境のなかで心身の健康を損ねたCさん。私は,この人たちの “ネジ”の形ばかりを変えようとしてはいなかっただろうか。クライエントを取り巻く社会のありよう,“ネジ穴”の形に無批判となってはいなかっただろうか。
心理療法や心理カウンセリングといった心理支援の領域では,クライエントの苦悩や葛藤はクライエント自身の「心の問題」によるものと捉えることが半ば伝統となっていた。本書の「はじめに」で杉原保史氏が指摘しているように,変化すべき対象はクライエント本人とされていた。支援モデルの背景には,「社会が一切変わらなくとも,クライエントが変容すれば苦悩は解決しうる」という考えがあった。その結果として,差別や偏見,ハラスメント,いじめ,貧困,社会格差,さらには行政サービスの不足など,クライエントの現実生活に大きな影響を与える多様な社会問題が軽視されてきた。杉原氏はそう述べている。
私たちがクライエントの苦しみや悩みを十分に理解しようとするならば,クライエントと私たち自身が生きる社会構造や社会的課題にこそ目を向けることが重要である。さもなければ,いかに善意から行われた支援であっても,不公正な社会にクライエントを適応させるという結果を招きかねない。ひいては,社会の不公正を是認し,温存・維持する仕組みの一端を担ってしまう危険さえ孕んでいる。「地獄への道は善意で舗装されている」のである。
本書の主題は,「社会正義(social justice)」である。個人の問題を文化・社会・経済面から捉える社会正義の考え方を心理支援に活かすにはどうすればよいのか――本書はその道筋を丁寧に照らし出していく。
第Ⅰ部「イントロダクション」では,社会正義アプローチの概念や歴史的背景,理論的枠組みなどが分かりやすく解説されている。第1章では,和田香織氏が「地域精神保健と多職種連携」について述べている。その中で,第75回アメリカ心理学会年次大会の招待講演(King, 1968)における,キング牧師(Martin Luther King, Jr.)の印象的なスピーチを紹介しているので,以下に引用させていただく。
『「いかなる場所における不正義も,あらゆる場所の正義にとっての脅威である(Injustice anywhere is a threat to justice everywhere)」という名言を残したこの講演で,キング牧師は,「不適応(maladjustment)」という心理学用語に言及している。社会に適応できない者に対し,適応を手助けすることの専門意義をいったんは認めたうえで,こう言った。 「しかし一方で,私たちの社会や世界には,決して適応すべきではないものもあるということを,私たちは認識することでしょう。善意の人間であるためには,常に不適応でなければならない事柄があります。私たちは決して人種差別や人種隔離に適応してはなりません。宗教的な偏狭さに適応してはなりません。少数の人に贅沢品を与えるために,多くの人から必需品を奪う経済状況に適応してはなりません。私たちは決して軍国主義の狂気や身体的暴力の自滅的な影響に適応してはならないのです」』
人種差別撤廃を訴えた「私には夢がある(I have a dream)」のスピーチで広く知られるキング牧師が,私たち心理学研究・心理臨床に携わる者へ向けて語ったこのスピーチは,読者に強い衝撃を与えることだろう。そして,このスピーチこそが本書全体の方向性を示す,希望の言葉であると気づかされるはずだ。
第Ⅱ部「多様な学派からのアプローチ」では,さまざまな学派において,どのように社会正義を志向する実践がなされてきたかを解説している。たとえば,「フェミニスト・アプローチ」「コミュニティ心理学」「ナラティヴ・アプローチ」「心理力動的心理療法」「パーソンセンタード・アプローチ」「認知行動療法」など,幅広い視点から社会正義アプローチが鮮やかに描き出されている。
第Ⅲ部「トピックス」では,「新自由主義と現代人の心」「新植民地主義と心理臨床における文化盗用:マインドフルネスを例に」「スティグマ」「マイクロアグレッション」「インターセクショナリティ」など,社会正義アプローチを深く探究していくうえで欠かせない代表的な話題の数々が取り上げられている。
第Ⅳ部「トレーニング」は,心理職の養成に関わる教育や訓練をテーマとしている。「カナダの大学院プログラムから:カルガリー大学カウンセリング心理学科を例に」または「公認心理師・臨床心理士養成課程における授業実践」を読み進めることで,読者は,社会正義に根差した心理支援を実践する専門職を養成するために,いかなる教育や訓練が有効であるのかを,具体的に理解できるようになるだろう。
ここで重要なのは,このような教育や訓練が,たとえばマイノリティへの支援を専門とするごく一部の心理職のみを対象とするものではない,という点である。社会正義アプローチは,すべての心理支援に携わる者が基盤として身につけておくべき,いわばデフォルトなのである。
さらに,本書では,「里親子支援」「親子交流支援」「沖縄戦を生きぬいた人々との実践活動」「不登校という社会課題の解決に向けて」「DV加害者プログラム」「ハラスメント相談」「大学生の支援」「ジェンダー・セクシュアリティおよびLGBTQ+コミュニティ」「学校臨床」「留学生相談と国際政治の視点」「インターセクショナリティについての授業例」をキーワードに,11のコラムが掲載されている。いずれも,日本において草の根的に実践されてきた社会正義アプローチの広がりを実感させ,読者の理解を深める一助となるだろう。
そして,本書のある意味ハイライトと言えるのが,杉原氏による「はじめに」と,和田氏の「おわりに」である。なぜ社会正義アプローチが現代の心理支援において不可欠なのかを,両氏は端的かつ説得力のある言葉で示してくれている。心理支援に関わるすべての人に向けて,「いまこそ社会正義の視点が求められる理由」が明快に記されることにより,本書全体を俯瞰することができるのである。
そもそも和田氏と杉原氏の出会いは,Twitter(現X)が契機なのだという。Twitter上で和田氏が発信していた社会正義に関する投稿に関心を寄せた杉原氏が,和田氏に直接連絡を取ったことがきっかけで,両者の交流が始まった。それはやがてオンライン勉強会や日本心理臨床学会でのシンポジウムへと発展し,「心理支援には社会正義の視点が不可欠である」という同じ思いを抱く仲間たちを結集させ,本書の出版へとつながったそうである。
杉原氏は,この共著者の間で“social justice” をどう訳すかについて,深い議論が交わされたことにもふれている。一般には「社会的公正」という穏当な表現や,「ソーシャル・ジャスティス」というカタカナ表記を用いるのが無難であり,心理職にも受け入れやすいという意見がある中,彼らはあえて「社会正義」という直截な訳語を採用する決断に至った。その背景には,心理職の現状を変えたいという切なる願いが込められている。この訳語は,日本の心理職が「正義」という言葉に対して抱く独特の抵抗感に対し,一石を投じるものとなるだろう。
カウンセリングの歴史において,「社会正義アプローチ」はしばしば「第五勢力」と位置づけられる。第一勢力を精神分析・力動的療法,第二勢力を行動療法・認知行動療法,第三勢力を実存主義心理学・人間性心理学,第四勢力を多文化カウンセリングとすると,その後を受けて2000年代に体系化され,第五勢力として高く評価されるに至ったのが「社会正義アプローチ」である。
本書が,「心理支援における社会正義アプローチ」の日本における原点をなす一冊となるであろうことは,論を俟たない。Ebbinghaus(1908)の「心理学の過去は長いが歴史は短い」という言葉にならえば,「社会正義アプローチの過去は長いが,その歴史は短い」と言っても差し支えないだろう。本書には,クライエントに対する温かい眼差しはもちろん,多くの先人たちが長い歳月をかけて育んできた社会正義アプローチへの深い敬意が,随所に見て取れる。あらゆる心理支援に関わる者にとって,まさに必読の書といえるだろう。
カウンセリングが大嫌いだとおっしゃっていた,亡きA先生。この本を読まれていたら,カウンセリングのことを,少しは好きになってくれていただろうか。