Journal of Japan Society of Pain Clinicians
Online ISSN : 1884-1791
Print ISSN : 1340-4903
ISSN-L : 1340-4903
[title in Japanese]
[in Japanese][in Japanese][in Japanese]
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2017 Volume 24 Issue 4 Pages 363-364

Details

I はじめに

帯状疱疹では知覚神経の障害のほか,運動神経の障害も合併することがある.われわれは右Th9領域の帯状疱疹に腹筋麻痺・歩行障害を合併し,早期のリハビリテーション(リハビリ)療法開始で症状改善した症例を経験した.

II 症例

患者は75歳,男性,身長164.0 cm,体重63.2 kg.症例報告をするにあたり,患者自身の承諾を得た.既往歴に糖尿病があり,当院内分泌内科で投薬治療中であった.

現病歴:前立腺癌で当院泌尿器科ホルモン療法施行中,X年2月に,痛みを伴い背部から腹部へ至る発疹を認めた.当院の総合内科で帯状疱疹と診断され,バラシクロビル定時内服,ロキソプロフェン頓服が行われた.痛みはADLに影響せず,皮疹の痂皮化とともにいったん軽快した.発症30日後より“おなかに力が入らず歩けなくなる”,“2~3分歩くとかがみこんでしまう”症状を自覚し,腹部の“チクチクした痛み”を訴えた.プレガバリン150 mg/dayが開始されたが痛みは改善せず,発症52日後のX年4月に当科紹介受診となった.

初診時現症:右Th9領域の背部から腹部の範囲に色素沈着,皮疹痕,患側の感覚鈍麻を認めた.アロディニアは認めなかった.安静時痛は数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)1程度であったが,体幹をひねる動作でNRS 10の体動時痛を生じた.睡眠,食欲には問題はなかった.単純X線写真で脊椎圧迫骨折は認めず,叩打痛も認めなかった.臍の右側の腹壁が軽度膨隆し,左右差を呈した(図1).また歩行開始時には問題ないが,開始2分ほどで身体が前屈姿勢となり,歩行不可能となる症状を訴えた.徒手筋力テストで体幹の筋力に左右差を認め(表1),右内腹斜筋の麻痺を合併したと考えられた.日常生活は可能だったが,趣味の水泳,ガーデニング,ウォーキングができない苦痛を強く訴えた.QOLをEQ-5Dで評価すると0.497であった.

図1

発症4カ月後の腹部

皮疹は軽快したが,矢印で示した部位に腹部膨隆が残っている.

表1 初診時の徒手筋力テスト
筋の部位 徒手筋力テスト
右下肢(大腿四頭筋,大腿屈筋群) 5
左下肢(大腿四頭筋,大腿屈筋群) 5
体幹の左回旋
 (右外腹斜筋と左内腹斜筋)
4
体幹の右回旋
 (左外腹斜筋と右内腹斜筋)
3

体幹の筋で左右差を認めた.

治療経過:当科外来で胸部硬膜外ブロック(2回/週の間隔で計9回)を行い,同時にプレガバリンを漸次増量して鎮痛を図り,当科治療開始1カ月後のX年5月に450 mg/dayまで増量した.この時点で体動時痛がNRS 3へ低下した.さらなる鎮痛薬の追加はせず,硬膜外ブロックを終了し,リドカインのイオントフォレーシスを開始した.並行してリハビリテーション科で歩行時の重心移動や体幹保持の訓練,両足・片足ブリッジなどの体幹および下肢の筋力増強訓練を2回/週の間隔で行った.また自宅での自主トレーニングとして,回旋腹筋運動,脚上げ練習を指導した.X年7月には体動時痛がNRS 1~2と軽減し,プレガバリンを300 mg/dayに減量した.姿勢の保持は徐々に改善し,歩行距離の延長がみられた.発症から187日後のX年8月には遠方へ旅行に出かけ,1 km程度の歩行が可能となった.EQ-5Dは0.724に改善した.

III 考察

帯状疱疹では0.5~5%1)の症例で,運動神経の障害を合併する.運動障害のうち,今回のような体幹部の腹筋麻痺は全帯状疱疹の0.77%2)と報告されている.多くの腹筋麻痺症例はADLの低下が軽度であり,本症例のように歩行障害をきたした症例報告は少ないと考えられる.著者が検索した範囲では,Tashiroらの報告のみであった3)

腹横筋,外腹斜筋,内腹斜筋は肋間神経下群の支配を受け(Th6~12),この部位の帯状疱疹はこれらの筋の麻痺を起こしうる2).このため本症例の腹筋麻痺は,今回のTh9領域の帯状疱疹が原因と考えられた.一方,脊柱起立筋は腸肋筋,最長筋,棘筋からなる背筋群で,おもにC8~L1の脊髄神経後枝の支配を受ける.また,脊柱を後方に曲げる作用を持つ4).Tashiroらの症例ではTh12/L1の帯状疱疹に,Th12領域の腹筋群・脊柱起立筋の麻痺を合併しており3),本症例でも脊柱起立筋麻痺の有無について評価すべきであったと思われる.

検査所見としては筋力テスト,筋電図のperipheral neurogenic pattern2),腹部CTでの筋萎縮があげられる.われわれの施設では筋電図を測定できず詳しい検査を断念したが,CTやエコーによる検索は施行すべきであった.

本症例のような,帯状疱疹に合併した腹筋麻痺に対する特異的な治療は知られておらず,リハビリを推奨する報告がある2).Tashiroらの症例は体幹固定およびリハビリを施行し,約5カ月で症状改善している3).今回はこの報告を参考に,硬膜外神経ブロックやプレガバリン投与量の積極的増量で痛みの治療を行いつつ,早期からのリハビリによる腹筋および脊柱起立筋の筋力増強訓練,歩行訓練を行った.これにより,活動量の低下が抑えられるとともに筋力の回復がみられ,歩行改善につながったと考えられる.

帯状疱疹に合併した腹筋麻痺のなかには,歩行障害を合併しADLを低下させるものもある.特に今回の症例では身体を動かす趣味を行うことができず,生活の質の低下をきたした.このような症例では,早期からのリハビリ介入が望ましいと考えられた.

この論文の要旨は,日本麻酔科学会東海・北陸支部第13回学術集会(2015年,9月)において発表した.

文献
 
© 2017 Japan Society of Pain Clinicians
feedback
Top