2017 Volume 24 Issue 4 Pages 318-324
腰椎手術後に再度腰痛・下肢痛が出現する腰椎手術後疼痛症候群(failed back surgery syndrome:FBSS)の治療には苦慮することが多い.今回当院外来でFBSS患者での難治性腰下肢痛に対する後仙腸靱帯ブロックの有効性を検討した.2010年4月~2016年3月の6年間に当科に初回受診したFBSS患者64症例のうち,仙腸関節関連痛と認められた55症例について後仙腸靱帯ブロック後の数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)の経時的変化,罹患期間,罹患部位,下肢痛の有無などについて検討した.初診時FBSSと診断した64例中,仙腸関節関連痛と認められた55症例について後仙腸靱帯ブロックのみで痛みが軽減した症例は85.5%(47/55)であった.罹患期間は中央値18カ月で,腰痛だけでなく下肢痛を伴う症例が68.1%(32/47)であった.NRSは経時的に有意に低下した.1回のブロックで50%以上のNRS改善を示した症例は53.2%(25/47)であった.後仙腸靱帯ブロックはFBSSの治療に対して有意に疼痛を軽減し,診断的ブロックとしても治療としても有効であり,FBSSには少なくない割合で仙腸関節関連痛が含まれていた.
腰椎手術後疼痛症候群(failed back surgery syndrome:FBSS)とは,腰椎手術を施行したにもかかわらず,腰下肢痛,しびれなどの症状が不変,残存,再発する状態であり,腰椎手術後の10~40%,固定手術後の5~50%に起こるとされている1,2).高齢化による脊椎障害で手術療法を要する患者は増加傾向にある.現在,FBSSの痛みに対して硬膜外ブロックや神経根ブロックでは症状の緩和が難しく,有効な治療法が確立していない.
仙腸関節(sacroiliac joint)は体の上体を支える可動関節であり,機能障害により臀部,鼠径部,下肢末端にまで影響を及ぼす.ヒトでの仙腸関節に分布する神経は,骨盤前面においてL3~L5前枝にS1~S3前枝とS4の一部が加わり,骨盤後面においてはL5後枝主に外側枝とS1~S4後枝外側枝により形成されている3).仙腸関節がFBSSの痛みに起因している報告はこれまでにさまざまあるが4–8),腰椎手術を経験した患者の4割における腰痛は仙腸関節に原因があるとされる7).われわれは,当院ペインクリニック外来を受診した1年間の腰下肢痛患者延べ459人の後方視的研究において,約12%の患者が仙腸関節由来の痛みと診断し,腰下肢痛の責任病巣の一つとして仙腸関節を念頭に置く必要性を報告した9).今回,われわれはFBSSの痛みの原因の一つとして,仙腸関節由来の痛みの関与の有無を後ろ向きに検討するとともに,後仙腸靱帯ブロックの有効性を検討した.
本研究では,FBSSを,腰椎手術の既往があり腰部か下肢に痛みもしくはしびれが残存もしくは発症している患者と定義し,心因要素の強い患者や単純なヘルニア再発などは除外した.画像上,破壊すべり症,椎間板の変性があり,原因が明らかな場合も除いた.
2010年4月から2016年3月の6年間で当院外来を受診した腰下肢痛患者1,134例のうち,FBSS患者と診断された64例を対象とした.仙腸関節関連痛と認められ経過を追うことができた55例について,数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)の経時的変化,年齢,性別,罹患側,罹患期間,罹患部位,下肢痛の有無,手術の種類,手術部位,村上10)の診断基準に沿ったスコアについて後方視的に検討した.
本研究は順天堂大学医学部附属順天堂東京江東高齢者医療センター倫理委員会の承認を得て行った(承認番号87-2).
診断方法を示す.初診時に,画像検査で他要因を除外し,one fingerテスト,鼠径部痛の有無,各種誘発テストなどで臨床的に診断した.実際に当科外来にて初診時問診票として使用している診察所見用紙を図1に記す.仙腸関節に由来する痛みの診断はNewton test,Gaenslen test,Patrick test,Fadire testの疼痛誘発試験で行い,1つでも痛みの誘発が認められた場合,仙腸関節痛を疑った11).理学的所見にて,明らかに仙腸関節痛と診断された場合には即時にブロックを行い,明らかでないものに対しては診断的ブロックとして,ブロックを行った後効果判定し,確定診断とした.
当科初診時の診察所見用紙
疼痛誘発テスト4種類と併用した.
(JCHO仙台病院 村上栄一先生作成.了承を得て引用)
ブロック手技を示す.まず,仙腸関節周囲の解剖について述べる.仙腸関節は関節区域と靱帯区域からなり,靱帯区域は仙結節靱帯(sacrotuberous ligament:STL)と後仙腸靱帯からなる.後仙腸靱帯は長後仙腸靱帯(long posterior sacroiliac ligaments:LPSL)と短後仙腸靱帯(short posterior sacroiliac ligaments:SPSL)からなっている.その腹側に骨間仙腸靱帯,仙腸関節腔がある(図2).
仙腸関節の靱帯区域についての解剖
長後仙腸靱帯の腹側に骨間仙腸靱帯が存在し,その腹側に仙腸関節腔が存在する.
ブロック方法は,原則ランドマーク法で行ったが超音波ガイド下法でも行った.ランドマーク法はまず患者を腹臥位とし,上後腸骨棘より1指程度内側かつ頭側を刺入点とし仙骨と腸骨との間隙の腸骨内側縁深部の靱帯付着部のLPSLを目標とした.下方外側へ向けて23Gカテラン針を30~45度の角度で刺入した.仙腸関節の後方要素である後仙腸靱帯に刺入したときに,再現痛がみられた針先の位置で1%メピバカイン約5 mlを,血液の逆流がないことを確認したのち注入した.
また,ランドマーク法では再現痛が得られず確認が必要な場合に,超音波ガイド下での刺入で行った12).PSISの位置を確認し,リニアプローブを斜めに当てLPSLを描出し,平行法で内側から23Gカテラン針を進めた.針先が靱帯に咬んだ感触のところで薬液を注入し,患者の放散痛を確認しながら画像で広がりを確認した(図3).初回ブロック時には局所麻酔薬のみでブロックを行い,臨床症状に応じて,デカドロン2 mgを併用した.ブロック後15分間はベッド上にて安静とし,自発痛,体動時痛,圧痛が消失していることで効果の有無を確認し,異常がなければ帰宅とした.原則として,週に一度のブロック治療を行い7回目までの痛みの推移を評価した.痛みの評価はNRS 0~10の11段階で判断し,外来再診時のブロック前のNRSの推移をもって症状の改善を評価した.診療録から後方視的に腰下肢痛の罹患期間,痛みの自覚部位,NRSによる痛みの推移を検討した.
統計解析はKruskal-Wallis検定,ad hoc検定はDunn's Multiple Comparison Testで行い,P<0.05を有意とした.またχ2検定を用い男女間の有意差を検討した.
FBSS患者,全64例の平均年齢は71.8±10.4歳であった.両側性19例,片側性45例(右側27例,左側18例)であり,男女比は32:32で有意差は認められなかった.腰椎術後から腰痛発症までの期間は9日間~30年であり,中央値は18カ月であった.臨床所見から仙腸関節関連痛が含まれると診断された症例は55例で,全例に後仙腸靱帯ブロックが有効であり確定診断された.ブロックの効果は55例中47例に単独で有効(85.5%)で,他の8例については単独では不十分なため硬膜外ブロックや神経根ブロックなど他のブロック治療を併用した.全64例の年齢,性別,罹患側,罹患期間,罹患部位について,仙腸関節関連痛であり,後仙腸靱帯ブロックが有効であった47例,他ブロックを行った8例,仙腸関節関連痛でなかった9例に対する詳細を表1に示す.
FBSS症例 | 年齢 (歳,平均値±標準偏差) |
性別 | 罹患期間 (カ月,中央値) |
両・片側 [両:片(右,左)] |
---|---|---|---|---|
仙腸関節関連痛であり,後仙腸靱帯ブロックが有効だった47例 | 71.2±10.8 | 男性25 女性22 |
15 | 14:33(21,12) |
仙腸関節関連痛であったが,他ブロックも行った8例 | 76.0±9.0 | 男性3 女性5 |
36 | 1:7(3,4) |
仙腸関節関連痛でなかった9例 | 71.3±9.9 | 男性4 女性5 |
9.5 | 4:5(3,2) |
全64例 | 71.8±10.4 | 男性32 女性32 |
18 | 19:45(27,18) |
後仙腸靱帯ブロックのみで改善した47例に関して検討した結果,NRSはブロック前に比較してすべての時点で有意な低下を示し,経時的に痛みの程度は低下した(図4).1回目のブロックで50%以上のNRSの改善を示した症例は53.2%(25/47)であった.47例の著効群について腰椎手術の種類は,減圧術を含めた椎弓切除術32例,ヘルニア根治術4例,椎体形成術2例,骨移植を含む固定術8例であった.その他の1例は不明であった.手術を2回以上行ったものは4例であった.手術部位が明らかになった症例の内訳は,1椎体間施行20例,2椎体間施行10例,3椎体間施行2例,4椎体間以上施行1例であった.
外来再来時のNRSの変化
*ブロック前のNRS値に対してP<0.05で有意
FBSSと診断されたが仙腸関節関連痛ではないと診断された9例のうち,2例に脊髄刺激トライアル治療,1例にエピドラスコピーを施行した.その他,6例は腰部・仙骨部硬膜外ブロック,神経根ブロックなどを行った.
初診時に仙腸関節関連痛と診断された症例は55例であったが,後仙腸靱帯ブロックのみでは痛みの緩和が得られなかった8例に関しては,硬膜外ブロックと神経根ブロックに移行した症例や内服治療のみになった症例があった.患者によりさまざまな内服薬が処方されていたが,後仙腸靱帯ブロック前後で,薬物の内容・処方量は変更しなかった.
FBSS患者のうち,55症例が仙腸関節痛を含むと診断され,47症例が他ブロックを併用せず,後仙腸靱帯ブロックのみで改善をみた.ブロック直後から痛みの緩和があり,経時的にNRSが低下したこれらの症例の仙腸関節部は何らかの機能障害をきたしていたと考えられる.本研究では85.9%(55/64)の患者に後仙腸靱帯ブロックが効果を示したことにより,FBSSには腰仙椎由来の痛みだけではなく,仙腸関節周囲からの痛みが含まれていると考えられる.
これまでの報告によると,FBSSの痛みの原因として,仙腸関節障害,梨状筋症候群,足根管症候群の存在を示唆する12例の報告がなされている13).また,腰椎固定術後に発症した腰臀部痛のうち45%(14/31)が仙腸関節痛であり,腰椎固定術後では多椎間であればより有意に仙腸関節関連痛の発症が高くなると報告されている14).FBSSの29~40%は仙腸関節が要因であり,仙骨の動きと仙腸関節表面のストレスを屈曲・伸長・横曲げ・軸回転の動きで数値化したところ,L4~L5,L5~S1またL4~S1で最大値が示され,腰椎レベルでの固定術後は仙骨のぎこちなさと関節表面のストレスを増長させていることが検証されている4).DePalmaらは腰椎手術を受けた患者の慢性腰痛の原因を調査し5),28人のうち43%で仙腸関節周囲が原因であった.また腰仙椎手術を受けた患者の痛みの原因が仙腸関節にあるか否かの前向き研究を行った結果では,130人の術後慢性腰痛患者中52人が仙腸関節関連痛と診断され,仙腸関節ブロックにより21人(約40%)では仙腸関節痛が原因であったと報告されている6).
ブロックによる確定診断には偽陽性の問題があげられる.Liliangらは各種誘発試験に陽性で仙腸関節痛が疑われた51症例に,2回仙腸関節ブロックを行い,2回とも4時間以内に75%の痛みが緩和された場合を陽性とし,21症例(40%)を確定診断した.また1回のみ陽性であった偽陽性率は20%と高値であったと報告している6).本研究では85.9%と高い陽性率を示したが,Liliangら6)の報告と比して効果判定が1週後である点が異なるものの治療的ブロックを含めて7回繰り返しているため,より多くの偽陽性症例を含んでいるとは考えにくい.
また,罹患期間はさまざまであったことも,有効率が高かった原因であると考えられる.手術後早期の症例もFBSSとして扱っているため,自然軽快例も含まれている可能性がある.
FBSSの仙腸関節痛が,手術に起因するのかもしくは手術前から潜在していたのかは不明である.今回の後仙腸靱帯ブロックが有効であった85.9%の症例においても,手術前にすでに仙腸関節の病態が存在していたのか,手術により仙腸関節痛が起きたのか明確にすることは難しい.
ブロック併用の内服薬に関しては,初回投薬以降,種類,量ともに一定とし,ブロックの効果を相対的にみることはできた.
当科受診前に他の治療法で改善した症例は,当科に紹介されなかったと思われ,本研究でのFBSS患者の痛みの原因として仙腸関節の関与が強く出た可能性は否定できない.しかし,FBSSには仙腸関節関連痛が含まれている可能性が高く,後仙腸靱帯ブロックによる診断的ブロックを行う有用性が高いと考える.同時に,後仙腸靱帯ブロックはFBSSの一因である仙腸関節関連痛に対し,高い治療効果を示すことが示された.
FBSS患者64人中55症例に仙腸関節痛を含むと診断し,そのうち47症例が後仙腸靱帯ブロックのみで改善した.これによってFBSSの診断時には仙腸関節痛を因子として念頭に置くべきであり,治療的ブロックとして後仙腸靱帯ブロックが有用であることが示された.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第50回大会(2016年7月,横浜)において発表した.