2017 Volume 24 Issue 4 Pages 332-335
胸郭出口症候群による交感神経依存性疼痛に対して,反復する胸部交感神経節ブロックが有効であった症例を経験した.症例は35歳の男性で,左尺骨神経領域の痛みと感覚異常,第5指冷感を主訴に受診した.当初は頸椎症性神経根症と肘部管症候群が疑われたが,各種誘発試験と,上肢拳上時の磁気共鳴血管造影で鎖骨下動脈途絶所見がみられたことから,胸郭出口症候群と診断した.鎮痛薬などの内服でADLの低下を認めたために治療方針を再考し,星状神経節ブロックが有効であったことから交感神経依存性疼痛と判断して胸部交感神経節ブロック(thoracic sympathetic block:TSB)を行った.後方法で高周波熱凝固を行った結果,痛みはほぼ消失して鎮痛薬不要となった.しかし,6~12カ月ごとに症状が再燃したため,2回目以降は前方法で高周波熱凝固や神経破壊薬の投与を組み合わせたTSBを行い,現在までに計6回のTSBを反復することで良好に経過している.胸郭出口症候群の交感神経依存性疼痛に対して,星状神経節ブロックが有効な症例では,TSBの反復は有用であると結論した.
反復する胸部交感神経節ブロック(thoracic sympathetic blockade:TSB)で,良好な痛みの管理をなしえた胸郭出口症候群(thoracic outlet syndrome:TOS)の1例について報告する.
本報告は患者からの承諾を得ており,報告すべき利益相反はない.
患者:35歳,男性.身長163 cm,体重56 kg.
職業:重量物を運ぶ製造業.
主訴:左前腕尺側の痛みとしびれ,冷感,左鎖骨部の圧痛.
既往歴:特記事項はない.
家族歴:患者の家庭環境や生活歴に特記すべき事項はない.
現病歴:X−1カ月に特記すべき誘因もなく左前腕外側の痛みとしびれ,冷感,鎖骨部の圧痛が生じた.痛みの原因が不明であり,知人の紹介を経て当科を受診した.
現症:左尺骨神経領域の視覚アナログスケール(visual analogue scale:VAS)で約60 mmの痛みとしびれがみられ,軽度の第5指冷感を訴えていた.他覚的に小指の色調は正常ではあるものの,皮膚温の明らかな左右差を認めた.尺骨神経麻痺様の握力低下も認め,徒手筋力テストで小指の把握保持機能の低下を認めたために,頸椎症によるC8神経根症状の存在と肘部管症候群が疑われた.頸椎X線撮影では明らかな異常はなく,頸椎MRI検査で頸椎前弯消失と椎間板変性を示す変形性頸椎症を認めたが,C8椎間孔狭窄などの所見はなく,整形外科に肘部管症候群の有無を精査依頼したが,肘部管症候群は認められなかった.この時点で,患者から“左肩の軽い叩打で上肢に痛みが放散する”という訴えが聞かれた.以上の結果から,病変部位は頸椎より遠位かつ肘関節より近位に存在する可能性が考えられ,左肩を軽く叩かれたときに上肢に放散する痛みを訴えたことから,TOSの存在を疑って整形外科医に精査を依頼した.整形外科医の診察で,Wright試験陽性,Allen試験陽性であったためにTOSが疑われ,磁気共鳴血管造影(MRA)で上肢下垂時の血管描出は正常であったが,上肢拳上時に左鎖骨下動脈の途絶所見がみられたことから(図1),TOSと確定診断した.
磁気共鳴血管造影
左上肢挙上時に左鎖骨下動脈の途絶所見を認める(矢印).
治療経過:整形外科医に第1肋骨切除術などの適応について問い合わせたが,手術適応はないとの返答であった.非ステロイド性抗炎症薬の内服では痛みが軽減しないため,トラマドール・アセトアミノフェン配合錠(tramadol-acetaminophen tablet:TA錠),1回1錠昼内服とクロナゼパム1 mg,1回1錠就寝前内服,プレガバリン1回75 mg,1日2回の内服を開始したところ,痛みはやや軽減したが,日中の眠気の訴えが聞かれた.尺骨神経領域の冷感,皮膚温低下と痛みの性状などから交感神経が関与する痛みと考え,1%メピバカイン5 mlを用いた左星状神経節ブロックを施行した結果,痛みがほぼ消失した.そのため,本患者の痛みは交感神経依存性疼痛(sympathetically maintained pain:SMP)と判断して,説明と同意の後に左側TSBを行った.初回は,左T2とT3に対して後方法(図2)で各々90℃×60秒,90℃×120秒で高周波熱凝固を行った結果,左前腕尺側の知覚鈍麻,軽度しびれ感と筋力低下は残存するものの,痛みは痛み緩和スケール(pain relief scale)で0~1/10まで減少し,薬物療法は不要になった.その後,6~12カ月ごとに症状が再燃したため,TA錠とクロナゼパムを再開し,90℃×60 sの高周波熱凝固と7%フェノール1.0 mlの併用による2回目のTSB(前方法)を施行した結果(図3),TA錠を終了することができた.以後6~12カ月の間隔で,初回のTSB(後方法)1回と2回目以降のTSB(前方法)5回,計6回のTSBで患者は就労が可能となっている.
胸部交感神経節ブロック(後方法)
左T2,T3レベルの交感神経幹の走行部位に造影剤が貯留している所見がみられる.
胸部交感神経節ブロック(前方法)
左T2~T3レベルの交感神経幹の走行部位に造影剤が貯留している所見がみられる.
TOSは第1肋骨,鎖骨,斜角筋で形成される胸郭出口およびその近傍における腕神経叢,鎖骨下動静脈の圧迫や牽引によって生じた,上肢の痛みやしびれを有する疾患群であり1),血流障害が主症状となる血管型は少なく,腕神経叢刺激に対する知覚過敏を呈する神経型が約95%と圧倒的に多い.Ideら2)は,神経型は腕神経叢圧迫と腕神経叢牽引によって異なる症状を示し,腕神経叢圧迫型は男性に,腕神経叢牽引型は女性に多いと報告している.とくに,腕神経叢圧迫型は90%以上で尺骨神経領域の痛みと感覚異常,鎖骨部圧痛を示し,むちうち症,持ち上げ作業歴がある患者に多くみられることから3),本症例もこれらの疫学的特徴とほぼ一致しており,頸椎疾患や肘関節疾患の精査と同時にTOSを鑑別疾患にあげるべきであったと反省する点はある4).そして,精査の結果,本症例は誘発試験で陽性所見を示し,MRAで前斜角筋~中斜角筋間で上肢挙上時の鎖骨下動脈途絶像がみられたためにTOSと診断した.
TOSの治療では,僧帽筋などの強化運動訓練の実施や,肩甲帯挙上装具装着などの生活指導や理学療法が中心となるが,非ステロイド性抗炎症薬やビタミンB1製剤などの薬物療法,物理的な圧迫を解除する手術療法も検討される.さらに,TOSに伴う上肢以外の症状として,腕神経叢終末枝である肩甲上神経と腋窩神経の刺激症状,併発した自律神経障害に起因する手指のうっ血,蒼白,浮腫などの局所症状がみられることもある5).本症例でも左小指の冷感と他覚的所見として同部位の皮膚温低下があり,交感神経の機能異常と考えて交感神経ブロックを計画した.
TOSの痛みに対して,日本ペインクリニック学会治療指針6)では星状神経節ブロック,頸胸部硬膜外ブロック,腕神経叢ブロックなどを推奨しており,大瀬戸はCRPS I型様の痛みを呈するTOSにTSBが有効であった症例を報告している7).しかしTOSに対して,反復したTSBによって良好な治療をなしえたとの報告は過去にはない.本症例では,症状は尺骨神経領域に限局していたが,血流障害や知覚異常が星状神経節ブロックで痛みがほぼ消失したために,定期的にTSBを実施した結果,良好な鎮痛効果と患者のADL,QOLの向上がみられた.
初回のTSBは後方法で行ったが,施術中の“swimmer's position”の維持がつらく,星状神経節ブロックと同様の体位が安心して受けられるとの患者からの申し出によって,2回目以降は前方法のTSBを行った.ただし,前方法ではT2,T3と選択的に神経遮断を行えないために,適切な造影所見が得られた場合には効果持続を期待して高周波熱凝固とともにフェノールの投与を行うこととし,2回目以降はすべて前方法で神経ブロックを行っている.前方法は後方法に比して成功率が低いと報告されているが8),当施設では後方法と前方法の成功率は同程度であり,われわれは患者の状態や疾患に応じてTSB施行時のアプローチを決定している.ただし,いずれのアプローチによっても,胸部交感神経遮断による肋間神経炎,持続性ホルネル徴候,自律神経失調,呼吸時胸痛,眼瞼下垂などの合併症発症の危険があるため9,10),施行するたびに十分な説明と同意取得が必要である.
胸郭出口症候群の交感神経依存性疼痛に対して,星状神経節ブロックが有効な症例では,TSBの反復は有用であると結論した.
本論文の概要は日本ペインクリニック学会第49回大会(2015年7月,大阪)にて発表した.