2017 Volume 24 Issue 4 Pages 358-359
解離性大動脈瘤は,大動脈壁の解離と解離部分への血液流入を本態とする疾患である.発症直後から経時的変化を引き起こすため動的な病態となり,臨床症状は多彩である.本症例では,強い腰痛と左下肢の麻痺,歩行困難を主訴に救急外来を受診した.腰部脊柱管狭窄症の既往があり,症状増悪を疑われたが腰椎MRIでは脊柱管狭窄は軽度であった.鎮痛薬による疼痛改善に乏しく,状態悪化したため腹部CTを施行し解離性大動脈瘤を確認した.慢性腰痛との鑑別が困難であった解離性大動脈瘤の症例を経験したため報告する.
この論文は武蔵野陽和会病院倫理委員会(受付番号014)の承認を得ている.
患者は79歳,男性.既往歴に高血圧および腰部脊柱管狭窄症があった.
深夜に突然発症した左下肢の脱力,腰痛,歩行困難を主訴に救急外来を受診した.受診時,左下肢麻痺,腱反射低下があった.徒手筋力テスト(MMT)は大腿四頭筋(5,2),前脛骨筋(5,2),長母趾伸筋(5,2),長母趾屈筋(5,2)であった.また膝蓋腱反射は右正常,左減弱,アキレス腱反射は右正常,左減弱していた.両足背動脈の触知は可能であった.腰椎疾患を疑い緊急腰椎MRIを施行したが軽度の脊柱管の狭窄があるのみであった.腰痛,左下肢のしびれのため体動困難であり,緊急入院としフルルビプロフェンアキセチル注,トラマドール塩酸塩内服を行うも痛みは軽減しなかった.入院当日左下肢の皮膚温低下と感覚低下が進行し,両側大腿動脈は触知できなくなった.全身冷感,呼吸苦,左腰痛の増強あり,緊急腹部CTを施行したところ解離性腹部大動脈瘤と診断されたため転院となり,転院先で腹部大動脈置換術を施行された.
解離性大動脈瘤は上行大動脈に解離があるStanford A型と解離がないStanford B型に分けられる.Stanford B型はA型より予後が良いため,内科療法の選択が一般的である1).しかし,大動脈破裂や治療抵抗性の痛み,臓器虚血などの合併症をきたした症例はきわめて予後不良なため,外科的治療が必要である.つまり,急性Stanford B型大動脈解離の治療においては,合併症のない例では内科療法を選択し,合併症のある症例では手術を考慮するのが一般的な治療選択といえる.この症例では治療抵抗性の痛みがあり,外科治療の適応があった2).
左下肢麻痺としびれを呈した46歳の男性が,Stanford A型大動脈解離であったという報告もある.その症例では,病歴や検査では大動脈解離の徴候はほとんどなく,急性神経根障害のために初診は整形外科受診となった.患者は軽度の胸痛の訴えがあり,最終的な診断に至ったと報告している3).
大動脈解離の症状は一般的に胸痛,背部痛が多くあげられているが,しびれや片側の症状を呈することはまれであると考えられる4).下肢の対麻痺は約4%の症例に発症するとされるが,下肢虚血は急性大動脈解離の6~24%に発症すると報告されており,突然発症であることと,下肢における血圧の低下が症状としてあげられる.本症例では両足背動脈の触知が可能であり,既往に脊椎疾患があったことが発見を遅らせたと考えられる.疑わしい場合は大動脈疾患を鑑別にあげ,造影CTを施行するべきである.
また腰痛ガイドラインでは,腰痛の診断において表1のような項目に該当する場合は,重大な脊椎病変の可能性があるとしている.これらの項目は赤旗徴候とされており,重大な脊椎病変とは悪性腫瘍,脊椎感染症,骨折,解離性大動脈瘤,強直性脊椎炎,馬尾症候群などがあげられ,全腰痛患者の5%未満に相当するとされる.一方,赤旗徴候に該当しない場合に重大な脊椎病変である可能性は,0.04%とされている.本症例では年齢因子と,時間や活動性に関係のない腰痛の項目に該当している(表1)5).
・発症年齢<20歳または>55歳 |
・時間や活動性に関係のない腰痛 |
・胸部痛 |
・がん,ステロイド治療,HIV感染の既往 |
・栄養不良 |
・体重減少 |
・広範囲に及ぶ神経症状 |
・構築性脊柱変形 |
・発熱 |
HIV:human immunodeficiency virus
今回われわれは,臨床症状と既往歴から脊椎疾患を疑い治療を行ったが改善は乏しく,症状悪化後の緊急CTにて急性大動脈解離と診断された症例を経験した.腰痛に下肢症状を伴う場合,慢性腰椎疾患をまず念頭に置くが,腰痛の程度やその発症様式を考慮し大動脈疾患を鑑別に入れる必要があると考えられる.