2018 Volume 25 Issue 1 Pages 15-19
症例は64歳,女性.4カ月前に右眼瞼のぴくつきが出現し,徐々に増強し筋痙攣となり,口角部分にまで広がった.片側顔面痙攣の診断でカルバマゼピンが処方され有効であったが,白血球減少のため中止され,当科紹介となった.右顔面痙攣に加え,右頸肩部痛があり,右頸部傍脊椎部に圧痛があった.片側顔面痙攣と頸椎椎間関節症の併存と診断し,クロナゼパム0.5 mg/日の内服と神経ブロック治療(星状神経節ブロック,頸椎椎間関節ブロック,後頭神経ブロック,頸部トリガーポイント注射)を行った.2カ月後には頸肩部痛は改善し,顔面痙攣も軽減した.併存していた頸肩部痛に対する治療による痛みの改善と,それによるストレスの軽減が,片側顔面痙攣の症状緩和に寄与した可能性がある.
片側顔面痙攣は,通常一側顔面神経の不随意的興奮による支配筋の持続性または間代性の筋痙攣症状を呈し,顔面神経根出口領域(root exit zone:REZ)での血管による圧迫が原因である.また,ストレスや疲労などは増悪因子でもある.治療として,内服療法,ボツリヌス毒素治療,神経血管減圧術があるが,増悪因子の軽減も重要である1).今回,併存していた頸肩部痛の改善とともに,片側顔面痙攣が軽減した症例を報告する.
本症例の発表については,患者からの承諾を受け,また院内倫理委員会の承認(16020844)を得た.
患者:64歳,女性.
主訴:右顔面痙攣と右頸肩部痛.
既往歴:高血圧症.
内服薬:アムロジピンベシル塩酸塩.
現病歴:4カ月前に右眼瞼のぴくつきが出現し,徐々に増強し筋痙攣となり,口角部まで広がった.同時期に草取り作業過多のために肩こりが強くなった.3カ月前に脳神経外科を受診し,右顔面筋の痙攣症状,頭部MRI所見(REZでの血管圧迫)から片側顔面痙攣と診断された.カルバマゼピン内服により顔面痙攣はやや軽減したが,白血球減少,ふらつき感出現のためカルバマゼピン中止を余儀なくされ,当科紹介となった.
顔面痙攣の重症度はJankovic Scoreの重症度2,3)を用いて評価した.
超音波ガイド下頸椎椎間関節ブロック
経過表
初診時,右下眼瞼から口角部にかけての持続性・間代性の筋痙攣収縮があった.頸部前屈,開口により筋痙攣が誘発され,増強するとともに,右耳後部深部に拍動痛が出現した.右頸肩部痛の程度は数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)で5/10,右乳様突起部分から肩甲部にかけてあり,右頸部傍脊椎部に圧痛があった.脳神経学的異常はなかった.Jacksonテスト,Spurlingテストは右のみ陽性で頸肩部に放散痛があった.上肢筋力低下はなく,上肢深部腱反射は正常で左右差はなかった.頸椎単純X線写真では,右C5/6,C6/7で椎間腔狭小化があった.クロナゼパム0.5 mg/日の内服開始と右後頸部トリガーポイント注射(trigger point injection:TPI)を行った(1%メピバカイン5 ml).5日後,顔面痙攣はやや軽減したが持続しており,頸肩部痛もやや軽減したもののNRS 3/10を認めたため,頸肩部痛に対して右星状神経節ブロック(stellate ganglion block:SGB)を行った(1%メピバカイン3 ml).14日後,28日後の各再診時も,顔面痙攣,頸肩部痛ともに軽減持続したままであり,頸部TPI,後頭神経ブロック(occipital nerve block:ONB)を行った(1%メピバカイン5 ml).39日後,それまで持続していた顔面痙攣は間欠的になっていた.超音波ガイド下に右頸椎椎間関節ブロック(cervical facet block:CFB)をC4/5,C5/6で行い,1%メピバカイン5 mlとデキサメタゾン3.3 mgを分注した(図1).再現痛はC5/6で最も強かった.48日後,頸肩部痛は乳様突起部分にNRS 2/10の痛みを残すのみとなり,通常時の顔面痙攣は消失した(図2).洗髪後などに一過性の頸肩部痛の増強,軽い顔面痙攣の出現があるものの,頸部TPIとクロナゼパム0.5 mg/日の内服の継続で,症状は落ち着いている.3カ月目までは,2週間に1度の受診であったが,その後4週間に1度の受診となり,12カ月後の症状再発はみられない.
顔面痙攣とは,顔面神経の被刺激性亢進により,顔面神経支配筋群が発作性,反復性,不随意に収縮する疾患である.多くは片側性のため,片側顔面痙攣と呼ばれ,中年の女性に多い.その原因はREZでの血管圧迫であり,顔面筋の随意運動(会話,飲食),疲労,精神的緊張,ストレスなどで増悪する1).また,顔面神経支配のあぶみ骨筋の異常収縮のため耳鳴りを自覚することもある.片側顔面痙攣患者の60%に頭痛があり,そのうち半数は顔面痙攣症状と同側の頭痛で,症状の程度に関連がある4).特発性顔面痙攣との鑑別が必要な疾患として,眼瞼痙攣やMeige症候群,顔面神経麻痺後痙攣などが考えられるが,本症例では痙攣に先行する麻痺はなく,痙攣が片側に出現していたこと,MRIでREZでの血管による神経圧迫所見があることから片側顔面痙攣と診断した.
顔面痙攣の治療法として,内服療法,ボツリヌス毒素治療,神経血管減圧術がある.以前は顔面神経ブロックが行われることもあったが,手技的にも難しく現在ではあまり行われていない5).顔面痙攣を適応症とする内服薬はなく,カルバマゼピン,クロナゼパム,バクロフェン,ガバペンチンなどの抗てんかん薬が使用されるが,効果はそれほど高くない.ボツリヌス毒素治療は2000年に保険適用となり,有効性,安全性も高く,第一選択となっているが,効果持続期間が3~6カ月と短いため,繰り返し施行する必要がある6).神経血管減圧術は,唯一の根治療法であり有効性も高いが,全身麻酔のリスク,術後難聴の可能性もあり,積極的には選択されないことも多い7).顔面痙攣の持続が顔面筋萎縮による顔貌変化,完全閉眼による視力障害などを起こすほどであれば,積極的治療の対象となるが,軽症の場合には血圧管理,ストレス軽減だけで経過観察される場合もある.顔面痙攣には高血圧が併存することが多く,血圧管理は有効である8).また,睡眠時無呼吸症候群と顔面痙攣の合併症例に持続的陽圧換気療法が有効であったという報告があり,無呼吸の改善による血圧管理ばかりでなく身体的ストレス軽減が症状軽快因子となったと考察されている9).
頸肩部痛は,頸椎を構築する骨,関節,筋膜などの骨・軟部組織に由来するものと,脊髄や神経根の神経組織に由来するものがある.脊髄・神経根障害は,深部腱反射の異常,筋力低下,知覚障害などの神経学的徴候をもとにすれば,障害高位の診断は比較的容易である.一方,頸椎椎間関節性の痛みでは,後頸部から肩甲骨周囲にかける広い範囲で関連痛や放散痛が生じ,その責任高位の椎間を正確に同定するのは容易ではない10).症候として,頸椎の前後屈・回旋時の痛み,側頸部の罹患関節に一致した部位の圧痛,罹患部位別による頭・頸・肩・肩甲部への放散痛があり,椎間関節ブロック,後枝内側枝ブロックが診断的治療として用いられる.
本症例では,顔面痙攣とともに頸肩部痛があり,患者は顔面痙攣よりも頸肩部痛のほうがつらいと訴えていた.右耳後部深部の拍動痛,乳様突起部から肩甲部にかけての痛みは顔面痙攣の付随症状である耳鳴り,頭痛とも考えられたが,身体所見から,変形性頸椎症とそれに伴う頸椎椎間関節症の併発を疑った.顔面痙攣の重症度が中等度以下であったことより顔面痙攣に対する侵襲的治療の積極的適応はないと判断し,まずは自覚症状の強かった頸肩部痛への治療として,神経ブロック治療を開始した.神経ブロック治療は,リスクの低い頸部TPIから始め,その後,SGB,ONB,CFBを行い頸肩部痛は改善した.SGB,ONBは盲目的に行ったがCFBは超音波ガイド下に行ったこと,頸肩部痛の原因が頸椎椎間関節にあったことから,より高い効果が得られたと考えられる.頸肩部痛の改善に伴い顔面痙攣症状も軽減してきた.顔面痙攣の軽減の要因として,顔面痙攣の自然寛解,クロナゼパム内服効果,頸肩部痛改善に伴うストレスの軽減があげられる.顔面痙攣は一度発症すると自然治癒はないといわれているため,クロナゼパムの効果かストレスの軽減が顔面痙攣症状の緩和につながったと考えられる5).どちらがより症状緩和に寄与しているかは,神経ブロック治療開始と同時期にクロナゼパム内服も開始しているため判断しにくいが,頸肩部痛の改善と顔面痙攣症状の緩和が相関していること,一過性の頸肩部痛増強時に顔面痙攣が出現していることより,頸肩部痛の改善によるストレス軽減も顔面痙攣症状の緩和に寄与している可能性はある.現在は,クロナゼパムの内服と頸部TPIで顔面痙攣症状は落ち着いている.今後顔面痙攣症状が再燃する場合は,クロナゼパムの増量やボツリヌス毒素治療を検討する必要がある.また乳様突起部分に残存する痛みがあるが,頭部MRIではREZ以外には明らかな異常はなかった.頸部MRIやCTは施行していない.頸椎可動により増悪すること,傍脊椎部に圧痛があること,さらに放散痛の部位からC2/3,3/4の頸椎椎間関節由来の痛みであると考えられる.頸肩部痛の増悪時にはMRIやCTでの罹患部位の特定や,診断的治療としての上中位CFBも検討する余地はある.
併存していた頸肩部痛に対する治療による痛みの改善と,それによるストレスの軽減が,片側顔面痙攣の症状緩和に寄与した可能性があると考えられた.
この論文の要旨は,第34回九州ペインクリニック学会(2016年2月,福岡)において発表した.