Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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2018 Volume 25 Issue 1 Pages 34-35

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I はじめに

腹部帯状疱疹の治療中に,腹筋麻痺を生じた症例を経験したので報告する.本稿作成にあたっては本人に口頭で説明し,文書で承諾を得た.

II 症例

患者は67歳,男性.身長160 cm,体重65 kg.右腹部に痛みと紅斑を伴う丘疹に気づいた.皮疹と痛みがしだいに増強し,発症3日目に他院皮膚科を受診,帯状疱疹との診断でファムシクロビル1,500 mg(分3)を7日間経口投与された.10日目に右腹部が膨隆していることに本人が気づき,腹部膨隆の精査と痛みの治療を目的として19日目に当科に紹介された.

当科受診時の所見では,右第10胸神経領域に痂皮化した皮疹を認め,強い感覚鈍麻と痛みを伴っていた[視覚アナログスケール(visual analogue scale:VAS)85 mm].VZV-CF抗体価[水痘帯状疱疹ウイルス補体結合反応(varicella zoster virus-complement fixation test)]は128倍であった.右側腹部は左側腹部と比較して膨隆していた(図1).腹部CT撮影では,腹腔内には腹部膨隆の原因となるような腫瘤は認められず,右内外腹斜筋と腹横筋の3層構造が左と比較して菲薄化していたが,腹直筋は左右対称であった(図2).

図1

腹部写真

右第10胸神経領域に痂皮化しつつある皮疹を認め,同レベルの側腹部が膨隆している.

図2

腹部CT写真

皮疹と同レベルの横断像.右内外腹斜筋および腹横筋は菲薄化し伸長している(矢印).腹直筋はほぼ左右対称である.腹腔内臓器のヘルニア性脱出は認められない.

この右腹筋麻痺と帯状疱疹関連痛に対し,0.5%リドカイン5 mlにデキサメタゾン6.6 mgを加えて胸部硬膜外ブロック(第9/10胸椎間)を実施した.内服薬としてプレドニゾロン15 mg(分3),コデイン60 mg(分3),アセトアミノフェン1,500 mg(分3),プレガバリン100 mg(分2),アミトリプチリン25 mg(分1)を投与した.治療開始1週間で痛みはVAS 30 mmとなったが,腹部膨隆は続いた.同様にデキサメタゾンを加えた胸部硬膜外ブロックを再実施した.2週間後,痛みはVAS 20 mmとなり,プレドニゾロン,コデインおよびアセトアミノフェンの内服を中止,残る痛みに,プレガバリン150 mgとアミトリプチリン25 mg内服を継続した.治療開始4週間で痛みはVAS 15 mmとなり,プレガバリン100 mgおよびアミトリプチリン10 mgに減量し,継続投与した.治療開始9週間で腹部の膨隆は完全に回復し,痛みはVAS 10 mm以下となったため,プレガバリンおよびアミトリプチリンを中止した.その4週間後に症状の変動はなく,治療開始13週で経過観察を終了した.経過を通して,便秘などの消化器症状は認められなかった.

III 考察

帯状疱疹に合併する腹筋麻痺の診断は,臨床像で腹部領域に帯状の皮疹の発生,血清学的にVZV-CF抗体価の上昇という帯状疱疹の診断に加え,腹部が膨隆して偽ヘルニアの状態を呈すことでおおむね判断できるが1),さらに腹部CTや腹部超音波検査で腹壁筋が菲薄化し,ヘルニアの原因となる腹腔内臓器の脱出がないこと,腹腔内に占拠性病変がないことを確認する必要がある2).加えて,神経生理学的検査をあわせて行い,情報を集積することで確定診断に近づくことができる3).本症例では,第10胸神経領域に皮疹を認め,腹腔内臓器の脱出を伴わない腹部の膨隆と内外腹斜筋および腹横筋の菲薄化が認められた.また帯状疱疹発生後20日目のVZV-CF抗体価が128倍ときわめて高値であったことから,帯状疱疹に起因する腹筋麻痺と診断した.

Thomasら4)は,帯状疱疹1,210例の後ろ向き研究において,61例に運動麻痺が発生したと報告しており,その半数が脳神経領域であった.代表的例がRamsey Hunt症候群にみられる顔面麻痺であり,発生頻度が最も多い.その他四肢での発生例も比較的多いが,腹筋麻痺は2例であった.帯状疱疹に腹筋麻痺を合併する症例は,Chernevら5)がPubMed(U.S. National Library of Medicine, Bethesda, MD)とGoogle(Google Inc, Mountain View, CA)を用いたレビューで1895~2012年に35編36例を報告している.その報告では,60歳以上の男性に好発し(中央値64.5歳),左右差はなかった.発生皮膚分節は第8~12胸神経領域に集中していた.36例中23例が完全に回復し,17例が6カ月以内に回復したとしている(平均4.9カ月).また,内臓神経障害に起因する消化器症状の合併が7例あった.これらの臨床報告を参照すると本症例は,腹筋麻痺が9週間で回復し,また消化器症状も伴わず,比較的軽症例と考える.われわれが医学中央雑誌(NPO法人医学中央雑誌刊行会,東京)で検索した結果では,わが国での報告例は1991~2012年に6編9例と国内外ともに報告例は少なかったが,Chernevらの報告5)と性別,年齢,好発部位および罹患期間は同傾向であった.本症例ではステロイド薬を硬膜外および内服で投与した.ステロイド薬が帯状疱疹に合併する運動神経麻痺に有効かどうか,投与量や投与経路などのエビデンスは明らかではないが,多くの症例で投与されており1),本症例でも良好な結果を得た.

今回,腹部帯状疱疹発生から11日目に腹筋の麻痺が生じ,偽ヘルニアを呈した症例を経験した.硬膜外と内服でステロイド薬を投与し,帯状疱疹関連痛の治療をあわせて行い経過を観察したところ,腹筋麻痺が発生してから9週間で麻痺が治癒した.

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