2018 Volume 25 Issue 1 Pages 32-33
アセトアミノフェンは高用量で長期投与を行った場合に致命的な肝障害をきたすことが知られている1).今回われわれは,帯状疱疹痛・帯状疱疹後神経痛に対しアセトアミノフェンを約2カ月間内服し重症薬剤性肝障害を発症した症例を経験したので,患者本人の承諾を得て報告する.
患者は77歳,女性.身長146.5 cm,体重61.7 kg.高血圧,脂質異常症,左乳癌術後の既往があり,メトクロプラミド,プラバスタチンナトリウム,カンデサルタンレキセチルを内服していた.某年7月6日に右乳房下から背部にかけて帯状に水疱が集簇していたため7月8日に当院皮膚科を受診した.外来で右第6胸髄神経の帯状疱疹と診断され,ファムシクロビル1,500 mg/日を7日分処方された.7月16日に鎮痛目的にアセトアミノフェン4,000 mg/日を14日分処方された.7月30日にアセトアミノフェン4,000 mg/日とプレガバリン100 mg/日が14日分処方され,8月13日にアセトアミノフェン3,000 mg/日,プレガバリン150 mg/日が14日分処方された.8月24日頃より食欲不振,悪心が現れたが,アセトアミノフェン3,000 mg/日は継続しプレガバリンを100 mg/日に減量,メトクロプラミド10 mg/日が追加された.9月2日右乳房下の痛みが改善せず,全身倦怠感と食欲不振,嘔気が悪化したため当科紹介となった.
初診時は体温37.0℃で眼球結膜の黄染,顔面の黄疸,下腿浮腫,手掌の掻痒感を認めた.血液検査では肝酵素,ビリルビンの著明な上昇,プロトロンビン時間(PT)延長を認めた(CRP 1.01 mg/dl,Alb 2.9 mg/dl,Na 132 mEq/ℓ,AST 471 IU/ℓ,ALT 630 IU/ℓ,T-Bil 16.5 mg/dl,D-Bil 12.5 mg/dl,NH3 60 µg/dl,Hb 14.2 g/dl,Ht 41.0%,WBC 4,400/µg,Plt 23.0×104/µl,PT 41%,PT(INR)1.42).腹部CTでは肝内に明らかな異常は指摘されなかった.
急性肝障害で当院消化器内科に入院した.HCV,HBV,CMV感染は陰性で,抗核抗体は陽性,抗ミトコンドリア抗体と抗平滑筋抗体は陰性であった.急性肝障害の原因として薬剤性が疑われ,内服薬をすべて中止とした.アセトアミノフェンが被疑薬として考えられ,慢性期ではあるがN-アセチルシステインの内服を開始し,安静を徹底した.薬物リンパ球刺激試験(drug lymphocyte stimulation test:DLST)はアセトアミノフェンで陽性であった.翌日に施行した肝生検では小葉中心性に広範囲で壊死が生じ,標本上は約40%の肝細胞が脱落していた.入院3日目に入院時のアセトアミノフェンの血中濃度は上昇していないことが判明し,N-アセチルシステインを中止した.血液検査は徐々に改善し入院10日目にはT-Bil 6.4 mg/dl,PT 85%となった.入院13日目にT-Bil 15.4 mg/dl,PT 75%と血液検査の悪化がみられたが薬剤性肝障害の再燃と考え安静を継続したところ肝機能は改善し,入院17日目に独歩退院となった.
内服の中止に伴う,右乳房下の帯状疱疹後神経痛の悪化は自覚されなかった.残存した痛みに対し外来にて週2回程度イオントフォレーシスを継続し,帯状疱疹発症後6カ月の時点で痛みは数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)3/10程度である.
薬剤性肝障害(drug-induced liver injury:DILI)は「薬物投与によって生じる肝細胞障害および肝内胆汁うっ滞」と定義される.DILIを疑った場合,起因薬物をただちに中止するのが基本である.全身倦怠感,食欲不振など症状が強い場合や黄疸例,ALT高値,PT延長例では入院加療が望ましいとされる2).本症例は当科初診時の段階でこれらすべての症状を呈し,血液検査とCT検査の結果より急性肝障害の原因が薬剤以外である可能性は低いと考えられた.アセトアミノフェンとプレガバリン以外の薬剤は数年間にわたり服用していたこと,アセトアミノフェンがDLSTで陽性であったことより,今回はアセトアミノフェンによる薬剤性肝障害と診断した.DLST陽性例における再投与試験の陽性率は高く,またDILI症例でのDLSTは特異性・陽性的中率が高いことから診断に有用と考えられている3).
アセトアミノフェンによるDILIは用量依存性とされ,常用量で約80~90%が肝臓で硫酸抱合およびグルクロン酸抱合によって解毒される.残りの一部がシトクロームP450(CYP)により代謝されN-アセチル-p-ベンゾキノンイミン(N-acetyl-benzoquinone-imide:NAPQI)が生じる.このNAPQIは酸化能をもつ有害な中間代謝産物であるが,通常は肝細胞内でグルタチオン抱合を受けて解毒され,尿中に排泄される.腎不全患者ではこの抱合体が尿中に排泄されず腸肝循環で脱抱合され,血清アセトアミノフェンのトラフ濃度が平常より上昇する点に留意すべきである.また,服用量が多いときは,代謝第一段階の硫酸抱合およびグルクロン酸抱合が飽和し,CYPを介した代謝量が増え,NAPQIが蓄積することになる.NAPQIは蛋白に共有結合し,肝細胞壊死を引き起こすので,硫酸抱合能やグルタチオン抱合能が低下している高齢者では肝障害が発症しやすいと考えられる2).
わが国では,アセトアミノフェンを1回に150~250 mg/kg摂取した場合に重篤な急性毒性を生じるといわれている.慢性毒性に関してはCYPの誘導を起こしやすいアルコール常用者で4~6 g/日を連日服用した場合の報告がある4).米国の健常成人では1日4 gのアセトアミノフェンを2週間投与すると38%の症例でALTは正常上限の3倍以上の増加を認め,4%の症例でALTは正常上限の8倍以上の増加を認めたとするランダム化比較試験の結果が報告されている5).本症例では約7週間にわたり3~4 gのアセトアミノフェンが投与されていたにもかかわらず,外来で血液検査が行われることはなかった.アセトアミノフェンを投与する際は適正な使用量であっても,患者背景に配慮したうえで定期的な血液検査を行い,肝機能異常の早期発見に努めることが重要である.
本論文の要旨は日本ペインクリニック学会第50回大会(2016年7月,横浜)において発表した.