Journal of Japan Society of Pain Clinicians
Online ISSN : 1884-1791
Print ISSN : 1340-4903
ISSN-L : 1340-4903
Two cases of epidural hematoma had different outcomes before and after implementation of a protocol to manage epidural hematomas following epidural anesthesia
Atsushi KOBAYASHIKota SUZUKIShunsuke FUJIIKazuyuki ATSUMIJunichirou YOKOYAMAYoshiki NAKAJIMA
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2018 Volume 25 Issue 1 Pages 24-27

Details
Abstract

発見の遅れによる硬膜外血腫の後遺症を経験し,硬膜外カテーテル留置症例における管理プロトコールを作成した結果,その後発生した硬膜外血腫を早期に発見,治療できた症例を報告する.症例は80代男性,硬膜外麻酔併用全身麻酔下に行った横行結腸切除術の翌日に右下肢の知覚鈍麻と麻痺が出現した.症状は進行し,第3病日に撮影したMRIで硬膜外血腫を認め血腫除去術を行ったが,下肢の知覚鈍麻,麻痺,膀胱直腸機能障害の後遺症が残った.この経験から,硬膜外麻酔に関する注意事項を詳細に規定し,管理プロトコールを作成,遵守するよう徹底した.それより5年後,70代男性の腹膜播種による十二指腸狭窄に対し,硬膜外麻酔併用全身麻酔下にバイパス手術を施行後,4病日に突然の背部痛とTh10以下の知覚鈍麻,対麻痺が出現した.ただちにプロトコールに則って関係診療科に連絡がなされ,緊急MRIで硬膜外血腫と診断し血腫除去術を行った.迅速な対応により神経学的所見は完全に回復し,後遺症を回避しえた.硬膜外カテーテルを留置する際,硬膜外血腫の予防のみならず,血腫発生時の早期対応が重要である.

I はじめに

近年,周術期の抗凝固療法が普及し,硬膜外麻酔に伴う硬膜外血腫に対し,以前よりいっそうの注意が求められている.今回われわれは,硬膜外血腫発見の遅れから後遺症発症に至った症例を経験した.それを契機に硬膜外カテーテル留置症例における注意事項を詳細に規定し,管理プロトコールを作成しそれらを院内で啓発に努めた結果,その後発生した硬膜外血腫を早期発見し,後遺症なく治療できたので報告する.

なお,本報告については患者に連絡が取れなかったため,院内倫理委員会の承認を得た(承認番号28–1–8).

II 症例

【症例1】80歳の男性,身長160 cm,体重67 kg.既往歴に特記すべきものはなく,抗凝固薬,抗血小板薬の内服歴や血液凝固機能障害もなかった.横行結腸癌に対し,横行結腸切除術が予定された.麻酔は硬膜外麻酔併用全身麻酔で行い,Th9/10より硬膜外穿刺,カテーテル留置を実施した.硬膜外穿刺より2時間後,深部静脈血栓症予防のため,ヘパリンカルシウム2,500単位を皮下投与した.手術は問題なく終了し,覚醒後,両下肢に麻痺や感覚障害がないことを確認して,術後鎮痛のため,塩酸モルヒネ3 mg添加0.2%アナペイン100 mlを3 ml/hで持続硬膜外投与し,退室した.術後第1病日午前5時,看護師が右下肢の知覚低下と足趾の麻痺を確認した.外科主治医に報告したが,検査や処置は行われなかった.第2病日午前10時,麻痺は両下肢にまで進行し,知覚低下もTh6以下となった.この時点で,主治医は硬膜外カテーテルのくも膜下迷入と判断し,カテーテルを抜去した.第3病日午前9時,症状の改善がみられず麻酔科に相談があった.緊急でMRIを撮影したところ,Th4~9の範囲で,T1強調画像で高信号の領域を帯状に認めた(図1).硬膜外血腫と判断し,ただちに血腫除去術が施行されたが,発症から手術までに約58時間が経過していた.術後,ステロイド投与や高圧酸素療法を行ったが,両下肢の不全麻痺,下腹部以下の知覚低下,膀胱直腸機能障害の後遺症が残った.

図1

胸椎MRI矢状断面(症例1)

T1強調画像でTh4~9にかけて高信号領域を認める.

症例1を経験した後,われわれは硬膜外血腫の治療開始遅延予防策として,院内医療安全委員会とともに硬膜外血腫に関する注意事項,管理プロトコールを以下のように規定した.

①硬膜外麻酔に伴う硬膜外血腫の症状:一般に背部痛で発症し,ある皮膚分節以下の運動,知覚麻痺と膀胱直腸機能障害を伴う.

②すぐに検査,処置が必要な症状:新たに発生した強い背部痛,手術室から帰室して3時間以上経過しても改善のない両下肢の完全麻痺,進行性の下肢麻痺,知覚異常領域の拡大,膀胱直腸障害.

③硬膜外カテーテル挿入時の注意点:硬膜外カテーテルのくも膜下迷入や,硬膜外穿刺時の血管穿刺の際には,ヘパリンカルシウム投与に関して麻酔科医と執刀医が相談のうえ,慎重に決定する.

④硬膜外麻酔後の神経症状の定時観察:看護師は下肢麻痺や知覚異常の有無を規定の時間に観察する.観察は手術室から帰室した直後,1,3,6時間後,その後は各勤務帯1回とし,離床まで続ける.硬膜外カテーテルを抜去した場合は,離床まで同様の時間に観察する.

⑤硬膜外カテーテル抜去時の注意点:ヘパリンカルシウム投与中の場合,最終投与から10時間以上経過してから抜去する.次の投与は抜去後2時間以上経過してから行う.硬膜外血腫が疑われた場合は,カテーテルを抜去せずに注入を停止し,⑥を行う.

⑥異常時の対応:定時観察で異常が認められた場合,看護師はただちに主治医へ報告する.主治医は上記②,もしくはそれに準じた症状であると判断した場合,MRIなどの画像検査を行うとともに,関連科に相談する.

以上の項目について,より長期的に認識されるようクリニカルパスのなかに取り入れ,より速やかに周知されるよう外科系病棟スタッフを対象に勉強会を行うとともに,プロトコールの概要を記したポスターを各病棟に掲示した.

症例1から約5年後,われわれは再度硬膜外麻酔に伴う硬膜外血腫を発症した症例を経験した.

【症例2】70歳の男性,身長162 cm,体重46.2 kg.急性冠動脈症候群の既往があり,バイアスピリン(100 mg/日),クロピドグレル(75 mg/日)を内服していた.左腎盂尿管癌の腹膜播種による十二指腸狭窄に対して胃空腸バイパスが予定された.抗血小板薬は2剤とも手術26日前から中止し,手術当日までヘパリン12,000単位/日の持続点滴を行い,手術室入室6時間前に投与中止とした.麻酔は硬膜外麻酔併用全身麻酔で行い,Th9/10から硬膜外穿刺,カテーテル留置した.硬膜外穿刺より2時間経過した後,ヘパリンカルシウム2,500単位を皮下投与した.手術は問題なく終了し,覚醒後,両下肢に麻痺や感覚障害がないことを確認し,塩酸モルヒネ3 mg添加0.2%アナペイン100 mlを3 ml/hで持続硬膜外投与し,退室した.術後第3病日,硬膜外カテーテルを留置した状態で,ヘパリン12,000単位/日の持続点滴を再開した.第4病日午後6時,突然の強い背部痛とともに両下肢の筋力低下が出現し,担当看護師から外科主治医に報告があった.主治医の診察時,両下肢の完全麻痺とTh10以下の知覚低下を認め,ただちに麻酔科,脳神経外科へ連絡すると同時に緊急MRIを施行した.Th6~10にかけて,T2強調画像で高信号に描出される血腫を認め(図2),同日午後11時,症状出現より5時間後に血腫除去術が施行された.手術直後より両下肢の麻痺と知覚低下は改善し,神経学的後遺症を残さず退院となった.

図2

胸椎MRI矢状断面(症例2)

T2強調画像でTh6~10にかけて高信号領域を認める.

III 考察

硬膜外麻酔に伴う硬膜外血腫の発生率についての報告は以前より多くみられる.なかでも1993年のTrybaらの調査では15万症例に1症例1),1996年のWulfらの調査では19万症例に1症例と報告されており2),いずれもきわめてまれな合併症と考えられてきた.しかし,2004年のMoenらの報告では,硬膜外麻酔を受けた45万症例中25症例に硬膜外血腫が発生しており3),2009年にはCookらが88,000症例に1症例,非妊婦に限れば48,000症例に1症例の頻度と報告している4).また,Moenらの調査におけるサブグループ解析では,人工膝関節置換術を受けた女性では3,600症例に1症例と非常に高くなっている3).すなわち,少なくとも手術麻酔領域での硬膜外血腫発生率は以前に報告されていたものよりも高く,手術内容や患者背景によっても大きく異なり,すべての患者にとって「きわめてまれ」とはいえない可能性がある.

また,近年,周術期肺血栓塞栓症(PTE)の予防としての抗凝固療法が急速に浸透してきている.それに伴いPTEによる死亡率低下が示唆されており5),周術期抗凝固療法の重要性がうかがえる.2008年に発表されたAmerican College of Chest Physicians Evidence-Based Clinical Practice Guideline, 8th edition(ACCP 8th)でも,中等度以上の血栓塞栓症リスク患者に対し,薬物療法による血栓予防を推奨している6).しかし,一般に抗凝固薬の使用は硬膜外血腫の危険因子であり,周術期の抗凝固療法と硬膜外麻酔の適用の是非についてはまだ一定の見解は得られていない.わが国では,最近,抗凝固薬の使用と区域麻酔に関するガイドラインが作成されたが,ガイドラインの遵守によって発生率が低下するかは不明であり,アメリカ区域麻酔学会などが推奨する既存のガイドラインに従っても硬膜外血腫が発生したという報告もある7)

このような背景において,今後いかに硬膜外血腫発生の予防に努めてもおそらくは防ぎきれるものではなく,より現実的な合併症として認識や管理体制を改める必要がある.上述のACCP 8thのなかでも,硬膜外血腫による恒久的な神経障害を防ぐための診断と治療方針に関するプロトコールを各施設で作成することを強く推奨している6).当院では,症例1以前の対応策は,凝固機能の確認,抗凝固薬や抗血小板薬の術前中止の徹底,抗凝固療法中の硬膜外カテーテル抜去時間の指定など,血腫発生の予防に重点が置かれ,いざ発生した際の早期対応についての注意喚起がほとんど行われていなかった.その結果,初期対応の遅れを招き,不可逆的な神経障害が生じてしまった.神経障害を回避するためには,予防と同時に発生時の早期発見,治療が不可欠であると再認識し,管理方針を具体的に明文化して,関係する各診療科,部署に周知徹底した.Meikleらも,施設ごとの硬膜外麻酔後管理プロトコールの作成を提唱し,自施設での具体的な方針を示しているが,長期的な運用についてまでは言及していない8).われわれは,クリニカルパスを利用することで,診療科や部署,また医療従事者による判断や対応の差を小さくし,どのような場所においても術後管理に一定の質を長期間保てると考えた.実際,プロトコール作成から症例2の発生まで5年が経過していたが,迅速な対応によって後遺症なく治療することができ,その有用性が示された.

硬膜外血腫に関する術後管理プロトコールを作成し,院内で周知徹底した結果,発生した血腫に迅速に対応し,後遺症を残すことなく治療することができた.プロトコールの作成は,質の高い均一な管理を長期にわたって可能にする.

この論文の要旨は,日本麻酔科学会東海・北陸支部第11回学術集会(2013年9月,岐阜)にて発表した.

文献
 
© 2018 Japan Society of Pain Clinicians
feedback
Top