2018 Volume 25 Issue 2 Pages 63-68
がん関連痛は,手術,化学療法,放射線治療といったがん治療に伴うものから,終末期のがん性疼痛によるものまで,さまざまな病期に起こる.喫煙は急性症状として一時的に痛みを軽減させるが,その後に起こるニコチン離脱症状は痛みの感受性を上げる.患者は痛いとタバコを吸いたくなり,吸いたくなると痛みは増す.そのようななかでわれわれ医療従事者は,痛みのある喫煙がん患者に対しどのように対応すべきか.本稿では,喫煙と痛みの関連について特にがん関連痛を中心に文献レビューを行い,痛みのある喫煙がん患者に対する症状緩和につながる禁煙支援について説明する.
喫煙ががんの原因になることは広く知られており,喫煙者の多くはがんと診断されると同時に禁煙を開始する.Parsonsらは早期に診断された非小細胞がん患者が喫煙を継続した場合,禁煙した者と比べて,性,年齢,術式や放射線治療の有無などを調整したとしても,全死亡率が約3倍,再発率が約2倍増加することを示した1).またGarcesらは,がんと診断された後に禁煙することで,患者のQOLが喫煙を継続した場合よりも高くなることを報告した2).このように,がんと診断された後でも禁煙することの意義は大きい.しかし,喫煙がん患者の約1/3は,がんと診断された後も喫煙を継続するといわれている3,4).もちろん,終末期のがん患者も例外ではない.
がん関連痛は,終末期であるか否かにかかわらず,がん治療に伴う術後の痛みや放射線化学療法の副作用に伴う痛みなどが,さまざまな病期に起こる.喫煙が痛みと関係することは近年さまざまな先行研究で報告され始め,がん関連痛のコントロールとともに,そのがん患者への禁煙支援についても注目が集まっている.このような背景から,本稿では,まずがん関連痛と喫煙との関係性についてこれまでの先行研究をもとに解説する.次に,痛みのコントロールが特に必要となる緩和ケア病棟での終末期患者の禁煙について,離脱症状緩和の観点から示す.さらにそれらをふまえて,痛みのあるがん患者に対する禁煙支援について方向性を述べる.
がんに関連する痛みは,がん治療中の患者の30~40%,進行した病期においては60~90%に発生するといわれている5).ニコチンの急性刺激として鎮痛効果のあること6),またニコチンの離脱症状が痛みの感受性を上げることから,痛みのある喫煙患者はこれを回避しようとしてタバコを吸ってしまう傾向にある7).しかし,痛みのある患者が喫煙を継続することは,はたして痛みを緩和するのか.それとも増強させるのだろうか.
Loganらは,頭頸部がんと診断されたばかりで,手術や放射線療法,化学療法など治療が開始されていない患者に対し,診断時の喫煙状況と痛みのレベルとの関連をがん治療が開始されるまでの期間,調査した8).この調査は治療開始前という,比較的痛みが少ないと予測される時期の痛みと喫煙の関連性を調査しており,独自性が高い.その結果,がん診断時点の現在喫煙者は,治療開始前という早い時期であっても,一度も吸ったことのない者や禁煙した者と比べて,痛みを強く感じることが示された8).なお,ここでの現在喫煙者とは,自己申告でこれまでに少なくとも100本以上タバコを吸ったことがある者のなかで,現在毎日もしくは時々タバコを吸うと回答した者と定義している.Loganらはこの結果を受け,痛みのある患者は自ら強いニコチン中毒に陥るものと推察している.つまり,がんと診断された後に痛みのある患者はニコチンによる鎮痛効果を利用し,それを続けることで耐性が起こり,さらに鎮痛効果を増やすためにニコチンを大量に補給するようになると考察した.なおこの調査では,がんと診断された現在喫煙者のうち,62%は3カ月以内に禁煙を試みたいと回答した.最も多かった禁煙方法は“自力での禁煙(cold turkey)”で,薬物療法を用いた患者は10%にとどまった.この結果からもわかるように,がんと診断されることは喫煙者の禁煙のモチベーションを上げる.自力での禁煙は離脱症状が強く,離脱症状によって痛みの感度は上がりやすい.がんと診断されたタイミングで薬物療法を含めた禁煙治療を行うことの必要性が考えられた.
Balduyckらは,肺がんで肺葉切除もしくは肺切除術を施行された患者70名を対象に,前向きコホート研究を行った9).対象者を非喫煙者群,過去喫煙者群,短期間の過去喫煙者群,現在喫煙者群の4群に分類し,その後のQOLについてQLQ-C3010)を用いて調査している.なおこの質問票には痛みに関する質問項目が2項目入っており,他の質問項目も痛みがあることにより容易に変化しうる内容となっている.このなかでBalduyckらは,現在喫煙者は手術後1年間の胸痛や創部痛などの痛みが他のグループに比べて長く継続し,術後の身体活動や社会的活動の持続的な低下が起こったことを報告している9).この研究では,非喫煙者は術後のQOLが最も高く,がんによる手術を受ける患者が,その後の継続的な痛みや機能障害を起こさないためにも禁煙することの重要性が示されている.
次にDitreらは,がんに対する化学療法を始めた患者224名に対し,痛みの強さと,それによる日常生活への影響について横断調査を行い,喫煙状況別に分析をした11).その結果,性,年齢,手術の有無,がんの病期,教育レベルを調整したとしても,がんと診断された後も喫煙を継続している者は非喫煙者に比べ痛みを感じることが多く,また痛みによって仕事や日常生活が妨げられることが統計学的有意に多かった.この結果を受けてDitreら11)は,がん患者が禁煙したり,もともと吸い始めていなければ,強い痛みを感じないでいられた可能性があると推測した.また,過去喫煙者において禁煙年数と痛みの強さに負の相関がみられたことから,がんと診断された患者に対し禁煙支援を行うことで,時間の経過とともに痛みが軽減する可能性を示唆し,がん患者に対する禁煙支援の重要性を示した.
放射線療法中の喫煙状況と痛みに関しては,頭頸部がん患者に対する放射線誘発性口腔粘膜炎の修飾要因として喫煙があげられ,それにより痛みが増強することが報告されていた12).また放射線療法による重度の皮膚障害と喫煙との関連性についても報告が散見された13,14).Langheらは377名の乳房温存術後の乳がん患者に対し,放射線治療後に追跡調査を行い,皮膚障害に関連する要因を分析した14).その結果,グレード2以上の急性皮膚障害に関連する要因として,ブラジャーのカップサイズがD以上や,高いBMIとともに,放射線治療中の喫煙継続があげられ,放射線治療中に喫煙している者はそうでない者に比べて,グレード2以上の急性皮膚障害を2.7倍起こしやすいことが示された.このように,放射線療法による口腔粘膜障害や皮膚障害など,痛みを伴う副反応が喫煙者には多くみられ,治療による痛みを軽減するためにも禁煙の必要性が示唆されている.
緩和ケアを行うがん患者の痛みに関しても同様に,喫煙との関連性は多く報告されている.喫煙者は非喫煙者に比べて痛みを感じやすく,さらに抑うつや不安などの症状が強く,オピオイドの乱用率が高いことがさまざまな先行研究から報告されている15–17).Novyらは,緩和ケアの必要ながん患者の喫煙と痛みとの関連性について後ろ向き調査を行っている18).MD Andersonがんセンターのペインマネジメント外来に通う患者の,3つの時点(初回面談および初回から2~6週後,6~9カ月後の面談)での痛みやその他の症状とオピオイド使用について,喫煙状況との関連を調査した.その結果,喫煙者は非喫煙者よりも統計学的有意に痛みのレベルが高く,疲労,食欲不振,抑うつ,不安,不眠を訴えたことを示した.息切れや眠気の程度の差は統計学的に有意ではなかったが,喫煙者は非喫煙者よりもこれらの症状の有訴率が高かった.このように,進行がんおよび終末期の緩和医療においても喫煙者は痛みを感じやすいことが伺えた.
以上のように,喫煙者は非喫煙者と比べて,がんと診断された直後から,術後の痛みや機能障害,放射線化学療法の副反応としての痛み,進行がんおよび終末期の痛みや不安,抑うつなどを感じやすいことが,多くの先行研究から報告されている.痛みは患者のQOLに直接大きな影響を与える.終末期医療であるか否かにかかわらず,がん患者のQOLを維持するためにも,禁煙支援の重要性が示された.
近年,日本でのがん患者に対する緩和ケアを中心とした終末期ケアは,在宅支援が注目を集めている.しかし実際には,日本での在宅緩和ケアはまだまだ少なく,多くの患者は緩和ケア病棟もしくは一般病棟に入院する.緩和ケア病棟は,がん専門病院や一般病院の一部として,多くの場合敷地内禁煙となっている.日本ホスピス緩和ケア協会の調べでは,緩和ケア病棟311施設中,敷地内全面禁煙を行っている施設は84%,建物内禁煙の施設は6%であった19).
緩和ケアを必要とする喫煙がん患者は,入院すると同時に禁煙を強いられる.入院をきっかけに禁煙する場合,入院開始から少なくとも2週間,禁煙による離脱症状は継続する.ニコチンの離脱症状は,タバコを吸いたいと渇望したり,イライラ,集中困難,抑うつなど,表1に示したような症状が起こる20).離脱症状の出現により,患者は痛みの感受性が上がりさらに喫煙を欲求するようになる.このようなときに,患者が外出できる場合は敷地外で喫煙することができる.しかし,それができる頻度は1日数回程度と思われる.患者の病状が進行してくると看護師が付き添う必要があるが,看護師が付き添って敷地外で喫煙をする場合,1日1~2回が限度と考えられる.ニコチンの消失半減期は約2時間であり21),1日1~2回の喫煙は逆に次の喫煙までの間に離脱を起こし,患者は1日に何度もニコチンの離脱症状を味わうことになる.このように,敷地内禁煙の施設に入院した喫煙がん患者は,禁煙してもしなくても,最終的にはつらい離脱症状を感じることになる.最も重要なことは,それまでに幾度となく通院している喫煙がん患者に対し適切な禁煙支援を行い,緩和ケア病棟に入院する前に禁煙を開始できるようにすることである.しかし,それができなかった場合は,緩和ケア病棟で離脱を抑えた禁煙を支援することが重要となる.禁煙支援は,薬物療法を加えることで離脱症状が緩和され,禁煙成功率が上がるといわれており22),適切な薬物療法でニコチンの離脱症状の緩和を目指すことができる.
離脱症状 | 持続期間 | 発生頻度 |
---|---|---|
イライラ/怒りっぽい | <4週間 | 50% |
抑うつ | <4週間 | 60% |
落ち着きのなさ | <4週間 | 60% |
集中困難 | <2週間 | 60% |
食欲亢進 | >10週間 | 70% |
軽度の頭痛 | <48時間 | 10% |
夜間覚醒 | <1週間 | 25% |
便秘 | >4週間 | 17% |
口内炎 | >4週間 | 40% |
喫煙欲求 | >2週間 | 70% |
ニコチンの代表的な離脱症状の出現時期とその頻度について示す.イライラや抑うつ,落ち着きのなさなど,不快な離脱症状が半数以上の者に4週間以内に起こることが示されている(文献20より改変).
現在日本で利用できる禁煙補助薬は,ニコチン代替療法であるニコチンパッチとニコチンガム,経口禁煙補助薬でニコチン受容体の部分作動薬であるバレニクリンの3種類である.そのうち,ニコチン依存症管理料を算定する禁煙治療では,ニコチンパッチとバレニクリンが処方される.ニコチン依存症管理料は外来患者のみに算定でき,入院中の患者への適応は現時点ではない(一度でも禁煙外来を受診した場合はその限りではない23)).そのため,緩和ケア病棟に入院した喫煙がん患者の禁煙には,原則として薬局で購入できるニコチンパッチとニコチンガムが利用される.特に食欲や口腔の状態に左右されないニコチンパッチは,緩和ケアを必要とするがん患者には推奨しやすい.
ニコチンパッチは長時間作動型のニコチン製剤で,貼付後緩やかにニコチン血中濃度が上がり,1時間おきに喫煙した場合と同様の血中濃度の推移となる24).ニコチンパッチの効果に関する43研究のメタアナリシスの結果,ニコチンパッチを利用した禁煙はプラセボと比べて1.64倍禁煙成功率が高いと報告された[95%信頼区間(CI):1.52~1.78].敷地内禁煙の緩和ケア病棟に入院した喫煙がん患者に対しては,緩和目的のニコチン代替療法および禁煙支援をぜひ推奨したい.なお日本の看護師は,終末期の喫煙がん患者に対する,ニコチン代替療法の利用を含んだ禁煙支援の必要性について,全体としてはあまり理解が進んでいない現状がある25).終末期の喫煙がん患者に対する禁煙支援が,患者の症状緩和につながることの重要性について周知を図る必要がある.
それでは,入院していない痛みを持つがん患者への禁煙支援はどのように行うことが効果的であろうか.
Nayanらは,がん患者への禁煙支援の効果に関するメタアナリシスを行い,がん患者への禁煙支援は,薬物療法を加えることで1.4倍(95%CI:1.06~1.87)禁煙成功率が上がることを報告した26).また,痛みの強さとニコチン依存度には正の相関がみられ,痛みのある患者はそうでない患者に比べて重度のニコチン依存症である可能性が高い,とする報告がある27).そのため,外来通院中のがん患者に関しては,本人が禁煙を希望した場合は,OTC禁煙補助薬よりも効果の高い薬物療法に加えて専門家が禁煙支援を行う禁煙治療が推奨されている28).また,痛みのある喫煙者は禁煙する自信が低く,困難な禁煙経験が多いと報告されている29).禁煙治療を受けない場合であっても,その患者に携わる医療職が対象者の禁煙の自信を上げるために,練習と思ってやってみること,失敗してもなんの損もないことなど,禁煙の障害を下げる声かけをしたり,失敗した経験のある喫煙者には,失敗から何を学び次の禁煙にどう生かせるかを話し合うなどして自信を強化することが望ましい30,31).また,前述のNayanらのメタアナリシスでは,手術前のがん患者への禁煙支援はそうでない患者に比べて2.3倍(95% CI:1.32~4.07)禁煙成功率が高いことを示した26).がんの診断時や手術前といった患者の禁煙へのモチベーションが上がるタイミングに適切な禁煙支援を行うことで,その後の経過のなかで起こりうる痛みの緩和に寄与できるものと考えられる.
これに対して禁煙を希望しないがん患者には,どのような支援を行うべきであろうか.禁煙を希望しない患者は,多くの場合喫煙を継続することに対し自ら理由づけをする(例:こんなに痛いのに禁煙したら,ストレスがたまって逆に身体に悪い).この理由づけの時期には,タバコを禁止したり喫煙の害を伝えたとしても逆効果で,“ああいえばこういう”ようになり,患者の行動変容には結びつかない.この時期は,患者の喫煙し続ける価値と禁煙する価値について尋ね,患者自身が禁煙する価値の大きいことに自ら気づくように,反論せずに聞いていく時期である32).Kellerらは,行動に対する重要度と自信度の両方が上がると人は行動を起こすことを示し,重要度–自信度モデル(conviction-confidence model)を提唱した33).禁煙する気のない患者の場合この両方が低いことが多く,まずはその患者にとって禁煙が重要であることを伝える必要がある.加えてこの時期は,毎回患者の喫煙状況に対し関心を持ち続け医療者が患者を気にしていることを伝え,一歩ずつ患者が禁煙に向かって行動変容することを待つ時期ともいえる.痛みのある患者の多くは,タバコを吸っても痛みは変わらないことはわかっているが痛いとタバコが吸いたくなるという報告がある34).痛みのコントロールができていない患者は喫煙欲求が強くなるといわれており7),痛みのある喫煙がん患者の禁煙支援には,痛みのコントロールも重要な役割を担うことを忘れてはならない.
本稿では,喫煙と痛みの関連について,特にがん患者の痛みを中心に文献レビューを行った.その結果,禁煙することでがんに伴う疼痛を緩和できることを支持する複数の観察報告があった.
その疼痛は,手術,化学療法,放射線治療といったがん治療に伴うものから,終末期のがん性疼痛によるものまで含まれていた.医療従事者ががん患者の禁煙の意義を理解したうえで,入院前の外来および入院中の患者に対して適切な禁煙支援,禁煙治療を提示・実行できるようにすることが,疼痛に苦しむがん患者のQOLの向上につながると考えられた.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第51回大会(2017年7月,岐阜)において発表した.