2018 Volume 25 Issue 2 Pages 94-106
日 時:2018年2月3日(土)
会 場:京王プラザホテル多摩4F
会 長:内木亮介(日本医科大学多摩永山病院)
金井昭文
北里大学医学部・新世紀医療開発センター・疼痛学
近年,オピオイドの臨床使用において,諸問題が浮上している.米国を中心とした依存と過量摂取死の問題は顕著であるが,耐性と痛覚過敏の問題も深刻であり,内分泌異常と免疫抑制の問題も無視できない.まずはこれらの現状を報告する.
昨今,ブプレノルフィンが注目されている.依存形成が少なく,米国ではもっぱらオピオイド依存患者の治療に使用されるが,オピオイド耐性や痛覚過敏を有するオピオイド依存患者の難治性慢性痛を軽減できるとされる.欧州では高用量のブプレノルフィン貼付剤ががん性痛や難治性非がん性痛に使用されている.ブプレノルフィンはオピオイド受容体部分作動薬であるため,呼吸抑制に天井効果があり,安全性が高い.一方,鎮痛作用の天井は呼吸抑制よりも高く,臨床使用においては増量により十分な鎮痛作用を発揮しうる.
日本では,ブプレノルフィンのオピオイドµ受容体への高い親和性,低い内因活性,遅い解離を示すインビトロ特性から,他のオピオイドとの併用を懸念され,臨床使用は制限されてきた.近年の臨床研究においては,ブプレノルフィンと他オピオイドの併用による鎮痛制限や疼痛増強はない.すでに欧米では併用が一般化しているようである.
近年,依存と過量摂取死,耐性と痛覚過敏,内分泌異常と免疫抑制のすべての問題において,ブプレノルフィンが有用であることを示唆する研究報告が続いている.ブプレノルフィンを再考すべき時がきたので,今回はこの話題に触れる.
樋口比登実
昭和大学病院緩和ケアセンター
会長や私が若い頃には,緩和などという言葉は無く,がん性疼痛治療はペインクリニシャンが中心に行っていた.しかし,近年薬物療法の進歩はめざましく,新しいオピオイドの導入も目白押しで「いつでもどこでも誰にでも可能」な薬物療法が主流となり,痛みのアセスメントなしにラダーに従い薬剤を重ねていくことがまかり通っているのではないだろうか.
痛みは多岐にわたる原因により,多種多様多面的な様相を呈する.また,痛み閾値の変化,環境,心理的要因,性格,痛み体験などにより,程度や表現方法が異なる.この複雑怪奇な痛みを的確に評価するためには,患者の立ち居振る舞いや表情,患者・家族の発する言葉などの注意深い観察力と研ぎ澄まされた感性・コミュニケーションスキルによる情報収集が必要である.
誰が得意?……ペインクリニシャンです!
ペインクリニシャンの武器は,神経ブロックである.効果は薬物療法などの比ではない.しかし,穿刺に伴うリスクを恐れ,神経ブロックを避け,薬物療法などを選択する風潮があることも事実である.神経ブロックは,施行者の技量,手技の巧拙がはっきり結果として表れるため,一人前のペインクリニシャンを育成するためには多くの人手と時間がかかる.さらに安全確実に施行するためには,よき指導者,切磋琢磨する仲間,看護師,技師など多職種チーム&良い環境が必要である.“ブロックは一日にして成らず”であるが,やはりブロック可能な痛みには積極的に神経ブロックを優先させることが望ましいと考えている.
今回,会長イチオシの熟練必殺? ペインクリニシャンが「がんの痛みにペインクリニシャンはここまで関与できる! 病院でも在宅でも……」を名調子で熱く語ります! 御参集いただいた先生方が,がん性疼痛治療にさらに自信を持って神経ブロックを駆使し,関わっていただける一助になれば幸いである.
座長に指名していただき,会長・内木先生に心より感謝している.
がん疼痛治療の最前線服部政治
がん研有明病院がん疼痛治療科
シンポジウムでは,麻酔科・ペインクリニック技術主体のがん疼痛治療科としてできる,病院での疼痛管理について紹介する.われわれが行うがん疼痛治療には,一般的なオピオイド治療,神経ブロック療法,脊髄鎮痛法がある.その中でも,後者ふたつについて概説する.
【神経ブロック療法】がん疼痛における神経ブロック療法は,多くは透視下に行う神経破壊術である.内臓痛の治療に代表される腹腔神経叢ブロックをはじめ,肋間神経や末梢神経のブロックもある.ただし,ある程度の麻酔科やペインクリニックで修練と経験を積んだ医師による実施が必要である.
【脊髄鎮痛法】硬膜外鎮痛法と脊髄くも膜下鎮痛法に分ける.硬膜外鎮痛が病棟で汎用性が高い.一般的治療でも痛みで苦しむ患者を目の前にしたときに,麻酔科医であればほとんど苦なく実施できる(最近は事情が異なってきているかもしれないが).手術の鎮痛とは薬液組成が異なる点だけ知っておいてほしい.多くは一時的な鎮痛目的で実施され,管理期間中に神経ブロックや脊髄くも膜下鎮痛への移行を計画する.脊髄くも膜下鎮痛法は,硬膜外鎮痛と比べて閉塞のリスクが少ないことや,薬液使用が少量で済むため在宅への移行を目的として実施されることが多い.
シンポジウムでは,短時間であるが,どのようにがん疼痛治療科がこれらの治療を組み入れているのか,その思考回路を明らかにしたいと考えている.緩和医療において,痛みを軽減することは第一に求められることである.疼痛管理の専門家であるペインクリニック医師が診た場合,一般的な緩和ケア医が計画する治療よりも先の治療法を視野に入れながらのコントロールとなり,がん疼痛に苦しむ患者への貢献度は高いと考える.あとは,いかに主治医にそういった治療があることを知っていただくかが重要な要素となる.
開業医の在宅緩和ケア村井邦彦
宇光会村井クリニック
48歳女性,9歳時に仙骨部奇形種の摘出術,結婚,出産を経て46歳頃に奇形種による骨破壊,腹腔内膿瘍の臀部痛で大学病院を紹介され,外来で痛み治療が開始された.その後腫瘍が悪性転化して痛みが増悪,肺転移が急速に進行している.仙骨から骨盤内に交通する瘻孔の洗浄・ドレナージを毎日行っている.大学のペインクリニック科で2回くも膜下フェノール,モルヒネiv-PCA 1,600 mg/日,ケタミン注384 mg/日にて痛みのコントロールができたため,在宅療養に移行となった.ADLは寝たきり,エアマット使用,車いすは利用できる.退院後は諏訪大社など寺社巡りに出かけたい,ご主人・娘さんと過ごしたいと考えている.
病院から在宅療養に移行する目的で,病院の医師・看護師と地域の訪問看護師,ケアマネジャー,福祉用具業者が集まり「退院前カンファランス」を実施し,病状の認識・理解の確認,今後の在宅生活に向けた不安と期待,「覚悟」の聴取,IVH,PCAポンプなど在宅ケアに必要な医療材料,福祉用具等の準備を行った.医療は自宅で実践しやすい形に変更した.病院と診療所の「2人主治医制」,病診連携,医療介護連携,医療用SNSについて説明することで不安の軽減を図った.
社会保障費の増加と死亡者数の増加を背景に,在宅医療は病床数削減と病床機能分化の受け皿といわれるが,在宅医療の本来の意義は,本人の生活の重視,生きる喜び,尊厳と家族の納得,そして病と死に向き合うことのできる文化の醸成・回復であると考えている.全人的な痛みの緩和,尊厳,QOL,介護者の不安・負担などを複合的に捉える「生物・心理・社会的アプローチ」と「多職種連携」に慣れているペインクリニッシャンは,病院から出て地域で在宅緩和ケアの普及と均てん化にもっと介入すべきである.
地域のペインクリニッシャンとして,住み慣れた地域で人生の最後までその人らしく生きるお手伝いをしたいと思う.
武冨麻恵*1 信太賢治*1 小林玲音*1 島﨑 梓*1 福田 悟*1 増田 豊*2 大嶽浩司*1
*1昭和大学医学部麻酔科学講座,*2東京クリニックペインクリニック内科
急激な減量もしくは中断により生じる退薬症状は,三環系抗うつ薬をはじめ多くの抗うつ薬で報告されている.デュロキセチンの退薬症状として浮動性めまい,悪心,頭痛,嘔吐などの症状が知られているが,具体的に最終投与量や漸減期間にコンセンサスはなく,また痛みのコントロールに対する退薬症状の報告はない.今回われわれは痛みのコントロールに用いたデュロキセチン中止後に退薬症状が生じた若年女性の2症例を経験したので報告する.
【症例1】26歳女性,腰椎椎間板ヘルニアの再発(右L5/S1)の診断で整形外科から紹介された.デュロキセチン20 mg/日を内服開始し1週間後40 mg/日に増量,眠気はあったものの12週間服用した.経皮的髄核摘出術を受け経過良好であったため,術後6日にデュロキセチンの服用を中止したところ,発汗,嘔気,下痢,食欲低下,耐えがたい倦怠感が出現した.これらの症状は3日程度で改善したが退薬症状と考え,半量のデュロキセチン20 mg/日の内服を再開し2週間後に再度中止した.このときは退薬症状が起こらなかった.
【症例2】38歳女性,頸椎椎間板ヘルニア(左C5/6)の診断で整形外科から紹介された.デュロキセチン20 mg/日を内服開始し,15週間後痛みが強くなり症状が悪化したため40 mg/日に増量した.しかし便秘の副作用が出現したため20 mg/日に減量した.減量から11週後痛みが軽快したためデュロキセチンを中止したところ,耐えがたい全身の倦怠感,嘔気,めまいの症状が出現した.退薬症状と判断し10 mg/日内服を再開した.再開4週後に7 mg,5週後に5 mgと漸減して6週間後に中止したが退薬症状は起こらなかった.
【考察・結論】症例1では40 mg/日,症例2では最低用量である20 mg/日の中止で耐え難い退薬症状が出現した.退薬症状確認後,どちらも中止前の半量のデュロキセチンを再開することで退薬症状なく内服を終了できた.20 mg~40 mg/日の比較的低用量のデュロキセチンの投与量であっても退薬症状が起こりうるため注意を要する.
2. 当院における学際的アプローチが奏功した腰下肢痛の1症例~理学療法士の視点から~西 啓太郎*1 山口 亮*1 江原弘之*1 豊川秀樹*1,2 岩﨑かな子*2 中西一浩*2
*1西鶴間メディカルクリニックリハビリテーション科,*2西鶴間メディカルクリニックペインクリニック科
【目的】当院における学際的アプローチが奏功した症例を経験したので報告する.
【症例】60歳代の女性.主訴は腰痛,左下肢痛,術後瘢痕の痛覚過敏であった.既往にパニック障害があり,心療内科受診中.数年前から腰痛,両下肢痛が出現した.X−2年に他院でL4/5椎体固定術とL4拡大椎弓切除術を施行したが主訴が残存した.X年Y月に症状増悪で当院を受診した.画像所見にて腰椎下部の前弯が著明であり,L2/3,L5/Sの椎間板後方膨隆に伴う神経根の圧排を認めた.腰部脊柱管狭窄症術後,L2/3およびL5/Sの椎間板性椎間孔狭窄症,筋筋膜性腰痛症と診断された.同日から運動器リハビリテーション(以下リハビリ)を開始した.NRSは腰背部10/10,左下肢7/10.関節可動域は股関節屈曲100°/120°,徒手筋力検査(以下MMT)は下肢が3~4レベル.PDASは29点であった.
【経過】医師と理学療法士(以下PT)の間で運動を重視した治療方針を共有した.医師は痛みを軽減しリハビリへ繋げることを目的に,仙骨ブロック,仙腸関節ブロック,トリガーポイントと薬物療法を行い,以降2週間に1回程度診察した.PTは身体機能改善を目的に段階的な自動運動主体で40分のリハビリを計18回行い,週1回自主体操を指導した.9回目の介入までに身体機能の改善と訴えに乖離があり,言動から医療不信や運動恐怖が認められ,心理社会的要因の関与を考慮した.PTは患者の発言を傾聴し,不安を軽減するために痛みの出現理由の説明や動作指導を行った.14回目の介入以降から家族交流不全のエピソードが多く聞かれた.Y+5カ月後,18回の介入終了時点でNRSは腰背部6/10,左下肢7/10,股関節屈曲可動域115°/120°,下肢MMT 4~5レベルと改善したが,PDASは30点であった.医師に心理社会的要因関与の可能性と運動継続の必要性を報告し,患者と相談のうえ,当院で週1回のマシンを利用した運動療法を導入した.運動拒否があった際は別の運動を提案し行った.この時点でTSK-11-Jを行い29点だった.
【結果】運動療法実施しY+8カ月後,PDAS 22点,TSK-11-J 26点,NRSは腰背部5/10,左下肢8/10となった.前向きな発言が増え,運動拒否が減った.また,医師の診察では術後瘢痕の痛覚過敏が著明に軽減した.
【考察】国際疼痛学会は生物心理社会モデルに基づく学際的アプローチを推奨している.本症例は医師,PTが心理社会的要因を含む痛みに一貫性を持って対応したことが,患者とのラポールを構築し,痛みや運動恐怖の軽減やADLの改善につながったと考える.
3. 集学的診療を契機に反応性抑うつ状態合併抜歯後神経障害性痛が判明し入院加療が奏効した1症例中村英恵*1 加藤 実*1 松井美貴*1 岩澤雪乃*1 新倉梨紗*1 佐藤今子*2 坂田和佳子*3 山田幸樹*4 廣瀬倫也*1 鈴木孝浩*1
*1日本大学医学部麻酔科学系麻酔科学分野,*2日本大学医学部附属板橋病院看護部,*3日本大学医学部附属板橋病院薬剤部,*4日本大学医学部精神医学系精神医学分野
【はじめに】神経障害性痛患者では,痛みに加えて抑うつや自発性の低下などさまざまな症状の併発から,痛みの悪循環モデルが形成されることがある.本発表では,反応性抑うつ状態の併発により痛みのコントロールが不十分であった抜歯後神経障害性痛が集学的診療により早期改善した症例について報告する.
【症例提示】65歳女性,4年前に右側上顎第2大臼歯を抜歯され,直後から同部位に間歇的な電撃痛を認めたが,市販のNSAIDs内服で軽快した.1年後,同部位に痛みが再発したため歯科を受診,隣在するインプラントの抜去や右側第2小臼歯の抜髄が行われたが痛みは改善しなかった.その後2年間,複数の歯科,ペイン科,心療内科を受診したが,痛みの原因と推察される異常は認められなかった.唯一,近医から処方されたプレガバリンとアミトリプチンの内服で症状の改善を自覚したが,体重増加や長期内服への不安から自己休薬した.休薬後に痛みが再発,増悪したため,集学的診療体制が構築されている当院の痛みセンターに紹介受診した.初診時,ペイン科医の診察では,右上顎部にNRS 7の電撃痛,灼熱痛,鈍痛,右三叉神経第2枝領域に触覚過敏を認めた.症状が抜歯を契機に生じた点を考慮し,抜歯後神経障害性痛と診断した.また精神科医の診察では,食欲不振,抑うつ気分,不眠が顕著で希死念慮も認めたため,うつ病と診断した.さらに看護師や薬剤師の診察では,痛みに伴う不安が強く多院を受診したこと,内服アドヒアランスが不良であったことが明らかとなった.以上の診察結果をもとに,精神科入院環境下での治療を患者と家族に提案,説明し,実施の同意を得た.薬物療法を主体に入院加療を行ったところ,約2週間で痛みはNRS 1に低下,不眠などのうつ症状も軽快した.
【考察】4年間にわたり治療が奏効しなかった本症例の症状が集学的診療により早期に軽快した理由としては,①患者が痛みの原因を理解できたこと,②併発する反応性抑うつ状態を認知し,治療に反応したこと,③薬物治療の必要性を理解したこと,④精神科入院にて短期間で効果が期待できる治療方針を患者が受け入れたことなどが考えられた.本症例の経験から,身体的,心理的,社会的要因が複雑に関与して症状を増悪,遷延する慢性痛患者に対しては,さまざまな角度から患者を診察する集学的診療が,迅速かつ正確な診断や適切な治療の実施に有効である可能性が示唆された.
4. パーキンソン病患者に対するSCSバースト刺激の経験小林玲音*1,2 信太賢治*1 武冨麻恵*1 福田 悟*1 大嶽浩司*1 上島賢哉*2 安部洋一郎*2
*1昭和大学病院麻酔科,*2NTT東日本関東病院ペインクリニック科
【はじめに】脊髄刺激療法(spinal cord stimulation:SCS)のトニック刺激は,パーキンソン病(Parkinson's disease:PD)の腰痛,姿勢歩行障害を改善することが知られている.しかしトニック刺激はパレステジアを誘発するため,その刺激がかえって不快な刺激となることがある.近年使用され始めたバースト刺激は,パレステジアを感じない刺激強度で使用するため,刺激を感じずに疼痛緩和を得ることができる.これまでにFBSSや腰痛に対するバースト刺激の報告は散見されるが,PDに対する使用報告はない.今回,PDに対してバースト刺激を使用したところ,腰痛,姿勢歩行障害の改善だけでなく,感情面も改善した症例を経験したので報告する.
【症例】75歳男性.3年前にPDに罹患し内服加療中であった.腰椎MRIでは明らかな異常は認められなかった.腰痛と両側下肢痛を発症したため,両側椎間関節ブロック,神経根ブロックなどを施行した.神経根ブロックが奏功したが,痛みの軽減は一時的であったため,SCSを行うこととした.SCSリード2本をTh6-Th8の棘突起両外縁に留置し,バースト刺激を開始した.刺激開始直後より痛みは軽減し,刺激開始後2週には,腰痛特異的尺度であるOswestry disability index 26→22となり,簡易マクギル疼痛スケール2(SF-MPQ-2)では持続的な痛み19→11,間欠的な痛み11→2,神経障害性の痛み12→5,感情的表現5→0となった.また,歩行障害に関して20 m歩行は32秒56歩→25秒49歩となり,姿勢異常に関しては矢状面バランス127.68 mm→94.55 mmとなった.刺激開始後1カ月にはSF36(国民標準値に基づいたスコアリング法)において心の健康が27.7→49.1と国民標準値にまで回復した.PDの重症度に関して,modified Hoehn & Yahr分類3度→2度,UPDRS Part III(運動能力検査)20点→6点となった.
【考察】PDに対するバースト刺激は,パレステジア感度以下の強度であってもトニック刺激と同様に,腰痛,姿勢歩行障害の改善が得られた.バースト刺激はトニック刺激よりも1秒あたりの送出電荷が大きいこと,またニューロン活性閾値に達するまでの時間が短いことなどが原因として考えられている.SF-MPQ-2の「感情的表現」,SF36の「心の健康」が改善した.バースト刺激は,感覚に関与する外側系だけでなく,情動に関与する内側系にも作用すると考えられている.バースト刺激は情動面からも痛みを緩和する可能性,またPDに高頻度に合併するうつ状態を軽減する可能性が示唆された.
【結語】PDに対するバースト刺激は,外側系,内側系に作用し,腰痛,姿勢歩行障害およびうつ状態などを改善する可能性がある.
5. 帯状疱疹後神経痛に対し脊髄刺激療法BurstDRTMが著効した症例不破礼美 上島賢哉 北村俊平 小林玲音 榎畑 京 林 摩耶 中川雅之 安部洋一郎
NTT東日本関東病院ペインクリニック科
帯状疱疹後神経痛(postherpetic neuralgia:PHN)は発症からの経過が長くなるほど治療効果が乏しくなる.脊髄刺激療法(spinal cord stimulation:SCS)は神経障害性痛である帯状疱疹後神経痛に有効といわれているがこれまでのtonic刺激では効果を示さないことも多かった.新しい刺激方法であるBurst-DRTM刺激が本邦で2017年6月に承認されたがPHNでの使用報告は少ない.
今回,PHNにBurstDRTMを使用し,痛みが改善するとともに情動面も改善した症例を経験したので報告する.
【症例】65歳女性.2年6カ月前に右下腹部の帯状疱疹に罹患した.近医で薬物療法と硬膜外ブロック,トリガーポイントブロックを受けたが,痛みが改善しないため当科を紹介受診した.右下腹部にアロディニアを伴うnumerical rating scale(NRS)9の痛みを認めた.帯状疱疹後神経痛の診断にて神経根ブロックを行ったが,効果が短期間であったため来院1カ月後にSCSトライアル(St. Jude)を施行することとなった.SCSリード2本をTh9中央に留置し疼痛部位への刺激があることを確認した.刺激開始2日目burst刺激にてNRS 6まで痛みは改善,4日目からtonic刺激に変更したがBurst-DRTM刺激の方が疼痛が改善していたため同日Burst-DRTM刺激に戻した.9日目NRS 4に改善し,効果は12日目抜去時まで継続していた.当科で初診時に評価を行っている項目ではK6:18→9,簡易マクギル疼痛スケール:持続的な痛み37→6,間欠的な痛み23→0,神経障害性の痛み9→3,感情的表現10→0,EuroQol 5 Dimension(EQ-5D):0.473→0.705,神経障害性痛スクリーニング質問票:7→4となり,痛みだけではなく情動面やADLにも改善が認められた.退院1カ月後の外来受診時もNRS 4と痛みが改善している状態が継続していた.
【考察】本症例ではtonic刺激よりもBurst-DRTM刺激で痛みの改善が認められた.Burst-DRTMは内側系に作用することで情動面にも影響をおよぼすといわれており,本症例ではK6やEQ5D,簡易マクギル疼痛スケールなども改善した.
【結語】今回の症例は長期経過したPHNにBurst-DRTM有効であった.また,情動の改善にも効果的であった.今後さらに症例を増やして解析していきたい.
6. 脊髄刺激療法のTonic刺激からBurstDRTM刺激に変更した脊椎術後疼痛症候群の使用経験神崎正人 安部洋一郎 榎畑 京 唐澤祐輝 上島賢哉 中川雅之 林 麻耶 北村俊平
NTT東日本関東病院ペインクリニック科
【はじめに】脊椎術後疼痛症候群(failed back surgery syndrome:FBSS)の患者に対する脊髄刺激療法(spinal cord stimulation:SCS)は痛みの緩和に有効である.Dirk De Ridderらによると,近年使用され始めたBurstDRTM刺激は従来のtonic刺激に比べ,FBSSの痛みに対しより良好な疼痛緩和が得られ,従来の刺激無効例にも効果があると報告されているが,中長期的な効果についての報告は少ない.そこで,今回われわれは,SCSのtonic刺激からBurstDRTM刺激に変更したFBSSの5カ月間の使用経験を報告する.
【症例】52歳女性.X−9年,両下肢後面の痛みを発症し,前医にてL5/S腰椎椎間板ヘルニアの診断で開窓術が施行された.術後も痛みが残存するため,X−8年,FBSSの診断でSCSが開始された.その後,各種ブロック治療を併用するも,両側腰下肢にNRS 9程度の痛みが残存した.X年,tonic刺激からBurstDRTTM刺激に変更したところ,刺激開始7日目より痛みが消失した.刺激変更後3カ月間は痛みが消失していたが,その後痛みの日内変動が出現したため,疼痛増強時はtonic刺激を併用し対応した.さらに2カ月後には日内変動は消失し,以後はBurstDRTM刺激で加療を継続している.変更前→変更7日後→3カ月後→5カ月後の各種スコアは,NRS 9→0→9→3,簡易版マクギル疼痛質問票2合計点82→0→65→19,神経障害性疼痛スクリーニングスコア18→4→13→7,日本語版気分・不安障害調査票(K6)10→7→9→6,EuroQol 5 Dimension(EQ-5D)効用値(QOL評価)0.548→0.661→0.661→0.705であった.
【考察】BurstDRTM刺激は使用後1年を超えても,有意な鎮痛作用を有すると報告されている.本症例は,BurstDRTM刺激に変更後,痛みの著明な改善を認めたが,その後日内変動を認めた.その際,一時的にNRS,簡易版マクギル疼痛質問票2合計点,K6の各種スコアは増悪したものの,EQ-5D効用値は不変であり,治療効果の評価には複数の指標を用いる必要があると思われた.
【結語】脊髄刺激療法のTonic刺激からBurstDRTM刺激に変更した脊椎術後疼痛症候群の使用経験を報告した.痛みの強さに変動を認めたものの,変更後5カ月の時点では治療効果の評価に用いた全ての項目で改善を認めた.
豊川秀樹
西鶴間メディカルクリニックペインクリニック科
運動器疾患の慢性的な痛みに対する治療として多職種による集学的痛み治療が,その有用性や,医療経済的な効果,安全性の観点から世界的に推奨されている.その中でも運動療法は,重要な役割を担っていると考えられる.ペインクリニックではさまざまな痛みの疾患を診療するが,運動療法の適応となる患者は少なくない.
本シンポジウムでは,学際的ペインクリニックに実際に勤務している理学療法士の立場から,慢性疼痛治療における運動療法の重要性について考えていく.神経ブロックと運動療法の併用,医師と理学療法士との連携,ペインクリニシャンも知っておくべき身体機能異常などについて話していただく.一般的なMMTによる筋力テストや神経学的所見などによる身体所見や画像診断で現れてこない“痛みを引き起こす身体機能異常”の評価方法と対処法を具体的に知ることにより,運動療法について理解が深まることも期待している.非特異性腰痛などに代表される一般的な臨床検査で異常が指摘されないような運動器の痛みは,中枢性感作や心理社会的な問題,身体機能異常に伴う筋肉の問題が混在していることがある.医師だけでなく理学療法士も,その点を十分に理解しリハビリテーションを進めていくことの重要性を再認識していく.
このシンポジウムを通し,学際的な痛み治療の一つの形態として,ペインクリニシャンと理学療法士による治療が広がり,明日からのペインクリニック診療の一助になることを切に思っている.
身体機能障害から生じる痛み・しびれの評価方法~慢性疼痛疾患に役立つ理学療法士の視点~江原弘之
西鶴間メディカルクリニックリハビリテーション科
慢性疼痛の臨床では,疾患ごとに定められた標準的治療を行っているのにもかかわらず,痛みが改善しない症例も一定数いるのを経験する.慢性疼痛は生物心理社会的モデルで考えるべきといわれており,ガイドラインに従い推奨グレードの高い認知行動療法や,有酸素運動を指導する医療者も増えている.当院では,学際的な痛み治療の診療部門のひとつであるリハビリテーションを主要な治療オプションと考え,初診時から理学療法士が患者を評価し医師に有用な情報を提供し治療に生かしている.関節変性などの画像所見がみられない,いわゆる「非器質的疼痛」の中にも,生物学的要因のみで説明できる痛みも多く,身体機能異常が見逃されたまま長年痛みに苦しんでいた患者さんも多く経験する.画像所見等でも異常がない場合でも,すぐに心理・社会的要因に原因を求めるのではなく,理学療法評価を的確に行い,原因のアセスメントを行っている.慢性的な運動器疾患には有効な方法の一つである.
ポイントは関節変性疾患の痛みや,神経絞扼症状と思われる痛み・しびれに併存する身体機能障害に起因する筋・筋膜性疼痛である.画像所見,現病歴,既往歴と理学療法評価を組み合わせることで,発生要因を推測することが可能となる.痛みを治すのではなく,身体機能改善を行うことで生活活動を改善させるというリハビリテーションの理念に乗っ取って実施している.
本日は頸部・上肢,腰部・下肢の慢性的な痛みやしびれをもつ患者に多く認められる,身体機能障害と評価方法,改善のためのエクササイズの例を紹介する.
当院における医師と理学療法士の関わり金原一宏*1,2 寺田和弘*2
*1聖隷クリストファー大学,*2寺田痛みのクリニック
当院ペインクリニックは,痛みを痛み体験とし,「苦痛」や「苦悩」と捉えている.痛み治療では,身体の痛みと痛みによる中枢神経感作に注目している.痛みの治療は,現在,痛みの学際的アプローチが重要とされ,高度な専門性を持つ多職種がコラボレーションすることで治療効果を高める.
理学療法士である私が医師とコラボレーションする際にまず実践したことは,診療に参加してお互いの専門性や治療法に関する知識を共有することであった.この実践を通して,医師は薬物療法,ブロック注射,整形外科的治療,神経学的および心理的治療などのさまざまな痛みの治療法を統合して患者の治療を決定していた.診療では,複雑な痛みの原因を一つひとつ解消しながら患者を診察する論理的思考と真摯な姿勢で患者の訴えを傾聴する信頼関係の構築が重要であった.私は,医師の治療戦略から学んだことを理学療法の治療戦略に応用し,さらには医師の治療戦略における理学療法の役割を見出し,治療におけるコラボレーションが可能となった.
中枢神経感作の痛み治療は,痛みの心理状況,家族歴等,多面的に評価し,脳科学的視点から感情コントロールを促し,痛みの教育,運動療法を行い患者の信頼を得ることで効果的な治療となる.不定愁訴を持つ患者は感覚や感情,過去の記憶が痛みと結びつくことがあるが,何を治療目的・対象にするかを互いに把握し,患者状況の共有をすることで,患者のモチベーションを向上させる重要な治療となる.また,身体の痛み治療においては,医師のブロック注射で痛みをコントロールした後理学療法を行うか,理学療法後ブロック注射を行うかで治療のバリエーションは増え,より効果的な治療となる.
本シンポジウムでは,クリニックにおける痛みの学際的アプローチについて,医師と理学療法士のコラボレーションによる痛み治療を報告する.
北村俊平*1 上島賢哉*1 不破礼美*1 小林玲音*1 西村大輔*2 榎畑 京*1 林 摩耶*1 中川雅之*1 安部洋一郎*1
*1NTT東日本関東病院ペインクリニック科,*2慶應義塾大学医学部麻酔学教室
【はじめに】腰痛診療ガイドライン2012では,椎間板性腰痛の診断には椎間板造影・椎間板内注射は有用な検査となりえる(grade C),とされている.しかし,侵襲性が高いことから椎間板造影が必須とはなっておらず,腰椎椎間板ヘルニアの診断においてはMRIが,第一選択の検査となっている.今回われわれは,身体所見から上位腰椎椎間板ヘルニアを疑うもMRIでは診断に至らず,椎間板造影が有用であった症例を経験したので報告する.
【症例】39歳,男性.主訴は,左鼠径部痛,左大腿部痛・しびれ,腰痛.仕事で前屈位をとった際に腰痛が出現し,体動困難となったため前医を救急受診した.前医にて入院精査するも原因の特定には至らず,痛みが増悪傾向であったため当科紹介受診となった.当科初診時の所見では,左鼠径部・大腿部痛,腰痛(numerical rating scale:NRS 10/10)があり,歩行,立位保持が困難であった.仰臥位で痛みが誘発され,大腿神経伸展テストは陽性であった.また,大腿内側部の知覚低下を認めた.その他,膀胱直腸障害や下肢運動神経障害は認めなかった.身体所見から左L3神経根障害を疑い,精査加療目的に入院となった.左L3神経根ブロックでは再現痛が認められ,痛みの軽減が得られた(NRS 10→5/10).MRI上は異常所見を認めなかったが身体所見からL3/4椎間板ヘルニアを疑い椎間板造影を行う方針となった.L3/4椎間板造影は,左側臥位(健側アプローチ)で行い,造影剤1.5 mlで硬膜外造影を認め,計2 mlでL3神経根造影と再現痛を認めた.椎間板造影後のCTではL3/4外側型椎間板ヘルニアを認め,診断に至った.以降,痛みの軽減が得られ,NRS 3/10で退院となった.
【考察】椎間板造影は,関係する椎間板を造影するため詳細な情報を得ることができ,誘発テストとしての意義もある.また,局所麻酔薬(ステロイド薬)椎間板内注射による痛みの軽減が診断に有用とする報告もある.MRIで外側型椎間板ヘルニアは診断が難しいことがあり,身体所見からヘルニアが疑われる場合は,椎間板造影は有用と考える.
【結語】MRIで明らかではなくても的確な身体所見から椎間板病変が疑われる場合,椎間板造影は有用と考える.
2. 顔面帯状疱疹の治療中に悪性リンパ腫を早期に診断しえた1例石尾純一 中川雅之 林 麻耶 山田寿彦 安部洋一郎
NTT東日本関東病院ペインクリニック科
顔面帯状疱疹に対して神経ブロックによる治療中に同部位が初発症状と考える悪性リンパ腫を診断し,早期に化学療法を開始できた1例を報告する.
症例67歳,男性.
【現病歴と治療経過】X年3月23日,誘因なく突如右側頭部・頬部から頭頂部にかけて突き上げるような痛み・電撃痛が出現し,近医脳神経外科救急外来受診した.頭部MRI/CTは異常所見はなく,帰宅となったがその後も症状は変わらず,4月3日より前頭部・耳介・こめかみから頭頂部にかけて皮疹が出現したため同病院の皮膚科を受診し帯状疱疹(三叉神経第1,2枝)と診断された.VSV抗体価の上昇も認めた.同日よりファムシクロビル開始となった.皮疹は消失したが同部位の痛み・痺れが増悪傾向にあったため当院紹介受診となった.当院初診時,皮疹は認めなかった.右頬部は腫脹しており,痛みはNRSで8であった.疼痛部位は右頬部から側頭部および眼窩上から頭頂部であった.持続痛に加え,2時間おきに発作痛があり,夜間痛を伴っていた.アロディニアはなかったが,第2枝の固有知覚の低下を認めた.また口輪筋の軽度麻痺を認め,顔面神経スコアは34/40(柳原法)であった.三叉神経1,2枝領域の帯状疱疹関連痛と診断し,プレガバリン75 mg/日開始した.4月13日に透視下でガッセル神経節ブロック(パルス高周波+ステロイド注入)を行った.ブロック施行後より痛みNRSは1まで消失したが,痺れ・筋力低下は残存した.ブロック3日後より,NRSで3程度の夜間痛が再燃し,鎮痛薬(プレガバリン・アセトアミノフェン)増量したが変化はなく,痛みの範囲が3枝領域にまで拡大した.痛みの範囲が皮疹出現範囲よりも広範囲となったため他疾患の関与も考え,4月17日顔面MRIを撮影した.顔面MRIで外側翼突筋の広範囲の炎症と頸部リンパ節の腫大を認めたため,耳鼻科に紹介した.頸部リンパ節生検査で悪性リンパ腫と診断され,5月2日より化学療法開始となった.治療開始後,痺れは残存するものの,頬部腫大・痛みは速やかに消失した.
【結語】帯状疱疹の症状にマスクされ急激に増悪した悪性リンパ腫合併例を経験した.初期に検査の異常所見が乏しくても注意深く観察し,必要ならば画像の継時的変化を追うことが重要と考えられた.また,痛みの範囲と皮疹の範囲が一致しない場合は,他疾患も鑑別にあげることが必要である.
3. 多発神経原性腫瘍が原因と考えられた大腿部痛の1例濱岡早枝子 玉川隆生 篠原 仁 千葉聡子 河合愛子 石井智子 井関雅子
順天堂大学医学部麻酔科学・ペインクリニック講座
【はじめに】ペインクリニックを受診する患者の疼痛の原因として,まれではあるが神経腫瘍を認めることがあり,MRI検査が診断に有用である.今回,急性増悪した大腿部痛の精査中に複数の神経原性腫瘍が発見された症例を経験したので報告する.
【症例】55歳男性.
【主訴】大腿部痛.
【現病歴】X−3年前より左大腿内側部にぴりぴりした痛みが出現したが放置.X年Y月Z−3日前より誘因なく左大腿部痛が急性増悪し,刃物で切られたような痛み(NRS 10)や火傷のようなヒリヒリした痛み(NRS 6)が発作的に出現.疼痛強くNSAIDsが無効のためX年Y月Z日に当科受診.
【既往歴】X−1年に健診で左肺尖部腫瘤を指摘,神経原性腫瘍疑いとして経過観察中.
【身体所見】左大腿内側部にアロディニア(+),感覚低下(−),左下肢の筋力低下(−).
【画像所見】腰椎MRI:腰椎・脊髄に異常なし,左大腰筋内側に43 mm大の腫瘍あり.骨盤MRI:上記腫瘍に加え,左大腰筋腸骨筋間に35 mm大,左縫工筋腸腰筋間に14 mm大,右中殿筋尾側に13 mm大の腫瘍あり.
【経過】腫瘍はいずれも神経(左腰仙骨神経幹,左大腿神経,右坐骨神経)の走行に一致して存在しており,画像的特徴からも神経原性腫瘍を疑った.胸部腫瘍と合わせて,全身性に神経原性腫瘍が多発する疾患と考えられた.整形外科に紹介したところ,疼痛の原因である腫瘍の特定が困難なことおよび腫瘍切除による神経損傷のリスクも考慮して,保存的に経過観察の方針となった.薬物療法としてプレガバリン50 mg/日の定期内服とトラマドール25 mg/回の頓服を開始し,Y+2月には疼痛がNRS 2~3まで軽減した.
【考察】多発神経原性腫瘍を認めた場合,まずはneurofibromatosis(NF)-1やNF-2を疑い,皮膚腫瘍の身体所見や神経腫瘍の家族歴,また頭部MRIで聴神経腫瘍の有無を確認する.本症例では両者とも否定的で,シュワン細胞腫が多発するschwannomatosisと考えられた.同疾患では腫瘍の悪性化はまれであり,治療は対症療法が中心となる.保存的治療に反応不良の疼痛や腫瘍の圧迫による障害を認めた場合には,外科的治療も考慮される.
【結語】疼痛の原因検索で神経腫瘍を認めた場合,悪性腫瘍または今後悪性化する可能性はないか,鎮痛薬による保存的治療に反応するかを評価して,治療方針を決定することが重要である.
4. 会陰部痛と腰痛との関連性を考察した1症例山口 亮*1 西 啓太郎*1 江原弘之*1 豊川秀樹*1,2 岩﨑かな子*2 中西一浩*2
*1西鶴間メディカルクリニックリハビリテーション科,*2西鶴間メディカルクリニックペインクリニック科
【はじめに】腰痛に対して行った運動療法が会陰部痛の改善にも繋がった1例を通じて得られた仮説を報告する.
【症例】両側の腰痛,会陰部痛を主訴とした30代女性.X年Y月に痛みを自覚し,近医を受診.トリガーポイント注射や仙骨ブロック注射,徒手療法を受けたが改善しないため当院ペインクリニック科を受診した.単純X-Pでは異常所見は認められなかった.安静時から腰痛があり,体動時に会陰部痛が出現.持続した立位姿勢を保つこともできず,生活動作にも制限が出ていたため理学療法の介入となった.理学所見は著明な筋力低下はなく,SLR検査なども陰性だった.視診では腰椎過前彎が著明の脊柱伸展位,股関節内転内旋位の姿勢であった.両側股関節の可動域は屈曲80°,伸展−5°であり,大内転筋や大殿筋,脊柱起立筋は過緊張が認められた.会陰部痛を含めた腰痛のNRSは7/10,PDAS:26点,PCS:20点,TSK11:26点,HADSのうつ項目7点,不安項目1点であった.
【経過】理学療法はADL改善を目的に,腰椎−骨盤−股関節の協調的な運動機能改善を図るため,1回40分の運動療法を150日間で計10回行った.終了時には両側股関節屈曲125°,伸展30°,大内転筋や大殿筋過緊張軽減し,姿勢の改善が得られた.ADLも向上し,会陰部痛は著明に軽減したが腰痛は軽度残存した.NRSは3/10となり,PDAS:17点,PCS:13点,TSK11:27点,HADSのうつ項目4点,不安項目3点と変化した.
【考察】理学療法評価により主訴の腰痛と会陰部痛は,股関節可動域制限を呈する腰椎過前彎姿勢と筋の過緊張から生じているものと推測した.会陰部痛でも画像所見に異常が認められない場合,腰部骨盤帯の筋筋膜性要因が推察される.また,会陰部痛は骨盤底筋群の機能低下により腰椎過前彎を呈していることが多い.このことから,会陰部痛は腰痛と関連する筋筋膜などの身体機能的要因により生じている可能性がある.その場合,運動療法が会陰部痛にも有効となり得る.
【おわりに】運動器疾患と関連が推測される会陰部痛の場合,腰痛に対する運動療法が効果的な場合がある.
5. 頸椎椎間板ヘルニア治療中に脊髄炎を発症し診断に難渋した1例小野史美子*1 畔柳 綾*1 豊川秀樹*2 下門容子*1 駒山徳明*1 神谷 雅*1 尾崎恭子*1 岩出宗代*1 樋口秀行*1 尾崎 眞*1
*1東京女子医科大学麻酔科学教室,*2西鶴間メディカルクリニック
【症例】45歳女性.X年10月,左上肢痛発症し,近医整形外科で頸椎椎間板ヘルニアと診断,トラマドール,プレガバリンによる内服治療が開始され軽快傾向であった.X年12月,インフルエンザ予防接種翌日より左上肢痛,痺れが増悪した.内服治療により症状は緩和するものの左肩,肘,手関節部の痛みと痺れが残存するため,X+1年8月,当院整形外科受診となった.頸椎MRIよりT2強調像で淡い高信号域を認めるも,C6/7頸椎椎間板ヘルニアによる頸椎神経根症状と,手関節MRIより手関節の関節炎と診断された.X+1年10月,左上肢に皮疹,瘙痒感出現し皮膚科受診したが,皮疹の形状から帯状疱疹は否定された.X+1年11月,左肩から上肢の激痛と瘙痒感強く,ペインクリニック紹介となった.
初診時,左上肢痛,左上腕に皮疹を認め,左示指優位の痺れ,アロディニアを認めた.前医で撮影した頸椎MRIでC6/7に左神経根を圧排した頸椎ヘルニアを認めたため,診断も兼ねてエコー下腕神経叢ブロックを施行した.しかし神経ブロック施行後も明らかな症状改善なく,2週間後,一段階痛みが強くなったとのことで,再度頸椎MRI撮影施行したところ,脊髄内にT2強調画像で高信号域の拡大と,内部に結節様の信号が認められた.髄内腫瘍,脱髄病変,炎症,肉芽腫性疾患の可能性を指摘され,発症時期よりインフルエンザ予防接種を契機に発症する脊髄炎の可能性も鑑別にあげられた.脳神経外科,内科と連携のもと,その間疼痛に対しデュロキセチン,カルバマゼピン,トラマドールの内服治療を行った.半年後,症状軽減と頸椎MRIでも高信号域の縮小を認め,自覚症状も軽快しておりインフルエンザワクチン後の脊髄炎と考えられた.
【考察】インフルエンザ感染やワクチン接種後に発症する急性散在性脳脊髄炎がある.本症例では髄膜刺激症状や意識障害を伴わず,神経障害性疼痛のみであった.既往歴に頸椎椎間板ヘルニア,糖尿病,帯状疱疹,手関節炎の既往があったため,皮疹を伴う上肢のアロディニア,痺れを主訴に来院した患者の診断に苦慮した.きめ細かな問診と身体所見,またブロック治療の効果や画像所見など,症状と照らし合わせながらの診察が診断に大切だと考えさせられた.
6. 超音波検査で診断まで至った爪床グロムス腫瘍の1症例山田寿彦*1 中川雅之*1 柳泉亮太*2 石尾純一*1 林 摩耶*1 安部洋一郎*1
*1NTT東日本関東病院ペインクニック科,*2平和病院緩和ケア科
今回,8年にわたる慢性疼痛の原因がグロムス腫瘍によるものと判明し,腫瘍摘出により完全に痛みがなくなった症例を経験した.
【症例】65歳,男性.8年前に右第5指にトゲが刺さったことをきっかけに痛みを自覚し,4年前にトゲの除去手術を施行した.しかし,痛みが残存しプレガバリンの内服も効果なく,当科を複合性局所疼痛症候群疑いで紹介受診した.右第5指の爪床から基部の手背側の痛みと同部位の痛覚過敏と軽度の灼熱感があったが,その他に所見がなかった.通院中痛みが消失する時期もあった.再来時の超音波検査で右第5指の爪下基部に境界明瞭な5 mm大の低エコー域を認めた.
MRI検査でも同部位に結節を認め,末節骨に軽度侵食の所見を得た.当院整形外科で腫瘍摘出術を受け,グロムス腫瘍と診断された.
【考察】グロムス腫瘍は間葉系良性腫瘍であり,好発部位は爪床部で激しい圧痛と伴うことが特徴である.しかし,腫瘍が小さい場合は画像診断が困難なこともあり,発症から診断までの期間が長期間に及ぶこともある.外来診療において超音波検査は有用であり,指に限局する圧痛を訴える患者ではグロムス腫瘍も念頭に置く必要がある.
木下 勉
徳寿会相模原中央病院麻酔科・ペインクリニック
ペインクリニック領域の治療は薬物療法,リハビリテーションの重要性等,昨今目覚ましい進歩が認められております.しかし(神経)ブロック治療はペインクリニック治療の根幹をなすもので,知れば知るほど奥が深いと感じております.
本シンポジウムは第29回当懇話会におきまして,第1回「Seeing is believing」が今回会長の内木先生をコーディネーターとして開催され,本会の重鎮である先生方の実際の手技を目の当たりにすることができ,身の引き締まる思いでした.
今回,本シンポジウムの名付け親である内木会長の計らいで第2回シンポジウムの機会を得ることができました.
今回は長年精力的にペインクリニック外来,特に透視下ブロックのご経験豊富な「たかはしペインクリニック」の髙橋嚴太郎先生に神経根ブロックの極意を,また同様に長年「三鷹痛みのクリニック」で外来治療を続けていらっしゃる比嘉正裕先生には腰下肢痛の診断,治療そして頭痛治療におけるC2神経根ブロックを,そして超音波診断・治療では第一人者である「水谷痛みのクリニック」の臼井要介先生には特にご専門の肩関節についてのお話をしていただけることになりました.
3人の先生方は毎日外来診療でお忙しい中,職人の域にまで手技を極められ,今回お話だけではなく実際のその手技をビデオで拝見できることはわれわれペインクリニシャンにとりましてこの上ないチャンスかと思われます.またコメンテーターに東京クリニックの増田 豊先生をお迎えできましたので的確なコメント,アドバイスを頂けると楽しみに致しております.
Slow, Steady and Safely髙橋嚴太郎
たかはしペインクリニック
透視下ブロックは骨格の透視画像を頼りに安全,確実に目標神経にブロック針を到達させる方法である.しかし,確実な効果が期待される透視下ブロックも,例えば神経根ブロック施行時の痛みは,それ故に敬遠される.このために多用されているのが,periepineural root blockである.仙骨神経ブロックで安全にこれを施行する方法を示す.また,透視画像には神経周囲の血管は当然透視画像には写ってこない.予防的にさえ施行されている抗凝固療法中の患者さんの腰部神経根症により安全にブロックする方法を提示する.
当院の腰下肢痛の診断と治療法とC2神経根ブロック法比嘉正祐 安藤智子 福内清史
(医)らくだ会三鷹痛みのクリニック
当院が最も得意としている治療は,腰下肢痛に対する硬膜外ブロックと神経根ブロックである.また,目の奥の痛み,こめかみ,後頸部にかけての痛みに対するC2ルートブロックは,C1/2椎間関節ブロックでも同様な効果が得られる.今回,腰下肢痛の診断と治療,ブロック手技とC2ルートについてのビデオを紹介する.
腰下枝痛患者の治療にあたっては,湯田式の圧痛点診断法を用いて硬膜外ブロックと神経根ブロックを行っている.腰部硬膜外ブロックは,ペインクリニシャンたる存在を他科との違いを明確に示す有用な手技であり,その最大のメリットはブロックされた範囲で完全無痛を実現できることで,患者の信頼を得ることができ,痛みの診断と治療としても優位性を持っている.欠点としてブラインドによる操作のため手技の熟練が必要である.
ペインクリニック科が今後も発展し生き延びて行くためにも,この手技を安全確実に実行できる方法の確立が重要である.
当院では,年間1万件以上の腰部硬膜外ブロックを行っている.最近,抗凝固薬の使用頻度が増加しているためにその数は減少してはきているが,それでも毎日40件近い数を行っている.
穿刺は,ラテラールアプローチ(外側約15 mm)による穿刺法である.穿刺針は22 Gの60 mmのブロック針を使用し,棘間の骨化が強く,棘間刺入困難症例では22 Gブロック針,22 G,21 GのTuohy針を用いている.穿刺をうまく行うためには,黄靭帯を捕まえるまでは棘突起間を押さえた指を離さないことである.それは,針の進む方向を2次元にすることによって穿刺の確実性を高める有用な方法である.薬剤は,1%メピバカイン3 ml-1.5%メピバカイン10 mlまで使用している.この16年で20万件以上にブロックを行ってきたが,大きな合併症は緊急でブロックを行ったコントロールされてない糖尿病患者の硬膜外膿瘍の1例のみである.
C2ルートブロックは,C2ラミナアプローチによる穿刺法で確実,安全に行うことができる.
肩の痛みに対する保存療法の実践臼井要介*1,2,4 白川 香*1 水谷彰仁*1 寺田 哲*2,3 山内正憲*4 奥田泰久*2
*1水谷痛みのクリニック,*2獨協医科大学埼玉医療センター麻酔科,*3静岡リウマチ整形外科リハビリ病院麻酔科,*4東北大学医学部麻酔科学・周術期医学分野
肩の痛みを主訴とする患者の肩関節可動域低下は腱板の断裂,関節包の狭窄,主動作筋の筋力低下などだけでなく,筋性防御による拮抗筋の過緊張とそれに伴う痛みもその原因の一つになると考えられる.肩甲上腕関節の自動関節可動域が低下している場合はまず関節包・後方注入を行い,その薬液の流れ方を確認する.肩甲下滑液包に流れ込みが少ない場合は前方注入を行い,下方(腋窩)関節包に流れ込みが少ない場合は下方注入を行い,関節包を広げようと試みる.後方注入後に肩峰下・烏口下・三角筋下滑液包に流れ込みがある場合は腱板完全断裂を疑い,断裂部位を精査する.肩甲骨を固定した状態で肩甲上腕関節を内旋しながら外転したときに肩峰部に痛みが生じる場合は肩峰下滑液包内注入を,また内旋時に烏口突起に痛みが生じる場合は烏口下滑液包内注入を行う.
関節包や滑液包内注入は関節内や滑液包の痛みに対しては有用であるが,筋肉の過緊張には効果がない.手術後や凍結肩への受動術のように強い痛みを伴う場合は腕神経叢ブロックにより痛みはとれるが,広範囲に効果のある通常の腕神経叢は上肢全体で自動運動ができなくなる.筋性防御により過緊張と痛みを生じている場合は拮抗筋の支配神経だけを選択的にブロックすれば主動作筋は自動運動ができるため,過緊張状態の筋肉のストレッチを痛みなしに行える.選択的神経ブロックを行ううえで重要なことは,主動作筋の筋力をなるべく低下させずに過緊張が生じている拮抗筋の支配神経だけをブロックすることである.
今回,肩の痛みに対する保存療法として,肩甲上腕関節包内注入,肩峰下滑液峰内注入,選択的神経ブロックの実践を示したい.
福島悠基 赤羽日出男 稲木敏一郎 大角 真 和田美紀 長田洋平
日本医科大学武蔵小杉病院麻酔科
【はじめに】オピオイドによる全身投与に限界がある場合,脊髄くも膜下モルヒネは有効な鎮痛法となることが期待できる.
【症例】64歳,女性,2016年10月より左季肋部から背部痛出現,精査目的に2017年1月に当院受診し,胸水細胞診にてclass V,小細胞癌(+),腹腔多発リンパ節転移,胸膜播種を認めた.2月に化学療法を行ったが効果は得られず,6月に再度行うも嘔吐著明のため中止,痛みも増強したため7月2日入院となった.嘔気で内服困難なためフェンタニル静注を開始,3.6 mg/日まで増量しフルルビプロフェン50 mg 3回投与としたが,痛み評価数値スケールNRS 8~9/10であった.特に左第7肋骨に著明な圧痛のため,仰臥位や左側臥位困難,不定期に増悪する腹痛も残存していた.造影剤アレルギーがあるため恒久的神経ブロックは困難であり,肋間神経ブロックや持続硬膜外注も行ったが効果不十分であったため,8月8日クモ膜下ポート埋め込み術を行い,モルヒネ2.5 mg/日より開始した.1日ごとに倍量し,60 mg/日まで増量した後は20 mg追加して,モルヒネ80 mg/日に脊麻用等比重マーカイン10 mg/日とした.途中で尿閉が出現したため,尿道カテーテル留置したが3日間で抜去できた.患者の強い希望により末梢からのフェンタニル静注は継続し,1.2 mg/日にて重い下腹部痛は残存しているもののNRS 3~4/10,食後に5/10まで改善を認めた.しかし数日後より腹痛が増強したため,モルヒネ150 mg/日へ増量,ケタラール10 mg/日,マーカイン5 mgへ減量したところ,8月22日には痛みの著明な改善を得られた.NRS 2~3/10となり,レスキューは2~3回のみ,便秘は入院前から続いていたが院内での買い物も可能,笑顔がみられるようになり,9月2日には外泊ができた.しかし,9月6日より痛み増強,排尿困難に伴う下腹部痛が増強し,尿道カテーテル再挿入とした.また,くも膜下モルヒネのレスキュー時に著明な背部痛が出現するようになり,30分で消失したが次回投与時も同様の痛みが出現した.レスキューのためにモルヒネ静注を併用とした.その後,病状は進行,意識低下をきたし9月17日永眠された.
【考察】脊髄くも膜下モルヒネの高濃度投与はその副作用やカテーテル先端の炎症性変化が問題となるが,難治性のがんによる痛みには有効な選択肢と考えられた.
2. 多発性硬化症による症候性三叉神経痛の治療経験又吉宏昭 三宅奈苗 福田志朗
東京都立神経病院麻酔科
【はじめに】多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)による症候性の三叉神経痛に対して治療を行った1症例を経験したので報告する.
【症例】48歳,女性.X−20年頃から左上肢の筋力低下や複視などを自覚するようになり,精査でMSと診断された.これまでにステロイドやインターフェロン治療を行い,寛解・再発を繰り返しながら加療されていた.X−5年に意識消失,痙攣を認め,症候性てんかんの診断で抗てんかん薬(フェニトイン200 mg/日,カルバマゼピン300 mg/日,レベチラセタム750 mg/日)の内服が始まった.X−2年から右舌裏部を中心とした痛みを自覚し,プレガバリンが使用されたが,少量でもふらつきが強く中止された.X年に神経内科入院中に痛みのコントロール目的で当科に紹介された.痛みは右の舌裏部,下口唇部,オトガイ部を中心に,会話・食事・接触などで誘発される電撃発作痛だけでなく,自発的にも発作痛が起こった.夜間にも痛みが起こり,目が覚めることがあった.同部位で5~7/10の感覚低下がみられた.歯科診察では口腔内に痛みの原因となる異常所見はなかったが,痛みのために口腔ケアが困難であった.MRIで三叉神経と血管の明らかな圧迫所見は認めなかった.脳幹部にMSの新たな活動性病変はみられなかったが,陳旧性の脱随所見と思われる像を認め,MSによる症候性三叉神経痛(有痛性三叉神経ニューロパチー)と考えた.カルバマゼピンを600 mg/日まで,レベチラセタムを2,250 mg/日まで増量したが効果なく,トラマドールを300 mg/日まで使用してみたが効果はなかった.痛みのため摂食できず,体重も減少傾向にあったため,神経ブロックを計画した.右下顎神経高周波熱凝固の施行後に痛みは消失し,会話・食事・歯磨きも行えるようになり,日常生活が送れるようになった.
【考察】MSによる症候性三叉神経痛(有痛性三叉神経ニューロパチー)に対して,三叉神経ブロックは典型的三叉神経痛よりも有効性は低く,除痛期間も短いことが多いといわれているが,薬物治療の効果が乏しい場合には試みる価値があると思われる.
3. 第5腰椎横突起・腸骨癒合による両側の腰下肢痛に対し癒合部位へのブロック注射が著効した1例西山遼太 濵田隆太 板橋俊雄 福井秀公 大瀬戸清茂 内野博之
東京医科大学麻酔科学分野
リチャード病とは先天的に第5腰椎横突起が腸骨に癒合している病態である.先天的にこの癒合椎が存在する確率は低くない.この癒合による腰痛は必発ではないが症例によって生じる場合がある.そのため,腰下肢痛の原因の一つとなり,診断的神経ブロックが治療に有効な場合がある.また,第5腰椎横突起・腸骨の癒合は先天的だけでなく骨棘形成や変形などにより後天的に癒合する場合もある.当院では,レントゲン写真で同部位に癒合があり,その癒合部位に圧痛がある場合,リチャード痛と呼んでいる.今回,第5腰椎横突起・腸骨癒合が両側に存在し,リチャード痛部位へのブロック注射が著効した1例を経験したので報告する.
症例は63歳,女性.既往歴は胸部の帯状疱疹関連痛.腰痛は以前より度々出現していたが,X年7月に右>左で腰下肢の疼痛が増悪したため当科受診.来院時身体所見は右腰部に圧痛があり,右優位の大腿から下腿の後面痛を認めたが,左下肢に関しては右に比べて症状は弱かった.また,知覚低下が右第5趾外側に8/10で認められた.画像所見は腰部レントゲンにてL4,5の変形およびすべり,両側の第5腰椎横突起・腸骨癒合が認められた.治療方針として,まず0.5%リドカインによるL4/5硬膜外ブロック施行したところ安静終了後,下肢痛の改善を認めた.しかし,リチャード痛に関しては残存していた.2度目は左の腰下肢痛で来院.前回の右と同様の疼痛が左で増強したため,再度L4/5硬膜外ブロック施行したところ安静終了後,下肢痛の改善を認めた.しかし,前回同様下肢の疼痛は改善するもののリチャード痛に関しては残存していた.さらに,3度目は両側の腰痛のみ残存している状態で来院したため,L4/5硬膜外ブロックに加えてエコーガイド下に癒合部位へブロック針を進め,放散痛が生じたのを確認した後,サリチル酸ナトリウム・ジブカイン塩酸塩・臭化カルシウムを注入したところ著効し終診となった.
今回,腰部硬膜外ブロックのみでは症状の改善を認めなかったリチャード痛に対し,エコー下でのブロック針の刺入によって放散痛を認め,その後施行した局所ブロックが著効した1例を経験した.第5腰椎横突起・腸骨の癒合が認められており,腰部硬膜外ブロックだけでは効果が低い症例では癒合部への診断的神経ブロックを施行する意義を再認識できる1例であった.
4. 脊髄刺激電極挿入時に生じた偶発的くも膜穿刺に対して,硬膜外自家血パッチを行った1例唐澤祐輝 榎畑 京 神崎正人 上島賢哉 中川雅之 林 摩耶 北村俊平 安部洋一郎
NTT東日本関東病院ペインクリニック科
【はじめに】脊髄刺激療法は,腰椎手術後症候群などの難治性疼痛に適応があるが,合併症頻度やそれに対する治療についての報告は限られている.今回,経皮的脊髄刺激電極挿入時にくも膜穿刺を生じ,これに対して硬膜外自家血パッチを施行したところ髄液漏出性頭痛が改善した症例を報告する.
【症例】右会陰部痛が主訴の66歳女性.陰部神経ブロックや仙骨部硬膜外ブロックで一時的に効果があり,試験的な脊髄刺激療法で良好な鎮痛を得たためS8リード本留置を二期的に行うこととした.初回の電極挿入時,L3/4刺入のためやや背屈の腹臥位となり,穿刺角度が大きく,穿刺自体も深くなった.明らかな髄液漏出は確認できなかったものの,処置直後から頭痛・悪心あり,処置時にイントロデューサーが深く入った可能性が考えられた.髄液漏出性頭痛を疑い,輸液や安静を行ったものの症状は遷延した.術後7日目,執刀前に抗生剤投与を行ったうえで,パルス発生装置埋め込み術施行時にX線透視下にて一椎間尾側からカテーテルを挿入,造影剤を注入し,位置を確認後に硬膜外自家血パッチを施行した.施行直後から頭痛・悪心とも消失した.
【考察】今回,脊髄刺激装置挿入時にくも膜穿刺となり,硬膜外自己血パッチにて症状の改善を見た.電極の抜去も検討されたが,機器の費用なども考慮し,電極を留置したままの治療とした.刺激電極挿入,特にその中でもS8リードではイントロデューサーの径が大きいことから,本症例のように保存療法のみでは治療に難渋することが予想される.また,合併症として感染の危険性も考えられ,執刀前に髄液移行性の良い抗生剤の投与が検討される.
【結語】脊髄刺激電極挿入において,くも膜穿刺が生じ低髄圧症状が持続した場合,保存的治療に加えて硬膜外自家血パッチも考慮すべきと考えられる.
5. 気道狭窄による呼吸困難感にリン酸コデインが奏功した1例花井紗弥子 鈴木規仁 保利陽子 岩崎雅江 岸川洋昭 坂本篤裕
日本医科大学付属病院麻酔科学教室
【症例】88歳女性,既往歴は高血圧.
【病歴】X年,頸部の腫脹を主訴に近医を受診した.精査するも確定診断には至らなかった.症状はなく,本人家族ともに手術を希望されず経過観察となった.
病変は徐々に増大し主気管支の狭窄が進み,X+3年頃から呼吸困難感が出現した.手術目的に当院内分泌外科へ紹介となった.声門4 cm下方より6 cmにわたり甲状腺腫瘍が気管を圧排しており,気管の最小径は4 mmとわずかに開存していた.呼吸はできるが,呼吸音は左右ともに減弱し,呼吸数は頻回であり窒息が危ぶまれる状態であった.ADLは腫瘍による気道圧迫のため仰臥位にはなれず,かろうじて半坐位が可能であった.気管切開や腫瘍摘出手術が検討されたが,いずれもリスクが高く,本人家族の希望により手術はせず症状の緩和を行う方針となり,当院緩和ケア科に紹介された.
【経過】モルヒネの投与も検討したが,呼吸困難は咳嗽により誘発されるため,鎮咳目的もありコデインを開始した.コデイン開始3日後には呼吸症状は落ち着き,仰臥位が可能となった.全身状態も改善し,入院56日目に施設へ退院した.腫瘍の気道圧排による呼吸困難出現から1年半後に死亡となった.
【考察】入院時のpalliative prognostic index(PPI)で予測される予後は21日以下であった.しかし,実際は1年半とはるかに長く生存した.呼吸困難に対する薬物療法では,モルヒネの全身投与が強く推奨されている.しかし,今回は症状を誘発する咳嗽を抑制する目的でまずコデインの投与を開始した.その結果呼吸状態は改善し,退院時のPPIでは予後は42日以上であった.コデインにより呼吸症状を緩和することで,患者のQOLが改善し予測された予後よりも長く生存する一助となったのではないかと考える.
6. 後頭神経ブロックが有効となった未破裂脳動脈瘤手術後の重度な頭痛症例権藤栄蔵 天野功二郎 宮崎里佳 吉川晶子 中村尊子 田邉 豊
順天堂大学医学部附属練馬病院麻酔科・ペインクリニック
未破裂脳動脈の手術後に通常の術後痛以上の重度な頭痛が生じ,後頭神経ブロックが有効となった症例を経験したので報告する.
【症例】48歳,男性.165 cm,59 kg.
【現病歴】X年4月9日に左顔面神経麻痺を発症し精査目的で施行した頭部MRIで未破裂脳動脈瘤が指摘された.左顔面神経麻痺は,約1カ月で完治し,X年7月5日に予定クリッピング手術が施行された.術前精査で異常は,認めなかった.既往歴に虫垂炎の手術以外に特記すべきことはなく,頭痛が生じたことも無かった.手術は,特に問題なく終了した.術後,日に日に頭痛の訴えが強くなり,通常の術後痛ではなく,コントロールが付かないと術後5日で当科に紹介を受けた.
【初診時現症】右前頭部の手術創を含め3点固定のピン刺入部位左右2カ所を頭の中を突き刺されるように行ったり来たりでキーンキーンと痛くて耐えられないと訴えた.創部にアロディニアは認めず,天柱に悲鳴をあげるほどの圧痛を認めていた.NRS 6~15.
【治療経過】疼痛時指示が複数出されており,効果を認める薬物も不明確であったため投薬の整理を行った.胃粘膜障害が生じNSAIDsは使用できず,アセリオ®とデパス®の定期投与を行った.術後7日目に痛みの性状が変化し,拍動性で右目の奥や後頭部の痛みとなった.後頭神経(天柱)ブロックを施行したところNRS 5と有効となり,術後9日目で退院となった.術後14日目に両後頭部痛のズキズキとした痛みを訴えたため両天柱ブロックを施行し,ガバペン®をカロナール®に併用した.1回/週で両天柱ブロックを施行し,投薬内容も漸減し症状は改善した.術後約1カ月10日目でNRS 0.5となり終診となった.
【まとめ】通常の術後痛以上の頭痛を経験し,後頭神経ブロックが有効となった症例を経験した.発症機序は不明であるが,術中の三叉神経への刺激や長時間の頭部の位置の影響などが示唆された.
7. 腰痛診療ガイドラインのred fragsの2症例について木村信康 増田 豊 宮崎東洋
医療法人財団健貢会東京クリニック
【はじめに】腰痛診療ガイドラインのred fragsとは,日本腰痛学会が作成した「腰痛診療ガイドライン2012」の中の重篤な脊椎疾患(腫瘍・炎症・骨折など)の合併症を疑うred frags(危険信号)を指す.腰痛診療を行う際に,注意深い問診と身体所見により,red fragsを伴う重篤な脊椎疾患の合併が疑われる腰痛,神経症状を伴う腰痛,非特異的腰痛を見分けることが重要である.とくにred fragsを伴う腰痛は絶対見逃してはならないものであり,疾患によっては命にかかわる.今回,腰痛診療ガイドラインのred fragsの2症例を経験したので報告する.
【症例1】60代男性,今までに腰がはる程度の腰痛はあった.昼食後より突然右腰から痛みが増強し,痛みの範囲が腰全体に広がり,呼吸ができないくらいの今まで経験したことのない痛みとなったため,当院を緊急受診となった.腰痛のみで下肢痛はなかった.
【症例2】60代男性,昨年末ごろより腰痛を認め,前屈で痛みが増強した.地元のペインクリニックを受診して,ブロック治療を受けていたが,徐々に痛みが増強し,知人の紹介で当院を受診となった.
痛みは常にあり,ズキズキとした,刺すような痛みで,特に動くときに痛みが増強するとのこと.下肢痛はない.
腰椎レントゲン検査では特に異常は認めなかった.硬膜外ブロックにて2日程度痛みは楽になったとのこと.
以上の2例について一度経験すれば,問診と身体所見で鑑別できる疾患である.若干の考察も含め報告する.