2018 Volume 25 Issue 2 Pages 107-112
日 時:2018年3月25日(日)
会 場:さいたま市大宮ソニックシティ
会 長:猪股伸一(筑波大学医学医療系麻酔蘇生学)
趙 達来*1 新郷哲郎*2 川本俊樹*3 井田正博*4 斎藤友雄*4 佐藤俊彦*4
*1医療法人創生会真岡西部クリニック,*2獨協医科大学病院脳神経外科,*3東京逓信病院脳神経外科,*4医療法人DIC宇都宮セントラルクリニック
症例は63歳女性,クリーニング業.
X年11月中旬より右背部痛があり,徐々に増強するため12月Y日当クリニック受診.右肩甲背部から前胸部に『ズン』と走るような痛みで肋間神経痛に類似していたが,痛みが持続性で安静時にも軽快しないため,胸椎の器質的病変を疑った.12月Y+2日胸椎MRI撮影を行ったところ,Th4レベルで,硬膜外髄外腫瘍を認めた.腫瘍は26×12×12 mm大,境界明瞭で,硬膜嚢内の右側背側に主座があり,内部に多房性の嚢胞構造を認めたことから,神経鞘腫(schwannoma)が疑われた.脊髄の圧迫所見が非常に強く緊急手術の適応と考え,12月Y+5日獨協医科大学脳神経外科に紹介.このときにはわずか5病日の経過であったが,下肢の筋力低下も出現して歩行もやっとの状態であった.12月Y+6日同院入院,12月Y+12日胸椎神経鞘腫の診断で緊急腫瘍摘出術が行われた.腫瘍はTh4の後根由来の神経鞘腫で脊椎との癒着もほとんど無く,host rootの切離にて摘出された.手術後Th3/4/5領域の痛みは軽減したが,軽度の痺れと右下肢の軽度の麻痺,温覚障害が残存した.X+1年1月下旬,手術から35日後に当クリニック外来を受診された際にはこれらの症状も改善,翌2月より仕事に復帰された.
ペインクリニック外来では,痛みを主訴とする,いわゆるred flagsの疾患と偶然遭遇することがある.進行性の絶え間ない痛み,安静時痛,夜間痛,体調不良,体重減少,脊椎叩打痛や,血液検査では貧血やCRPの上昇などに留意し,少しでも疑わしければ躊躇することなく画像診断を行い,器質的病変の鑑別を行うこと忘れてはならない.以上痛みを主訴として受診した硬膜外髄外腫瘍(神経鞘腫)の1例を経験し,迅速な診断と外科手術により後遺症なく無事に社会復帰させることができたので報告する.
読書により改善した慢性難治性痛患者の1例深澤正之 三島 済 後藤真也
JA長野厚生連佐久総合病院ペインクリニック科
慢性痛患者における治療では神経ブロックなどのインターベンション療法,薬物療法,運動療法,認知行動療法などの集学的治療が望ましいとされているが,現状としては単科診療のなかで専門的な認知行動療法までは十分に行えないことが多い.今回,他の治療が奏功しない原因不明の慢性痛患者において,認知行動療法の代用としてある書籍の読書療法を行い痛みの改善を認めた症例を経験した.
【症例】77歳男性.5年前から発症した腰下肢痛,膝痛,踵痛などでこれまで多数病院の整形外科や膠原病内科,総合内科などを受診したが原因は不明であった.また,治療としてさまざまな薬物療法が試みられたが,改善を認めないため当科紹介となった.当科初診時,痛みは体動時中心でNRS 8,HADSスコアは不安指数6点,うつ指数2点であった.画像所見ではL5/Sに軽度椎間板突出とアキレス腱付着部の輝度変化を認めた.治療として神経ブロック療法の希望があり,診断も兼ね神経ブロックや局所ステロイド注射を行ったが改善は認められなかった.痛くても動くことの大切さなどを説いたのちに理学療法も併せて行ったが,動くことで逆に痛みが増悪するとの訴えであった.そこで,治療に行き詰まりもあり,たまたま手に入れた認知行動療法の疑似体験ができると評されていた書籍「人生を変える幸せの腰痛学校」(伊藤かよこ著,プレジデント社)の読書を勧めてみた.その後,当科への受診が途絶えたため受診を促し,状況を確認したところ,「痛みはその後もあるが読書を行ってから動くことの必要性を再認識し,意識して動くようにするようにした.また,サポーターなどの着用をなるべく行わないことでなるべく痛い患部に気をもっていかないよう自分でも工夫をしてみた.その結果,徐々に痛みは軽減し元の半分以下(NRS 3)となり,日常生活上ではほぼ支障がない状況となった」とのことであり,終診察となった.
【まとめ】原因不明の慢性痛患者に対して,書籍の読書を勧めたところ痛みに対する自己での対処方法を学び,結果,痛みの軽減を認めた症例を経験した.認知行動療法の必要性は分かっていても,単科のなかで行うことは現実的には難しい.認知行動療法の代用としての当書籍の読書は,痛み治療において大きな助けとなる可能性があると考えられた.
診断に難渋した右腹壁痛の治療経験山下雄介 篠崎未緒 江田 梢 山口重樹 濱口眞輔
獨協医科大学医学部麻酔科学講座
【緒言】慢性経過をたどり,診断に難渋した右腹壁痛を呈する患者の治療を経験したので報告する.
【症例提示】症例は双極性障害の治療を受けている34歳男性で,1年以上持続する右腹壁痛を主訴に当院を紹介された.当院受診前までに複数の医療機関を受診したが,全ての医療機関で明らかな異常所見がみられないことから精神疾患に起因する痛みと判断されていた.当院受診前に患者はさまざまな医療情報を検索し,自分が前皮神経絞扼症候群(anterior cutaneous nerve entrapment syndrome:ACNES)ではないかと訴えた.初診時には不安,焦燥がみられ,腹直筋部の痛みを訴えたが,腹部の圧痛点は明らかではなかった.痛みは体幹前屈や重い荷物を持つと増強し,腹直筋に緊張をかけると痛みが増強するCarnett's testは陰性であった.腹部CTで明らかな器質的疾患はみられず,治療兼診断のために超音波ガイド下に腹直筋鞘内に局所麻酔薬を注入したが痛みは数時間しか軽減しなかったので,ACNESは否定的であった.次いで,胸椎疾患を疑って上位腰部で硬膜外ブロックを施行した結果,痛みは約1週間軽減したが,胸腰推のX線検査やMRIで脊柱管内に明らかな器質的疾患はみられなかった.以上の経過から,本症例は脊椎疾患に起因する可能性が高いことが考えられ,生活歴を再聴取したところ前傾姿勢でロードバイクに乗ることが多いことが判明した.そのため,右腰椎椎間関節症の可能性を考えて腰椎椎間関節ブロックを施行した結果,痛みは消失した.
【考察】ペインクリニックは痛みを主訴とした患者への総合診療的なアプローチが求められる部門であり,診断的ブロックを行うことは診断を進める有益な手段であると再認識することができた.また,本治療経験から,慢性の腹壁痛は腰椎椎間関節症の関連痛である可能性を考慮する必要があると考えた.
硬膜外鎮痛中の子宮頸部組織内照射施行時に肺血栓塞栓症を起こした1例嶋崎敬一*1 飯嶋千裕*1 猪股伸一*2
*1筑波大学附属病院麻酔科,*2筑波大学医学医療系麻酔蘇生学
【背景】子宮頸癌に対する子宮頸部組織内照射では,管状針を3日間留置し床上絶対安静となるため血栓症のリスクともなりうる.しかし,強い痛みを生ずるため,ガイドラインでは硬膜外鎮痛を始めとした持続的鎮痛が推奨されている.今回われわれは硬膜外カテーテルを留置し,子宮頸部組織内照射した患者が肺血栓塞栓症を発症した症例を経験したので報告する.
【症例】64歳女性.X−1年10月に子宮頸癌IIIb cT3bN0M0の診断に対し,化学放射線療法を行う方針となった.同年11月に施行した下肢静脈超音波検査では血栓は認めなかった.12月に化学放射線療法を開始された際にD-dimerの高値を認め,X年1月Y−3日に再検したが,低下を認めなかった.下肢静脈超音波検査を再検したところ,左ひらめ筋静脈に急性期血栓を認め,ヘパリンによる抗凝固療法を開始した.1月Y日0時からヘパリンを停止し,APTTが正常値であることを確認した後,硬膜外カテーテル留置と脊髄くも膜下麻酔を施行し,管状針21本を組織内に留置した.Y+1日にD-dimer上昇を認め,翌日の照射終了後に硬膜外カテーテルおよび管状針を抜去し,ヘパリン化を再開する方針となった.Y+2日に入院時室内気で98%であったSpO2が94%まで低下し,D-dimerがさらに上昇したため,造影CTを撮影したところ,右下肺動脈に血栓を認め,両側下腿にも静脈に充満する血栓を認めた.硬膜外カテーテルを抜去し,ヘパリン投与を開始した.その後下肢神経症状は出現する事無く経過し,血栓は徐々に縮小し,D-dimerも低下したため,Y+12日に抗凝固療法をダビガトラン経口投与へ切替え,Y+16日に退院した.
【考察】周術期のヘパリン使用と硬膜外麻酔の併用は絶対禁忌とはされていない.米国区域麻酔学会(ASRA)のガイドラインではヘパリン投与を行う場合はカテーテル留置後および抜去後1時間以上空けて開始することを推奨している.本症例でのインターバルは適切であったと考える.硬膜外鎮痛を併用することにより,疼痛は最大NRS 6/10程度に抑えられており,鎮痛として有用であったと考えられる.
脳脊髄液減少症治療に関するペインクリニック的考察岸 秀行*1 吉田史彦*1 篠崎未緒*2 立原弘章*3 阪口大和*4 大瀬戸清茂*5
*1きし整形外科内科―痛みの外来―,*2獨協医科大学麻酔科学講座,*3立原医院(麻酔科・ペインクリニック),*4阪口クリニック,*5東京医科大学麻酔科学分野
2016年1月に脳脊髄液減少症の治療である硬膜外自家血注入が保険適用になり,800点と腰部硬膜外ブロックと同等の点数となった.
だが,保険診療ができる医療機関には施設基準ができた.病床がある・当直体制が設備されている・緊急手術体制が設備されているなど.保険適用になったのは良いが小さな病院では設備基準を満たさず混合診療の問題もでてきた.また大きな病院には経済的なメリットはなくなってしまった.保険適用になったのは良いが医療者,患者ともにデメリットも大きい.
最近では,患者紹介の逆転現象が起きて大きな病院で脳脊髄液減少症をライフワークとしているような医師からの紹介も当院では多くなってきている.
今回,脳脊髄液減少症と診断され,ブラッドパッチ依頼で当院に紹介されてきたものの診断は脳脊髄液減少症ではなく,ペインクリニック的な治療で症状が劇的に改善した3症例を提示したい.
いずれもブラッドパッチ依頼で紹介されてきたが,当科の診断治療は以下の通りである.
症例1 診断:片頭痛+左)L5の神経根炎 治療:投薬 L5神経根ブロック+パルスRF
症例2 診断:片頭痛 治療:投薬 C2神経根ブロック+パルスRF
症例3 診断:透明中隔のう胞による頭痛 治療:内視鏡手術
でいずれも改善している.
私は脳脊髄液減少症の病態は必ず存在すると考えている.しかしながら,マスコミや一部の医師たちが言うほど症例は多くないと思っている.
しかし,治療方法がなく苦しんでいる患者を実際に目の前にするとどうにかしてあげてしたい気持ちから,脳脊髄液減少症と診断しブラッドパッチを施行してしまう医師も多い.
私たちペインクリニック医は神経ブロックという技をもっている.この技を診断的に用いることは脳脊髄液減少症の患者のみならず,疼痛性疾患の患者に対しては非常に重要な検査になっていることは間違いない.
疼痛疾患のプロとして,堂々と医療をしていくと良いと考えている.
佐藤欣也
いたみセンター北福島医療センター
腰痛のうち,85%は原因の不明な非特異性腰痛といわれている.ペインクリニック領域でも,この疾患での治療に難渋し,ともすれば服薬治療での継続と慢性化した病態に対し,うつ対策を必要とされがちである.一方でペインクリニシャンとしてブロック療法を治療のみならず,診断としても利用価値があるとして日々の治療に施行されてきた方も多いであろう.本講演では,従来の神経因性に偏りがちな特異的腰痛概念から,1900年代に考えられた体性痛(末梢での侵害受容器による痛み)を主体にした概念を腰痛原因と仮定し,非特異性腰痛に対する臨床解剖学上の発生部位と診断によるブロック療法を利用して当センターで得られた治療法と結果を供覧したい.ここでの痛み診断では,下記にあげられる非特異性腰痛の法則性が重要と考えている.
法則Ⅰ.腰痛の診断の難しさは,一つの原因だけでなく病態が重なりやすいこと.とくに慢性腰痛.
法則Ⅱ.さらに痛みは,快感と同じで一番強いところしか感じられない.患者の病態が一つ治っても,違う痛みが出てくるように表現する場合がある.
法則Ⅲ.体性痛にも関連痛や放散痛が存在する.2次ニューロンの乗り換え時に収束されるためと考えられている.
法則Ⅳ.硬膜外炎の放散痛では分節性が明確ではない.
関連痛や放散痛が存在する部位を見極め,迅速に責任部位を診断し,的確な部位に対する最善の治療法について紹介する.とくに高周波熱凝固法による外科的な治療法,さらにわれわれが開発した骨盤矯正ベルト付きスパッツを紹介したい.これは,インナーマッスルを補強して動作時の骨盤の不安定性を改善するものである.今回は,このような腰痛概念の温故知新に切り込んで,明日からの診断・治療の一助となるよう,皆さんとともに多角的に考えてみたい.
金岡恒治
早稲田大学スポーツ科学学術院
アスリートはある種目の運動を繰り返す際に,腰部の特定部位に負荷が加わり続けて障害が生じる.腰椎に隣接する股関節,上位腰椎,胸椎,胸郭,肩甲帯の可動域制限や体幹深部筋機能が低下していると下位腰椎に挙動負荷が集中する.当初は違和感を感じる程度(stage1)であるが,負荷の繰り返しによって組織に微細損傷が生じ,運動時痛が生じる(stage2).この時期に十分な休息やコンディショニングを整えることで改善するが,運動を継続することで組織には修復機転としての炎症が生じ,運動後も腰痛が生じるようになり,炎症を反映して条件によってはMRI所見を認める(stage3).さらに運動を続けることによって軟骨変性,骨吸収や増殖などの器質的変化が生じ,レントゲン画像所見を認めるようになり(stage4),最終的には変形性脊椎症へと至る(stage5).
腰部に伸展負荷が加わり続けることで椎間関節障害,椎弓疲労骨折,仙腸関節障害が発生し,屈曲圧縮負荷によって椎間板障害が生じる.また腰椎可動性が高いと棘突起間に圧縮負荷が加わり棘突起インピンジメント障害を呈し,筋筋膜への負荷によってmyofascial pain syndromeとしての筋筋膜性腰痛,筋腱の骨への付着部での障害(enthesopathy),体幹浅層筋の強大な遠心性収縮による肉離れ障害を生じる.
腰痛が強い時期にはブロック注射や投薬が有効であり,関節障害には徒手療法,筋緊張に由来する場合にはマッサージ,鍼治療等が有効であるが,根本的な原因である下位腰椎への負荷を減少させるためには,腰椎隣接関節の可動域拡大と体幹安定化機能向上が必要となる.
内藤裕史
筑波大学名誉教授
学術雑誌に発表される副作用の症例報告1件の背景には数万人の患者がいることを念頭に,事例を集めてその山を築き,山の数を増やして俯瞰し,全貌を捉えたうえで,核心に迫るという演者の手法を用い,トラマドールの副作用と薬物相互作用について日本の症例報告を対象とし検討したのでその結果を提示する.
トラマドールの鎮痛作用は,1)ミュウオピオイド受容体に対する作用,2)セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害作用によるもので,2)による鎮痛作用が大きい.
副作用の基本にあるのは以下の2点である.1.コデインの誘導体なので肝臓の代謝酵素CYP2D6の活性により作用が大きく影響される.2.フェニルピペリジン化合物なので,ペチジン(メペリジン)やフェンタニルに似て筋緊張,痙攣を起こし,セロトニン症候群の原因となる.
副作用の特徴は以下の3点に絞られる.
1.セロトニンが関与するものが,ミュウオピオイド受容体を介する副作用に比べ件数が多くかつ多彩.2.セロトニンは受容体の種類が14種類と多く,セロトニンを介してトラマドールに影響を与える薬物の種類が多く,これら薬物の中にはトラマドールの代謝酵素CYP2D6の活性に影響を受けるものが多い.3.したがって薬物相互作用が複雑に絡み合って効果と副作用に大きく影響し,その予測が困難.
副作用は,①ミュウオピオイド受容体を介するものとして,a)低血糖,b)低ナトリウム血症,c)麻痺性イレウス,d)依存,離脱反応,e)奇異性痛覚過敏,疼痛増強,f)痙攣,筋硬直,外傷,g)嘔吐と吐血,②セロトニンによるものとして,視力障害,心筋梗塞,セロトニン症候群で,セロトニン症候群に付いては,抗うつ薬,フェンタニル,ペンタゾシン,デキストロメトルファン,イフェンプロジルの関与と,その予防と治療,鑑別診断を述べ,③としてアセタミノフェンによるものを紹介した.
薬物相互作用は1.抗うつ薬,2.セトロン系制吐薬,3.トリプタン系片頭痛治療薬,4.ワルファリンに分け事例を紹介し検討した.
また,検証課題として,日常の診療や研究の参考に,4件を提示した.
山田哲平 篠崎未緒 藤井宏一 濱口眞輔
獨協医科大学医学部麻酔科学講座
【症例】48歳女性.X−10年,左頬部の電撃痛出現し大学病院口腔外科で三叉神経痛と診断されカルバマゼピン処方.その後も電撃痛出現時に遠方の大学病院神経内科,脳神経外科,ペインクリニック科,総合病院と数カ所の病院を受診したが画像的に異常なしで内服加療のみであった.X−2週,電撃痛再燃し近医ペインクリニック受診し三叉神経ブロック目的で当院当科紹介となる.食事・洗顔・会話で誘発される左鼻翼の電撃痛で顔面知覚の低下は認めなかった.眼窩下高周波凝固法の適応と考え80℃90秒行い,2週間後には電撃痛消失した.X+2カ月,下肢の筋力低下が出現し頸椎MRI検査のT2強調画像で脊髄内に高信号領域の散在を認め,当院神経内科入院精査の結果,多発性硬化症と診断された.
【考察】若年発症の三叉神経痛の症例では顔面骨折や外傷,抜歯後疼痛の除外や小脳橋角部腫瘍や多発性硬化症を念頭に診断,治療を進める必要がある.本症例は当初の脳MRIで明らかな脱髄所見が認められず,症状も特発性三叉神経痛と同様でカルバマゼピンの効果も認めたため非常にまれな症例と考えられた.
電撃傷による慢性痛とそのストレスから甲状腺機能亢進症が再燃したと考えられた1例水草真実*1 大和田麻由子*1 村田雄哉*1 飯嶋千裕*1 猪股伸一*2
*1筑波大学附属病院麻酔科,*2筑波大学医学医療系麻酔蘇生学
電撃傷が原因で発症した慢性痛と,その経過中に甲状腺機能亢進症が再燃し,迅速な診断・治療により症状改善を認めた症例を経験したため報告する.
【症例】41歳女性.30歳時にBasedow病の既往あるが,寛解しており通院はしていなかった.当科初診3年前にブレーカーで感電し左頭頸部から上肢を受傷した.その後同部位に疼痛,異常感覚を認め症状が遷延した.画像検査や神経学的検査で特記所見なく,理学療法や内服でも症状の改善は認めなかった.左手で物をつかむことも困難でADLの障害も顕著になったため,当科紹介となった.
当科初診時,左上肢の疼痛のほか,感覚鈍麻と筋力低下を認めた.また,全身の震えと睡眠障害の訴えがあり,詳しく問診を行うと半年前からの体重減少(−15 kg),易疲労感,動悸,両手の振戦,食欲不振,発汗過多などの症状があった.身体診察では甲状腺腫大を認めた.
症状・既往歴から甲状腺機能亢進症が疑われ血液検査を実施したところ,甲状腺ホルモンの上昇を認めた.代謝内科に紹介し,薬物療法による治療が開始され,甲状腺機能亢進症による症状は著明に改善した.電撃傷による左上肢の疼痛に対しては,初診時に星状神経節ブロックを施行したところ効果を認め,以降週1回のブロックを継続している.初診より5カ月が経過し,疼痛やしびれは初診時の20%程度まで軽減し,子供の学校行事である草むしりができるようになった.
【考察】甲状腺機能亢進症は寛解を得ていても一定の割合で再燃するといわれており,その原因の一つにストレスにより視床下部が刺激されることがあるとされている.本症例は,電撃傷による慢性痛がストレスとなり甲状腺機能亢進症をきたしたと考えられる.外来では疼痛のみに焦点を当ててしまいがちであるが,悪性腫瘍を含めた内科的疾患がベースに隠れていることもあり,問診や身体診察は重要である.本症例では丁寧な問診と診察から早期に検査を行うことができ,迅速に診断・治療介入を行うことができた.また電撃傷の症状は神経障害性疼痛と考えられ,急性期だけでなく慢性期に疼痛が遷延することもあり,本症例では星状神経節ブロックが有効であった.
心膜起因疑いの慢性胸部痛に対し,神経障害性痛治療薬とオピオイドが効果的であった1例舩引亮輔 廣木忠直 齋藤 繁
群馬大学医学部附属病院麻酔科蘇生科
慢性胸部痛の原因として心膜炎を始めとする心膜疾患はまれである.今回われわれは心膜由来が疑われる慢性胸部痛に対して,神経障害性痛治療薬とオピオイドが効果的であった1症例を経験したので報告する.
【症例】50代男性.胸痛精査目的でA病院に入院し,虚血性心疾患は否定され特発性心膜炎の診断となった.痛みはNSAIDs内服にて対応していたが,症状増悪したため当院循環器内科にてβ遮断薬,ニトログリセリン等処方された.その後症状軽快していたが,胸痛増悪傾向認めたため発症から13カ月後当科紹介受診した.聴診にて心膜擦過音を認め,右側臥位で軽快する前胸部の鈍痛を認めた.心膜の胸膜への擦過が原因となる神経障害性痛の可能性を考え,プレガバリンを開始したところ症状軽快した.その後再度胸部痛が増悪したため,アミトリプチリンを追加処方したところ症状軽快を認めいったん終診とした.しかし再度痛みが増悪したため初診から15カ月後にデュロキセチンを追加処方した.症状軽快していたが22カ月後再度痛み出現したため,リン酸コデインを処方したところ著明な痛みの改善を認めた.その後再増悪を認めたためモルヒネ塩酸塩20 mg/dayに薬剤変更した.モルヒネに変更後デュロキセチンの減量を試みたが,痛み強くなり断念した.その後アセトアミノフェンの追加を要したものの,現在(初診から31カ月後)症状はコントロールできている.
【考察】経過中薬剤の追加を要し痛み症状は徐々に増悪していったと考えたが,心エコーにて胸膜肥厚や心嚢液の貯留等は認めず,心膜擦過音の程度も変わらなかった.慢性的な心膜擦過に伴う神経障害性痛が徐々に増悪していった可能性が考えられる.一方で経過中に少量のオピオイドが著効したことを考えると,神経障害性痛要素だけでなく心膜擦過による侵害受容性痛の関与もあったと考えられる.
帯状疱疹後神経痛によってマスクされていた慢性腰痛に腰方形筋ブロックが奏功した1例奥山和彦
水戸済生会総合病院/茨城県立こども病院麻酔・ペインクリニック科
【はじめに】高齢者では多くの患者が慢性腰痛を抱えている.今回,帯状疱疹後神経痛として扱われていた患者の腰痛に対して腰方形筋ブロックが著効した症例を経験したので報告する.
【症例】76歳女性,SLEとRAでステロイドを長期に服用していた.37歳時に右Th12L1の帯状疱疹に罹患.2年前に帯状疱疹後神経痛の治療のために当院に来院したが,それ以前に多くのクリニックや病院を受診したが,「どの薬も効かない」と服薬はしていないようだった.当院でもアミトリプチリンを処方したが,その後受診は途絶えた.その後胸部大動脈瘤に対しステント挿入の治療を受けたが,その後から帯状疱疹後神経痛が悪化したとして再受診した.VASやNRSに拒否的で評価不能.口数も少なくあまり多くを語らなかったが,付き添いの息子さんは,家ではずっと痛い痛いと言って困っていると.痛み部位は鼠径部と腰で帯状疱疹の位置と一致しているように思われたが,ステント挿入後から腰がとくに痛いとのことだった.服薬は守られないと考えブロックを試してみることとした.ジブカインとサリチル酸の合剤にて腰方形筋ブロックを行ったところ痛みが消失した.2週間後の再受診時に,本人は痛みはまだあると言っていたが,息子さんの話では家で痛みの訴えがなくなったという.2カ月後にもブロック前のような強い痛みはなかった.
【考察とまとめ】腰方形筋を包むthoracolumbar fasciaには多くの交感神経線維が走っているため,この末梢交感神経線維をブロックしたことで慢性疼痛が軽減したと考える.患者自身は帯状疱疹後神経痛だと思い込んでおり,いくつもの病院で診察,投薬を受けたにもかかわらず痛みが改善しなかった症例に,1回の腰方形筋ブロックで痛みがほとんどなくなった症例を経験した.
末梢神経ブロックで下腿切断術を施行した1例福薗 隼*1 飯嶋千裕*1 大和田麻由子*1 村田雄哉*1 猪股伸一*2
*1筑波大学附属病院麻酔科,*2筑波大学医学医療系麻酔蘇生学
【背景】当院における下腿切断術は,幻肢痛予防を考慮し,硬膜外麻酔併用の全身麻酔で行うことが多い.今回,広範な心筋壁運動異常があるため,末梢神経ブロックを主体とした下腿切断術を行った症例を経験したので報告する.
【症例】65歳男性.身長170 cm,体重66 kg.右足部切断後の感染,血流不良による肉芽形成不良に対し,右下腿切断術が予定された.
既往歴として,51歳から糖尿病性腎症のため透析が開始されていた.また,64歳に大動脈弁狭窄症と狭心症に対し,大動脈弁置換術と冠動脈バイパス術が施行されていた.6カ月前から右第1,2趾へ拡大する潰瘍が出現した後,右足部に黒色壊死を来し,感染の併発を認めた.1カ月前に局所麻酔下に右足部切断術を施行された.
広範な心筋壁運動異常のため,全身麻酔の選択は困難であった.また,抗凝固薬の休薬困難のため,硬膜外麻酔や脊髄くも膜下麻酔の施行は難しく,本症例では末梢神経ブロックを選択した.末梢神経ブロックは,超音波ガイド下で大腿神経ブロック,坐骨神経ブロック(膝下アプローチ)を併用した.神経ブロック施行から約30分後,術野で浸潤麻酔を追加した後に手術を開始した.術中に冠拡張薬と鎮静薬の持続投与を行いつつ,痛みの有無を聴取し,術野での浸潤麻酔の追加もしくはフェンタニルの投与で対応した.鎮静開始後,舌根沈下,呼吸抑制のためしばしばSpO2低下をきたしたが,深呼吸を促し改善した.術中バイタルサインに大きな変動なく,手術終了となった.
【考察】本症例では末梢神経ブロックと術野からの浸潤麻酔で手術が施行できた.疼痛の訴えに比し,血圧と心拍数の変動は小さかった.手術後半,適切な鎮静も必要と考えられた.近年下肢切断術への末梢神経ブロック単独での麻酔による症例報告が散見されるが,全身麻酔と比較しその有用性は明らかではなく,今後さらなる報告が望まれる.
【結語】末梢神経ブロック下での下腿切断術を経験した.ハイリスク症例で下腿切断術を行う際,末梢神経ブロックも選択肢の一つとなり得る.