2018 Volume 25 Issue 4 Pages 259-262
【背景】市販メントールクリームは,皮膚に清涼感と侵害刺激と類似した感覚を生じさせる.その主成分であるL-メントールは,鎮痛効果と痛覚過敏の誘発という二面性を持つことが報告されている.メントールクリームが痛覚と知覚に及ぼす影響を詳細に検討することは,痛み発生メカニズム解明の一助となる可能性がある.【目的】メントールクリームが機械刺激と電流刺激の感受性に及ぼす影響を明らかにする.【対象と方法】健常者80名の前腕にメントールクリームを塗布し,塗布前後でピン刺激に対する視覚アナログスケール(VAS)値とPainVision®[ニプロ(株)]の電流刺激に対する知覚閾値と痛覚閾値を測定した.【結果】ピン刺激に対するVAS値と知覚閾値は塗布前後で有意に変化しなかった.塗布後に痛覚閾値は平均19.2%(95% CI 18.6~19.8,P<0.01)低下し,塗布前の痛覚閾値が高い被験者ほど塗布後の低下が大きい傾向があった(r=−0.39,P<0.001).【結語】メントールクリームは電流刺激に対する痛覚過敏を惹起し,その程度は電流刺激で痛みを感じにくい被験者ほど大きかった.
一般薬局で市販されているミント含有薬品は,皮膚に清涼感と侵害刺激と類似した感覚を生じさせる.その主成分であるL-メントールは,侵害刺激を受容するヒトのAδ線維やC線維上transient receptor potential melastatin 8(TRPM8)チャネルを活性化することが知られている1,2).TRPM8チャネルは陽イオンチャネルとしての機能を持つtransient receptor potential(TRP)ファミリーの一種である.L-メントールは塗布や経口投与による鎮痛作用3,4)と,機械刺激,冷感刺激,熱刺激に対する痛覚過敏の誘発5)という二面性を持つことが報告されており,その機序としてさまざまな仮説4–8)が立てられている.しかし,作用する神経線維やチャネルとそれによる痛覚変化の詳細な機序は,いまだ明らかにされていない.L-メントールが熱刺激と同様に電流刺激による痛覚過敏を惹起し,それを臨床的に定量することが可能であれば,痛覚過敏の機序を解明する足がかりになることが期待される.
今回,L-メントール含有薬が機械刺激と電流刺激による知覚と痛覚の感受性に及ぼす影響を,PainVision®(ニプロ(株))を用いて検討した.
本研究は東北公済病院倫理委員会の承認を得て行われた(承認番号:H28–10–11).
成人の健常な男性80名の非利き手前腕内側の尺骨神経領域で,ピン刺激に対する視覚アナログスケール(visual analogue scale:VAS)(pVAS),PainVision®の電流刺激に対する知覚閾値および痛覚閾値,その電流に対するVAS値(eVAS)を算出した.知覚閾値は“電流を0 mAから連続的に上げてなんらかの感覚を認識した瞬間の電流値”と定義し,いわゆる最小感知電流値と同義である.痛覚閾値は“電流を0 mAから連続的に上げて痛みとして感じた瞬間の電流値”と定義した.各閾値で感じた瞬間に被験者は利き手でスイッチを押すように,あらかじめ指示をした.感覚が生じてからスイッチを押す動作が完了するまでの時間ができるだけ短くなるように,非利き手側の前腕を刺激部位,利き手をスイッチ保持とした.各閾値はPainVision®の測定アルゴリズムに則って3回ずつ測定し,その平均値を統計学的分析に用いた.ピン刺激には爪楊枝を用い,可能なかぎり同一の痛み刺激となるようにした.次に,同部位にL-メントールを1.35%含有するメンソレータム軟膏c[ロート製薬(株)]と30%以上含有するハッカ油[大洋製薬(株)]を混合した製剤(以下,メントールクリーム)を塗布し,3分間自然乾燥させた後に,同部位で同様に各項目を計測した.結果は平均および95%信頼区間(95%CI)で示した.塗布前後での各項目の測定値の比較にはWilcoxonの符号順位検定,各項目の相関関係はPearsonの相関係数を用いた.
被験者80名は22~35歳の健常な男性で,うち2名はPainVision®の最大電流(250 µA)でも痛みを感じなかったため測定不可として除外し,残りの78名で検討した(表1).pVASは10~15 mm程度と弱く,メントールクリーム塗布前後でpVASに有意差は認められなかった.同様に知覚閾値にも有意差は認められなかった.塗布後痛覚閾値は有意に低下し,その変化率[(塗布後痛覚閾値−塗布前痛覚閾値)×100/塗布前痛覚閾値]は平均19.2%(95% CI:18.6~19.8,P<0.001)減少し,塗布前痛覚閾値と有意な弱い負の相関関係を示した(r=−0.39,P<0.001,図1).痛覚閾値変化率を塗布前痛覚閾値で線形回帰分析すると,回帰係数−0.26(P<0.001),切片11(P=0.169)であった(図1).一方,痛覚閾値変化率と塗布前知覚閾値,および塗布前知覚閾値と塗布前痛覚閾値にはいずれも有意な相関が認められなかった(それぞれP=0.600,P=0.414).eVASは塗布前後で有意な変化を認めなかった.
塗布前 [平均値(95% CI)] |
塗布後 [平均値(95% CI)] |
P値 | |
---|---|---|---|
pVAS(mm) | 12.7 (10.8~14.6) | 12.1 (10.2~14.0) | 0.259 |
PainVision® | |||
知覚閾値(µA) | 9.61 (9.05~10.2) | 9.80 (9.10~10.5) | 0.798 |
痛覚閾値(µA) | 100 (89.0~111) | 78.8 (70.5~87.1) | <0.001 |
eVAS(mm) | 31.0 (27.5~34.5) | 31.1 (27.4~34.8) | 0.855 |
pVAS:ピン刺激のVAS値,eVAS:痛覚閾値でのVAS値
メントールクリームによる痛覚閾値変化率の塗布前痛覚閾値による回帰分析
N=78,回帰係数:−0.26(P<0.001),切片:11(P=0.169),r=−0.39(P<0.001)
L-メントールの作用として機械刺激,冷感刺激,熱刺激に対する痛覚過敏作用の報告がある5).本研究ではメントールクリームによって機械刺激に対する痛覚過敏は観察されなかったが,電流刺激に対する痛覚過敏が新たに観察された.本研究で用いたPainVision®の電流は50 Hzの微分波状のパルス状電流(0~150 µArms,パルス幅0.3 ms)であり,Aβ線維(触覚・圧覚神経)とAδ線維(痛覚・温度覚神経)を選択的に刺激するとされている9).痛覚閾値が低下したということは,L-メントールが電流刺激による求心性Aδ線維の活性化による痛みの発生を,直接あるいは間接的に促進した可能性が示唆される.過去には,L-メントール塗布それ自体が弱い痛みを発生させるとの報告10,11)や,L-メントールがTRPM8チャネルを介してAδ線維を活性化するという報告2,12)もある.一方,TRPM8のおもな発現組織ではないAβ線維はL-メントールによる影響を受けず,したがって知覚閾値も変化しなかったと考えられる.今回の機械刺激による痛みの程度(pVAS)は10~15 mm程度と弱く,eVASと比較すると非侵害刺激に近いため,メントールクリームの影響が観察できなかったと考えられる.
本研究では痛覚閾値変化率と塗布前痛覚閾値の間に負の相関が認められた.Aδ線維活性化による痛みを感じにくい被験者ほど,L-メントールによる痛覚過敏作用をより強く受けたことになり,Aδ線維上のTRPM8チャネルの発現量が多かった,あるいは,TRPM8チャネルのL-メントールへの親和性が大きかった可能性が考えられる.一方で,痛覚閾値変化率と塗布前知覚閾値に有意な相関関係は認められなかった.これはL-メントールが作用すると考えられるAδ線維の活性化は,Aβ線維により規定される知覚閾値と関係がなく,侵害刺激に敏感であるからといって非侵害刺激にも敏感というわけではないことを示している.
電流を痛みとして認識するときの強さは各被験者の感覚により規定される.本研究でeVASが変化しなかったことは,この感覚が塗布前後で変化しないことを示している.つまり,被験者の刺激に対する応答とその測定は正確であったといえる.
最後に本実験の限界を述べる.今回用いたメントールクリームの主成分はL-メントールであるが,蒸留したハッカ油でも,メントール以外の未知の不純物が含まれている.またメンソレータムにはDL-カンフルとユーカリ油(主成分ユーカリプトール)が含まれており,それぞれTRPファミリーの一種であるtransient receptor potential vanilloid 1(TRPV1)13)とTRPM814)を刺激した可能性がある.今回は安全性と簡便さを考慮しながら,皮膚への浸透性をよくするために市販薬を混合塗布した.今後は純粋なL-メントールを用いて,刺激の選択性を高めた研究が求められる.また,刺激の部位と順序も問題となる.本研究では非利き手前腕の同じ部位に刺激を繰り返し加えた.繰り返し刺激によって感受性が変化することがあり,メントールではなく塗布前刺激が塗布後刺激の感受性を変化させた可能性を否定できない.塗布前と塗布後を時間的に間隔を空けて,または左右の腕に分けて測定することで,より有用な結果が得られた可能性もある.
メントールクリームはPainVision®の電流刺激に対する痛覚過敏を惹起し,その程度はもともと電流刺激で痛みを感じにくい被験者ほど大きかった.一方で,知覚閾値には影響を及ぼさなかった.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第51回大会(2017年7月,岐阜)において発表した.