Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Administration of venlafaxine alleviates depressive symptoms and neuropathic pain in a patient with chronic low back pain: a case report
Tadanori TERADATsukasa NAKANISHINoriaki KITAMURA
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2018 Volume 25 Issue 4 Pages 268-272

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Abstract

新規抗うつ薬であるベンラファキシ(イフェクサー®)を投与した結果,抑うつ症状ならびに神経障害性疼痛の改善を認めた慢性腰痛患者の症例を経験した.症例は80歳代の女性.10年前より腰部脊柱管狭窄症による腰痛症にて近医で投薬,リハビリテーションを施行されていたが改善せず,抑うつ状態も認められ当科に入院加療となった.トラマドールに加え,ベンラファキシンを投与した結果,抑うつ状態の改善ならびに神経障害性疼痛の軽減を認めた.ベンラファキシンは,抑うつ症状の改善や,神経障害性疼痛の軽減効果があり,患者のQOL向上が期待できることから,有用性が高い薬剤であることが本症例から示唆された.

I はじめに

今回新規抗うつ薬であるベンラファキシン(イフェクサー®)を投与した結果,抑うつ症状の改善を認め,さらに神経障害性疼痛の改善も認めた慢性腰痛患者の症例を経験したので報告する.

本症例の報告においては,患者の承諾を得た.

II 症例

症例:83歳,女性.

主訴:①腰の痛み,②気持ちの落ち込み.

既往歴:30年前より糖尿病.20年前より高血圧症.10年前より腰部脊柱管狭窄症.10年前より睡眠障害と軽度の抑うつ状態.

家族歴:特記事項なし.

1. 現病歴

10年前より腰部の痛みを自覚し近医整形外科を受診し,腰部脊柱管狭窄症の診断を受け,週に1回のリハビリテーションとロキソプロフェン60 mgの1日2回内服を処方されていた.2014年7月に急激な腰背部痛を訴えA救急病院に搬送された.血液検査やX線検査,MRIを施行された.L1/2~L4/5にかけて腰部脊柱管狭窄症の所見は認められたが,腰椎圧迫骨折やヘルニア嵌頓などの異常所見は認められず,精神的な要素が大きいと判断された.自宅が近所で当科に転院依頼があり,本人,家族も希望したため,転院して入院治療を行うことになった.

2. 治療経過(図1

入院時の安静時における数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)1)は7/10程度であり,痛みで夜間眠れない状態であった.痛みは腰背部,両側大腿部から足背部にかけて存在した.持続的にひりひりするしびれの強い痛みがあり,突如電気が走るような痛みや針で刺されるような痛みが認められた.特に体動時には,痛みが増強したが,アロディニアや,感覚低下は認められなかった.さらに,入院時より集中力の低下,睡眠障害,抑うつ気分,興味と喜びの喪失や,このまま生き続けても仕方がないという希望のない悲観的な状況が認められ,気持ちのつらさの寒暖計2)で7/10であった.入院後ロキソプロフェンを中止し,プレガバリン50 mg/日,トラマドール50 mg/日を開始した.あわせて,リハビリテーションを開始した.

図1

症例の経過

1週間後に安静時のNRSは3/10まで軽減し,痛みの軽減を認めたが,両下肢や腰背部に突発的に痛みが強まったり,他の部位に広がったりすることや,ピリピリした痛み,電気が走るような痛みが認められ,神経障害性疼痛の残存を疑わせる所見が認められた.painDETECT日本語版3)で25点であり,神経障害性疼痛である可能性が示唆された.さらに神経解剖学的にL1/2~L4/5に一致する腰背部,両側大腿部から足背部にかけて自覚的な痛みが続いた.よって現症と病歴,評価と検査ともに神経障害性疼痛薬物療法のガイドラインのアルゴリズム4)も満たしており,神経障害性疼痛と診断した.

入院後,主治医,受け持ち看護師,リハビリテーション技師,当院緩和ケアチームを中心に,一貫して患者の訴えに耳を傾け支持的に接することで,患者の思いを批判や解釈することなく受容し,苦しみを支え続ける精神的支持療法を1週間継続した.一方で,気持ちのつらさの寒暖計は7/10と変わらず,前述の抑うつ状態は続いた.抑うつ状態の判断ならびに評価はICD-105)に基づいて行い,中等度のうつ病と診断した.

以上より,抑うつ状態の改善ならびに神経障害性疼痛の軽減が必須と判断した.入院後7日目からトラマドールとプレガバリンを継続したうえで,抑うつ状態の改善に対してベンラファキシンを37.5 mg/日から開始し1週間ごとに75 mg/日,112.5 mg/日と,150 mg/日まで約4週間かけて増量した.

75 mg/日投与あたりから笑顔がみられるようになり,また悲観的な発言が認められなくなり,睡眠もとれるようになった.つらさの寒暖計でも3/10程度まで軽減した.さらにNRSも2/10と低下した.150 mg/日まで投与した段階でつらさの寒暖計で1/10まで低下し,NRSも1/10となった.painDETECT日本語版3)でも13点と著明に低下し,ICD-105)で,うつ病の診断基準を満たさなくなった.

その後,リハビリテーションや家族との面談を勧めて6週間後に退院した.現在は著者らの外来で月に1回の外来診療を継続しており,精神科クリニックで月に1回の外来診療を行っている.

III 考察

慢性疼痛,特に神経障害性疼痛は症状緩和に難渋することが多い6).多職種においてさまざまなアプローチを行い改善に努める必要性がある6)

当科転院後,プレガバリン50 mg/日,トラマドール50 mg/日を開始し,リハビリテーションも当日から開始した.プレガバリンは神経障害性疼痛に対して第一選択薬4)とされており,トラマドールは中枢性鎮痛薬で,作用機序はおもにµオピオイド受容体とセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)としての働きである7).慢性疼痛ならびに神経障害性疼痛に対して鎮痛効果を認める4).また,患者の思いを批判や解釈することなく受容し,できるかぎり理解しようと努力しながら,一貫して患者の苦しみを支え続けていく精神的支持療法は,きわめて重要である.さらにリハビリテーションを勧めることは痛みの軽減にもつながる6)

上記のように,薬物療法,精神的支持療法,リハビリテーションを組み合わせて多職種で疼痛緩和に努めた.しかしこの結果,来院時に比べ痛みは軽減したものの,神経障害性疼痛の残存がみられ抑うつ状態も続いた.抑うつ状態や神経障害性疼痛の残存に対して薬物療法の強化を図った.

まず,ベンラファキシンを増量し,抑うつ状態の改善を図った.結果として神経障害性疼痛も軽減した.ベンラファキシンは神経伝達物質のSNRIとして1981年に米国ワイス社で開発され,諸外国ではうつ病や社会適応障害などの治療薬として浸透しており,世界の数多くの患者に処方されている8).一方本邦では,保険収載されたのが2015年12月と日が浅い.薬理学的作用は低用量ではおもにセロトニン系に作用し,高用量ではセロトニン系およびノルアドレナリン系に対する作用がより強まることがベンラファキシンの特徴9)といえる.

薬理学的特性・作用機序は,ベンラファキシンの場合,セロトニンのトランスポーターへの親和性がノルアドレナリンのトランスポーターの約8倍高い10).よって,ベンラファキシンは低用量では,セロトニンのトランスポーターへの親和性のみが高く,セロトニン再取り込み阻害がおもに出現する.一方で,高用量では,ノルアドレナリンへの親和性も出現し,dual actionを示すに至る10).この点が他のSNRIと異なるベンラファキシンの特徴である.抗うつ作用はデュロキセチンより高く11),さらにデュロキセチンと同様ベンラファキシンは海外においては,神経障害性疼痛に対して第一選択薬12)となっている.

デュロキセチンは20 mg/日から開始し,60 mg/日までの3段階の調整が保険適応範囲で可能である.一方ベンラファキシンは37.5 mg/日から開始し,225 mg/日まで6段階の調整が保険適応範囲内で可能である.つまりベンラファキシンのほうが患者の抑うつ状態や神経障害性疼痛の程度にあわせて,よりきめ細かな調整をすることができる.

さらに今回はプレガバリンとトラマドールで一定の疼痛コントロールができていた.一方で抑うつ状態の改善は精神的支持療法のみでは困難であった.今回の症例では最初に抑うつ状態の改善を目標とし,そのうえで副作用とのバランスを考慮しながら,ベンラファキシンのさらなる増量が可能であれば,神経障害性疼痛の軽減を期待した.

実際今回の症例で,37.5 mg/日と最低用量から開始し75 mg/日まで増量したあたりで,抑うつ状態の改善を認めた.さらに150 mg/日まで増量することによって,さらなる抑うつ状態の改善ならびに神経障害性疼痛の軽減を認めた.その理由はセロトニンの作用に加えてノルアドレナリンの作用効果がより多く出現したため,結果として神経障害性疼痛の軽減につながったと考えられた.

今回の反省点は,投与開始時は侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛の混在と判断し,プレガバリンとトラマドールを使用したことである.神経障害性疼痛の混在はあると判断したが,初回の時点ではpainDETECTによる検査は行っていない.当初からpainDETECTによる検査を行い,最初から三環系抗うつ薬を使用してもよかったかもしれない.実際,三環系抗うつ薬は副作用の発現率が新規抗うつ薬より高い一方で,調節性や薬価などの面からは有効性が高い.今後の課題としたい.

本邦ではベンラファキシンはうつ病にのみ保険適用があり,神経障害性疼痛をはじめとした疼痛に対して保険適用がない.さらに保険収載となって日が浅く,疼痛目的のみならず,抑うつ作用を認めた報告例も本邦では少ない.一方でがん性疼痛における神経障害性疼痛の軽減を認めた報告13)や,疼痛性障害に対しベンラファキシンが奏効したとの報告14)もある.

今後症例を重ねて,本邦においてもエビデンスを構築していく必要性があるが,ベンラファキシンは抗うつ薬として投与した結果,神経障害性疼痛が軽減し,結果として痛みの軽減も期待できることが本症例から示唆された.

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