2018 Volume 25 Issue 4 Pages 278-282
電解質異常は重篤な合併症をきたす可能性があり,速やかな原因検索と治療を必要とする.今回,眼部帯状疱疹に伴う電解質異常をきたした症例を経験したので報告する.症例1は75歳の女性.左眼部帯状疱疹を発症し当科受診した.血清ナトリウム低値(119 mEq/ℓ),血清カリウム低値(2.6 mEq/ℓ),血清浸透圧の低下と尿中ナトリウム排泄の上昇がみられ,抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)および低カリウム血症と診断した.水分制限と電解質補充で改善した.症例2は74歳の男性.右眼部帯状疱疹を発症し当科受診した.血清ナトリウム低値(127 mEq/ℓ),血清浸透圧の低下と尿中ナトリウム排泄の上昇がみられSIADHと診断した.水分制限のみで改善した.両症例ともに浮腫や脱水,中枢神経疾患や肺疾患はなく,診断基準を満たすことから低ナトリウム血症の原因はSIADHと診断した.過去の文献では帯状疱疹関連SIADHは三叉神経領域の報告が多い.また,低カリウム血症は低ナトリウム血症に一定の割合で伴うと報告されている.まれな合併症であるが,帯状疱疹治療中は電解質異常をきたす可能性を念頭におく必要がある.
眼部帯状疱疹発症後に電解質異常をきたした2症例を経験したので報告する.
本報告はいずれの患者からも,発表に関する承諾を得ている.
【症例1】75歳,女性.
主訴:左前額部から左頭部の痛み.
現病歴:左眼部帯状疱疹を発症し,バラシクロビルを7日間内服した.その後,近医で下記鎮痛薬の処方を受けたが痛みが改善しないため,発症4週間後に疼痛コントロールのため当科受診した.受診時はプレガバリン(150 mg/日)とアミトリプチリン(25 mg/日)を内服していた.
初診時現症:左三叉神経第1枝領域の前額部に数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)で9の痛みがあった.同部位に感覚障害(知覚鈍麻)がみられた.その他の脳神経機能障害はなかった.内服薬によるふらつきと眠気がみられた.血液検査で低ナトリウム血症,低カリウム血症がみられた(表1).
0病日(初診) | 4病日 | 6病日 | 10病日 | 16病日 | |
---|---|---|---|---|---|
Na(mmol/ℓ) | 123 | 119 | 120 | 127 | 132 |
K(mmol/ℓ) | 3.2 | 2.6 | 2.9 | 3.2 | 3.6 |
尿中Na(mmol/ℓ) | 64 | 104 | |||
尿中K(mmol/ℓ) | 17.8 | 30.1 | |||
血漿バソプレッシン(pg/ml) | 2.2 | ||||
血漿浸透圧(mOsm/kg) | 239 | ||||
尿浸透圧(mOsm/kg) | 261 | ||||
血清クレアチニン(mg/dl) | 0.7 | 0.45 | 0.42 | 0.45 | 0.54 |
血清コルチゾール(µg/dl) | 16.9 | ||||
ACTH(pg/ml) | 9.3 | ||||
TSH(µIU/m) | 0.489 | ||||
Free-T4(ng/dl) | 1.58 |
既往歴:慢性心房細動と高血圧の診断後よりワルファリン,ロサルタンカリウム/ヒドロクロロチアジド(50 mg/12.5 mg/日)を内服していた.
経過:血液検査で電解質異常がみられたためアミトリプチリン,ロサルタンカリウム/ヒドロクロロチアジドの内服を中止した.プレガバリン(150 mg/日),トラマドール塩酸塩/アセトアミノフェン2錠/日(75/650 mg/日),ワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液(ノイロトロピン®)(16単位/日),メコバラミン(1,500 µg/日)内服を行い,数日後には痛みはNRS 5~6まで軽減した.入院中は軽度の全身倦怠感,食欲低下がみられたが,明らかな意識レベルの低下はなかった.初診から4病日目に再度血液検査を実施したところ低ナトリウム血症,低カリウム血症の進行がみられたため追加検査を行った(表1).身体診察では浮腫を認めず低ナトリウム血症の原因として心不全や腎不全は除外した.過剰な尿中ナトリウム排泄の存在から嘔吐・下痢などによる体外喪失も否定できた.血糖値は正常で浸透圧利尿の可能性もなかった.また利尿薬の中止,食事摂取可能であり,診察所見でも脱水はなかった.血液検査では,血漿バソプレッシン値は尿中ナトリウム濃度20 mEq/ℓ以上だが抑制されず,血漿浸透圧は低下していた.尿検査からナトリウム利尿の持続がみられた.また,甲状腺機能,副腎皮質機能は正常であり,抗利尿ホルモン不適合分泌症候群(SIADH)の診断基準(表2)の主症状と検査所見を満たした.水分制限(1,000 ml/日)の開始と塩化ナトリウム(3 g/日),グルコン酸カリウム(3 g/日)の内服を開始し奏効したことから,SIADHと診断した.低カリウム血症は原因が特定できなかった.また,上記鎮痛薬継続で痛みはNRS 0~1まで改善したため,11病日に退院となった.初診より16病日の検査所見(表1)では電解質異常は正常化したが,尿中ナトリウム,尿中カリウム排泄量の高値が持続していたため電解質補充の継続が必要であった.
I.主症状 1.脱水の所見を認めない 2.倦怠感,食欲低下,意識障害などの低ナトリウム血症の症状を呈することがある II.検査所見 1.低ナトリウム血症:血清ナトリウム濃度は135 mEq/ℓを下回る 2.血漿バソプレッシン値:血清ナトリウム値が135 mEq/ℓ未満で,血漿バソプレッシン濃度が測定感度以上である 3.低浸透圧血症:血漿浸透圧は280 mOsm/kgを下回る 4.高張尿:尿浸透圧は300 mOsm/kgを上回る 5.ナトリウム利尿の持続:尿中ナトリウム濃度は20 mEq/ℓ以上である 6.腎機能正常:血清クレアチニンは1.2 mg/dl以下である 7.副腎機能正常:早朝空腹時の血清コルチゾールは6 µg/dl以上である 診断基準 確実例:Iの1およびIIの1~7を満たすもの |
(文献4より改変)
【症例2】74歳,男性.
主訴:右前額部の痛み.
現病歴:右眼部帯状疱疹を発症し,7日間バラシクロビルを内服した.その後,近医でアセトアミノフェンを処方されたが痛みの改善なく,発症から14日後に疼痛コントロールのため当科受診した.
初診時現症:右三叉神経第1枝領域の前額部にNRS 7~9の痛みがあり,同部位に感覚障害(知覚鈍麻)がみられた.その他の脳神経機能障害はなかった.血液検査で低ナトリウム血症がみられた(表3).
0病日(初診) | 8病日 | 13病日 | 25病日 | |
---|---|---|---|---|
Na(mmol/ℓ) | 134 | 127 | 139 | 142 |
K(mmol/ℓ) | 3.6 | 4.2 | 4.2 | 3.9 |
尿中Na(mmol/ℓ) | 66 | |||
尿中K(mmol/ℓ) | 26.8 | |||
血漿バソプレッシン(pg/ml) | 1.0 | |||
血漿浸透圧(mOsm/kg) | 270 | |||
尿浸透圧(mOsm/kg) | 408 | |||
血清クレアチニン(mg/dl) | 0.91 | 0.81 | ||
血清コルチゾール(µg/dl) | 14.1 | |||
ACTH(pg/ml) | 5.8 | |||
TSH(µIU/m) | 0.279 | |||
Free-T4(ng/dl) | 1.22 |
既往歴:関節リウマチによりプレドニゾロン(5 mg/日)を内服していた.
経過:初診時の痛みはNRS 7~9であった.プレガバリン(150 mg/日),ノイロトロピン®(16単位/日)の内服と右眼窩上神経ブロック(2%メピバカイン1 ml)を行ったが,痛みが強く,初診より3病日目に入院となった.上記内服薬に追加でデュロキセチン(20 mg/日),トラマドール塩酸塩/アセトアミノフェン(37.5/325 mg/日)を使用したが,吐き気と尿閉のためそれぞれ2日で中止した.プレガバリンを漸増(450 mg/日)し,ノイロトロピン®内服の継続と右眼窩上神経ブロック(2%メピバカイン1 ml)を数回施行し,徐々に痛みは軽減した.再度8病日後に血液検査を行ったところ,低ナトリウム血症の進行がみられたため,追加検査を行った(表3).本症例でも身体診察で浮腫を認めず,心不全や腎不全は除外された.嘔吐や下痢はなくナトリウムの体外喪失や血糖値が正常であったことから,浸透圧利尿の可能性も否定された.食事摂取は可能であり脱水の所見もなかった.血漿バソプレッシン値は抑制されず,低浸透圧血症,高張尿,ナトリウム利尿の持続がみられた.甲状腺機能,副腎皮質機能に問題はなかった.以上より,SIADHの診断基準(表2)の主症状と検査所見を満たした.水分制限(1,000 ml/日)の開始を行い,血清ナトリウム値は改善した.これより低ナトリウム血症の原因はSIADHと診断した.入院加療によって痛みはNRS 2~3まで軽減したため,15病日で退院となった.
電解質異常は,発見や対応が遅れると重篤な合併症をきたし死に至ることもある.原因の除去や,適切な補正などの迅速な対応が必要となる.
SIADHは低ナトリウム血症の原因として日常診療で最も多くみられる疾患である1).通常であれば視床下部で生成された抗利尿ホルモン(ADH)は下垂体後葉に貯えられ,脱水やわずかな血清ナトリウム値の上昇に伴い分泌が促進され,血清ナトリウム濃度を一定に保つ.しかし,SIADHでは希釈性の低ナトリウム血症となっても不適切なADH分泌が続き,その後ナトリウム利尿が起こるため循環血液量は正常となる.低浸透圧血症にもかかわらず,ナトリウム利尿の持続と高張尿の存在からSIADHと診断される2–4).表2にSIADHの診断基準を示す4).
低ナトリウム血症は急速に進行すれば120~130 mEq/ℓでも中枢神経症状が出現し,110 mEq/ℓ以下では痙攣・昏睡などを呈し,重篤な場合には脳浮腫により脳ヘルニアを生じる.治療の基本は水分制限であるが,重症度に応じて塩化ナトリウムの負荷が必要となる.しかし,急激な補正による中枢神経の脱髄による浸透圧性脱髄症候群をきたすと,低ナトリウム血症による症状の改善後,再度中枢神経症状を生じ,重篤な後遺症を残すことがある.したがって血清ナトリウム濃度の上昇を24時間に10 mEq/ℓ以内となるように慎重に補正する必要がある2).
SIADHの原因はおもに,異所性ADH産生腫瘍と内因性ADH分泌亢進の2つがあげられ,前者は小細胞肺癌などの悪性腫瘍が原因となることが多い.後者は,髄膜炎などの中枢神経疾患,胸腔内疾患,薬剤性およびその他の原因に分けられる2).
今回,2症例ともに電解質異常の既往はなく,中枢神経,肺,甲状腺,副腎に異常はなかった.また入院中に行った検査では,低ナトリウム血症,低浸透圧血症,高張尿,尿中ナトリウム排泄量の増加がみられ,また水分制限などで改善がみられたためSIADHと診断した.一般的に低ナトリウム血症では進行が急速なほど症状は激烈であるとされる.症例1では全身倦怠感の訴えはあったが電解質異常に伴う症状か否か判別できず,症例2でも中枢神経症状はまったくみられなかった.以上より2症例ともに電解質異常は緩徐に進行したと推測された.
限局性帯状疱疹に関連するSIADH発症は,非常にまれと考えられている.過去の文献では11症例の報告があり,その多くは高齢者や糖尿病患者である5).また,その55%は三叉神経第一枝(V1)領域帯状疱疹の患者であり,その数は他部位発症に比して圧倒的に多い5).帯状疱疹関連SIADHの機序は不明な部分が多い.原因の一つとして,浸透圧受容器から中枢への伝達経路に水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)が感染することによりADH分泌調整が機能不全を起こす機序が考えられる.また,動物実験では,V1神経刺激でADH分泌が上昇することが示されており6),浸透圧受容器からの伝達の中継にV1からの入力が影響を及ぼす可能性も推測される.
帯状疱疹関連痛の治療では鎮痛目的で抗痙攣薬,抗うつ薬を使用することがある.特に高齢者や痛みの強い重症例では,増量により眠気やめまい・ふらつき,消化器症状などの多岐にわたる副作用が起こりうる.これらは低ナトリウム血症の初期症状と類似するため注意が必要である.一方で,薬剤の副作用としてSIADHを発症する可能性もある.特にカルバマゼピン,三環系抗うつ薬は代表的なSIADHの原因薬剤であり7,8),これらの薬剤使用中にSIADHと診断された場合は,速やかに該当薬剤の中止を検討する必要がある.症例1では,三環系抗うつ薬と利尿薬を内服していたため当初は薬剤性のSIADHを疑った.しかし,これらの薬剤を中止した後も尿中ナトリウム排泄と低ナトリウム血症の持続がみられたことから,帯状疱疹関連のSIADHと考えた.症例2ではSIADHの原因と考えられる薬剤は使用していなかったため,当初より帯状疱疹関連のSIADHを強く疑った.また,ストレスからSIADHを発症する例も報告されており,強い痛みが原因となることも考慮されなければならない9).
Shepshelovichら9)は後ろ向きコホート研究から,SIADHと診断された患者の長期予後を示している.SIADH患者の予後不良因子はその病因および数カ月間の低ナトリウム血症の遷延であると報告し,一方で発症時の低ナトリウム血症の重症度は予後に関連しないことを示している.また,過去の報告では,帯状疱疹関連SIADHは帯状疱疹発症から3~7日と短期間の発症例が多い5).これに対して本報告では,帯状疱疹発症後2~4週間経過していたが既往や検査所見から帯状疱疹関連SIADHと結論づけた.緩徐な電解質異常の進行から診断が遅延した場合,SIADHの病因が不明瞭になる可能性もある.また,予後不良因子である低ナトリウム血症遷延をきたす危険性もあり,速やかなSIADHの診断と治療および数カ月にわたる経過観察が必要と考える.
症例1では低カリウム血症を伴っていた.一般に低カリウム血症の原因は,摂取不足,内分泌疾患や薬剤性などによる腎性および嘔吐・下痢などによる腎外性の排泄量増加があげられる.しかし,症例1では上記のような低カリウム血症に至る原因は不明であった.対症療法として3 g/日の補充療法を行い血清カリウム値は正常値となった.しかし,経過中の尿中カリウム排泄量は高値が持続し補充療法継続が必要となった.過去の文献では,一定の割合で低ナトリウム血症に低カリウム血症を伴うと報告されている10).低カリウム血症では筋力低下や不整脈を誘発することがあり,原因が判明しない場合でも適宜血液検査を行い適切なカリウム補充が必要と考えられる.
眼部帯状疱疹に伴う電解質異常を伴う2症例を経験した.まれな合併症であるが,帯状疱疹罹患によるSIADHの可能性を念頭に随時血液検査を行い,電解質異常に対しては速やかな補正が必要である.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第51回大会(2017年7月,岐阜)において発表した.