2018 Volume 25 Issue 4 Pages 283-286
高齢者の急性痛3症例に対し,音楽療法士による音楽療法(music therapy:MT)を施行したところ,退院への意欲向上と痛みのさらなる軽減を認めたので報告する.症例は,腰部脊髄神経根症による腰下肢痛再発の78歳,および帯状疱疹痛の84歳と85歳のいずれも女性であり,初診時の数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)10の痛みに加え睡眠障害や抑うつなどの併存症がみられた.3症例とも神経ブロックと薬物療法により痛みレベルが低下した.しかし,退院可能と判断された後も抑うつ傾向が残存し,退院は拒否された.腰下肢痛再発の症例1において,長期化する入院生活の質向上を目的にMTを導入したところ,予期せず退院への意欲向上に有効であった.また,NRSのさらなる低下も得られた.その経験を続く2症例にも適用し,同様の効果が認められた.MTの有用性は慢性痛ですでに報告されているが,急性痛でも抑うつなどの精神症状を併存する場合に試みてよい治療法と思われた.
われわれは,神経ブロックと薬物療法によりある程度の除痛が得られたものの退院への意欲を示さなかった,抑うつなどの併存症を伴う腰部神経根症の1症例と帯状疱疹痛の2症例に対して,音楽療法士による音楽療法(music therapy:MT)を行い,いずれも退院への意欲の向上と痛みレベルのさらなる軽減を認めたので報告する.
なお,本症例報告については3名の患者から承諾を得ている.
【症例1】78歳,女性.X年4月に第2,3腰椎骨粗鬆性椎体圧潰に伴う腰部神経根症のため近医整形外科に入院した.腰下肢痛に対し仙骨硬膜外ブロックおよびリハビリテーションが行われ,痛みが軽減したため6月に退院した.しかし,翌7月に腰下肢痛が増悪し,疼痛管理目的に当科に紹介された.入院時,左下肢前面(L1~3領域)の痛みが主であり,数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)10だった.歩行は不能で,食事のためファウラー体位を試みると右大腿前面に電撃痛を訴え,自力での体位変換も困難であった.患者は予後について悲観的であり,希死念慮を示した.介助のうえ側臥位としてL3/4より持続硬膜外ブロックを行い,また,プレガバリンを75 mg/日より開始し150 mg/日まで増量した.入院6日目には体動時痛(NRS 6前後)はあるものの安静時痛はほぼ消失した.13日目には歩行器を用いて病棟内歩行が可能となり,硬膜外カテーテルを抜去した.以降,退院に向けた話し合いを複数回提案したが抑うつ状態が強く,毎回ここで死なせてほしいと拒否された.その後,患者がピアノ演奏に親しんでいたとの情報を看護師より得て,入院生活の質向上を目的にMTを提案したところ患者はこれを受け入れた.短時間の座位は可能となっていたため,音楽療法士はキーボード演奏を中心としたMTを計画した.入院20日目の初回セッション後,患者はとても楽しく痛みを感じなかったと感想を述べた.MTは週1回のペースで行った.セッションを重ねるにつれ体動時痛が徐々に減少し,4回目以降は痛みの訴えがほぼなくなった.摂食量が増加し体重増加(42.5 kgから45 kg)が得られ,また車椅子を積極的に利用して病棟内での活動性が増加した.自ら退院後の生活を語るようになり,入院66日,7回目のセッション後に退院となった.
【症例2】84歳,女性.X年3月に右第1,2胸神経領域の帯状疱疹を発症した.患者は同時期に右腕に力が入りにくくなったことを自覚した.近医にて発症5日目からバラシクロビルとプレガバリンが処方されたが,発症8日目,痛みに耐えられないとのことで当科を受診した.初診時,皮疹はほぼ治癒し色素沈着を残すのみだった.痛みの領域はおもに右T2でT1に及び,NRS 10でアロディニアと知覚低下が混在していた.激しい痛みのため摂食不良と夜間不眠があり,患者の希望で入院管理とした.入院後,右星状神経節ブロックを連日行い,また,単回の右腕神経叢ブロック(斜角筋間アプローチ)を行いT1領域の痛みの軽減を得た.残存するT2領域の痛みに対しては入院16日目に持続胸部硬膜外ブロックを行った.薬物療法としてはプレガバリン50 mg/日とアミトリプチリン10 mg/日を処方した.これらにより,痛みの軽減と患肢の筋力回復が得られた.しかし,入院20日以降も日に数回の発作痛があると訴え,病室に閉じこもり退院への意欲を示さなかった.患者が以前合唱団に入っていたことからMTを勧めたところ関心を示し,同意した.音楽療法士は歌唱を中心としたMTを計画した.入院22日目に行われた初回セッション後半では自らの人生について音楽療法士に積極的に語り,その6日後の2回目のセッションには自宅から演奏会用ドレスを取り寄せて積極的に参加した.“痛みは多少あるがもう大丈夫”とのことで2回目のセッション後に退院となった.
【症例3】85歳,女性.X年3月に右第9胸神経領域の帯状疱疹を発症した.近医にて皮疹発症当日からバラシクロビルを処方されたが痛みは軽減せず,発症2週間目に痛みに耐えられないとのことで別居の家族とともに当科を受診した.初診時,皮疹は治癒していたが,罹患部はアロディニアと知覚低下が混在し,NRS 10であった.患者は夜間不眠であり,食事準備が困難となっていた.また,清潔が維持できない状況だったことから家族と相談のうえ,入院管理とした.入院後,プレガバリン50 mg/日とアミトリプチリン10 mg/日を処方し,また,持続胸部硬膜外ブロックを行い,摂食量の増加と夜間良眠が得られるようになった.しかし,患者は連日ブロックに依存し,痛みのレベルを尋ねてもNRS 6以上と答え,病室に閉じこもり退院への意欲を示さなかった.前2症例の経験からMTを勧めたところこれを受け入れた.音楽療法士は歌唱を中心としたMTを計画した.入院8日目に行われた初回セッション中,“歌を歌っているときは全く痛みを感じなかった”と述べ,翌日の回診では痛みはNRS 2~3に低下していた.入院13日目,2回目のMT後に硬膜外カテーテルを抜去し,アセトアミノフェンの経口投与で痛みの管理が可能となった.表情が明るくなり,メディカルソーシャルワーカーと退院後の施設について相談するようになった.入院18日目,3回目のセッション後に退院となった.
神経障害性疼痛においては,痛み以外に睡眠障害や活力の低下,抑うつ,不安,口渇,食欲不振などさまざまな精神症状を随伴することが知られている1).今回の3症例は,いったん軽快した腰下肢痛再燃の1例,および発症2週間以内の帯状疱疹痛の2例であり,いずれも神経障害性疼痛には分類されないが,同様の併存症が生じた.特に症例1では希死念慮がみられ,心理的状態の著しい悪化が示唆された.その理由は不明だが,3症例ともにNRS 10と表現された強い痛み,高齢,そして一人暮らしであり,退院後への不安などが影響していた可能性がある.急性期の痛みであったことから,当初は除痛により併存症も改善するものと期待した.しかし,いずれも,ある程度除痛が得られたと思われた後も心理的状態は改善せず,表情は暗く病室に閉じこもりがちで,退院への意欲がみられなかった.MTは,症例1の入院生活の質を多少とも向上させたいとの医療者の考え,そして身近に音楽療法士がいたことから思いついたものであり,併存症改善を目的としたものではなかった.しかし,その効果は予想以上であり,退院への意欲が向上するとともにさらなる痛みレベルの低減も得ることができた.その経験を続く2症例にも適用し,良好な結果を得ることができた.
MTは芸術療法,認知行動療法の一つの手法であり,“音楽のもつ生理的,心理的,社会的働きを用いて,心身の障害の軽減回復,機能の維持改善,生活の質の向上,問題となる行動の変容などに向けて,音楽を意図的,計画的に使用すること”と定義されている2,3).音楽を痛みの治療に適用する試みは,おもに慢性痛を対象にすでに広く行われており,痛みのレベルを有意に低下させることが報告されている4,5).その機序として,音楽が下行性疼痛抑制系に作用を及ぼすことが示されている6).また慢性痛へのMTは,鎮痛とともに不安と抑うつも軽減することが報告されている4,5).それが鎮痛の結果によるものか,あるいは別の機序によるものかは明らかではないとされるが7),今回,急性痛と考えられるわれわれの症例においてもMTにより心理的状態が改善し,退院への意欲の向上が認められた.その機序は慢性痛のそれとは異なる可能性があるものの,MTは,急性痛でありながら神経障害性疼痛で併存するような症状にも,効果を示す可能性があることが示唆されたと思われる.
痛み,およびその併存症の治療に音楽を補助療法として用いることの副作用は考えにくく,今後,急性期の強い痛みとその併存症にMTを適用することについても可能性があると思われる.しかし,MTの適応基準や用法(受動的か能動的手法か,あるいは適切な施行時間など)についていまだ定まった見解はない.慢性痛へのMTを検討した1件のメタアナリシスにおいて,鎮痛効果は受動的あるいは能動的な音楽の用いられ方で有意差がなかったこと,また,受動的用法において患者の馴染みのある曲が選択される場合と治療者から“与えられる”音楽の鎮痛効果に差はみられなかったことが示されている7).急性痛,慢性痛を問わず,併存症を伴う痛みの患者にMTを適用する場合,適応基準,音楽の用いられ方,そして適切なセッション時間などについての検討が必要と思われる.
併存症を伴う強い急性痛の3症例に対してMTを適用し,表情の改善,入院生活の質の向上,退院への意欲の向上,さらには痛みレベルの低下に有用であった.MTは強い痛みに伴う心理的側面に効果を及ぼした可能性があると思われた.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第50回大会(2016年7月,横浜)において発表した.