2019 Volume 26 Issue 1 Pages 23-27
バージャー病による重症虚血肢で日常生活に大きく影響を与えるものとして,四肢壊死による肢切断がある.薬物療法や神経ブロック,外科的血行再建術などの治療選択肢があるが,これらの治療に抵抗性を示す症例がある.今回,治療抵抗性を示していた1例に脊髄刺激療法を行い,治療評価に皮膚灌流圧検査を用いた症例を経験したので報告する.本症例は脊髄刺激療法前に皮膚灌流圧検査を施行したところ30 mmHg以下であり,重症虚血肢と判断した.脊髄刺激療法後には皮膚灌流圧は徐々に40 mmHg以上へと上昇し,それとともに症状の改善がみられ,日常生活の活動性も改善した.バージャー病に対する脊髄刺激療法の有用性を皮膚灌流圧により評価可能であることが示唆された.
末梢動脈疾患(peripheral arterial disease:PAD)の一つにバージャー病がある.バージャー病は30~40歳代の男性に多く発症し,血栓性血管炎によって重症虚血肢(critical limb ischemia:CLI)をきたし,しびれ,冷感などの症状から,間欠性跛行,疼痛,潰瘍へと進行する.さらに悪化すると壊死をきたし,肢切断が必要になる場合もある.
治療法は薬物療法に加えて,神経ブロック,外科的血行再建術などが検討されるが,脊髄刺激療法(spinal cord stimulation:SCS)も選択肢の一つである.CLIに対しSCSは日本ペインクリニック学会の“インターベンショナル痛み治療ガイドライン”でエビデンスレベルIの推奨度Bとされており,CLIの良い適応とされる1,2).しかしCLIに対するSCSはわが国では一般的ではなく,その一因にSCSの導入時期が確立されていない点があると思われる.
現在,PADの治療方法ならびに治療効果評価の検査には,足関節/上肢血圧比(ankle brachial pressure index:ABI),指尖容積脈波,血管造影検査がおもに行われている.しかし,バージャー病のような四肢末端の病変部位には上記の検査だけでは治療評価に限界がある.毛細血管の血流評価に皮膚灌流圧検査(skin perfusion pressure:SPP)や経皮酸素分圧検査(transcutaneous oxygen pressure:TcPO2)は潰瘍が治癒するか否かの予測に有用とされている3)が,いまだSCSの導入時期の決定とその治療効果評価にSPPを用いた報告はない.今回,われわれはバージャー病に対するSCS施行前後にSPPを測定し,効果判定を行ったので報告する.
報告にあたっては,患者本人から症例報告の同意を取得している.また東邦大学医療センター大森病院倫理委員会の承認を得た(審査番号M16278).
患者:44歳,男性.
主訴:下肢しびれ,間欠性跛行.
現病歴:32歳時に下肢のしびれと間欠性跛行のため血管外科を受診した.ABIは正常範囲内,指尖容積脈波検査で脈波の減弱があり,血管造影検査からバージャー病と診断された.シロスタゾール,サルポグレラート塩酸塩の内服,PGE1注射薬を開始したが,右下肢のしびれ,右第5趾の潰瘍形成があり,それに伴う疼痛などの症状の改善が乏しいとして,35歳時に交感神経節ブロックを目的に当科を紹介受診した.腰部交感神経節ブロック(L2・L3,無水エタノール2.5 ml×2)を行い症状の軽快がみられたが症状増悪時には入院のうえ,持続硬膜外ブロックを施行した.持続投与中は下肢の温感があり,疼痛の改善を認めたが投与終了後の効果持続は1週間程度であった.ブロック後は,薬物療法を中心に治療を進めていたが,下肢の症状は進行し,38歳時に左第3趾の色調低下,足底部に約2 cmの潰瘍を形成し,39歳時に左第3趾を切断した.
42歳時に安静時疼痛,間欠性跛行を認め,休職を余儀なくされた.以前と同様に腰部交感神経節ブロックを行い,同時に高周波熱凝固法を行ったが効果は限定的であった.1カ月後に下肢末梢循環の評価としてSPP(SensiLase®)を行い,右足底26 mmHg,左足底15 mmHgと著明な低値を示した.さらなる肢切断の可能性も考えられたためSCSの導入が検討された.SCS施行にあたって抗血小板薬は担当医の了承を得たうえで休薬した4).
SCSは,左電極をL1/2から,右電極をL2/3から穿刺・挿入し,左右電極先端をTh10下縁に留置し,両側足先まで刺激があることを確認した.刺激装置(リストアセンサーSureScan® MRI,Medtronic)の埋め込みも一期的に行った.
術後数日後から冷感,疼痛が軽減し,SPP値も緩徐に数値の上昇を認めた(図1).SCSのAdaptiveStim機能を用いた姿勢変化の記録からは,臥位の割合が減り座位から立位の割合が増えた(図2)ことから,活動性が改善したものと判断した.SCS施行後は抗血小板薬の内服を行っていないが,新たな潰瘍形成はなく,NSAIDsの頓服のみで疼痛コントロールは良好となり,1年経過後の現在は社会復帰しフルタイムの仕事に就いている.
本症例の脊髄刺激療法施行前,施行後の右足底皮膚灌流圧(破線),左足底皮膚灌流圧(実線)の変化
本症例のSCS導入前後の活動性変化
SCS(リストアセンサーSureScan® MRI)はAdaptiveStim機能により患者の姿勢を感知し,適切な刺激を自動調整することができる.また,患者の日常生活の姿勢変化を記録することができ,SCSの効果を客観的に評価することができる.
SCSは慢性疼痛疾患だけではなく,虚血肢にも良い適応といわれているが,これはおもに微小末梢循環改善によるものと考えられている1,2).SCSによる末梢循環の改善の機序としては,SCSにより脊髄後角第1~2層の介在ニューロンが活性化され,カルシトニン遺伝子関連ペプチドが放出される結果,NO産生を促進し血管拡張が生じる5).
また,CLIに対してSCSを導入することで,疼痛の改善と鎮痛薬の減量が得られ,肢切断率が低下するという報告がある6).SCSの鎮痛機序としては,脊髄での侵害受容性神経伝達物質の分泌抑制や下行性疼痛抑制系の賦活化などが報告されている5,7).
現在,CLIに対するSCSの適応条件として,①保存的治療が無効,②血行再建術の不適応,③3 cm未満の潰瘍,④虚血部位のTcPO2が10~30 mmHg,⑤仰臥位から座位でTcPO2が15 mmHg以上上昇することなどがあげられる8,9).
今回,われわれは治療抵抗性を示すバージャー病に対して,SCSの治療効果判定にSPPの測定が有用であるかを検討した.バージャー病に対するSCSの治療効果としては,疼痛レベル,macro-circulation,micro-circulationの3点での評価が必要である.疼痛レベルは自覚的評価であるが,循環不全については客観的指標がある.macro-circulationは血流速度測定やABI,micro-circulationはTcPO2やSPPがあげられる3).
TcPO2は健常部分と患肢の皮膚に貼付したセンサーのTcPO2の比をみる.成人に貼付した場合では反応性は緩慢であり,長時間貼付は低温熱傷に注意が必要である.その欠点を補うものとして経皮的二酸化炭素分圧測定があり,より低温で測定可能なため応用性が高く,他のパラメータと併用することで意義の高い指標になる可能性がある10).
一方,SPPの特徴として測定原理上,レーザードップラーにより皮膚微小循環を評価するため生体への影響はない.測定方法は,測定する部位にレーザーセンサーを置き,血圧カフで巻きつける.一度カフを加圧し血流を遮断してから徐々にカフ圧を下げ,再度血流が測定できる圧をSPPの値とする.利点は血行を調べたい部位で測定ができ,毛細血管の血流まで調べることができることである.また動脈の石灰化の影響を受けにくいため,糖尿病や透析患者にも施行できる.欠点としては,不随意運動や疼痛による体動で測定困難の報告がある.
European Conference on Critical Limb IschemiaによるCLI診断基準にもSPPは重要な指標としてあげられており,診断的評価としての有用性のみならず治療効果予測にも第一に考慮すべきとされている11).また,SPPの精度と他の指標との相関について,TBIとSPP,TBIとTcPO2およびSPPとTcPO2に相関がみられるが,不可逆的な潰瘍治癒について感度および特異度が最も高かったのはSPPであったと報告されている12).
SPP自体をCLIの重症度評価として用いた報告3)によれば,40 mmHg以下では潰瘍形成が進行する可能性が高く,30 mmHg以下は重症虚血肢であり肢切断に至る可能性が高いと示唆されている.治療効果の指標としてSPPを用いた報告は少ないが,TcPO2が治療効果判定に有用であることは一般的に知られており,TcPO2がSPPの変化と相関する事実を考慮すると,SCSの治療効果判定に役立つ可能性がある.
今回の症例では,SCS施行後に臨床症状の改善がみられ,同時に,SCS施行前に30 mmHg以下であったSPPの測定値が7カ月後には両側40 mmHg以上と上昇したことから,SCSの治療効果判定として臨床症状が反映された結果となった.
今後の課題として,SPPを用いたバージャー病に対する虚血肢の血流評価やSCSの効果判定におけるパラメータとしての臨床的意義を明らかにする必要がある.特に治療効果の判定ばかりではなく,SCS導入の条件設定なども検討を行う価値があるものと考える.肢切断の可能性が上がるFontaine分類III~IV度より前の段階で,SCSの適応を考慮する際に,臨床症状とあわせてSPPの測定値が有用であるか他のパラメータと併用し,症例を重ねて検討する必要があると考える.
治療抵抗性のバージャー病に対して早期にSCSを導入することは,肢切断を防ぎ,患者のADLを維持する意味でも有効である.今回,CLIに対してSCSを施行後,臨床症状と並行してSPPが改善したことから,SPPが治療効果の判定指標として有用であることが示唆された.今後さらなる症例の蓄積が必要である.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第50回大会(2016年7月,横浜)において発表した.