Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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A case of idiopathic multiple mononeuropathy in which ultrasound-guided sciatic nerve block contributed to symptomatic improvement
Tomofumi CHIBAAkira YAMASHIROHisashi DATE
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2019 Volume 26 Issue 1 Pages 28-31

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Abstract

超音波ガイド下坐骨神経ブロック(膝窩法)が症状改善に寄与したと思われる多発性単神経炎を1例経験したので報告する.症例は56歳,女性.主訴は右足底部痛.誘因なく右足底部痛を自覚した.右腓腹神経,右腓骨神経の神経伝達速度波形導出不能,特発性多発性単神経炎の診断となる.症状コントロール目的に症状自覚から5カ月後に紹介となる.現症:視覚アナログスケール(VAS)で29 mmの足底部痛あり.接地時痛強く跛行あり.足底部にしびれ・知覚低下あり.同症状のためつま先立ちでふらつきあり.腰部硬膜外ブロックを3回施行したが無効であったため,坐骨神経ブロックを施行したところ症状が軽快した.計4回施行後には痛みはVAS値4 mmと軽減し,また歩行障害も改善した.多発性単神経炎は代謝性疾患,薬剤,膠原病などが原因で末梢神経に炎症が起こる疾患である.本症例では局所麻酔薬による抗炎症効果により症状改善に至ったと考える.今後,硬膜外ブロックなど中枢軸近傍での神経ブロックが無効の他疾患に対しても,末梢神経ブロックが症状改善に寄与する可能性があることが示唆された.

I はじめに

超音波ガイド下坐骨神経ブロック(膝窩法)が症状改善に寄与したと思われる,特発性多発性単神経炎の1例を経験したので若干の文献的考察を加え報告する.

今回の報告については患者本人より発表の同意を得ている.

II 症例

患者:56歳,女性.身長156 cm,体重52 kg,臨床検査技師.

主訴:右腓腹部足底部のしびれ,痛み.

既往歴:特記事項なし.

現病歴:特に誘因なく右足腓腹部,足底部の痛みおよびしびれを自覚し,某総合病院神経内科を受診し精査を施行した.右腓腹神経および右腓骨神経の神経伝達速度波形導出不能であり,特発性多発性単神経炎の診断となった.抗SSA抗体陽性のため血液免疫内科で精査が行われたが,シェーグレン症候群の診断基準を満たさなかった.前医神経内科にてプレガバリン150 mg/日を投与されたが,副作用として眠気が出現し効果もみられなかったため,中止となった.症状自覚から5カ月後に症状コントロール目的に当科紹介となった.

現症:一般採血検査では異常を認めなかった.右足底部に視覚アナログスケール(visual analogue scale:VAS)で29 mmの痛みがあった.特に接地の際の痛みが強く跛行が認められた.右足底部や右足趾(特に第3,4,5足趾足底側)のしびれがあり,7/10程度の知覚低下も存在した.知覚低下およびしびれのため患側のつま先立ちでふらつきが認められた.右足関節の背屈・底屈の筋力は保たれており(双方ともMMT 5)足趾の痛みのためにつま先立ちの保持ができない状態であった.腰椎単純X線撮影ではL5/S1椎間板の狭小化が認められた(図1).

図1

腰椎単純X線側面像

L5/S椎間板の狭小化を認める.第一仙椎が腰椎化している.

当科での治療経過:前医で処方されたプレガバリンは副作用のみで効果がなかったことより,患者は内服による薬物治療を希望しなかった.また前医ではステロイド投与を提案されたが,希望しなかった.そのため,患者と相談のうえ,症状コントロールのために神経ブロック療法を導入した.腰椎X線撮影にてL5/S1の椎間板狭小化が認められたことから,同部より腰部硬膜外ブロック(1%メピバカイン5 ml)を初診日より週に1回の頻度で3回施行したが,痛みやしびれの自覚症状の改善はまったくみられなかった.次に超音波ガイド下坐骨神経ブロック(膝窩法:1%メピバカイン3 mlにて総腓骨神経周囲に全周性に注入)(図2)を施行したところ,直後から足の温感を感じられるようになりVAS値が4~9 mmと低下した.週に1回の頻度で同ブロックを計4回施行したところで,痛みのための跛行が改善し通常どおり歩けるようになるなど症状の改善がみられ,患側でのつま先立ちも可能となった.その後,同ブロックを中断していたが,約半年経過したところ,VASで25 mm程度の足底部痛の再出現がみられ,それから月に一度の頻度で同ブロックを再開した.ブロック再導入後はVAS 4~10 mm程度の痛みで安定し,初診時より約80週経過した現在,日常生活および社会生活を送ることができている.治療経過を図3に示す.

図2

坐骨神経ブロック(膝窩法)施行時の超音波画像

膝窩溝部分で短軸scanを行っている.

矢印:総腓骨神経,BFM:大腿二頭筋,LA:局所麻酔薬,矢頭:ブロック針

図3

VASの推移

実線矢印:腰部硬膜外ブロックを施行した日,破線矢印:超音波ガイド下坐骨神経ブロックを施行した日

III 考察

多発性単神経炎は,全身のさまざまな部位の2つ以上の末梢神経に同時にもしくは連続して,炎症性の障害が起こる疾患である.障害の分布は非対称であることが多く,障害神経の分布領域に運動および知覚障害を生じる.病因としては遺伝性,糖尿病などの代謝性疾患によるもの,抗がん剤などの薬剤性神経障害によるもの,全身性エリテマトーデスやシェーグレン症候群などの膠原病やライム病,HIVなどの感染症,神経鞘腫などの神経原性腫瘍,関節リウマチやアミロイドーシス,サルコイドーシスなどに合併する症例も報告されている13).また,発症の原因が特定できない症例もみられ,特発性多発性単神経炎と分類されている4).神経筋生検では,細動脈もしくはその周囲へのリンパ球浸潤による血管炎・血管周囲炎や軸索変性像がみられることが多い5).治療は原疾患が特定できた場合はその治療が優先となるが,特発性の場合は薬剤による症状コントロールが主体となる.治療に用いられる薬剤としては,膠原病による多発単神経炎にはステロイドの報告が6),糖尿病性によるものについてはプレガバリン,デュロキセチンが用いられる症例が多い7,8).また免疫グロブリン大量静注療法に反応した症例の報告9)もあり,各症例において多種多様な薬剤が選択されている.また罹患神経が支配する筋肉の運動障害が起こることが多く,リハビリテーションが重要であるとも報告されている10)

本症例は,抗SSA抗体が弱陽性でありシェーグレン症候群による神経炎が考えられたが精査にて同症候群の診断基準を満たさず,右腓腹神経および右腓骨神経の特発性多発性単神経炎の診断に至っている.腓腹神経および腓骨神経は坐骨神経の末梢枝であり,L5/S1椎間板の狭小化があったことから第5腰髄神経もしくは第1仙髄神経障害の一部が表現されたものと考え,L5/S1の高位から腰部硬膜外ブロックを施行したが無効であった.次の治療として導入した超音波装置を用い腓骨神経を同定したうえで施行した坐骨神経ブロック膝窩法は,痛みおよびしびれの症状改善効果があった.ブロック直後に患部の温感を自覚したことから,末梢の知覚神経のみならず末梢の交感神経もブロックされたための血流改善効果があったものと思われる.神経ブロックを中断したところ症状が再燃し,再導入したところ症状改善が認められたことから,同末梢神経ブロックの効果の再現性も認められている.よって,本症例において坐骨神経ブロック膝窩法が奏効したメカニズムとしては,血流改善効果によりリンパ球浸潤の原因となる炎症性サイトカインの洗い流し効果があったものと考えている.また,脊椎関連疾患や帯状疱疹関連痛のように,脊髄神経節での障害により疼痛の症状が出現している場合には,その障害部分に近い部位に局所麻酔薬を投与できる硬膜外ブロックや神経根ブロックが効果的であると考えられる.しかし本症例のように,末梢神経レベルでの障害の場合には,その障害されている部位に局所麻酔薬やステロイドを投与したことが症状改善につながったのではないかと考えられる.その他にもリドカインによる細胞性免疫抑制11)や好中球減少による炎症の抑制12)も報告されており,局所での抗免疫効果・抗炎症効果が鎮痛につながった可能性もあると思われる.

糖尿病患者の増加,化学療法の進歩によるがんサバイバーの増加により,多発性単神経炎患者は今後増加することが予想される.症状の出現部位を詳細に問診して解剖学的にどの神経が神経炎に侵されているのかを診断し,さらにその罹患神経を超音波装置を用いて視覚的に同定することで確実に罹患神経に局所麻酔薬が投与できれば,症状改善が得られる症例が増えていく可能性がある.また,今回の症例は神経障害の起こっている部位に直接浸透した局所麻酔薬の抗炎症効果により,症状改善に至ったと考えられる.つまり,どこで神経障害が起きているのかを厳密に診断し,その障害部位近傍にての神経ブロックを選択することが重要であると示唆される.また本症例のように腓骨神経障害などと障害神経の部位が厳密に診断されている場合では,神経の同定および確実な末梢神経ブロック施行に超音波装置が有用であることがあわせて示された.今回,罹患神経に直接局所麻酔薬を超音波下で投与することが有用であった症例を経験した.この方法は,疼痛緩和の1つの方法として,試みる価値があると考える.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第51回大会(2017年7月,岐阜)において発表した.

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