Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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2019 Volume 26 Issue 1 Pages 72-74

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I はじめに

視神経脊髄炎関連疾患(neuromyelitis optica spectrum disorder:NMOSD)による神経障害性疼痛に対して薬物療法を行い,トラマドールが有用であった症例を経験したので報告する.

本報告に関しては患者本人に説明し,書面にて承諾を得ている.

II 症例

患者は70歳,男性.身長179 cm,体重70 kg.特記すべき既往歴はなかった.

誘因なく上腹部に痛みが出現し,近医救急外来を受診したが原因不明,緊急性はないとの判断で帰宅していた.2日後には両側下肢全体のしびれを自覚し,再度救急外来を受診したが確定診断に至らなかった.徐々に下肢の痛み・しびれが増悪するため,4カ月後に当院神経内科に紹介された.磁気共鳴画像(MRI)のT2強調画像において,Th7レベルで髄内に高信号所見を認めた(図1).多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)を疑われたが,抗アクアポリン(AQP)4抗体が36.6 U/ml(正常:5.0 U/ml未満)と陽性であったため,視神経症状はなかったがNMOSDの診断に至った.急性期を過ぎていたためステロイドパルス療法は行われず,プレドニゾロン15 mg/日と,痛みに対してプレガバリン300 mg/日の内服が開始された.しびれは軽減したが痛みは改善せず,プレガバリンの副作用による眠気やめまいはみられなかったが,痛みで寝込むようになった.

図1

MRI所見(T2強調画像)

a:胸椎矢状断,b:Th7レベルの水平断

Th7レベルで髄内に高信号所見がみられた.

症状の自覚から10カ月後に当科に紹介された.当科初診時の症状として,Th7以下全体に軽度のしびれを自覚し,感覚障害は両側大腿部前後面で7/10,下腿部で5/10,足部で3/10の触覚・痛覚低下があった.筋力低下はみられなかった.両側季肋部周囲に数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)で7の締め付けるような間欠痛を自覚した.また,左腹部から左大腿,左下腿,右下腿,右大腿,右腹部の順に30秒程度かけてめぐるNRS 7の発作痛が,約3分ごとに起こると訴えた.Th7レベルの脊髄病変に関連した神経障害性疼痛と考えトラマドールを50 mg/日から開始したところ,2週間後には両側季肋部の痛みはNRS 5に軽減し,腹部から下肢にめぐる発作痛も間隔が延びた自覚があったため,150 mg/日に漸増した.両側季肋部痛はNRS 2まで軽減し,腹部から下肢にめぐる発作痛もNRS 3になり,発作の間隔もさらに延びた.寝込むこともなくなり,買い物に出かけるなど日常生活が送れるようになった.トラマドール開始から6カ月後に100 mg/日へ減量,8カ月後に50 mg/日へ減量し現在まで継続している.プレガバリンは本症例の痛みには効果がなかったが,休薬によりしびれが増悪したため,現在まで150 mg/日で継続している.

III 考察

NMOSDは視神経脊髄炎(neuromyelitis optica:NMO)の関連疾患である.NMOはもともと中枢性脱髄性疾患であるMSの視神経型疾患として認識されていたが,近年,抗AQP4抗体が特異的に発現することから,MSとは異なる自己免疫性の炎症性中枢性疾患と理解されるようになった1).NMOは視神経炎と横断性脊髄炎を特徴とし,MRIで3椎体以上に及ぶ連続性の脊髄高信号所見を認めるとされている1)が,このような所見がなくても抗AQP4抗体の陽性症例が報告されるようになり,NMOSDとして認識されるようになった2).Wingerchukら3)が発表した最新の診断基準によると,抗AQP4抗体が陽性である場合の主要な臨床症状としてあげられている6症状のうち,急性脊髄炎が該当する.そのため,本症例のように視神経症状や3椎体以上に及ぶ脊髄病変がなくても抗AQP4抗体が陽性であれば,NMOSDと診断される.

NMOSDの治療は,急性増悪期にはステロイドパルス療法や血漿交換療法などが行われる2)が,本症例は神経内科受診時に発症から4カ月経過していたため上記治療は行われず,ステロイドの少量維持療法が行われた.NMOSDによる脊髄炎の痛みは,有痛性強直性筋痙攣や帯状絞扼感などが特徴的とされている1).本症例では帯状絞扼感のような季肋部周囲で締め付ける痛みがみられた.左腹部から左下肢,右下肢,右腹部へとめぐる発作痛は,Finnerupの総説4)にみられるような脊髄障害の痛みに該当するものと思われる.当科紹介時にはNMOSDの病勢は落ち着いていたが,残存した痛みはTh7レベルにみられる横断性脊髄炎の後遺症に関連したものと考えた.

薬物治療は神経障害性疼痛ガイドライン5)や視神経脊髄炎診療ガイドライン6)を参考にしながら鎮痛薬を選択していくのが望ましい.本症例は神経障害性疼痛ガイドラインにおいて第一選択薬であるプレガバリンが使用されていたが,300 mg/日まで増量しても痛みの改善は乏しかったため,第二選択薬のトラマドールを使用したところ痛みが改善した.トラマドールとその代謝物(M1:O-デメチルトラマドール)はオピオイドµ受容体の完全作動薬としての作用があり,かつセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害作用を兼ねた弱オピオイド鎮痛薬に分類される薬剤である.NMOSDの痛みでプレガバリンなどの抗痙攣薬が効果に乏しい場合,トラマドールは選択肢の一つになると思われる.

本症例の要旨は,第31回東京・南関東疼痛懇話会(2017年2月,東京)において発表した.

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