2019 Volume 26 Issue 1 Pages 75-76
帯状疱疹後神経痛の薬物治療による疼痛コントロールが不良であった症例に対し,胸部傍脊椎ブロック(thoracic paravertebral block:TPVB)カテーテルを挿入して疼痛管理を行ったがカテーテル感染をきたし,その治療を行った.胸部の傍脊椎腔に留置したカテーテルの感染に関する報告はほとんどない.今回,炎症の範囲,膿瘍形成の有無を評価し治療方針を決定するために造影CTが有用であった症例を経験したので報告する.
本症例の論文発表については,患者および家族から同意を得た.
患者は79歳,女性.身長141 cm,体重50 kg.左側胸部の痛みを自覚し,その3日後に近医皮膚科で帯状疱疹と診断され,バラシクロビルを1週間内服した.発症2週間後,左胸腹部の疼痛が強いため近医ペインクリニックを受診し薬物治療が行われていたが,疼痛コントロールが不良なため発症1カ月後に当院ペインクリニック外来に紹介された.
既往歴として肺動脈血栓症がありワルファリンを,また両側内頸動脈狭窄に対してバイアスピリンを内服していた.その他,気管支喘息,高血圧,脂質異常症,軽度腎障害,認知症があった.来院時,左第7~9胸神経レベルの前胸部から背部にかけて強い疼痛,アロディニアを認めた.薬物治療として,フェンタニル貼付剤(1日放出量0.3 mg),プレガバリン(25 mg/日),アセトアミノフェン(3,000 mg/日)を使用していたが疼痛コントロールは不良であり,外来経過でプレガバリン50 mg/日,フェンタニル貼付剤1日放出量1.2 mgまで増量した.ワルファリン,バイアスピリンの内服に関して前医の診療情報を参考にし,ワルファリンを中止しバイアスピリンは継続とした.その後当院での血液検査でPT-INRが1.5未満になったのを確認し,外来にて単回の左TPVBを施行した.疼痛緩和に有効であり,入院して持続TPVBを用いた疼痛コントロールをすることとした.
入院経過:入院時の疼痛は数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)で7/10であった.外来での薬物治療は継続し,それに加えて入院初日にTPVBカテーテルを超音波ガイド下に左第8肋間から挿入し,患者自己調節鎮痛法で局所麻酔薬(0.2%ロピバカイン5 ml/h,ボーラス投与9.9 ml,ロックアウトタイム12 h)の投与を開始した.しかし鎮痛効果が徐々に不十分になったため,入院8日目に左第9肋間からTPVBカテーテルを入れ替えた.その後疼痛の訴えはなくなった.カテーテルを入れ替えて1週間後,突然の背部痛があり観察したところカテーテル挿入部の腫脹,圧痛を認めた.発熱は37℃台であったがカテーテル感染を疑い,ただちに抜去した.抜去時にカテーテル先端を汚染したため,カテーテル挿入部の浸出液を細菌培養検査に提出し,セファゾリンの点滴投与を開始した.同時に行った血液検査で白血球15,000/µl,CRP 22 mg/dlと著明な炎症反応を認めた.炎症範囲を確認するため単純CTを施行すると,カテーテル刺入部外側から左側腹部にかけて炎症と考えられる皮下組織の腫脹,および第9,10胸椎椎体左側に低吸収域を認め,後縦隔での膿瘍形成が疑われた.膿瘍形成していれば外科的介入が必要な可能性があったことから,その有無を評価するために追加で造影CTを施行した.しかし,造影効果はなく膿瘍形成は否定された.その結果,抗菌薬投与による保存的治療を継続した.培養結果はStaphyrococcus aureusでセファゾリンに感受性があった.抗菌薬投与開始後,速やかに炎症反応は低下した.TPVBカテーテル抜去後の帯状疱疹後神経痛の増強はなく,フェンタニル貼付剤を半量に減量して退院した.
区域麻酔の感染に関する文献はほとんどが硬膜外麻酔に関するもので,末梢神経ブロックに関する文献は少ない.末梢神経ブロックカテーテルの局所感染の頻度は0~3%程度と報告され1,2),そのなかで腋窩,大腿,斜角筋間に留置されたカテーテルの感染リスクは高い2).TPVBカテーテルの感染やその治療経験に関する報告は,広く検索してみたが現在のところ見あたらず,ごくまれと考えられる.今回TPVBカテーテル挿入の際は,区域麻酔施行時に感染を防ぐため推奨される清潔操作3)(マキシマルバリアプリコーション,クロルヘキシジン含有アルコールによる皮膚消毒,滅菌ドレープ使用など)を行っていたが,感染を起こしてしまった.カテーテル留置が48時間を超えるとカテーテル感染のリスクは高くなる2)とされており,今回の感染はカテーテル長期留置に伴うものであった可能性がある.硬膜外カテーテル留置が長期になる際は,グルコン酸クロルヘキシジン含有の被覆材の使用が有効との報告4)もあり,TPVBカテーテル長期留置時の感染予防にも有効である可能性が考えられる.
胸部では傍脊椎腔は縦隔と近接し,傍脊椎ブロックのカテーテル感染が波及すれば縦隔炎を起こす可能性も考えられる.縦隔炎を引き起こすと重篤になり生命を脅かす可能性があるため,早急な診断・治療が必要である.本症例は軽度腎機能低下があり造影剤の使用を避けるため,はじめは単純CTを施行したところ,第9,10胸椎椎体周囲に低吸収域を認め,膿瘍形成が疑われた.膿瘍形成や縦隔への炎症の波及が認められれば,外科的な治療介入が必要な可能性があった.一般に造影CTでの低吸収域辺縁の造影効果は,膿瘍の鑑別に有用な所見である5).そこで,単純CTのみでは判断が困難であったが,造影CTを追加して観察したところ膿瘍形成の有無を判断でき,治療方針の決定に有用であった.単純CTで認めた第9,10胸椎椎体周囲の低吸収域は注入していた薬液の可能性が考えられた.
非常にまれと考えられるTPVBカテーテル感染の症例を経験した.傍脊椎腔に留置されたカテーテルの感染は,胸部では傍脊椎腔が縦隔と近接しているため感染が波及すると縦隔炎を発症する可能性もあり,その評価を慎重に行う必要がある.今回,膿瘍形成の有無,炎症の広がりを評価し,治療方針を決定するために造影CTが有用であった.
本稿の要旨は,第3回日本区域麻酔学会学術集会大会(2016年4月,弘前市)で発表した.