2019 Volume 26 Issue 2 Pages 124-125
三叉神経第一枝帯状疱疹に対する日本ペインクリニック学会の治療指針では,星状神経節ブロックの有効性は報告されているが,三叉神経末梢枝ブロックの有効性に関するエビデンスレベルの高い報告はない.今回,嘔気,嘔吐を伴う右前額部痛を主訴とした患者に対して,超音波ガイド下前頭神経ブロックを行い,前頭洞炎との鑑別に有効であった三叉神経第一枝帯状疱疹の症例を経験したので報告する.
なお,本症例報告にあたり患者本人から同意を得た.
患者は79歳の男性.身長169 cm,体重67 kg.既往歴に慢性前頭洞炎,副鼻腔炎手術があった.右前額部に痛みを伴う水泡が出現し,近医皮膚科を受診し三叉神経第一枝帯状疱疹と診断された.発症5日目に発熱,頭痛,嘔気,嘔吐を発症したため,近医内科を受診し髄膜炎と診断され緊急入院した.発症17日目に退院したが,退院後も右前額部痛,嘔気,嘔吐が継続した.頭部CT検査で前頭洞炎が疑われたため,発症29日目に当院耳鼻咽喉科を受診した.発症31日目に嘔気,嘔吐が増悪したため,当院耳鼻咽喉科を再受診し,前頭洞炎に伴う髄膜炎の疑いで緊急入院となった.同日,当院神経内科を受診したが,発熱なく,脳神経学的所見は陰性で髄膜炎の再発は否定的であった.アセトアミノフェン(2,700 mg/日),トラマドール塩酸塩(25 mg/日),プレガバリン(150 mg/日)の内服で右前額部痛の改善を認めないため,発症33日目に当科を紹介された.
初診時現症:右前額部に色素沈着,皮疹痕,感覚鈍麻を認めた.アロディニアは認めなかった.右前額部の痛みの程度は数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)で8であった.
治療経過:発症34日目に超音波ガイド下前頭神経ブロックを施行した.リニアプローブの長軸を眼窩上縁に沿って置き,眼窩上切痕を描出した.外側より平行法で穿刺し,針の先端を眼窩上切痕まで進め,血液の逆流のないことを確認してから2%リドカイン0.7 mlとデキサメタゾン1.32 mgを投与した.ブロック施行30分後にペインスコアはNRS 4まで低下し,嘔気の改善を認めた.入院時に撮影した頭部CT検査で右前頭洞の軟部濃度陰影が11年前の頭部CT画像と比較して変化がないこと,超音波ガイド下前頭神経ブロックによりペインスコアが低下し,嘔気の改善を認めたことから,患者の右前額部痛,嘔気,嘔吐の原因は前頭洞炎に伴う髄膜炎ではなく三叉神経第一枝帯状疱疹であると判断した.ブロック翌日(発症35日目),プレガバリンを300 mg/日に増量した.発症38日目,ペインスコアはNRS 3だった.上述した方法で超音波ガイド下前頭神経ブロック(高周波熱凝固法,90℃,180秒)を施行し,ブロック後のペインスコアはNRS 0に低下した.発症39日目,当院耳鼻科を退院した.退院後もアセトアミノフェン(2,700 mg/日),トラマドール塩酸塩(25 mg/日),プレガバリン(300 mg/日)の内服を継続した.退院後当科再診時(発症46日目),ペインスコアはNRS 4であった.再度,超音波ガイド下前頭神経ブロック(高周波熱凝固法,90℃,180秒)を施行し,ブロック後のペインスコアはNRS 0に低下した.超音波ガイド下前頭神経ブロックにより右前額部痛の軽快を認めたことから内服薬の減量を提案したが,痛みの再燃に対する患者の不安が強かったため,アセトアミノフェン(2,700 mg/日),トラマドール塩酸塩(25 mg/日),プレガバリン(300 mg/日)の内服を継続した.発症60日目,前述の薬物療法のみで痛みの再燃はなく,ペインスコアはNRS 0であった.
帯状疱疹のまれな合併疾患として髄膜炎の併発が知られており,診断,治療が遅れた場合は重篤な経過をたどるため,注意が必要である.帯状疱疹に合併する髄膜炎は,三叉神経第一枝の帯状疱疹において発症頻度が高く,本症例も三叉神経第一枝帯状疱疹の発症5日目に髄膜炎を併発している.副鼻腔炎由来の頭蓋内合併症は重篤な経過をたどる症例が報告されており,常に念頭におくべき疾患である1).
本症例は右前額部痛と激しい嘔気,嘔吐の原因として,三叉神経第一枝帯状疱疹と前頭洞炎を鑑別する必要があった.近年の超音波装置の普及に伴い,超音波ガイド下前頭神経ブロックが報告されている2).ランドマーク法は,術者の感覚や経験で施行する盲目的な手技であるため,手技の成功率や合併症発生率は術者の習熟度に依存する.本症例では,診断的治療として前頭神経ブロックを施行したことから,確実に手技を行う必要があった.そのため,盲目的なランドマーク法ではなく,眼窩上切痕を視認できる超音波ガイド下前頭神経ブロックを選択した.プローブの長軸を眼窩上縁に沿って置くと,骨膜の窪みとして眼窩上切痕が確認できる(図1).眼窩上切痕は皮膚の上から触診でも確認できるため,あらかじめ触診で位置を確認してからプローブを当てると描出はより容易となる.
超音波ガイド下前頭神経ブロック
a:体位.プローブの長軸を眼窩上縁に沿って置く.穿刺の際,針はプローブと平行に進める.
b:超音波画像.骨膜の窪みとして眼窩上切痕が確認できる(矢印).
本症例は,超音波ガイド下前頭神経ブロックにより右前額部痛のペインスコアの低下を認め,嘔気,嘔吐の症状も改善したことから,患者の症状の原因は三叉神経第一枝帯状疱疹と判断した.本症例のように前額部痛の原因として,三叉神経第一枝帯状疱疹と前頭洞炎を鑑別する必要がある場合は,盲目的なランドマーク法ではなく眼窩上切痕を視認して行う超音波ガイド下前頭神経ブロックが,有効であると考えられる.