2019 Volume 26 Issue 4 Pages 303-307
2015年から2017年に当院ペインクリニック外来を新規受診した7,773名において,疼痛の原因が未診断の悪性腫瘍であった患者を調査した.その数は8例で,遭遇率は約0.1%であった.全例,MRI検査を施行して,悪性腫瘍を鑑別し,2~8週間で他院専門科へ紹介できた.腰痛症例は6例あり,腰痛のred flag signの『発症年齢50歳以上』と『時間や活動性に関係のない腰痛』に該当した.神経ブロックが無効でもあり,これらを満たすことは,悪性腫瘍を疑うサインとして捉えた.腰痛以外の疼痛2症例においても,『時間や活動性に関係のない』点は同様であった.また,『発症年齢50歳以上』に該当し,神経ブロックが無効でもあった.腰痛以外の疼痛症例でも,これらは悪性腫瘍を疑うサインとして捉えられた.
ペインクリニック外来診療において,疼痛の原因が未診断の悪性腫瘍である症例に遭遇することがある.悪性疾患の鑑別は遅れてしまうと,患者の予後は大きく変わってしまう.ペインクリニック診療の報告において,疼痛の原因が未診断の悪性腫瘍であった症例報告はこれまでにも存在する.しかし,遭遇率に関する報告は見当たらなかった.今回,疼痛の原因となる悪性腫瘍に,当院外来で新規に遭遇した割合と,その診断に至った経過を報告する.
患者本人には,口頭と文面による説明をし,同意を得て行われた.
2015年から2017年に,緩和会横浜クリニック,横浜痛みのクリニックに来院した新規受診患者の7,773名を対象とした.疼痛の原因が,当院受診後に初めて悪性腫瘍と判明した症例を抽出し,症状,経過,鑑別所見,専門科への紹介までの期間を,外来診療録より遡及的に調査した.
2. 結果7,773名の新規来院患者のなかで,疼痛の原因が,当院受診後に初めて悪性腫瘍と判明した症例は8例であった.その遭遇率は約0.1%であった.各症例の症状と経過を示し,要点を表1にまとめた.
No | 年齢 | 性別 | 主訴 | 時間や活動性に関係のない 腰痛(疼痛)の性状 |
悪性腫瘍を疑う一助と なった他所見 |
診断 | 当院初診から 専門科紹介 までの期間 |
---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 67 | 男 | 左臀部・左腰下肢痛 | 安静時持続痛 | エコーにて大殿筋下腫瘤 | 左大殿筋下肉腫 | 4週間 |
2 | 76 | 女 | 右臀部・右腰下肢痛 | 夜間持続痛 | 神経根ブロック造影不良, 子宮頸がんの既往 |
転移性仙骨腫瘍 | 5週間 |
3 | 52 | 男 | 左上背部痛 | 安静時持続痛 | うずくまるほどの突出痛, 背部にknock pain |
左肺尖部腫瘍 多発骨転移 |
2週間 |
4 | 65 | 女 | 右臀部・右腰下肢痛 | 安静時持続痛 | 電気泳動でM蛋白血症 | 多発性骨髄腫 | 4週間 |
5 | 61 | 女 | 両上肢巧緻障害・頭痛 | 安静時持続痛 | 巧緻障害の増悪 | 後頭蓋窩腫瘍 | 8週間 |
6 | 56 | 女 | 両臀部・両腰下肢痛 | 安静時持続痛 | 仙骨硬膜外ブロックで注入時激痛,体動時激痛 | 卵巣悪性腫瘍 | 4週間 |
7 | 74 | 男 | 腰痛・大腿後面痛 | 安静時持続痛 | 神経ブロック無効, 増悪していく症状 |
転移性仙骨腫瘍 | 4週間 |
8 | 50 | 男 | 腰背部痛 | 安静時持続痛 | 総蛋白の上昇, 体動時激痛 |
多発性骨髄腫 | 6週間 |
7,773名の当院への新規来院患者のなかで,疼痛の原因が,当院受診後に初めて悪性腫瘍と判明した症例は8例であった.その遭遇率は約0.1%であった.各症例の症状と経過の要点をまとめた表である.
8例すべて,悪性腫瘍が判明した時点で,速やかに他院専門科へ紹介した.それまでの所要期間は2~8週間であった.
悪性腫瘍を疑う一助となった腰痛のred flag signの『時間や活動性に関係のない腰痛』の指標への該当は,腰痛を訴える6例すべてに該当した.また,腰痛のred flag signの『がんの既往』の指標への該当は1例のみであり,その他の指標に該当はなかった.
【症例1】67歳,男性.高血圧症,胃潰瘍の既往あり.3カ月前から左臀部と左腰下肢痛の症状があり,近隣の整形外科で理学療法を継続されていた.症状は改善せず,安静時持続痛と寝返り時の激痛も自覚するようになり,当院初診となった.左SLRテストは60°で陽性となり,左臀部には圧痛を認めた.単純X線では著明な異常を認めず,超音波にて坐骨結節と大腿骨の間の臀部に,低エコー腫瘤様所見を認めた.MRI検査を依頼して,大殿筋下肉腫の診断となった.その後,他院専門科へ紹介した.受診に至るまでの期間は4週間であった.
【症例2】76歳,女性.高血圧症,骨粗鬆症,子宮頸がんの既往あり.3カ月前から右腰臀部痛の症状で,近隣の整骨院にてマッサージを継続施行されていた.症状は改善せず,右臀部から右下腿後面まで疼痛の範囲が広がっていた.間欠性跛行,夜間持続痛も自覚するようになり,当院初診となった.単純X線では,L5/Sの椎間腔狭小化を認めた.腰部硬膜外ブロックを3回施行するも,無効であった.右S1神経根ブロックを施行し,同神経支配領域の放散痛を得た.しかし,刺入中の抵抗の変化が皆無であることに担当医は違和感を覚えた.また,造影剤の広がりがきわめて小さいことがさらに違和感を強くしたので,MRI検査を依頼して,転移性仙骨腫瘍の診断となった.その後,他院専門科へ紹介した.受診に至るまでの期間は5週間であった.
【症例3】52歳,男性.高脂血症の既往あり.2カ月前から持続的左上背部痛と,同部位のうずくまるほどの突出痛の症状があり,近隣の整形外科で鎮痛薬内服による保存療法を受けていた.症状が変わらないため,当院初診となった.持参した他院にて撮影の単純X線画像では異常を認めなかった.当院で撮影した単純X線画像でも著明な異常はなかったが,不釣り合いなほどの強い持続痛であり,背部にknock painも認めた.トリガーポイント注射を施行したが無効であり,緊急でMRI検査を依頼した.MRI画像から,左肺尖部腫瘍,Th3肋骨浸潤 多発骨転移の診断となった.その後,他院専門科へ紹介した.受診に至るまでの期間は2週間であった.
【症例4】65歳,女性.特記すべき既往はなし.2カ月前から右臀部と右腰下肢痛の症状で,近隣の内科で鎮痛薬内服による保存療法を受けていた.症状は変わらず,当院初診となった.単純X線にて,L3すべり,L4/5の椎間腔狭小化を認め,腰部硬膜外ブロック治療を開始した.疼痛は改善せず,漸増し安静時持続痛も出現してきた.採血検査で,総蛋白上昇,蛋白分画と電気泳動でM蛋白を認めたので,MRI検査を依頼して,多発性骨髄腫の診断となった.その後,他院専門科へ紹介した.受診に至るまでの期間は4週間であった.
【症例5】61歳,女性.特記すべき既往はなし.5カ月前から両肩の張り感の症状を自覚し,当院初診となった.単純X線にて,ストレートネックの所見を認めた.両肩へのトリガーポイント注射を開始し,両肩の張り感は軽減した.しかし,両手指の巧緻運動障害と持続的頭痛が出現してきたため,MRI検査を依頼し,後頭蓋窩腫瘍の診断となった.その後,他院専門科へ紹介した.受診に至るまでの期間は8週間であった.
【症例6】56歳,女性.特記すべき既往はなし.4カ月前から両腰下肢痛の症状があり,近隣の整形外科でリハビリ,鎮痛薬内服での保存療法を受けていた.MRI検査でL3/4のヘルニアを認めたため,神経ブロック目的に当院紹介初診となった.腰部硬膜外ブロックを2回施行するも,無効であった.疼痛部位が両臀部と両大腿後面の坐骨神経領域にまで広がり,持続的腰痛,体動時激痛と症状の増悪を認めた.仙骨硬膜外ブロックで対応した際に,注入と同時に臀部激痛を認めたので,骨盤MRI検査を依頼し,仙骨神経叢を腹側より圧迫する卵巣悪性腫瘍の診断となった.その後,他院専門科へ紹介した.受診に至るまでの期間は4週間であった.
【症例7】74歳,男性.高血圧症の既往あり.1週間前より腰痛と両大腿後面痛の症状で,近隣の内科で鎮痛薬内服による保存療法を受けていた.症状が改善しないため,当院初診となった.単純X線にて,L4/5,5/Sの椎間腔狭小化を認め,腰部硬膜外ブロックを開始した.しかし,3回施行しても無効であり,持続的腰痛へと症状の増悪を認めた.MRI検査を依頼し,転移性仙骨腫瘍の診断となった.その後,他院専門科へ紹介した.受診に至るまでの期間は4週間であった.
【症例8】50歳,男性.特記すべき既往はなし.2カ月前から腰背部痛の症状があり,近隣の整形外科で鎮痛薬内服による保存療法を受けていた.症状は軽度緩和されていたが,寛解しないため,当院初診となった.単純X線にて,Th12/L1,L1/2の椎間腔狭小化を認めたため,腰部硬膜外ブロックを開始した.3回施行したが,症状は改善せず,著明な体動時痛,安静時持続痛も自覚するようになった.採血検査にて,総蛋白の上昇を認めた.MRI検査を依頼し,多発性骨髄腫の診断となった.その後,他院専門科へ紹介した.受診に至るまでの期間は6週間であった.
2015年から2017年までに,当院の新規患者7,773名において,疼痛の原因が未診断であった悪性腫瘍が関連していた症例は8例であり,遭遇率は約0.1%であった.この数値は,星状神経節ブロックによる頸部血腫のリスク0.001%1)や,硬膜外ブロックによる硬膜外血腫リスク0.01~0.003%2)の確率よりも高い.このことは,神経ブロックの合併症に注意を払うことと同様に,悪性疾患の鑑別への注意が重要となることを示している.
また,悪性疾患を含める重篤な脊椎疾患を疑う腰痛のred flag sign(表2)3,4)の有効性に注目し,8症例を検討した.
発症年齢50歳以上(または20歳以下) |
時間や活動性に関係のない腰痛 |
胸部痛 |
がん,ステロイド治療,HIV感染の既往 |
栄養不良 |
体重減少 |
広範囲に及ぶ神経症状 |
構築性脊椎変形 |
発熱 |
悪性疾患を含め,重篤な脊椎疾患を疑う腰痛のred flag signの一覧である.
腰痛のred flag signの『時間や活動性に関係のない腰痛』の指標には,腰痛を訴える6例すべてに該当した.『時間や活動性に関係のない腰痛』の指標は,腰痛のred flag signの指標のなかでも,数値や単純X線画像で評価しにくい症状である.そのため,丁寧な問診により,疼痛の詳細を掘り下げて把握することが必要となる.また,腰痛のred flag signの『発症年齢50歳以上』の指標には先述の腰痛症例6例に該当したが,『がんの既往』での該当は1例のみであり,その他の指標に該当はなかった.また,悪性疾患に関連する疼痛であった6例すべてにおいて,神経ブロックが無効であった.そのため,腰痛のred flag signの指標の一つである『時間や活動性に関係のない腰痛』と『発症年齢50歳以上』に該当し,かつ,神経ブロックが無効な症例であれば,悪性疾患を疑うサインとして捉える必要がある.
腰痛症例でない2例においても,『時間や活動性に関係のない疼痛』の問診を丁寧に実施していた.この2例も『発症年齢50歳以上』であり,かつ,神経ブロックが無効であったので,悪性疾患を疑うサインとして捉える必要があると考えられた.
悪性腫瘍の脊椎転移においては,複数の画像撮影装置を併用して,診断の精度を高めるべきともいわれている5).しかし,単純X線の感度は低く,30~50%程度の骨皮質の減少がある場合でないと認識できない6).一方,MRIは90%の感度といわれている6).また,MRI検査は,組織解像力に優れ,X線被曝がなく,非侵襲的であり,あらゆる面での断層像を得ることができ,神経症状を有する脊椎疾患においては,第1選択の検査法となる7).そのため,単純X線のみでは判別が難しく,悪性腫瘍を含む脊椎疾患を疑う場合には,MRI検査はより有効となる.
調査した8例はすべて,悪性腫瘍が判明した時点で,速やかに他院専門科へ紹介している.それまでの所要期間は2~8週間であった.MRI検査は時代とともに普及してはいるが,病床数が100床未満の中小規模の施設においては,普及率は22%と高くはない8).しかし,MRI検査機器をすでに所有し,検査目的の紹介を受けていただける施設は近年増えつつあり,当院の近隣にも存在している.当院のある横浜エリアでは,MRI検査目的で紹介すると,1両日以内には,MRI検査施行と放射線科医の読影も施行していただけている.そのため,悪性腫瘍を疑うサインがあり,治療が無効の際には,その旨を放射線科医に示して,MRI検査を早めに依頼している.先述の8例は,比較的早めに新規悪性腫瘍を診断でき,その後の専門診療科への受診につなげられた.
以上から,ペインクリニック外来において,疼痛の原因が未診断の悪性腫瘍であった新規外来受診患者の割合は約0.1%であった.『発症年齢50歳以上』,『時間や活動性に関係のない腰痛』に該当し,神経ブロック治療が無効であれば,速やかにMRI検査を施行し,悪性腫瘍を鑑別することが重要と考えらえた.
本論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第52回大会(2018年7月,東京)において発表した.