2020 Volume 27 Issue 1 Pages 21-26
【背景】帯状疱疹関連痛(ZAP)は高齢者に多く,鎮痛薬投与が長引くが,認知機能の詳細は不明である.【方法】Mini-Mental State Examination(MMSE)と長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)を測定して診療したZAP高齢患者30人を後方視的に評価した.【結果】結果は中央値(最小値,最大値)で示す.初診時,79(65–89)歳,MMSE:25(17–30),HDS-R:25(11–30)であった.1カ月後,NRS,MMSE,HDS-Rは有意に改善した(すべてp<0.001).HDS-Rと罹病期間に正の相関(p=0.022,rs=0.418),MMSEとオピオイド総投与量に負の相関(p=0.018,rs=0.470),MMSEまたはHDS-Rとプレガバリン総投与量に正の相関(MMSE:p=0.021,rs=0.458,HDS-R:p<0.001,rs=0.652)があり,神経ブロックとは有意相関がなかった.【結語】ZAP高齢患者の認知機能は急性期に悪く,次第に改善する.オピオイド治療は認知機能を悪化,プレガバリンは改善の方向へ導く可能性が示唆された.
わが国の65歳以上の人口は3,000万人を突破し,世界で最も高い高齢化率(65歳以上の人口割合:27.3%)となった.今後も高齢化は続くと予測されている1).医療費や介護負担の増大に加え,高齢化に伴う認知機能の低下は重要な問題であり,処方薬の誤薬や交通事故に直結し,医療行為を行うにあたり,常に意識しなければならない緊迫した状況である.
高齢者の約10%が認知症患者であり,正常高齢者との境界,すなわち軽度認知障害(mild cognitive impairment:MCI)の患者は認知症患者よりさらに多い2).認知症患者の認知機能低下は不可逆的に進行していくが,一方でMCI患者の約30%は認知機能の回復がみられる3).慢性痛が認知機能に悪影響を与えることは知られているが4),痛みを軽減させるとともに眠気などの脳機能に作用する鎮痛薬の影響は不明である.
帯状疱疹関連痛(zoster-associated pain:ZAP)は高齢者で好発し,ペインクリニックにおいてさまざまな治療を受ける.本施設ペインクリニックにおいては他科より紹介されたZAP患者に対して,簡易的な認知機能検査を行いながら診療してきた.病状変化や痛み治療により認知機能が影響を受けるという仮説のもと,今回,これらの経過を後方視的に調査したので報告する.
なお,本研究は当院倫理委員会において承認を受けている(承認番号B18–001).
2017年1月1日から2017年10月31日までの間,本施設ペインクリニックに紹介された65歳以上のZAP患者で,初診時にMini-Mental State Examination(MMSE),長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)を施行したすべての症例を対象とし,患者背景(性別,年齢,罹病期間,numerical rating scale:NRS)および痛み治療(オピオイド,プレガバリン,神経ブロック)と認知機能の関係(MMSE,HDS-R)を後方視的に調査した.
統計分析に関しては,初診時と1カ月後の比較にウィルコクソンの符号順位検定,患者背景および痛み治療と認知機能との相関関係にスピアマンの順位相関係数を用いた.
初診時の全患者30人の背景を表1に示す.初診時のMMSEは25(17–30),HDS-Rは25(11–30)であった.年齢とMMSE,HDS-Rに有意な負の相関があった(図1).罹病期間とHDS-Rには有意な正の相関があった(図2).
女:男(人) | 17:13 |
年齢(歳) | 79(65‐89) |
発症から初診までの羅病期間(日) | 29(11‐190) |
NRS | 6(1‐10) |
MMSE | 25(17‐30) |
HDS-R | 25(11‐30) |
値:数値または中央値(最小値,最大値)
年齢と認知機能の関係(n=30)
a:加齢と共にMMSEは低下していた.
b:加齢と共にHDS-Rは低下していた.
いずれも特に70代後半から低下が顕著となっていた.
羅病期間と認知機能の関係(n=30)
a:罹病期間とMMSEの相関はなかった.
b:罹病期間が短いほど,HDS-Rは低下していた.
対象となった30人のうち,転医:2人,早期の治療終了:2人,疲労による検査拒否:1人を除く25人が1カ月後にも認知機能検査を受けていた.2回目の認知機能検査を受けた25人に関しては,NRS,MMSE,HDS-Rは1カ月後に有意に改善した(表2).MMSEとHDS-Rが悪化したのは1例のみであった.この症例は,ステロイドを使用しており,ステロイド開始とともに行動異常(過食)があり,ステロイド中止により速やかに回復した.初診から1カ月間で,15人(60%)がオピオイドをモルヒネ内服換算量で103(0,1,804)mg,16人(64%)がプレガバリンを1,050(0,8,400)mg使用しており,14人(56%)が神経ブロックを施行されていた.1カ月間のオピオイド総投与量,プレガバリン総投与量,神経ブロックの有無,およびNRS変化率と,MMSE,HDS-Rの変化率には有意な相関はなかった.しかし,1カ月後の時点において,オピオイド総使用量とMMSEに有意な負の相関があり(図3),プレガバリン総投与量とHDS-RおよびMMSEに正の相関があった(図4).
初診 | 1カ月後 | p値 | |
---|---|---|---|
NRS | 6(1,9) | 3(0,6) | <0.001 |
MMSE | 25(17,30) | 26(20,30) | <0.001 |
HDS-R | 25(12,30) | 27(15,30) | <0.001 |
値:数値または中央値(最小値,最大値)
オピオイド総投与量と認知機能の関係(n=25)
a:オピオイド総投与量が多いほど,MMSEは低下していた.
b:オピオイド総投与量とHDS-Rには相関がなかった.
プレガバリン総投与量と認知機能の関係(n=25)
a:プレガバリン総投与量が多いほど,MMSEは高かった.
b:プレガバリン総投与量が多いほど,HDS-Rは高かった.
本研究により,ZAP患者の認知機能は低下しており,次第に改善するが,痛み治療の内容により,認知機能はさらに影響を受けることが示唆された.
原田らは本邦の健常高齢者のMMSE(中央値)を29(24–30)と報告しており5),また,認知症を疑う一般的なカットオフ値はMMSEが23点以下,HDS-Rが20点以下とされており6,7),ZAP患者の初診時の認知機能はMCI疑いに属すると考えられる.認知機能の低下には痛みの影響のほか4),帯状疱疹罹患直後の中枢神経系の炎症も要因と考えられる8).今回の調査では,認知機能は年齢が高くなるほど低下しており,これはわが国の高齢者における認知症の発症率と同様である9).
今回,治療開始1カ月後の認知機能は改善していたが,痛みおよび痛み治療との相関はなかったことから,認知機能の改善は病気の改善8),不眠や低栄養などの回復10,11),医療行為の変更12)など,要因は多岐にわたると推定される.なお,MMSEとHDS-Rが悪化した1例では,行動異常(過食)があり,ステロイドの開始で発症し,中止で改善したことより,ステロイド誘発性の認知機能低下と考えられた.また,罹病期間でHDS-Rのみに有意差があったことに関しては,MMSEが軽度の認知機能障害に対する感度が低いことに起因すると考えられる13).以前に,オピオイドの長期使用が認知機能に悪影響を与えるという報告があるが14),ZAPに対する1カ月という短期間の使用では,鎮痛による正の影響も加わり,認知機能には悪影響を与えない可能性が考えられる.しかし,1カ月間の痛み治療による認知機能の有意な変化は確認されなかったものの,痛み治療と認知機能には有意な相関関係が示された.健常者において,プレガバリンは高用量(300 mg/day以上)で認知機能を低下させるが15),150 mg/dayでは認知機能への影響は軽微であると報告されている16).今回,プレガバリンは中央値で150 mg/day以下で使用されているが,ZAP患者においては,プレガバリンは150 mg/day以下の使用で認知機能を改善させる可能性が示唆された.一方,オピオイドは,ZAP患者の認知機能を増悪させると考えられた.オピオイド使用量とMMSEのみに負の相関が示されたのは,オピオイドが短期記憶よりもワーキングメモリーを障害することによると考えられる13).MMSEはHDS-Rよりもワーキングメモリーに配点が高く,短期記憶に配点が低い検査特性がある.さらに,本調査では,局所治療である神経ブロックは認知機能に影響を与えなかった.慢性期においては,リドカインパッチによる局所療法は全身療法に比べて認知機能に良い影響を与えると報告されているが17),急性期においても,局所療法は認知機能に安全なようである.
本研究結果は限界を有する.まず,後方視的調査であるため,各治療群の患者背景が異なる.高齢者を対象としたため,合併症や併用薬に伴う影響は否定できない.また,オピオイド,プレガバリン,神経ブロックといった各治療群が重複している症例も複数あり,単一治療群の比較ではないためのバイアスを含む.今後,ランダム化比較試験により,より正確な結果報告が必要である.また,今回は簡易な認知機能検査を使用し,全般的な認知機能を評価した.治療がどのような認知機能(記憶や注意など)に影響を与えるかを調査するには,他の詳細な認知機能検査を追加する必要がある.
われわれの研究において,痛み治療は認知機能を変化させることが示唆された.患者背景や治療法により,認知機能への影響はさまざまであるため,ペインクリニックにおいて,常に患者の認知機能を意識する必要があると考えられる.
ZAP患者の初期の認知機能は軽度に低下しており,1カ月間の痛み治療とともに改善することが示された.1カ月間の痛み治療の認知機能への直接的な影響は確認されなかったものの,オピオイド治療は認知機能を悪化,プレガバリンは改善の方向へ導く可能性が示唆された.