Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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2020 Volume 27 Issue 1 Pages 108-109

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I はじめに

帝王切開術施行時の脊髄くも膜下麻酔後に発生する硬膜穿刺後の頭痛(post-dural puncture headache:PDPH)は離床や授乳の妨げになり,褥婦のQOLを著しく阻害するため速やかな対応が必要となる.PDPHに対する硬膜外自家血パッチ(epidural blood patch:EBP)の有効性は知られているが,重大な合併症の可能性などから本邦での実施率は低い.保存的治療に関しては,安静や輸液療法の効果は認められず,カフェインやプレガバリンなどでも不十分なこともあり,治療に難渋する場合もある.五苓散は頭痛診療での有効性が知られており,PDPHに対する報告も散見されるが,症例報告がほとんどである.今回,帝王切開術後のPDPHに対する五苓散の有効性について後ろ向きに検討した.

なお,本研究は名古屋市立大学病院の研究倫理審査委員会の承認(管理番号60–18–0019)を得て実施した.

II 対象と方法

2014年5月から2017年7月において,脊髄くも膜下麻酔,もしくは硬膜外併用脊髄くも膜下麻酔下に施行された帝王切開術後にPDPHを発症した症例を対象とした.PDPHの診断は国際頭痛分類第3版beta版の診断基準に基づいて行った.検討項目は年齢,身長,体重,body mass index(BMI),PDPHの発症時期,継続期間,重症度,五苓散投薬の有無,五苓散投薬開始日,投薬後の症状消失までの期間,併用薬,有害事象とし,診療録からデータを抽出した.データはすべて平均±標準偏差で示す.

III 結果

調査期間中に脊髄くも膜下麻酔,もしくは硬膜外併用脊髄くも膜下麻酔で管理された帝王切開症例は540件で,PDPHを発症した総症例数は25例(4.6%)であった.そのうちTouhy針による硬膜誤穿刺は認めなかった.五苓散を投薬した症例数は12例(平均年齢34.5±3.9歳)であり,投与開始の判断は担当医に一任されていた.全例でツムラ五苓散エキス顆粒が7.5 g分3で投与された.身長は159.5±3.7 cm,体重は56.6±15.4 kg,BMIは21.9±5.5であった.頭痛発症までの期間は2.6±0.3日であり,五苓散は頭痛発症後1.7±0.4日で投与された.頭痛の継続期間は3.3±1.2日であった.頭痛の重症度(Lybeckerらの分類)は軽症4例,中等症6例,重症2例であった.PDPHに対し11例でロキソプロフェンが,8例でカフェインが先行あるいは同時に使用されていた.7例ではロキソプロフェンとカフェインの2剤が併用されていた.無治療の患者1名に加え,従来の保存的治療で改善の認められなかった11例に対して五苓散を投与したところ,投与後24時間以内に7例(58.3%)で,48時間以内に10例(83.3%)で頭痛の消失が認められた.1例は退院のため頭痛の継続日数が確認できなかった.味が合わず内服を中断した1例を除いて,五苓散内服中の有害事象は認めなかった.五苓散非投与症例では頭痛の継続期間は1.9±0.8日と有意に短く(P<0.01,t検定),重症度も軽症10例,中等症3例で重症例はなく軽症例が有意に多かった(P=0.02,Mann–Whitney U検定).薬物治療は6例でロキソプロフェンが,2例でロキソプロフェンとカフェインが併用されていた.

IV 考察

五苓散は沢瀉,茯苓,蒼朮,桂皮,猪苓で構成される漢方薬で古くから頭痛に対して使用されている.五苓散の有効性のメカニズムに関しては細胞膜にあるアクアポリン(AQP)を介して行われる水分代謝によるといわれている.とくに脳浮腫に関してはAQP4が関連して,五苓散はそれを抑制する効果が確認されており1),五苓散はAQPに関与し適正な水分ホメオスタシスを行うと考えられている.頭痛の改善にも同様のメカニズムが働いている可能性がある.PDPHに対しても五苓散を有効とする報告は散見されるが25),症例報告がほとんどである.本研究は帝王切開術540件を後ろ向きに検討し,PDPHに対して五苓散が使用された症例を分析した数少ない報告である.今回の結果では頭痛の持続期間が長く,重症度の高い症例に五苓散が使用されている傾向があった.軽症で改善が速やかな場合はペインクリニックへのコンサルトをされないためと考えられる.五苓散は比較的症状が強いPDPHに使用されていたが,48時間以内の頭痛の改善率が83.3%とEBPの初回成功率である81.5~95.0%と比較しても遜色ない有効性であった.また24時間以内の頭痛の改善率が58.3%と五苓散の効果発現までの時間は比較的早いことが示唆されており,佐藤らの帝王切開術術後のPDPHに対し,五苓散を投与し8時間後のVASが低下した3)との報告とも矛盾しない結果であった.症例報告で示されていた五苓散の有効性が後方視調査でも確認できたと考えられる.五苓散の高い有効率に関しては妊娠という生理が関係している可能性がある.正常妊婦でも30~80%に浮腫を認め,日本人女性は多湿の風土などから水毒になりやすいともいわれている.「妊娠,水気あり,身重たく,小便不利」と古くから妊婦には水毒の治療が行われていた.これらの理由から,水毒の素因が強い褥婦に発症した,水分代謝異常の要素をもつPDPHに五苓散は他の病態よりもとくに有効な可能性がある.しかしながらPDPHは自然軽快する軽症例も多く,薬剤が有効であったのか自然経過の範疇なのか判断が難しい.また併用薬も多岐にわたるため,どの薬剤がどのように作用したかもわかりにくい.これらが本研究の限界点としてあげられる.五苓散が重症例でより効果があるのか,単独で効果があるのか,他の薬剤の併用が必要かなどは今後の前向き研究での検証が必要である.

V 結語

帝王切開術後に発症した脊髄くも膜下麻酔に伴うPDPHに対して,五苓散は効果発現が速やかで有効な可能性がある.

文献
  • 1)  礒濱洋一郎. 五苓散のアクアポリンを介した水分代謝調節メカニズム. 漢方医学2011; 35: 186–9.
  • 2)  中江啓晴. 五苓散が奏効した硬膜穿刺後頭痛の2症例. 日本東洋医学雑誌2009; 60: 455–8.
  • 3)  佐藤泰昌, 水野智子, 小野木京子, 他. 腰椎麻酔下帝王切開後の頭痛に対する五苓散の効果. 痛みと漢方2008; 18: 58–61.
  • 4)  西田欣広. 硬膜穿刺後頭痛(PDPH)に五苓散が著効した1例. 伝統医学2009; 12: 97.
  • 5)  守口 尚. 臨床リポート 硬膜穿刺後頭痛に対し五苓散投与が奏効した1例. 漢方と診療2013; 4: 195–7.
 
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