2020 Volume 27 Issue 1 Pages 112-113
帯状疱疹と内臓悪性腫瘍との関連については古くから報告されている.今回われわれは,帯状疱疹痛の治療中にのどのつかえ感から食道がんを発見し得た症例を経験した.帯状疱疹罹患者は本人が自覚していない悪性疾患を合併している可能性もあるため,診療にあたる医師への啓蒙の意味も含め報告する.
なお,本報告に際し,患者本人の論文投稿承諾を得ている.
患者は75歳,男性,身長167.0 cm,体重54.2 kg.糖尿病,高血圧,脂質異常症,下肢閉塞性動脈硬化症の既往があり,ビルダグリプチン,カンデサルタンシレキセチル,ピタバスタチンカルシウムを内服していた.X−2年12月に右腰背部から側腹部にかけて帯状疱疹を発症したが,とくに治療を要せず治癒した.X−1年12月中旬に再び同部位に痛みを伴う帯状の水疱集簇が発生し,近医内科を受診したところ帯状疱疹と診断されファムシクロビルが処方された.しかし,さらに疼痛が増強し,その後も改善がみられないためX年1月に疼痛コントロール目的で当科を受診した.
初診時,第10~11胸髄の領域に帯状の浮腫性紅斑および紅暈が発生していた.また同部位の電撃痛を訴えvisual analogue scale(VAS)は100 mmであり,激痛のため不眠を訴えていた.その他,検査上特記すべき所見はなかった.電撃痛のコントロール目的で,カルバマゼピン300 mg/日が処方された.また急性期の水疱と熱感を伴う局所の痛みに対し越婢加朮湯エキス顆粒7.5 g/日と,不眠と帯状疱疹後神経痛の予防目的に抑肝散エキス顆粒7.5 g/日が処方された.初診5日後,凝固能(PT INR 0.88,APTT 30.7)を確認したのち胸部硬膜外ブロックが開始された.カルバマゼピンを中止し,ノルトリプチリン20 mg/日,抑肝散エキス顆粒7.5 g/日の他,水疱は消退傾向であったが局所に冷えを自覚したため越婢加朮湯エキス顆粒にかわり麻黄附子細辛湯エキスカプセル6カプセル/日が処方された.その後,疼痛は徐々に軽減し,2月にはVAS 18 mmとなり,睡眠障害も改善し,硬膜外ブロックを終了した.その後,ノルトリプチリン,抑肝散エキス顆粒,麻黄附子細辛湯エキスカプセル内服で経過観察していたところ,4月受診時,「調子がよくない」と同部位の疼痛再発の訴えがあり,VASも38 mmと上昇した.数日後には持続的な疼痛の訴えもありプレガバリン50 mg/日が追加された.同時に,発声困難,飲食物の嚥下困難,食欲低下などの訴えがあり,また体重が半年間で11 kg減少していることから食道がんの可能性を疑い,外科にコンサルトしたところstage IIIの食道がんと診断され,6月に食道胃上部切除術が施行された.手術施行後は同部位の疼痛に対して内服加療が継続されている.
帯状疱疹の発症は,加齢,過労,外傷,免疫抑制剤の投与,悪性腫瘍の罹患,放射線照射など宿主の免疫低下が誘因とされ,その発症には液性免疫よりも細胞性免疫が強く関与していると考えられている1).また発症形態として,複発性および多発性症例,とくに汎発疹合併症例においては,高率に悪性腫瘍を伴っている可能性があり慎重な対応が必要と考えられている2).
帯状疱疹と内臓悪性腫瘍との関連については古くから研究されており,必ずしも帯状疱疹で内臓悪性腫瘍を広範に検索する必要はないとする研究も散見されるが,高齢者では帯状疱疹と悪性腫瘍との関連性が高いと考えられており注意が必要である3,4).Cottonら4)は,イギリスの一般診療データベースを利用し,13,000人を超える帯状疱疹罹患者とがんの関係を後方視的に調査したところ,帯状疱疹と診断された患者がその後にがんを発症するリスクは非罹患者に比し有意に高かったことを報告している[hazard ratio(HR)2.42].同研究では,帯状疱疹罹患後に卵巣がんとなるリスクがHR 5.35と最も高く,食道がんとなるリスクはHR 3.35であった.また,帯状疱疹と診断された患者では性差によらずすべての年代でその後にがんと診断される割合が高く,とくに帯状疱疹と診断されてから90日以内の高齢者(65歳以上)にその傾向が顕著であったと報告している.帯状疱疹とがんの関連性は明らかにあるとしたうえで,帯状疱疹からまずはがんの存在を疑うことが重要であるとしている.本症例も帯状疱疹に罹患した高齢者(75歳)であったことから,発声困難や嚥下困難の症状から食道がんの合併を疑ったことは,レッドフラッグを見落とさないという視点からも,臨床上大変重要であったと考えられる.
本症例ではペインコントロールの経過中に嚥下困難,食欲低下などの訴えがあったことから食道がんの診断に至ったが,医療者側から帯状疱疹以外の愁訴について積極的に問診をすることで,より早期にがんの診断につながる可能性がある.木村ら5)は帯状疱疹における悪性腫瘍診断の経験から,痛みの治療を優先することで悪性疾患の診断が遅れる可能性があることを危惧しており,帯状疱疹であれば常に悪性疾患を念頭におき,他院・他科から紹介された場合でも再度新しい視点からの問診,検査が重要であることを指摘している.また自らCT,MRIなどの画像検査を行い,その後の治療について領域横断的かつ積極的にイニシアチブをとることで速やかな診断に結びつくとしている.本症例は外科へのコンサルトにより食道がんの確定診断を得たが,より迅速な悪性腫瘍の診断のためには日ごろから他科との連携を強化しつつ,自らも画像検査などを積極的に活用することが重要と考えられた.
帯状疱疹の疼痛管理中に食道がんを発見し得た症例を経験した.悪性腫瘍の有無は患者の予後にとって重要である.帯状疱疹罹患者を診察する際は常に悪性疾患の合併を念頭におきつつ,典型的な臨床像と異なる訴えを認めた際は,疼痛コントロールのみに固執せず,患者の全身状態を把握することに配慮し,悪性疾患の存在を疑うことは重要と考えられた.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第52回大会(2018年7月,東京)において発表した.