2020 Volume 27 Issue 1 Pages 99-102
急性下肢動脈閉塞術後の下腿コンパートメント症候群(CS)に対して減張切開を行った後の疼痛コントロールに末梢神経ブロックが著効した症例を報告する.患者は56歳の男性,X−1日に左膝色調不良を認め,X日に左総大腿動脈の急性下肢動脈閉塞と診断され緊急下肢血栓除去術が施行された.術後,ICUにて左下腿CSを認め減張切開を2回施行した.フェンタニルで疼痛コントロールを行ったが,フェンタニルを増量しても疼痛コントロールが困難であったため,X+2日目に超音波ガイド下に末梢神経ブロック(左伏在神経・左坐骨神経ブロック:膝下部法)を施行した.施行後,下腿の疼痛は軽快しフェンタニルを減量,中止できた.ICUにおいても薬物による疼痛コントロールが困難な場合,全身状態の安定化に十分寄与することが期待される症例では末梢神経ブロックを積極的に考慮すべきである.
コンパートメント症候群(compartment syndromes:CS)は,挫滅した筋肉が筋膜,骨間膜,骨等に囲まれた筋区画内で腫脹する結果,血行障害をきたすことで,筋・神経障害を引き起こす病態である1).コンパートメント圧が毛細血管圧を超え,組織の阻血と浮腫の悪循環で最終的に不可逆性の壊死をきたすため2),緊急で減張切開を行うことがある.
今回,急性下肢動脈閉塞後の下腿CSに対して減張切開を行った後の疼痛コントロールに末梢神経ブロックが著効した症例を報告する.
今回の症例報告については,患者本人から文書で同意を得た.
患者:56歳,男性,身長165 cm,体重62.7 kg.
既往歴:肺気腫,気管支喘息,喫煙,赤血球増多症.
内服歴:なし.
現病歴:X−1日に左膝色調不良を認め,X日に近医を受診.左総大腿動脈の急性下肢動脈閉塞と診断され当院へ搬送された.
経過:搬送後,緊急下肢血栓除去術が予定された.血栓除去によるK上昇が懸念されたためon-line HDFを使用しながら手術を施行した.血栓除去後,K値の上昇なく手術は終了した.術後は血栓予防のため活性化部分トロンボプラスチン時間(activated partial thromboplastin time:APTT)を約40~60に維持するため未分画ヘパリン(unfractionated heparin:UFH)を18,000単位/日で持続静注し,鎮静,人工呼吸管理のまま集中治療室(intensive care unit:ICU)へ入室した.クレアチニンキナーゼ(creatine kinase:CK)値が11,892 IU/ℓと高値であり横紋筋融解による急性腎障害を考慮しICU入室後は持続腎代替療法(continuous renal replacement therapy:CRRT)を開始した.また,ICU入室4時間後に左下腿の前方区画コンパートメント圧が70 mmHg,浅後方区画が50 mmHgと虚血肢の再灌流傷害による左下腿CSを認め減張切開(TA,腓腹筋の筋膜切開)を施行し両区画のコンパートメント圧が10 mmHg以下になることを確認した.減張切開後のbehavioral pain scale(BPS)scoreが6点であったため,フェンタニルの静脈内投与を25 µg/hで開始した.X+1日目の時点で,尿流出は良好でCK値も31,141 IU/ℓを最高値としてピークアウトしたためCRRTを終了した.K値を含めた電解質,酸素化,心機能も安定していたため鎮静を解除し覚醒を確認し,人工呼吸器を離脱した.覚醒時点でnumerical rating scale(NRS)scoreが5点であったため,フェンタニルの静脈内投与を50 µg/hに増量した.その後,左足背のコンパートメント圧が48 mmHgと腫脹を認めたため左足関節部の減張切開を追加した(図1).
減張切開後の左下肢(左は1回目,右は2回目)
しかし,減張切開追加後のNRS scoreが6点と増加したため,フェンタニルの静脈内投与を75 µg/hまで増量し,アセトアミノフェン1,000 mg(6時間毎)の静脈内投与も併用したが,NRS scoreが6点と改善を認めなかった.さらに,この時点でせん妄が出現したため,フェンタニルの増量を中止した.そこで,別の鎮痛法として末梢神経ブロックを実施することとした.事前に超音波検査にて左下腿に血栓はなく,血流が良好であることを確認できたためUFHを中止しAPTTが正常化したことを確認しX+2日目に左下腿に対して超音波ガイド下末梢神経ブロック(左伏在神経・左坐骨神経ブロック(膝下部法):0.375%レボブピバカインを各15 ml)を施行した.施行後,NRS scoreは0点と軽快しフェンタニルの静脈内投与を25 µg/hまで減量することができた.X+3日目にも同様の超音波ガイド下末梢神経ブロックを施行しフェンタニルを中止することができた.せん妄も改善し,超音波検査で左下腿への十分な血流も確認できたためX+5日目にICU退室となった.ICU退室後,X+6,X+7日目にNRS scoreが3点,2点となりトラマドール37.5 mgとアセトアミノフェン325 mgを1錠ずつ内服した.X+13日目の左下腿の造影CT検査でも良好な血流を確認できた.その後は,下肢疼痛の増悪は認めず,X+22日目の退院まで鎮痛薬は不要であった(図2).
ICU入室後の経過
BPS:behavioral pain scale, NRS:numerical rating scale, APTT:activated partial thromboplastin time
本症例では薬物療法での疼痛コントロール困難な状況に対し末梢神経ブロックを使用して良好な鎮痛を得ることができた.
ICUでの鎮痛はオピオイドが第一選択である3)が,オピオイド単独ではなく他の鎮痛剤を併用したmultimodal analgesiaで対応すべきとされている4).Payenらは,人工呼吸中の急性期患者でオピオイドと非オピオイドを併用したことで,オピオイドの使用量とオピオイド関連有害事象を減らすことができたと報告した5).本症例では初期よりオピオイド(フェンタニル)の増量を行い,他の鎮痛剤としてアセトアミノフェンも使用したが十分な疼痛コントロールができなかった.疼痛の原因として左下腿の血栓除去に伴う虚血後再灌流に起因する疼痛と,減張切開に起因する疼痛が考えられたが,減張切開後にNRS scoreがさらに上昇していることから,疼痛の主な原因は減張切開に起因すると判断した.フェンタニルの増量とアセトアミノフェンの併用で対応したが,NRS scoreの改善は得られず,せん妄も出現したことから,オピオイドを含む薬物療法では痛みの悪循環を遮断できないと判断した.痛みの悪循環の回路は,時間の経過とともに拡大し,その結果痛みは遷延・増強し,疼痛部位も拡大する.原因が治癒してもこの回路が残存すれば痛みが遷延する.そこで,今回悪循環回路を阻止できる手段として考慮したのが神経ブロックであった.神経ブロックはターゲットを定めて目的を達成できる点が薬物療法にはない特徴である.
本症例は疼痛の原因が左下腿の減張切開部と明らかであったため,ターゲットを明確に定めた神経ブロックの方が効果があると判断し,結果として神経ブロックの著効により鎮痛を得ることができた.
本症例では創部の範囲を考慮し,左坐骨神経ブロック,左伏在神経ブロックを選択した.坐骨神経ブロックは主に4つのアプローチ法があるが,今回施行した膝窩部法は坐骨神経ブロックの中でも浅部のブロックに属している.伏在神経ブロックも同様に浅部のブロックに属しており,浅部の神経ブロックは出血に対して圧迫止血が可能であり,抗血小板薬は十分な休薬期間がなくても可能とされている.一方,抗凝固薬,未分画ヘパリンは圧迫止血後も再出血の可能性が高い作用機序があるため,十分な休薬後に行うべきとされている.ただし,最終的には個々の症例における利益得失,患者への十分な説明によって判断することになる6)とされており,現場での判断による部分も大きい.本症例では明らかな血栓の再発を認めていなかったことからUFHを中止しAPTTの正常化を確認した後に神経ブロックを施行し,明らかな合併症は認めなかった.
集中治療における鎮痛は全身状態の安定化に重要な因子である.ICUではとくに,患者は大きなストレス下での治療を余儀なくされる.そのため,より高い質の疼痛コントロールが必要となる7).不十分な疼痛コントロールは,血圧の変動幅の拡大,心拍数増加による心負荷の増大,せん妄の惹起といった悪影響をもたらす可能性がある.そのような状況で薬物療法で十分な鎮痛を得ることができない場合に非薬物療法を速やかに行えることが重要となる.末梢神経ブロックは疼痛コントロールの一助をなす非薬物療法であり,ICUでも円滑に行えることが望まれる.しかし,ICUで末梢神経ブロックを施行することに関しては,施行できるスタッフの配置,また看護師への末梢神経ブロックに関する教育など,施行に際して検討しなければならない課題もある.よって,末梢神経ブロックに関しての情報共有,環境整備をさらに進め,集中治療領域における疼痛コントロールの幅をさらに広げていく必要がある.
本症例の要旨は,日本集中治療医学会第2回東海北陸支部学術集会(2018年6月,金沢)において発表した.