Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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A case of ulnar neuritis with persistent elbow pain for nine years
Tatsunori WATANABEYumi HANAFUSANatsuko NAITOHiroki SHIMIZUHiroshi BABA
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2020 Volume 27 Issue 1 Pages 87-90

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Abstract

尺骨神経が関与する痛みやしびれは環指や小指に現れることが多い.今回,肘痛のみを訴える尺骨神経炎の症例を経験したので報告する.症例は79歳男性.9年前に左肘痛が出現した.近医でプレガバリンやトラマドール・アセトアミノフェン配合錠による治療が行われていたが症状の改善を認めず,痛みによる中途覚醒の頻度が増加したため当科を受診した.左肘周囲にビリビリとした数値評価スケール8/10の安静時痛を訴え,肘内側に圧痛点を認めた.左手指の症状,肘関節や手指の運動制限,肘の単純レントゲン写真の異常所見は認められなかった.また,聴取した範囲の中では心理社会的問題は認めなかった.症状からは否定的であったが,圧痛点が尺骨神経の通る肘部管に一致していることから,左尺骨神経が関与している痛みの可能性を考えた.圧痛点より近位で超音波ガイド下に左尺骨神経ブロックを施行したところ肘痛は数分で消失し,左尺骨神経が関与した痛みであると診断した.精査目的に尺骨神経の伝導速度検査と感覚検査,磁気共鳴画像法(MRI)の撮像を行った.伝導速度検査・感覚検査では異常は認めなかったが,MRIでは尺骨神経の浮腫状変化を認め,尺骨神経炎と診断された.デュロキセチンの投与と神経ブロックを併用し症状は改善した.

I はじめに

尺骨神経が関与する痛みやしびれは環指や小指に現れることが多い.今回,肘痛のみを訴える非典型的な症状を呈した尺骨神経障害の症例を経験したので報告する.本報告にあたり患者から同意を得ている.

II 症例

症例は79歳男性.X−9年前にとくに誘因なく左肘痛が出現した.左肘痛は動きによって生じるものではなく,安静時にも痛みがあった.近医でプレガバリンやトラマドール・アセトアミノフェン配合錠による治療が行われたがほとんど効果は認められず,左肘痛は持続した.X年7月,とくに誘引なく左肘痛が増悪し,痛みによる中途覚醒の頻度が多くなったため当科を紹介受診した.前立腺がんのホルモン治療中であること以外は特記すべき既往歴はなかった.

当科初診時はトラマドール・アセトアミノフェン配合錠(2錠/日)とメコバラミン(1,500 µg/日)を内服していた.左肘周囲にビリビリとした性質の数値評価スケール(NRS)8/10程度の痛みが常時あった.これまでいくつかの病院を受診したが,トリガーポイント注射(TPI)などの局所注射やMRIの撮像はされていなかった.肘周辺に痛覚過敏やアロディニアは認めなかったが,肘関節の前腕内側に圧痛点を認めた.左手の指には症状はなく肘関節や手指の運動制限も認められなかった.肘の単純レントゲン写真では異常所見は認められなかった.日常生活動作には制限はなく,聴取した範囲の中では心理社会的問題は認めなかった.

III 治療経過(図1
図1

治療経過

TPI:トリガーポイント注射,N:尺骨神経ブロック,NRS:numerical rating scale,TA錠:トラマドール・アセトアミノフェン配合錠

器質的疾患の有無を確認するため,圧痛点にステロイド添加1%メピバカインを用いてTPIを行ったところ,痛みはNRS 2/10へと著明に低下した.TPI施行後,安静時痛はNRS 5/10程度で経過し,中途覚醒の頻度は減少した.侵害受容性疼痛の関与を考えセレコキシブ200 mgの投与を行ったが効果はなかった.

肘部のみの痛みであったが,圧痛点の位置が尺骨神経の通る肘部管に一致していることから,本症例の原因に左尺骨神経が関与している可能性を考えた.診断のため,圧痛点より約12 cm近位の上腕部で超音波ガイド下に左尺骨神経ブロック(2%カルボカイン2 ml)を施行した.同ブロック後5~10分程度で肘の痛みが完全に消失し(NRS 0/10),同時に小指・環指の感覚低下が起きたため,左尺骨神経が関与した痛みであると診断した.精査目的に整形外科にコンサルトしたところ,診察および伝導速度と感覚検査,磁気共鳴画像法(MRI)が行われた.診察上は左肘の内側にTinel徴候を認め,左尺骨神経の亜脱臼は認めなかった.伝導速度検査では尺骨神経の運動神経伝導速度(MCV)と知覚神経伝導速度(SCV)を測定した.肘部管でのMCVは50.5 m/s(前腕:59.4 m/s),SCVは54.5 m/s(前腕:58.8 m/s)であり,いずれも前腕に比して速度は低下していたが有意なものではなかった.感覚検査としてSemmes-Weinstein testが行われたが,小指・環指等の尺骨神経領域の知覚低下は認められなかった.MRIでは靱帯等肘関節を構成する成分には異常は認められなかった.しかし,圧痛点と一致する部位に尺骨神経の浮腫状変化を認め(図2),原因は特定できないものの何らかの理由による尺骨神経炎であると診断された.

図2

MRI(左上肢環状断),T2強調画像

肘部管内で尺骨神経が高信号を呈しており,何らかの損傷や炎症を疑う浮腫状変化を認める.

痛みの種類としては神経の慢性炎症に伴う痛みであると考えられたが,初診時に処方したセレコキシブが無効であったこと,経過が9年間と長く,神経の器質的な障害が起きている可能性があることも考えられた.そのため,これまで処方されていなかったデュロキセチンの投与を20 mgより開始し60 mgまで増量した.また,超音波ガイド下に圧痛点付近でステロイド添加1%メピバカイン3~5 mlを用いて尺骨神経ブロックを数回施行した.デュロキセチンを60 mgまで増量してまもなく安静時痛も1まで低下した.整形外科による手術も検討されたが,保存的治療により症状が改善したため経過観察することとなった.

IV 考察

尺骨神経は解剖学的には肘周囲で尺側手根屈筋等への筋枝を出したのち,小指・環指の感覚と尺側の虫様筋,小指球筋などの運動支配を行っている.そのため,尺骨神経関与した典型的な症状としては,小指・環指のしびれと母指球以外の手内勤の筋委縮との運動障害であり,肘痛を訴える症例は非典型であると考えられる.しかし,尺骨神経には解剖学的に肘関節枝の存在が指摘されており,肘関節の知覚も担っていると考えられている.また肘痛のみを訴える尺骨神経障害の症例は過去に報告されている1).本症例では圧痛点が尺骨神経の通る肘部管に一致していたことから,解剖学的に尺骨神経の関与を疑った.圧痛点より近位で超音波ガイド下尺骨神経ブロックを行い症状の改善を認めたことで尺骨神経が関与した痛みであると診断できた.

肘痛のみを訴える尺骨神経障害の症例は野球の投手に多く,投球動作による牽引やずれ,圧迫で尺骨神経障害を生じると考えられている2).本症例ではスポーツをしていたわけではないため,まったく同様の機序とは考えにくい.しかし,原因の一つである圧迫ではMRIで尺骨神経の浮腫状変化がみられることが報告されており3),本症例でのMRI所見でも同様の変化が認められている.このことから圧迫が原因であると最も考えられた.

一方で本症例では有意な伝導速度検査の異常は認めず尺骨神経障害の陽性所見は得られなかった.しかし,尺骨神経障害のうち手指の症状がない患者では18%しか伝導速度の所見が得られないという報告がある4).手指の症状がない本症で伝導速度に異常がみられなかったことは,尺骨神経障害を否定する所見とはならないと考えられる.

本症例の病因としては尺骨神経に対する何らかの圧迫による神経の慢性炎症が主と考えられるが,9年間という長い経過の中で中枢性感作が起こり,痛みを増強していた可能性がある.デュロキセチンは下行性疼痛抑制系を賦活し増強された痛みを軽減したと考えられるが,慢性的に続いた神経炎症によって生じた神経障害による痛みを抑制した可能性もある.したがって,本症例の痛みには神経障害性疼痛の要素も含まれていた可能性がある.治療としてステロイド添加の局所麻酔薬による尺骨神経ブロックと内服加療を行った.慢性痛に対する末梢神経ブロック治療の有効性は定かではないが,本症例においては有効であり痛みの軽減に効果的であった.ただし,原因と考えられる圧迫は解除されていないため,症状が再燃した際には手術を再度検討する必要があると考えられる.

V 結語

9年来の肘痛を訴える患者の治療を経験した.尺骨神経障害としては非典型的な症状・所見を呈したが,神経ブロック,伝導速度検査,感覚検査およびMRIを施行し,尺骨神経の慢性炎症と診断することができた.治療は神経ブロックとデュロキセチン投与を併用し症状は改善した.

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