Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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2020 Volume 27 Issue 1 Pages 110-111

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I はじめに

水疱性類天疱瘡は,表皮基底膜部抗原に対する自己抗体(IgG)により表皮下水疱を生じる自己免疫性水疱症である.臨床的には,全身の皮膚に多発する掻痒を伴う浮腫性紅斑と緊満性水疱を特徴とする1).今回われわれは,帯状疱疹に対して入院加療中に水疱性類天疱瘡,そして急性肺血栓塞栓症を発症した症例を経験したので,患者本人の承諾を得て報告する.

II 症例

患者は77歳,男性.身長170 cm,体重52 kg.既往歴は十二指腸潰瘍.右胸背部にかけての帯状疱疹を発症し,前医皮膚科で加療したが痛みが強いため,第10病日に当院麻酔科を紹介受診した.外来で右第6胸髄神経の帯状疱疹痛と診断され,プレガバリン200 mg/日,アセトアミノフェン300 mg頓用,エチゾラム0.5 mg/日が処方された.しかし痛みの訴えが強く,第19病日に麻酔科へ入院管理とした.初診から硬膜外ブロックや当該神経領域を中心とした穿刺による脊髄くも膜下腔ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム1.5 mg投与2)(intrathecal single steroid administration:ITSS),アミトリプチリン10 mg/日の内服追加などを行い,徐々に痛みは緩和傾向になった.なおITSSに関しては,当院の倫理委員会の承認後,文章によるインフォームドコンセントを得たうえで施行している.またITSSは第15,19,24,29,33,46病日の計6回施行した.帯状疱疹発症から第44病日後に背部ならびに下肢の掻痒感を伴う紅斑が出現した.ブロック治療は第46病日にITSSを施行したのが最後である.皮膚症状に関する当院皮膚科コンサルトの結果,薬剤性の中毒疹を疑い,アミトリプチリンとエチゾラムを中止,オロパタジン塩酸塩10 mg/日の内服とベタメタゾン酪酸エステルプロピオン酸エステル外用が処方された.紅斑はいったん消退傾向であったが,第48病日より水疱が出現し,第50病日に両大腿や肘などに1 cmほどの緊満性の水疱が多発した.水疱性類天疱瘡を疑い,第48病日よりプレドニゾロン10 mgを処方した.第54病日には水疱新生はなくなった.しかし第57病日より体動時の息切れを自覚するようになった.酸素飽和度92%程度の低下を認め,造影CTを施行したところ,肺動脈内に血栓が広範に占拠した所見を認めた.また右膝窩静脈内に静脈内血栓の所見があった.近医循環器内科での各種の集中治療が奏効し全身状態は改善した.皮膚生検の結果,蛍光抗体直接法で表皮基底膜部へのIgGや補体の線状沈着を認めた.水疱性類天疱瘡の確定診断のもと,皮膚科でプレドニゾロン5 mg/日とオロパタジン塩酸塩10 mg/日の継続処方,循環器内科でエドキサバントシル酸塩30 mg/日の継続処方,麻酔科でプレガバリン150 mg/日などを処方し外来通院している.

III 考察

水疱性類天疱瘡は最も頻度の高い自己免疫性水疱症である.臨床的には掻痒を伴う浮腫性紅斑・緊満性水疱・びらんを特徴とする.年齢的には70歳代後半以上の高齢者に多く,性差はない.病理組織学的には表皮下水疱と水疱内および真皮の炎症細胞浸潤を認める.蛍光抗体直接法では表皮基底膜部へのIgGや補体の線状沈着を認める.治療はステロイド内服が主体である.神経疾患との関連では,一般人口比より水疱性類天疱瘡患者において脳梗塞,認知症,パーキンソン病,てんかんなどの神経疾患の合併率が高いが,帯状疱疹との関連は不明である.薬剤との関連については,水疱性類天疱瘡は降圧薬や利尿薬,抗生剤,糖尿病治療薬であるDPP-4阻害薬内服との関連が報告されている1).今回患者に使用したリドカイン,ベタメタゾンリン酸エステルナトリウム,プレガバリンやアセトアミノフェン,そしてアミトリプチリン,エチゾラムに関して,添付文書上では水疱性類天疱瘡との関連は指摘されていない.しかし水疱性類天疱瘡の初発症状は薬剤性の中毒疹に類似しているので,多種類の鎮痛薬などを組み合わせて行う高齢者の帯状疱疹の痛みの治療においては,水疱性類天疱瘡も鑑別疾患として忘れてはならない.非典型的な皮疹を認めた場合は,早期の皮膚科コンサルトが必要である.

またITSSを施行していたにもかかわらず水疱性類天疱瘡を発症した.第44病日の紅斑出現前の最終ITSSは第33病日であった.プレドニゾロン10 mgとリンデロン1.5 mgは等力価とされる.またリンデロンの作用持続時間は48時間程度とされているので,水疱性類天疱瘡発症時にはITSSの影響は消失していたと考える.また興味深いことに第44病日に紅斑は出現したが,第46病日にITSSを施行後,一過性に紅斑が消退傾向になり,第48病日に水疱が出現した.これはITSSで投与したリンデロンが局所だけでなく全身に作用している結果かもしれない.

今回,深部静脈血栓症に起因すると考える急性肺血栓塞栓症を発症した.血液の凝固亢進にはステロイドと関連が強いのは既知の事実である3).疼痛管理でITSSなどのステロイドを使用した治療を行う際は,併存疾患でのステロイドの使用状況にも十分な配慮が必要である.

添付文書で脊髄くも膜下腔へのベタメタゾンリン酸エステルナトリウムへの投与は認められてはいるが,ITSSは日本ペインクリニック学会治療指針にない治療方法である.当院では10年以上前からITSSを行っている2).高齢者やステロイド内服患者への同手技に関しては注意深く施行する必要を日々の臨床で常々実感している.よってITSSは各種薬物療法ならびに硬膜外ブロックなどの神経ブロックで治療に難渋する場合に限って行っている.

IV 結語

急性・亜急性期帯状疱疹痛に対して,入院加療中に水疱性類天疱瘡と急性肺血栓塞栓症を発症した症例を経験した.薬剤性の中毒疹と水疱性類天疱瘡は,初期症状では皮膚科専門医でも両疾患の鑑別は困難である.非定型の発疹が出現した際には,早期の皮膚科コンサルトが必要である.また治療にステロイドを用いる際は,静脈血栓形成の促進因子であることを念頭においた治療を行う必要がある.

文献
 
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