Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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A case in which intraoperative and postoperative analgesia for bimaxillary orthognathic surgery were successfully managed using general anesthesia combined with ultrasound-guided maxillary and mandibular nerve blocks
Reona MORISarina NARITATakahiro TAMURASae UCHIYAMAShuichi YOKOTA
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2020 Volume 27 Issue 1 Pages 79-82

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Abstract

【背景】近年,上顎・下顎神経ブロックの超音波ガイド下手技が注目されている.【経過】症例は21歳の女性で顔面の歪みに観血的上顎・下顎骨形成術が実施された.プロポフォール,フェンタニル,レミフェンタニルによる全静脈麻酔による麻酔導入後,超音波ガイド下で0.375%ロピバカインを用いて左右の上顎・下顎神経ブロックを実施し,閉創時に静注用アセトアミノフェン1,000 mgとIV-PCA(intravenous patient-controlled analgesia:フェンタニル20 µgボーラス/回,ロックアウトタイム10分,ベースの持続静注20 µg/H)を使用した.術中は血圧・脈拍の有意な変動はなく,術後はPCAの持続静注のみで32時間痛みを訴えなかった.【考察・結語】超音波によって側頭下窩の解剖を確認でき(カラードップラーも併用可能),翼状突起外側板を介して局所麻酔薬を神経に間接的に浸潤させるためランドマーク法より正確,安全に手技を行える可能性が報告されており,本症例のような上・下顎の手術の鎮痛法にもよい適応と考えた.今後も本法を用いたより多くの症例検討を要するが,今回の経験から上顎・下顎神経ブロックでの超音波装置の使用の有用性が示唆された.

I はじめに

ランドマーク法,透視下法で行われてきた上顎・下顎神経ブロックは顎動脈の誤穿刺のリスクを懸念し実施が避けられることもあったが,超音波ガイド下手技の導入により,その安全性や効果の確実性が見直されている1)

本稿作成にあたっては本人に口頭で説明し,文書にて同意を得た.

II 症例

【現病歴】症例は21歳,女性(身長160 cm,体重47 kg).顔面の歪み(上顎の左右非対称・傾斜,下顎の前方突出・頤変形)と咬合不全,咀嚼困難感を訴え,当院口腔外科にて観血的上顎・下顎形成術が予定された.既存症に重度の気分変調症があり,術後の痛みに対する強い不安を示していた.

【経過】麻酔はプロポフォール(target controlled infusionモードで術中設定濃度2.5 µg/ml),フェンタニル,レミフェンタニル,ロクロニウムによる全静脈麻酔で行った(麻酔維持中のbispectral index値は42~50).全身麻酔導入後,超音波ガイド下で上顎・下顎神経ブロックを実施した(図1a:超音波装置はPhilips Healthcare社のEPIQ7,セクタープローベX5–1を使用).超音波で側頭下窩(翼状突起外側板の基部を短軸方向に描出)を描出し,下顎神経ブロックは翼状突起外側板後縁上(図1b:背側×印)を,そして上顎神経ブロックは翼口蓋窩直近の外側板前縁上(図1b:腹側×印)を到達点として平行法で穿刺を行った(神経ブロックの所要時間は左右の上顎・下顎全体で約25分).針はB-BRAUN社(100 mm,22 G),スティムプレックスDニードルを使用し,0.375%ropivacaineを左右の上・下顎神経ブロックとして各々10 mlを注入した(両側で合計40 ml).術式は上顎にルフォーI型骨切り術(左右第一大臼歯間の頬歯肉移行部から切開アプローチ),下顎に下顎矢状分割骨切り術(左右外斜線上の口腔前庭部より切開アプローチ)が実施された.手術時間は6時間で,オピオイド使用はフェンタニル400 µg(術中合計),レミフェンタニル0.05~015 µg/kg/分で痛み刺激に対する血圧・脈拍の変動はほぼなかった.閉創時,術後鎮痛を目的に静注用アセトアミノフェン1,000 mgとIV-PCA(intravenous patient-controlled analgesia:1回につきフェンタニル20 µgボーラス,ロックアウトタイム10分,ベースの持続静注20 µg/H)を使用した.患者は麻酔覚醒時より痛みを訴えず,手術終了から32時間後まで追加の鎮痛薬を必要としなかった.IV-PCAは術後27時間使用された.しかし,ボーラスボタンは1度も使用されなかった.

図1

上顎・下顎神経ブロックの実際の風景と解剖図

a.プローベを頬骨弓下縁にあてバイトブロックで開口保持.上顎・下顎神経ブロックともに刺入点は同じだが,上顎神経ブロックのほうが針の進行角度が急峻となる.

b.翼状突起外側板周辺の解剖.超音波プローベの設置位置:①翼状突起外側板基部(①より頭側は頭蓋底),②中央部,③下端,×は腹側が上顎神経ブロック,背側が下顎神経ブロックの到達点.

III 考察

今回,患者の精神的不安が強く,術後鎮痛対策が重要な課題となり,全身麻酔に上顎・下顎神経ブロックを併用することを検討した.しかし従来のランドマーク法や透視下法では脈管系への誤穿刺や神経ブロックの効果の不確実性が懸念され,また手術管理に用いられることは少なかった1,2).そこでわれわれは文献より超音波ガイド下で上顎・下顎神経ブロックが,従来法より合併症のリスクを減らし,より確実な鎮痛効果を提供できる可能性があると考えた.まず,動脈の誤穿刺にはカラードップラーを併用し,顎動脈やその分枝が確認できれば,その超音波断面を穿刺時に避けることができる.また翼状突起外側板上に針が接触したことを超音波画面で視認することで局所麻酔薬をより正確な位置に注入できる可能性も報告されている.本法を報告したWirinareeらは側頭下窩の解剖をより正確に把握し,翼状突起外側板上で上顎・下顎神経ブロックを実施するのに最も適切な超音波プローベの設置位置を同定するため,以下の手順を推奨している.まず患者を開口させ翼状突起外側板の全体を可能な限り下顎骨から露出させる.そして超音波プローベを翼状突起外側板下端に対して短軸方向に沿ってあて,徐々に頭側にスライドさせ頭蓋底までの一連の解剖の描出を行う.その後再び少し尾側にプローベを戻し翼状突起外側板基部の短軸スライスを超音波で描出し,その位置で超音波ガイド下神経ブロックを行う(図1b図2ab).薬液は下顎神経が走行する翼状突起外側板後方,もう一方は上顎神経が走行する翼口蓋窩に外側板上を沿って浸潤すると考えられており,従来のランドマーク法よりも高い安全性と効果の確実性が示唆されている.また針が直接各神経と接触しないため神経損傷が起きにくいとの報告もある35)

図2

超音波画像

a.図1bの①にプローベをあてた超音波画像(翼状突起外側板基部:動脈のない断面)

b.図1bの②にプローベをあてた超音波画像(翼状突起外側板中央:顎動脈またはその分枝を巻き込む断面)

一方,局所麻酔薬の使用量については改善すべき点を残している.Wirinareeらの献体を用いた研究では3 mlの染色液を用いることで本法における上顎・下顎神経への薬液の浸潤を得ている.また,大越らの文献では翼状突起外側板に対し長軸方向にプローベをあて超音波ガイド下手技を実施しているが,0.2~0.5%ロピバカインを1~1.5 mlの使用を推奨している3,4,6).筆者らは今回,本患者の体重50 kgとしての換算でロピバカインのおよそ上限量を用いているが,局所麻酔薬の使用量が多くなればとくに上顎神経ブロックでは眼窩への薬液浸潤による眼球運動麻痺やそれに伴う複視,眼窩下神経障害のリスクがある3,7,8).まだ本法の報告は少なく適切な使用量は未確定段階であるが,今後の症例ではさらなる研究・症例報告をもとに可能な限り最小限の薬液量で手技が実施でき,十分な効果が得られるよう検証すべきであると思われる.また,本法では上顎・下顎ともに穿刺針の角度は急峻となり,翼状突起外側板は比較的深い位置に存在するため超音波ガイドによる針先の描出が難しため,熟練者による実施が望ましい.

本症例では少量のオピオイド使用で術中の血圧・脈拍もほぼ変化はなく,術後32時間をIV-PCAのフェンタニル20 µg/Hのみで痛みを訴えず,退院時(術後7日目),開口運動は問題なく行うことができ,上顎・下顎の明らかな知覚異常も認めなかった.よって,超音波ガイド下での上顎・下顎神経ブロックは上顎・下顎形成術に対して良好な術中・術後鎮痛を提供できたと思われる.また本法と従来の透視下法やランドマーク法との手技の精度・安全性を比較する目的としても,今後より多くの症例・研究報告の検討が必要と考える.

この論文の要旨は,東海・北陸ペインクリニック学会第26回北陸地方会(2019年5月,名古屋)において発表した.

文献
  • 1)  森本康裕. Lisaコレクション 超音波ガイド下末梢神経ブロック 実践25症例. 第1版. 東京, メディカル・サイエンス・インターナショナル, 2016, pp55–61.
  • 2)  若杉文吉. 三叉神経ブロック. 大瀬戸清茂, 塩谷正弘, 長沼芳和, 他編集. ペインクリニック 神経ブロック法. 第2版. 東京, 医学書院, 2011, pp148–52.
  • 3)   Kampitak  W,  Tansatit  T,  Shibata  Y. A Cadaveric Study of Ultrasound-Guided Maxillary Nerve Block Via the Pterygopalatine Fossa: A Novel Technique Using the Lateral Pterygoid Plate Approach. Reg Anesth Pain Med 2018; 43: 625–30.
  • 4)   Kampitak  W,  Tansatit  T,  Shibata  Y. A Novel Technique of Ultrasound-Guided Selective Mandibular Nerve Block With a Lateral Pterygoid Plate Approach: A Cadaveric Study. Reg Anesth Pain Med 2018; 43: 763–7.
  • 5)   Netter  FH. ネッター解剖学アトラス. 相磯貞和訳. 第5版. 東京, 南江堂, 2015, pp68–71.
  • 6)  大越有一, 寺嶋克幸. あっという間にうまくなる神経ブロック上達術. 第3版. 東京, 真興交易医書出版部, 2018, pp52–5.
  • 7)  福内明子. 下顎神経ブロック. 高崎眞弓, 弓削孟文, 稲田英一, 岩崎 寛. ペインクリニックに必要な局所解剖. 第3版. 東京, 文光堂, 2005, pp40–4.
  • 8)  増田 豊. 上顎神経ブロックと翼口蓋神経節ブロック. 高崎眞弓, 弓削孟文, 稲田英一, 岩崎 寛. ペインクリニックに必要な局所解剖. 第3版. 東京, 文光堂, 2005, pp32–5.
 
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