2020 Volume 27 Issue 1 Pages 15-20
近年,高齢化に伴う慢性痛患者の増加と鎮痛薬の慢性使用が問題となっている.非ステロイド性消炎鎮痛薬は,消化管粘膜障害や腎障害のリスクがある一方で,長期使用によりがん生存率を上昇させることが報告されている.また米国ではオピオイドの不適切使用により依存症が蔓延し,死亡者数が急増している.このいわゆるオピオイドクライシスによる社会・経済的損失は甚大であり,本邦においても長期予後への影響が十分検証されないまま,オピオイド製剤の適応が拡大している.術前からのオピオイド慢性使用は術後感染や再手術の危険因子であり長期的にはがんの術後再発との関連が指摘されている.オピオイドの免疫抑制作用は投与量と相関する一方でオピオイドの種類によって異なり,オピオイド受容体を介した作用のみだけでなくパターン認識受容体を介した機序が明らかにされつつある.オピオイドが異物や病原体の認識を修飾している可能性が示唆されている.
本邦の慢性痛の有病率は50歳以上で約40~50%に達している1).内閣府高齢社会白書によると2020年の平均寿命は男性81歳,女性88歳であり,10年ごとに1歳前後延伸している.高齢化に伴い悪性新生物は依然,主な死因として増加し続けている.年齢別階級別がん死亡率は慢性痛同様に50歳前後から増加しているものの,がんの再発や多発がんを伴うがんサバイバーもまた増加傾向にある.がんそのものの痛みのみでなく,がん手術後の痛みや関節痛,虚血による痛みなどがん性疼痛に非がん性疼痛を合併し慢性痛は複雑化していくことが想定される.2人に1人ががんに罹患し,3人に1人ががんにより死亡する今日において非がん性慢性疼痛とがん性慢性疼痛を明確に区別することはしばしば困難である.近年NSAIDsの周術期使用,オピオイドの長期使用による有害事象が問題となっており,病態に応じて鎮痛薬の選択や処方量を調整していくことが求められている.
非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドラインでは,がんサバイバーにおけるがん治療による痛みと,がんやがん治療と直接関連のない痛みを区別し,また状況に応じたオピオイド処方を推奨している2).しかしながら米国ではオピオイドの不適切使用により,依存症が蔓延し死亡者数が急増している.Centers for Disease Control and Prevention(CDC)の報告によると,2013年ごろよりトラマドールやフェンタニルを含む合成オピオイドによる死亡が急増し,公衆衛生上の非常事態を宣言するまでに深刻化している.とくに手術患者における安易なオピオイド処方が,術後1年以上にわたってオピオイドを慢性使用する温床となっている3).さらに非がん性疼痛に対するオピオイドの適応によりすでに術前からオピオイドを慢性使用している患者は増加傾向にある.
オピオイドによる有害事象は過量投与による呼吸抑制や術後せん妄,突然死のみでなく4),その免疫抑制作用から術後感染や再手術,がん再発のリスクも上昇することが指摘されている5).高齢化が進む一方で,このようなオピオイド慢性使用による長期予後,社会的影響について十分な検証に至らないまま,弱オピオイド製剤や強オピオイド貼付剤の適応が急速に拡大している.日本整形外科学会と米国整形外科学会の合同調査によると,米国では51.9%の整形外科医が,手術を予定していない慢性痛患者へオピオイドを処方しないのに対し,手術を予定していない患者に対してオピオイドを処方しない本邦の整形外科医はたった6.9%であった.しかし手術患者の術後鎮痛に対するオピオイド使用に関しては,米国では80%以上の術後患者にオピオイドが処方されるのに対して,本邦では20%以下にとどまった6).つまり周術期鎮痛を計画する上で,「長期」のオピオイド鎮痛による影響を無視できない状況が生じている.
術式別手術1年後のオピオイド慢性使用状況を検証した研究では,単純乳房切除術,開腹胆嚢摘出術,人工股関節手術,人工膝関節手術でオッズ比2.0以上に達しており,胸部,上腹部,関節手術において術後オピオイドを慢性使用するリスクが高いことが示唆されている7).とくに整形外科手術では術前から鎮痛薬を使用していることが多く,人工股関節もしくは膝関節手術の初回手術を受けた8,975名において術前・術後における鎮痛薬の長期使用状況を調査した研究では,術前に25.1%がNSAIDs,23.8%がオピオイド製剤をすでに使用しており,術後9~12カ月経過した時期においても17.0%がNSAIDs,15.9%がオピオイドの使用を継続していたと報告している8).オピオイド種類別ではトラマドールが最も多く(18.5%),モルヒネ(3.2%),オキシコドン(2.4%)が続く.また別の研究では,脊椎手術を受ける患者の72.3%が術前からオピオイドを慢性使用しており,術前にオピオイドを使用していない患者においても18.3%が手術12カ月後にオピオイドを使用していた.周術期介入によるオピオイド慢性使用の予防効果を検証するため,術中に積極的にケタミンやリドカイン等を使用しmultimodal鎮痛に努めたところ,術後急性痛に対する鎮痛には有効であったが慢性痛やオピオイド長期使用には影響しなかったと報告している9).また末梢神経ブロックや硬膜外麻酔,脊髄くも膜下麻酔など区域麻酔の併用もオピオイド慢性使用には影響しないと報告している10).
手術による生体侵襲は感覚神経によって高次中枢に伝達され,ストレス反応が誘起される.この手術侵襲ストレス反応の一つである「痛み」によって術後心合併症リスクが上昇し離床やリハビリが遅延するため,オピオイドや抗炎症性鎮痛薬,アセトアミノフェン,区域麻酔などを用いて積極的に術後鎮痛が行われる.壊死組織や異物を除去するために炎症は不可欠である一方で,組織修復を促すために炎症が収束することもまた重要である.そのため手術侵襲による交感神経系や視床下部−下垂体−副腎軸の活性化により免疫系を賦活化し炎症が促進する一方で,遅れて術後免疫抑制を生じ治癒を促進する11).しかし術後鎮痛にオピオイドを使用することの多い術後1~3日前後は,直接腫瘍細胞を傷害するnatural killer(NK)細胞の抗腫瘍免疫活性が最も低下する時期である12).フェンタニルやモルヒネはこの術後免疫抑制作用を助長し,ブプレノルフィンやトラマドールは拮抗することががん手術における臨床研究で明らかにされており,さらにトラマドールは肺転移を抑制することが報告されている13,14).トラマドールはNK細胞活性を促進し,オキシコドンやヒドロモルフォンはNK細胞活性に影響しないことが示唆されているものの,がんの長期予後への影響は不明である.オピオイドのNK細胞への直接作用を検討するためにヒトNK細胞を各種オピオイドで処理し,慢性骨髄性白血病細胞株に対する細胞傷害能を検証した別の研究では,ブプレノルフィン,モルヒネ,メサドンは濃度依存性に腫瘍細胞のアポトーシスを促進しナロキソンで拮抗されたと報告している15).またトラマドールの代謝物であるO-desmethyltramadolによる作用は認めなかったとしている.また術前からのオピオイド使用患者では,術前から使用しているオピオイドによる免疫抑制への影響に加え,術中・術後のオピオイド使用量が増加するため,オピオイドの周術期における影響はオピオイド不使用患者と異なる可能性がある.
オピオイドの免疫抑制作用は,臨床上も感染のリスクを増加させることが近年注意喚起されている.人工関節手術における術前オピオイド使用は術後感染との強い関連性が示唆されており,肥満,糖尿病,免疫抑制剤の併用とともに術後感染の危険因子である16).またオピオイドと易感染性の関連は,内科領域においても問題となっており,侵襲性肺炎球菌感染症のリスクは基本的に使用するオピオイドが長時間作用性,高力価,高用量であるほど高いとしている17).オピオイド使用量がモルヒネ等価換算量60~90 mg/日の場合調整オッズ比は1.71,90 mg/日以上では1.75としているが,オピオイドの免疫抑制作用はその種類によって異なり,また必ずしも力価と相関するとは限らない.例えば,弱オピオイドのトラマドールは免疫反応を抑制しないが,同じく弱オピオイドのコデインは免疫抑制作用を有し,強オピオイドのフェンタニルやメサドンは免疫を抑制するが,同じく強オピオイドのオキシコドンやヒドロモルフォンは抑制しない(表1).オピオイドの精神依存や乱用は血中濃度が急激に上昇しやすい速放性製剤や注射剤ほど発生率が高いが,免疫系への影響については現状では,速放性でも徐放性製剤でも変わらないとしている.
薬品名(一般名) | 剤型 | 非がん性疼痛の適応 | 免疫抑制作用 | |
---|---|---|---|---|
弱オピオイド鎮痛薬 | トラマドール | 速放錠 | ◯ | × |
徐放錠 | ◯ | × | ||
アセトアミノフェン合剤 | ◯ | × | ||
ブプレノルフィン | 坐薬 | × | × | |
貼付剤 | ◯ | × | ||
ペンタゾシン | 錠 | × | × | |
コデイン | 1%[w/w](散,錠) | ◯ | ◯ | |
10%[w/w](散) | ◯ | ◯ | ||
強オピオイド鎮痛薬 | モルヒネ | 錠,原末 | ◯ | ◯ |
坐剤,内服液剤 | × | ◯ | ||
徐放剤すべて | × | ◯ | ||
オキシコドン | 散,錠 | × | × | |
徐放剤すべて | × | × | ||
フェンタニル | 1日用経皮吸収型製剤 | ◯ | ◯ | |
3日用経皮吸収型製剤 | ◯ | ◯ | ||
口腔粘膜吸収製剤,舌下錠 | × | ◯ |
またオピオイドの影響は感染症の起因菌によっても異なる可能性がある.入院中にオピオイドを使用した敗血症患者ではオピオイド不使用群と比較してグラム陽性菌の検出率は約2倍であり,グラム陰性菌の検出率はほぼ同等である18).またカンジダ検出率は6倍程度高いことが報告されている.整形外科手術においてオピオイドが手術部位感染の危険因子であり,起因菌としてグラム陽性球菌が多いことと合致している.またオピオイド慢性使用はICUにおける90日以内の死亡率と関連している19).
オピオイドは高位中枢において手術侵襲ストレスを抑制するのみでなく,末梢神経の侵害受容器や炎症部位の免疫細胞に発現するオピオイド受容体に作用し鎮痛と炎症制御に働くことが知られている20).同時にcyclooxygenase(COX)-2の産生を誘導する21).オピオイドは中枢性に鎮痛を促進する一方で,末梢においてはCOX-2の誘導を介して血管新生を促進し,腫瘍の進展に寄与している13).また免疫系は自然免疫と獲得免疫に大別されるが,感染のフロントラインに位置づけられ自然免疫を担う好中球やマクロファージはオピオイドにより活性酸素の産生が低下し,その貪食能が抑制される22).一方獲得免疫においてオピオイドは主にT細胞活性に影響する.ヘルパーT細胞には主にTh1,Th2細胞があり前者が感染防御や腫瘍免疫を担い,後者はアレルギー反応を促進する.両者のTh1/Th2バランスが長期的な免疫制御に重要であるが,オピオイド投与によってそのバランスがTh2側に偏ることによって易感染と発がんリスクが高くなることが示唆されている.
近年,外因性オピオイドがオピオイド受容体のみでなく,微生物などの異物や壊死物質を認識し免疫反応を促進するパターン認識受容体に作用することが明らかになった23).パターン認識受容体の一つであるToll様受容体(toll like receptor:TLR)は感覚神経終末,免疫細胞,脊髄後角のグリア細胞に発現しており,中枢性・末梢性感作や痛覚過敏に関与していることが示唆されている.オピオイドを乱用している敗血症患者では小腸絨毛組織が破壊されており水分や栄養素などの消化管吸収が低下しており24),動物研究からモルヒネを慢性投与したマウスでは腸内細菌が減少するが,TLR2/TLR4欠損マウスでは腸内細菌叢が保たれたと報告されている25).つまりモルヒネをはじめとするオピオイドはTLRへの作用を介して病原体や腫瘍細胞の識別を修飾し,感染や腫瘍の進展を助長している可能性が示唆されている(図1).
オピオイドの作用機序
NSAIDsの副作用として消化管粘膜障害,腎障害等があり,周術期の使用においては術後消化管縫合不全の発生を増加させる26).しかしアスピリンの使用期間が長くなるにしたがってがん死亡率が低下することが,食道がん,大腸がん,肺がんで示されており,胃がん,膵臓がん,前立腺がんではプラセボ群との差は認めなかった27).一方,手術操作により腫瘍が血中や周囲組織に播種する危険性の高い周術期に限定したNSAIDsの使用が,がんの長期予後に及ぼす影響は不明であったが,近年がん患者においてNSAIDsの周術期投与による炎症反応への影響を検証した前向き研究において,手術1時間前にセレコキシブ400 mg,術後12時間ごとに200 mgを5回内服した群(セレコキシブ内服群)ではコントロール群と比較して,術後6時間後のPGE2代謝産物の血中濃度が有意に低く,NK細胞やT細胞など腫瘍免疫に関わるリンパ球が増加していることが報告された28).周術期に用いるNSAIDsであるフルルビプロフェンは,がんの増殖を抑制しオピオイドによるNK細胞抑制に拮抗することが報告されており,オピオイド使用患者におけるがんの予後を改善する可能性が示唆されている13).
オピオイドによる有害事象や社会的な影響が注意喚起されている一方で,周術期の一時的介入がオピオイドの中止や減量に寄与する可能性は低いのが現状である.
しかし腰痛,股関節・膝関節痛などの非がん性疼痛に対しては,トラマドール以外のオピオイドを使用せずにNSAIDsやアセトアミノフェンをはじめとするmultimodal鎮痛を導入した場合,強オピオイドのみによる鎮痛と比較して良好な鎮痛を得られたとしている(SPACE trial)29).本邦では整形外科疾患に対してオピオイドを使用する場合,75.8%の整形外科医がトラマドールを選択しているとの調査結果が示されており6),これまでの研究ではトラマドールによる免疫抑制作用や感染・がん再発のリスクは示されていない.オピオイドの導入時期や種類,使用量を十分考慮し,患者の病態や状況に応じて,身体的にも精神的にも生活や社会活動が損なわれない適正な使用が安心・安全な鎮痛につながるものと考えられる.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.