2020 Volume 27 Issue 2 Pages 163-166
右股関節切断術後に生じた幻肢痛に対して,プレガバリン,アマンタジン,メキシレチンの併用療法を行い,とくにアマンタジンが奏効した症例を経験した.症例は59歳女性,右下肢壊死性筋膜炎による播種性血管内凝固症候群の増悪のため,全身麻酔下に右下肢の股関節離断術を受けた.術前から強い痛みを訴えていた.フェンタニルを用いた自己調節鎮痛を行ったが,術直後より右下肢の幻肢感覚,ジセステジア,断端痛が出現した.術後3日よりプレガバリンの投与を開始したが,幻肢感覚およびジセステジアの改善はみられなかった.術後8日よりアマンタジンの投与を開始すると徐々に症状は軽快した.術後31日よりメキシレチン投与を開始し,症状はさらに軽快した.四肢切断後の幻肢痛や幻肢感覚に対して,アマンタジンは有効である可能性が示唆された.幻肢痛には確立された治療方法はなく,NMDA受容体拮抗薬が奏効する作用機序として,中枢性に幻肢痛を形成すること自体を予防する可能性がある.また感染症や凝固障害により区域麻酔が施行困難になる症例の場合,メキシレチンの投与が有効である可能性がある.
幻肢痛は,失った四肢の部位に痛みが生じる現象であり,四肢切断後の50%の患者で発症,機序として末梢性の断端神経腫や中枢のN-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体活性化および神経系性的な変化などが示唆されているが,現時点でエビデンスが確立した薬物療法はない1).股関節離断術後の幻肢痛に対してアマンタジンとメキシレチンが有効であった症例を経験したので報告する.
本症例に関するアマンタジンの適応外使用および症例報告に関して,本人に対し口頭および文書にて説明を行い文書による同意を得ている.
患者:59歳,女性.身長145 cm,体重53 kg.
既往歴:関節リウマチ(プレドニン,メトトレキサート,エタネルセプト内服),両側人工股関節全置換術後,左人工膝関節前置換術後.
現病歴:右下腿の疼痛を主訴に近医受診し,壊死性筋膜炎の疑いで当院救急搬送された.播種性血管内凝固(disceminated intravenous coagulopathy:DIC)を併発しており,同日,筋膜切開,皮下組織デブリードマンを行った.入院後2日,DICの増悪を認め,大腿近位部の感染拡大に対して,右股関節離断術を行った.術前から下肢の痛みは強く疼痛コントロールは不良であった.
麻酔方法は,プロポフォール90 mg,ロクロニウム50 mg,フェンタニル100 µgで急速導入し,デスフルランとレミフェンタニル0.15~0.2 µg/kg/分の持続投与で麻酔維持を行った.術中は著明なバイタルサインの変動なく経過した.術後鎮痛目的に,フェンタニル自己調節鎮痛(patient controlled analgesia:PCA)を使用した.設定はフェンタニル20 µg/時間,ボーラス20 µg,ロックアウト時間5分とした.また手術直後にアセトアミノフェン1,000 mgとフルルビプロフェン50 mgの単回投与を行った.
術後2日に血液培養からA群溶連菌が検出された.抗生剤治療により炎症反応は改善傾向であった.術直後より右下肢に幻肢感覚が出現し,術後3日に当科に疼痛コントロールの依頼があった.
初診時には,うずくような断端の痛みと,はっきりとした幻肢感覚を認めた.右下肢の断端部から足趾先端までの「びりびりするようなジセステジア」を訴えていたため,幻肢痛と診断した.断端部の痛みの程度と幻肢感覚の程度はともにvisual analogue scale(VAS,0~最大100 mm)表示で95 mmであった.断端部の痛みに対してはPCAフェンタニルを継続的に使用した.幻肢感覚とジセステジアに対してプレガバリン150 mg/日の投与を同日より開始した.
プレガバリン開始以降も幻肢感覚としびれ感はともにVAS表示で100 mmを示したため,術後8日よりアマンタジン200 mg/日の投与を開始し,術後9日より300 mg/日に増量した.術後11日よりプレガバリン300 mg/日,アマンタジン400 mg/日へ増量した.術後15日で断端部痛が軽快したため,その時点でPCAを漸減し,終了した.また同日よりプレガバリン450 mg/日,アマンタジン300 mg/日とした.術後21日で幻肢感覚,ジセステジアはVASでそれぞれ78 mm,81 mmと軽快した.その際,「膝から先が短くなった感じ」と訴えた.術後30日の幻肢感覚はVASで81 mmであったが,ジセステジアは53 mmと著明に改善した.幻肢感覚は「足先が膝下くらいまで短くなった」と訴えた.術後31日にメキシレチン200 mg/日を追加投与した.術後36日にアマンタジン450 mg/日へ増量した.術後42日よりメキシレチン300 mg/日に増量した.原疾患に対する炎症反応が順調に軽快したため,術後43日に回復期リハビリテーション病院へ転院となった.3種の薬剤を併用した退院時の幻肢感覚,ジセステジア,断端痛はVASでそれぞれ68 mm,42 mm,24 mmと初診時と比較して著明に改善していた.また「膝から下の部分の感覚はあるが,太ももの感覚はない」と訴えた(図1治療経過参照).
治療経過および幻肢感覚,ジセステジア,断端痛の推移
PCAフェンタニル:フェンタニル自己調節鎮痛(持続:フェンタニル20 µg/時間,ボーラス:20 µg,ロックアウト時間:5分)
幻肢痛の治療方法として,抗痙攣薬・抗うつ薬・NMDA受容体拮抗薬などの薬物療法,神経ブロック療法(局所麻酔薬),鏡療法などの報告がある2–4).しかし,十分なエビデンスが確立された治療方法はない1).本症例では,Ca2+チャネル α2δリガンドによっても症状が軽快せず治療に難渋していたが,NMDA受容体拮抗薬であるアマンタジンを使用後に,幻肢感覚,ジセステジアの症状が軽減した.
過去には,NMDA受容体拮抗作用を有するケタミンが中枢性疼痛の半数の患者で有用であったとする報告や5),周術期の静注もしくは硬膜外ケタミン投与が幻肢痛の急性痛を緩和するという報告がある6).Nikolajsenら7)はケタミンの静注が幻肢痛を有意に減少させると報告している.その報告のなかで,プラセボ群は4週間経過後も疼痛の改善はみられていないことから,幻肢痛は4週間程度で自然軽快しないことが示唆される.本症例では,プレガバリンの単独使用期間は5日間であったため,プレガバリンの効果については不明である.アマンタジンの併用以降,症状が軽減されたことを考慮すると,アマンタジンが,あるいは,プレガバリンとアマンタジンの併用が本症例で奏効した可能性が高いと考えている.そのため,プレガバリンの有効性の検証目的に,今後は,プレガバリンの減量,休薬が必要であり,今後の課題である.
幻肢痛の病態は神経障害性疼痛であり,その発症には末梢神経(神経腫)からの異常インパルス,脊髄・脳の易興奮性など複雑な相互作用が考えられている.幻肢痛の発症メカニズムにはまだ不明な点もあるが,神経回路の可塑的変容が原因の一つと考えられている.この神経回路の可塑的変容にグルタミン酸がかかわっている8).グルタミン酸受容体には,NMDA受容体と,非NMDA受容体があるが,通常グルタミン酸が結合するのはAMPA受容体(非NMDA受容体)で,NMDA受容体はイオンチャネルがMg2+イオンで閉鎖され不活性の状態となっている.しかし,侵害受容器への刺激が続くと,シナプス前終末からのグルタミン酸の遊離が増え,AMPA受容体の活性化によって一過性の速い膜脱分極が起こり,NMDA受容体のMg2+イオンによる阻害が取り除かれる9).さらに,一次ニューロンからサブスタンスPが遊離され,二次ニューロン細胞膜上にあるニューロキニン1(NK1)受容体に結合,プロテインキナーゼC(PKC)の産生を介し,NMDA受容体の活性化を促す.NMDA受容体の活性化が進むと,ここからCa2+イオンが細胞内に流入し,Ca2+イオン依存性酵素が活性化され,プロスタグランジン(PG),一酸化窒素(NO)といった痛覚促進物質が産生される.PGは脂溶性であり,NOは気体であるため,これらは容易に細胞膜を通過して,他のニューロンにも広がる.これが痛覚系の過度の興奮を引き起こす要因となると考えられる10,11).また,GABAの作用低下により相対的にグルタミン酸の作用が優位になった結果,視床やS1ニューロンの興奮性が高まるとされ12),このようにグルタミン酸が大きくかかわっていることが,アマンタジンなどのNMDA受容体拮抗薬が有効性をもつ根拠と考えられる.幻肢痛による痛みの発症機序には,末梢性のものと中枢性のものがあるとされる3).本研究で使用したNMDA受容体拮抗薬であるアマンタジンは,中枢性の機序に作用する薬剤であるといえる.
幻肢痛は幻肢感覚に痛みを伴う状態であり,切断前の痛みが幻肢痛発症のリスク因子13)とされるため,切断前から疼痛管理を始める必要性があると考えられる.本症例では,術前から下肢の痛みは強く疼痛コントロールは不良であった.これが幻肢痛の形成に関与した可能性は否定できない.合併症をもたない患者には区域麻酔を併用し先行鎮痛を行うことで,幻肢痛の形成を抑制できる可能性がある.
ペインクリニック治療指針第6版1)によれば,幻肢痛に対する神経ブロック療法・局所麻酔薬には明確な指針が示されていない.一方で,幻肢痛の鎮痛目的に末梢神経ブロック14)や硬膜外ブロック15)を併用し有効であったとする報告がある.本症例では,周術期は感染症およびDICによる凝固障害が生じており,硬膜外麻酔や末梢神経ブロックをはじめとする区域麻酔の併用は困難であった.そこで区域麻酔が施行できない代わりにメキシレチンを使用,奏効した.本症例のような壊死性筋膜炎による股関節離断症例ではしばしば全身状態の悪化や凝固障害,感染症の問題で区域麻酔の施行が困難になるため,末梢性機序の神経腫に対しNa+チャネルブロッカーであるメキシレチンも幻肢痛の治療に有用である可能性がある.
幻肢痛にプレガバリンとアマンタジン,メキシレチンの併用で症状が軽快した症例を経験した.幻肢痛には確立された治療方法がないが,NMDA受容体拮抗薬が奏効する症例が存在し,またその機序は中枢性に幻肢痛を形成すること自体を予防する可能性がある.また壊死性筋膜炎に対する四肢の離断術のように感染症や凝固障害により区域麻酔が施行困難になる症例の場合,メキシレチンの投与が有効である可能性がある.