Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Gasserian ganglion block for intractable cephalalgia caused by ethmoid sinus carcinoma: a case report
Masaki HORIMichiko KUDONobuhiro AKIYAMA
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2020 Volume 27 Issue 2 Pages 155-158

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Abstract

右篩骨洞がんの頭蓋骨,脳実質浸潤によるがん性頭痛の緩和治療を報告する.症例は60歳,男性.前医でモルヒネ50 mg/日持続静脈投与など施行されたが,右頭痛,右顔面痛は軽減しなかった.当院へ転院後,オキシコドンとケタミンの持続皮下投与へ変更し漸増したが,十分な疼痛緩和が得られなかった.無水エタノールによる右ガッセル神経節ブロックを施行し,顔面痛に加えて頭痛の軽減が得られた.オピオイドを減量して一時的に在宅療養が可能となった.ガッセル神経節ブロックは顔面痛だけでなく腫瘍の硬膜浸潤による頭痛に対しても有効である可能性が示唆された.

I はじめに

頭部,耳鼻科領域の悪性腫瘍は脳神経などへ浸潤し,疼痛管理に難渋することも多い.今回,右篩骨洞がんの頭蓋骨,脳実質浸潤によるがん性頭痛に対して,一般的に顔面痛の緩和目的に施行されるガッセル神経節ブロック(Gasserian ganglion block:GGB)が有効であった症例を経験したので報告する.

本症例報告にあたり,遺族,所属施設の承認を得ている.

II 症例

患者:60歳,男性,右篩骨洞がん.

主訴:右頭痛,右前額部痛,右上顎部痛,嘔気,浮動性めまい,複視.

既往歴:造影剤アレルギー.

入院前経過:X−2年Y月より複視を自覚した.Y+6月,症状が改善しないため前医を受診した.頭部CT検査上,右篩骨洞を中心に右前頭洞,右鼻腔に広がり,右前頭葉に浸潤する腫瘍を認めた.生検で非角化型未分化がんと診断された.脳実質浸潤のため外科治療は適応外とされ,定位放射線治療が施行された.X年Z月のMRI検査上,右前頭洞に再発腫瘍を認め,テガフール・ギメラシル・オテラシルカリウムが投与された.Z+5月,頭痛,顔面痛が増悪し前医へ入院した.モルヒネ50 mg/日持続静脈投与,デキサメタゾン3.3 mg/日静脈投与,ロキソプロフェンナトリウム180 mg/日経口投与などが行われた.疼痛増悪時のモルヒネレスキュードーズ後は傾眠となった.Z+6月,緩和医療目的で当院へ転院した.

入院時現症:意識清明,易怒的であり,傾眠ではないがほぼ終日頭部を押さえ臥床していた.瞳孔径3 mm(不同なし),ケルニッヒ徴候陰性,体動,食事と無関係に嘔吐した.右前額部,両眼瞼,右頬部は腫脹し,眉間右側の生検創は離開していた.腫脹部位の触診,知覚試験には同意を得られず,数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)などを用いて痛みの強さを評価することにも協力が得られなかった.血液検査では,肝腎機能障害や感染を疑わせる炎症反応上昇はみられなかった.Eastern Cooperative Oncology GroupによるPerformance Status(ECOG-PS)は3,Palliative Prognostic Score(PaPスコア)は5.5と評価した.

入院後の経過:嘔気はオランザピン10 mg/日投与により改善した.前医でのモルヒネ増量が無効であったため,オキシコドンへスイッチを試みた.またオピオイドの効果増強,耐性改善目的にケタミンを追加した.オキシコドン50 mg/日+ケタミン50 mg/日持続皮下投与より開始し漸増した.同時にアセトアミノフェン3,000 mg/日静脈投与も併用したが,除痛効果は不十分であった.転院13日後の頭部CT検査では,右篩骨洞腫瘍,頭蓋内腫瘍(嚢胞)はともに増大し,頭蓋内腫瘍周囲の脳浮腫が増悪していた(図1).また腫瘍は右副鼻腔,鼻腔周囲,右下顎骨に直接浸潤していた.脳浮腫に対しデキサメタゾン19.8 mgを3日間投与,以後漸減し継続した.また濃グリセリン・果糖注射液600 mlを7日間投与した.本人にオピオイドスイッチング後も十分な除痛が得られない現状を説明し,インターベンショナル治療を提案した.腫瘍穿刺,出血,髄膜炎を含む感染の危険性を説明し同意を得たうえで,転院17日後に右GGBを計画した.

図1

転院13日後の頭部CT検査

右篩骨洞腫瘍は頭蓋骨,頭蓋内へ浸潤し,頭蓋内腫瘍周囲に脳浮腫を認める.

GGBは単回の施行で三叉神経第1枝(V1),第2枝(V2),第3枝(V3)の知覚低下を広範囲に得るために,無水エタノールを用いた.手術室で酸素投与,プロポフォール100 mg/時程度の持続静脈投与下に施行した.仰臥位で頭部を軽度懸垂位,左側に向け,X線を尾側より入射し卵円孔を同定した.皮膚に局所麻酔薬を浸潤し22 G 100 mmブロック針を刺入,針が卵円孔へ進入後プロポフォール投与を中止した.生理食塩水を満たした1 ml注射器を付けて圧を加えながら針を進め,抵抗が減弱した部位で針先端位置を側面像で確認した.針先端を斜台より約5 mm手前までさらに進めた.覚醒し疼痛を強く訴え,体動が出現した時点で2%メピバカインを0.2 ml投与した.直後より落ち着いて会話が可能となった.疼痛の訴え,触刺激での知覚変化を確認しながら,2%メピバカインを0.05 mlずつ追加投与した.計0.4 ml投与20分後,患者本人から「納得できる程度の除痛」との評価が得られた.右V2,V3領域の痛覚低下と触覚低下がみられたが,無知覚とならなかった.複視増悪,右顔面麻痺がないことを確認し,無水エタノールを0.4 ml投与し抜針した.GGB施行前後でセフトリアキソンを静脈投与した.

GGB施行翌日,触刺激で右顔面の知覚低下は不明瞭であった.しかし,動作はスムーズとなり会話が増え,嘔気を訴えずに食欲が亢進した.ケタミン投与は中止し,オピオイドを漸減してフェンタニルクエン酸塩貼付剤1 mg/日へ変更したが,疼痛の訴え,レスキュードーズ回数に変化はなかった.疼痛部位は右前額部の顔面に限局した.転院24日後,0.75%ロピバカイン3 mlによる右眼窩上神経ブロックを施行した.これによりV1領域は無知覚となり,右前額部の顔面痛は軽減した.同日,無水エタノール2.5 mlで同様に眼窩上神経ブロックを施行した.転院25日後,本人の希望により退院した.退院後は強い疼痛を訴えずに座位で過ごし,外出も可能であった.転院31日後に頻尿のため再入院した.再入院時,触刺激で右V1領域は無知覚であり,右V2,右V3領域の知覚は低下していた.その後,右前額部の顔面痛,右側頭部痛は増悪し,フェンタニルクエン酸塩貼付剤を4 mg/日まで漸増した.転院48日後の頭部CT検査では,原発腫瘍,頭蓋内腫瘍とも増大し,頭蓋骨への腫瘍浸潤は増悪していた(図2).転院49日後,夜間の失見当識言動が増え過活動せん妄が疑われたため,鎮静と鎮痛目的に夜間のみミダゾラムとケタミンの持続皮下投与を開始した.徐々に左上下肢の脱力が出現し,ミダゾラム,ケタミンを減量後も覚醒不良となった.転院67日後に永眠した.

図2

転院48日後の頭部CT検査

右篩骨洞腫瘍,頭蓋内腫瘍はさらに増大し,頭蓋骨への腫瘍浸潤が増悪している.

III 考察

本症例ではGGBが顔面痛だけではなく,頭痛の緩和にも有効であった.本症例では病変部の診察,自覚する疼痛を詳細に質問されること,NRSなどを用い疼痛強度を表現することに抵抗感を示した.このため疼痛評価は困難であった.しかし前医でモルヒネのレスキュードーズ後は傾眠となり,転院後オピオイドをオキシコドンとケタミンへ変更後も疼痛の訴えは軽減しなかった.したがって薬物療法のみで疼痛緩和を図ることは困難と考え,神経ブロックの追加を検討した.

腫瘍の進展状態より,疼痛には三叉神経の関与が大きいと考えた.腫瘍の原発部位である右篩骨洞から右眼窩,右前頭部周囲の知覚はおもにV1が支配している1,2).また腫瘍の脳実質浸潤より,頭痛の主因として腫瘍自体の硬膜浸潤と脳圧亢進に伴う硬膜刺激を考えた.腫瘍は右前頭葉に浸潤していたので,疼痛はおもに右上顎神経硬膜枝1,3),右下顎神経硬膜枝1,3)が伝達していると考えた.したがって,疼痛の詳細な評価は困難であったが,右GGBが疼痛緩和に有効と考えた.患者はおもに頭痛を訴えていたため,硬膜由来の痛覚遮断のためにV2,V3の遮断を確実に行うことが重要であった.患者の生命予後は限られていたため,無水エタノールによるブロックでV1を含めた全枝を遮断し,早期の完全除痛を目指すことが患者の利益になると判断した.

結果的に,本症例ではGGB単独で完全除痛を達成できなかったが,頭痛の訴えは大きく改善し,オピオイドも減量することができた.身体機能についても,GGB施行前後でECOG-PSは3から2へと改善し,一時退院が可能となった.再入院後疼痛の訴えは増悪したものの,病室で愛用するカメラの手入れをし,テレビを観て気に入った名産品を取り寄せるなどの生活は続けていた.GGBでV1領域の知覚低下は得られなかったので,主要な除痛効果は上顎神経と下顎神経の硬膜枝が不完全ながら遮断できたことによると考えられる.GGB後に訴えた右前額部の顔面痛は前額部皮下への腫瘍浸潤も原因の一つと考えた.V1末梢枝である右眼窩上神経をロピバカインで遮断しある程度の除痛が得られたことを確認のうえ,無水エタノールによる同神経ブロックを施行した.

「がん性痛に対するインターベンショナル治療ガイドライン」において三叉神経ブロックは推奨度Bとされており4),有効性が報告されている58).これらの報告では三叉神経ブロックが顔面痛に対し施行されている.本症例の経験から,GGBはがん病変による顔面痛だけでなく,頭蓋内浸潤による難治性頭痛を緩和することができる可能性が示唆された.

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