Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Saddle block with tetracaine for perineal pain after urethral self-catheterization: a case report
Keisuke SHIIHARATakami NAKANOJunji TAKATANITetsuya UCHINOKentaro OKUDATakaaki KITANO
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2020 Volume 27 Issue 2 Pages 159-162

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Abstract

自己導尿時の会陰部痛に対して,高比重テトラカイン溶液によるくも膜下サドルブロックが奏効した症例を報告する.間質性膀胱炎と神経因性膀胱による排尿障害の患者で,自己導尿の際に強い会陰部痛を生じていた.各種鎮痛薬による内服加療や交感神経ブロック,神経根ブロックを行ったが効果が不十分であったため,20%ブドウ糖液に溶解したテトラカインを用いてくも膜下サドルブロックを行った.0.5%溶液では持続的鎮痛効果が得られなかったが,1.0%溶液を使用したところ月単位での良好な鎮痛を得た.テトラカインは粉末製剤なので,膀胱直腸障害をきたさない濃度を症例ごとに調整することが可能である.また鎮痛効果が可逆的であるため,繰り返しの施行が必要になる点が課題ではあるが,フェノールグリセリンを用いた神経破壊が適応にならない症例で,会陰部の鎮痛のための有用な手段となりうる.

I はじめに

難治性の会陰部・肛門部痛に対しては,フェノールグリセリンを用いたくも膜下サドルブロックで神経破壊が行われることがある.しかし,不可逆的な膀胱直腸障害などの合併症を生じる可能性が高いため,通常は尿路変更や人工肛門などを造設したがん患者が対象になる1).今回,非悪性疾患による疼痛に対して,濃度調整したテトラカインを用いて,合併症なく鎮痛効果を得られた症例を経験したので報告する.

本症例は,患者から論文投稿の承諾を得ており,報告すべき利益相反事項はない.

II 症例

患者:54歳,女性.

既往歴:間質性膀胱炎,神経因性膀胱,陰部ヘルペス.

現病歴:上記既往に対し当院泌尿器科で加療されていた.間質性膀胱炎後に尿意を消失し,膀胱水圧拡張を行っても尿意を生じないため,12 Frの自己導尿用カテーテルを用手的に尿道に定時的に挿入して排尿する方法を採用していた.当科を紹介受診した際には,間質性膀胱炎に起因すると思われる下腹部痛と,自己導尿時に生じる外陰部から会陰部に放散する疼痛[numerical rating scale(NRS)8]が主訴であった.間質性膀胱炎以外の器質的病変は認められず,プレガバリン,ガバペンチン,クロナゼパム,ロキソプロフェン,アセトアミノフェン,コデイン散,ジクロフェナク坐剤などの薬物療法を行い,下腹部痛には一定の効果が得られたが,自己導尿時の疼痛はほぼ不変であった.不対神経節ブロックおよびS4仙骨神経根ブロックを,局所麻酔薬とパルス高周波法で行ったところ,自己導尿時の疼痛範囲は一部縮小したもののNRSは不変であった(図1).局所麻酔薬による仙骨硬膜外ブロックは短時間の効果に限られた.このため,テトラカインによるくも膜下サドルブロックを計画した.

図1

サドルブロック前の疼痛範囲

治療経過:それまでの神経ブロック療法では長期的な効果が得られなかったため,濃度調整が容易なテトラカインを用いてのサドルブロックを実施した.テトラカイン20 mgを20%ブドウ糖液4 mlに溶解し0.5%溶液とした.患者を坐位とし,上体をやや背側に傾けてL5/S1の棘突起間から25 Gのspinal針を刺入し,髄液の逆流を確認した.0.5%溶液0.5 mlをゆっくりと注入し,5分経過したところで会陰部の知覚低下が出現したことを確認し,坐位のまま約1時間安静とした.足背に軽度の違和感を自覚していたが,下肢の脱力はみられず歩行にも支障をきたさなかった.また膀胱直腸障害を生じることはなかった.自己導尿時の疼痛は術前のNRS 8からNRS 2と軽減したが,鎮痛効果は半日程度であった.3週後にも同様に2回目のサドルブロックを行ったが,鎮痛効果はほぼ同等であった.そのため3回目以降は効果の増強と延長を期待して,テトラカイン20 mgを20%ブドウ糖液2 mlに溶解した1.0%溶液1.0 mlを用いて,同様にくも膜下サドルブロックを実施した.右鼠径部から大腿内側の一部に疼痛が残存したが,外陰部から会陰部のほぼ全域で自己導尿時の疼痛がNRS 1から2に軽減し(図2),最大4週間程度の持続効果が得られるようになった.知覚低下が回復してくるのに伴って疼痛が再燃するため,現在1.0%溶液0.5~1.0 mlを用いて1~2カ月の間隔で継続し,いずれの期間にも膀胱直腸障害は生じていない.サドルブロック以前は内服薬としてカルバマゼピン300 mg/日,プレガバリン300 mg/日,ロキソプロフェン180 mg/日,ジクロフェナク坐剤25 mg頓用,コデイン散10 mgの頓用を使用していたが,サドルブロック後はプレガバリン250 mg/日とコデイン散10 mgの頓用を1日3回程度併用することで安定した鎮痛効果を得られており,目立った副作用なく経過している.

図2

1.0%テトラカインによるサドルブロック後の疼痛範囲

III 考察

会陰部痛の原因はさまざまである.交感神経由来の疼痛であれば不対神経ブロックなどの交感神経ブロックを,限局した神経根性の疼痛であれば仙骨神経根ブロックなどを,神経破壊薬や高周波熱凝固法などを用いて行うことで,鎮痛効果が期待できる1).くも膜下サドルブロックも有用な方法の一つである2).しかし,フェノールグリセリンを用いた場合には不可逆的な膀胱直腸障害を生じる可能性が高く,尿路変更や人工肛門がある患者には良い適応だが,その機能を温存する必要がある場合には適応とはならない3).またフェノールグリセリンは市販されていないため,院内で調剤しなければならない.

テトラカインはエステル型の局所麻酔薬であり,蛋白結合率75.6%で長時間作用性である4).作用発現が遅く必要量が多くなるため,脊髄くも膜下麻酔と表面麻酔で使用されることが多い.また,粉末結晶20 mgを溶解して使用するため,溶媒の量や濃度を変えることでさまざまな濃度や比重の溶液を調製できる利点があり,脊髄くも膜下麻酔の場合は0.5~1.0%の濃度で使用される.

本症例では,間質性膀胱炎由来の下腹部痛には内服加療で一定の効果が得られた.しかし,通常時にはみられず自己導尿時にのみ生じる外陰部から会陰部に放散する疼痛が難治であった.支配神経としては陰部神経(仙骨神経S2~4前枝)の関与が考えられたため,不可逆的な膀胱直腸障害を避ける目的で,テトラカインによるサドルブロックが計画された.

Igarashiらは再発直腸がん患者の会陰部痛に対して,20%ブドウ糖溶液に溶解した10~20%のテトラカイン(最大130 mg)を用いてサドルブロックを行い,良好な鎮痛を得たと報告している5).しかしテトラカインの最大安全使用量は,脊髄くも膜下麻酔で20 mgとされている6)ことから,本症例ではテトラカイン濃度0.5~1.0%とし,0.5~1.0 ml(2.5~10 mg)を用いた.上記報告と比較して低用量であるが疼痛の軽減が得られ,同部位には知覚低下を生じていた.また薬剤の作用時間を超えて最長4週間程度の鎮痛効果を得ることができ,かつ膀胱直腸障害をきたすことなく経過した.本症例では以前より尿意がないため膀胱障害は問題にならないが,直腸障害が生じなかった理由としては,神経線維に対する局所麻酔薬の作用順序(温痛覚→触覚→圧覚→運動)が関係している可能性がある.つまり痛覚には作用するが触覚以下には影響しない濃度であったと考えられる.テトラカインは他の局所麻酔薬と比較して作用時間が長く,神経毒性はジブカインに次いで強いとされており,神経破壊には至らずに長期の効果を得ることができた可能性がある.脳脊髄液の密度には個人差があり,病態によっても変化しうるが,おおむね1.0003~1.00059 g/ml4,7)であると報告されている.溶媒である20%ブドウ糖液の密度は1.074 g/mlであることから8),フェノールグリセリンを用いたサドルブロックの場合と同様に,注入した薬液は尾側へ沈み効果を下位仙髄に限定することができたと考えられる.ブロック前の疼痛のデルマトームはS3~4が中心だが,右L2(一部L1)と考えられる部位にも疼痛を生じていた.後者の部位はブロック後に疼痛が軽減しなかったため,ブロック部位よりも中枢になんらかの原因が存在する可能性も考えられたが,原因の同定には至っていない.

フェノールグリセリンによる神経破壊と異なり,本症例でのテトラカインのブロック効果は可逆的であるため,他に方法がない場合には有用な治療となるが,1~2カ月の間隔で繰り返しの施行が必要になる点が課題である.しかし可逆的であるからこそ薬液調整を繰り返しながら至適用量,至適濃度を検討することができるともいえる.また,ジブカインは強い神経毒性のために米国ではくも膜下麻酔に使用されないことや,馬尾症候群の報告があることなどから9),テトラカインのほうが安全性の点で有利であろう.

過去の報告によると,テトラカインの濃度は0.5~20%,溶媒であるブドウ糖液の濃度は10~20%,注入量は0.3~1.0 ml程度が用いられており,本症例でもより高濃度の薬液を用いることによって効果持続時間を延長させられる可能性もある.薬液濃度や溶媒を工夫することで効果範囲や効果の強度を調整できる余地があり,今後のさらなる検討が必要である.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第52回大会(2018年7月,東京)において発表した.

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