Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Cervical epidural analgesia effectively reduces headache/facial pain associated with paranasal sinus cancer invasion of the clivus: a case report
Junko TACHIBANASeiji HATTORI
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2020 Volume 27 Issue 2 Pages 180-183

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Abstract

上顎洞がん,頭蓋底浸潤による頭痛・顔面痛に対し,頸部硬膜外鎮痛法を行い,全身オピオイド中止とともに眠気とADL(activity of daily living)が改善し,転院が可能となった.頭頸部・顔面の難治性の痛みに対して硬膜外鎮痛法が有用である可能性が示唆された.

I はじめに

脳神経系領域のがん疼痛には,神経ブロックや脊髄鎮痛法が困難なことが多く,オピオイドの全身投与に頼らざるを得ない.今回,頭蓋底浸潤による強い頭痛に対して頸部硬膜外鎮痛法が有効だった症例を報告する.

なお,本症例の報告においては口頭で患者とその家族の承諾を得ており,所属施設における医の倫理委員会に報告済みである(受付番号:19–8).

II 症例

患者:50代,男性,165 cm,50 kg

主訴:持続する頭痛・顔面痛(目の奥の痛み)

現病歴:X−3年に顔面腫脹・複視が出現(X:初診日).上顎洞がんStage 4と診断された.局所の化学療法併用放射線治療で原発巣は縮小したが,斜台浸潤が悪化したため全身化学療法を行っていた.

X−3カ月から頭痛が出現し,アセトアミノフェンとオキシコドンの内服が開始された.X−2カ月,抗がん治療を中止し,症状マネジメントを中心とした治療方針となった.X−2日,頭痛が増強し,オキシコドン徐放製剤が100 mg/日まで増量されていたが,顔面に露出した腫瘍血管からの出血でX−1日に緊急入院となった.

入院時検査では頭蓋底浸潤,斜台の破壊像を認めたが脳内への直接浸潤・転移はなかった(図1).入院後,自然に止血したが頭痛が悪化したため,オキシコドン注射薬IV-PCA(patient controlled analgesia)に変更された.オキシコドン5 mg/mlを持続投与1 ml/h(120 mg/日),レスキュー量1 ml/回,ロックアウト時間10分でNRS(numerical rating scale)は10から4にいったん低下したものの,痛みはすぐに増強し,オキシコドン132 mg/日でもNRS 9のため当科に紹介となった(X日).

図1

入院時のCT画像

a:左上顎洞がん(冠状断)

b:斜台の破壊(矢状断)

c:頭蓋底浸潤(軸状断)

治療経過(図2):初診時,強い頭痛で臥床できず,一日中テーブルに突っ伏していた.痛みによる不眠とオピオイドによる眠気で,傾眠傾向であった.患者と家族に書面でインフォームドコンセントを確保したのち,座位で頸部硬膜外カテーテルをC7/Th1から留置した.

図2

治療経過

硬膜外鎮痛法開始時の薬液内容は,1%モルヒネ塩酸塩50 mg,0.25%レボブピバカイン60 ml,生食250 ml,総量315 ml,投与設定は,持続投与3 ml/h,レスキュー量3 ml/回,ロックアウト時間30分(モルヒネ11.4 mg/日)とした.その後疼痛は軽減し,硬膜外腔モルヒネ投与量を増量しながら,全身投与のオキシコドンを漸減した.

硬膜外鎮痛開始3日目(X+3日)には眠気は消失し,トイレ歩行が可能となった.X+7日には仰臥位での睡眠,気分転換の散歩やテレビ鑑賞が可能となり,転院希望の意思も本人から確認できた.

X+12日にはオキシコドンは中止し,硬膜外腔モルヒネ120 mg/日だけでNRS 2となった.X+13日に硬膜外カテーテル留置・皮下ポート設置術を施行した(図3).透視下にカテーテルをTh2/3から挿入,先端をC3部位に置き,皮下ポートを左前胸部に作成した.X+14日,地元に転院となった.

図3

頸部硬膜外カテーテル留置・皮下ポート設置術

矢印:カテーテル先端C3椎体上縁

III 考察

上顎洞がんを含む副鼻腔がんは,世界で年間86,000人が発症し50,000人が死亡する1).頭頸部がん全体の3%を占め,中高年の男性に多い2).手術以外では放射線化学療法(CCRT)を実施することが多く3),5年生存率は局所発症で85%,遠隔転移がある場合は44%と報告されている4).がんの痛みに対するガイドラインは確立しているが,頭蓋底や眼窩への浸潤を伴う激しい痛みの治療法は確立していない.

一方,上顎洞がん,口腔がん術後鎮痛方法にRoussierらやSinghalらは頸部硬膜外腔フェンタニルが静脈内投与よりも効果があると報告している5,6).このことから,上顎洞がんなどの頭頸部がんの痛みに対して頸部硬膜外鎮痛法が少なからず効果を示す可能性が予想される.

頭蓋底の斜台部腫瘍には髄膜腫,脊索腫が多く,他にも悪性リンパ腫,頭蓋底転移(乳がん,前立腺がん,肺がんなど)がある7).これらの腫瘍でも,頭頸部がんと同様に難治性頭痛を認めることがあり,頸部硬膜外鎮痛法の適応範囲も広がるかもしれない.

本症例は,全身投与のオピオイドでは痛みを軽減することができず,副作用の眠気が先行している状態であった.頸部硬膜鎮痛法で痛みが軽減し,オピオイドの全身投与を中止できたことで眠気とADLの改善につながった.頭蓋底と部位は異なるが,上述の口腔内手術後の鎮痛に頸部硬膜外鎮痛法が有効であるという報告に矛盾しない.

硬膜外腔に投与されたモルヒネは脳脊髄液に移行して脊髄神経・脊髄後角に作用し,痛みを伝える脊髄神経の近傍にカテーテル先端を置くことが推奨されている.顔面の痛みの責任神経は脳神経系になるため脳室内モルヒネ投与の適応となるが,施術経験がないため頸部から脳脊髄液へのモルヒネの移行8)を期待して,進めることができた一番上位のC3椎体上縁にカテーテル先端を置いた.

モルヒネ初期投与量は,経口モルヒネ換算の30分の1とした9).カテーテル留置直前のオキシコドン注射薬は経口モルヒネ換算で270 mgであったため,硬膜外腔モルヒネで9 mg/日相当であることを参考に,痛みが強かったので,やや多めの11.4 mg/日から開始した.

硬膜外腔モルヒネ投与の合併症として呼吸抑制があげられ,開始後数日は呼吸循環動態を監視しなくてはならない.当科ではこれまで100例以上実施しているが,呼吸抑制や呼吸停止は経験していない.すでに全身投与でオピオイドが大量に使用されていることが影響しているのかもしれない.

当院では適応を見極めたうえで積極的に頸部硬膜外鎮痛法を行っている.本症例に硬膜外鎮痛法を行わなかった場合,オピオイドの全身投与に頼らざるを得ない.本症例のようにオキシコドン注射薬132 mg/日で痛みを軽減できず眠気だけが強くなっている状態では,オピオイドを変更したとしても時間を浪費するだけで地元で家族と過ごすことはできなかったであろうと予想される.

IV まとめ

頭頸部腫瘍,転移性頭蓋底転移のがん疼痛管理に行き詰まったとき,頸部硬膜外鎮痛法も選択肢のひとつとして検討できるのではと考えて症例を提示した.頸部硬膜外鎮痛法を実施したことで,痛みと眠気が改善し,患者本人の意思決定が可能となり地元への転院が実現できたことはがん終末期においては非常に大きな意味があったと思われる.

この論文の主旨は,日本ペインクリニック学会第52回大会(2018年7月,東京)において発表した.

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