Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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A case of back pain with a diagnosis of dementia with Lewy bodies (DLB)
Hanae MAEJIMAMasaki KITAHARA
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2020 Volume 27 Issue 2 Pages 184-187

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Abstract

認知症は慢性疼痛の症状や治療に大きく影響するため,早期に気づき介入することが必要である.痛みの訴えによってペインクリニック外来を訪れる患者のなかには,痛みが実は認知症のために表れている症状の一つに過ぎず,本当の問題は認知症であるということがある.今回,睡眠障害を伴う難治性の背部痛として当科を紹介受診し,軽度のparkinsonismや幻覚,強い抑うつの存在からレビー小体型認知症(dementia with Lewy bodies:DLB)の診断に至った1症例を経験した.診断後はDLBに対する薬物治療,認知機能に影響を及ぼす可能性のある鎮痛薬の整理のほか,今後予想される生活機能の低下への福祉的対応が必要であった.DLBは多彩な症状(認知機能低下以外に睡眠行動異常やparkinsonism,幻覚など)があるものの,アルツハイマー型認知症(Alzheimer's disease:AD)のように早期から記憶障害が前面に出現せず,疑わなければ気づきにくい.認知症の存在に気づくためには,認知症に関する知識の習得や高齢者に対する積極的な認知機能検査が必要である.

I はじめに

高齢化社会が進み,認知症は医療だけでなく社会的にも大きな問題となっている.痛みの訴えによってペインクリニック外来を訪れる患者のなかにも,痛みが実は認知症のために表れている症状の一つに過ぎず,本当の問題は認知症であるということがある.認知症は認知機能の低下からADLの低下をもたらし,慢性疼痛の症状や治療に影響する.認知症はアルツハイマー型認知症,脳血管性認知症,レビー小体型認知症(DLB),前頭側頭型認知症に分類されるが,その種類によって慢性痛への影響の仕方はさまざまである1).DLBは,幻視やparkinsonismを伴う進行性の認知症に注意・覚醒機能の変動を伴う.さらにDLBは大脳・脳幹だけでなく末梢交感神経節や内臓自律神経系にも変性が及ぶ全身疾患であり,著明なADL障害をきたしうる2)ため,早期の発見と進行予防のための治療の開始,生活機能低下への介入が必要である.今回,背部痛のため当科を受診した結果,DLBの診断に至った1症例を経験したので報告する.

本症例報告に際し,患者および家族からの同意を得た.

II 症例

患者:75歳,女性.

主訴:背部痛,睡眠障害.

既往歴:高血圧.

内服薬:トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合錠5錠/日,プレガバリン100 mg/日,アムロジピン,オルメサルタン,スボレキサント,ゾルピデム.

現病歴:当科初診10カ月前に転倒し,その後徐々に背部痛が増悪し,4カ月前から夜眠れないほどの痛みとなった.複数の内科,整形外科を受診するも諸検査にて内臓疾患や原因となる器質的要因を認めず,薬物療法を含むさまざまな治療によっても症状の改善がないため当科紹介となった.

生活歴:夫と死別,独居.痛みが強くなるまでは清掃の仕事を週5日行っていた.

初診時現症:片手杖歩行.背部に灼熱感を伴う痛みの訴えあり,同部位に圧痛点を多数認めた.感覚異常なし,脳神経所見異常なし.表情の乏しさ,動作の緩慢,左手指振戦を認めたが,筋固縮は認めなかった.当科で65歳以上にルーチンで行っているMini-Mental State Examination(MMSE)で25点と低下を認め(見当識−1点,計算−3点,遅延再生−1点),不安・抑うつのスコアであるHADS(Hospital Anxiety and Depression Scale)がH:15点,A:13点(いずれも21点満点)と高値であった.

検査所見:血液検査では軽度の腎機能低下(Cre 1.46 mg/dl)のみ.胸部・腰椎単純X線写真,頭部MRI検査で大きな異常なし.

経過:MMSEで認知機能低下が疑われたこと,アテネ不眠尺度で24点満点中19点と睡眠障害の訴えが強かったことから脳波検査を施行し,基礎律動の一部徐波化とθ波の混入を認めた.さらに詳細な問診で当科初診の少し前からの幻視・幻聴(亡くなった夫が見える,母が隣に寝ている,蝉が鳴いている),自律神経失調症状(立ちくらみ)を認めたためDLBを疑い,神経内科に併診した.probable DLBと診断されドネペジルが開始された.ドネペジルを開始した後から幻覚は消失したが,不眠や痛みの訴えは変わらず続いた.鎮痛薬や睡眠薬の安易な増量が認知症の悪化をきたしかねないため,神経内科や精神科との連携を行いながら治療を継続した.薬物治療としては,プレガバリンは認知機能低下への影響やふらつきによる転倒などが危惧されるため中止し,トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合錠の調整を行った.睡眠薬に関しても,近医処方のエスタゾラムを中止,認知機能に影響を及ぼしにくいスボレキサントやラメルテオン,抑肝散などに変更した.ADLの低下を防止するために,介護保険申請を行って生活環境を整えるほか,近医整形外科でのリハビリテーションを可能な限り継続するよう指示した.これらの治療にもかかわらず病状は比較的急速に進行し,当科初診後半年の経過でMMSEは25点から19点にまで低下,筋固縮も出現した.この時点で行ったMIBG心筋シンチグラフィーでは,心縦隔比は早期相で2.21と正常下限,後期相で1.91と低下していた.精神科とも相談し,トラマドールは治療効果があまり得られていないうえに,認知機能低下を進行させる恐れがあることから漸減中止した.鎮痛薬減量にあたっては患者や家族の不安が強かったため,痛みの訴えを傾聴しつつも,認知症が痛みの訴えに及ぼす影響,鎮痛薬によりかえって認知症が進行する可能性や,認知症の進行予防および生活環境整備・サポートの導入が痛みの改善につながることを繰り返し説明し,今後は認知症専門外来でのフォローも継続することとした.背部痛はあるものの訴えは少なくなった印象があり,杖歩行も維持できており,現在は歩行時の膝痛に対しリハビリの継続指示や生活指導などを行っている.

III 考察

1. 認知症と慢性疼痛

認知症患者で痛みを訴えるものは多く(50%以上),認知機能低下が痛みに対する閾値・認知・耐性などに影響を及ぼし,認知症の種類によってもその機序が異なるとされる1).認知症患者に対する慢性疼痛治療は難しく,適切な痛みのコントロールによって認知症の周辺症状や不眠が改善する可能性がある一方,訴えのままに薬物投与を行うことでかえって認知機能を低下させてしまう恐れがある.ベンゾジアゼピン系薬物,プレガバリンなどの抗てんかん薬,抗コリン作用を有する三環系抗うつ薬は認知機能低下をきたす可能性があるため注意が必要である.トラマドール塩酸塩・アセトアミノフェン配合錠により幻覚・妄想が出現したDLBの症例報告もある3).患者の主観的な訴えは痛みであるが,実際に治療の必要があるのは認知症であり,正確な診断とその後の治療方針の方向づけを行うことが重要である.そのためにも認知症に対する知識の習得や,高齢者の場合は認知機能検査を積極的に行い,その存在に気づくことが大切である.認知症のスクリーニングテストとしては,MMSEの他に改訂長谷川式簡易知能評価スケール(Hasegawa's Dementia Scale-Revised version:HDS-R)があり,外来にて保険診療内で簡便に検査することができる.単に点数だけでなく失点内容(とくに遅延再生不可は近時記憶障害が疑われる)や病前との変化に注意する必要がある.

2. DLBについて

DLBは,神経組織にLewy小体が蓄積することで引き起こされる変性性認知症疾患で,ADに次いで多く認知症疾患の20%前後を占める4).DLBの臨床診断基準5)によると,DLBは注意や覚醒度の著明な変動を伴う動揺性の認知機能に加えて,parkinsonism,幻視,レム期睡眠行動異常症,うつ症状,自律神経障害など多彩な症状が表れるのが特徴である.大脳・脳幹だけでなく末梢交感神経節や内臓自律神経系にも変性が及ぶ全身疾患であり,著明なADL障害をきたしうる2).ADが初期に記憶障害が目立ち,経過とともにその他の認知機能も障害されるものの身体機能は比較的保たれるのとは対照的に,DLBは初期に記憶障害が目立たず,脳MRI上も変化をきたしにくいことから,認知症と気づかれにくい可能性がある.治療薬としては本邦ではコリンエステラーゼ阻害薬であるドネペジルのみが保険適用になっており,MMSEで評価した認知障害の改善だけでなく,精神症状(妄想・幻覚など)や全般的機能,介護負担度の改善が報告されている6)

3. 本症例について

本症例では,当院で65歳以上にルーチンで行っているMMSEで認知機能低下を認め,ADLの低下や執拗な睡眠障害の訴えから脳波,さらなる問診を行った.DLBの臨床診断基準のうち,幻覚の有無や自律神経障害の有無などはDLBを疑わなければ聴取しにくいと思われた.結果として初診後早期にDLBの診断がつき,専門家への連携や介護保険の導入による生活のサポートを開始することができた.それでもMMSEにおいて半年で25点から19点と進行がみられ,認知機能をさらに低下させるような必要以上の薬物投与の防止や,家族も含めた教育や環境作りなどを早期から開始することの重要性が感じられた.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.

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