2020 Volume 27 Issue 2 Pages 191-193
近年,低侵襲心臓手術(minimally invasive cardiac surgery:MICS)が普及してきた.この手術は胸骨切開を行わず小さな皮膚切開にて心臓手術を行うため,出血が少ない,傷の感染のリスクもほとんどないなどの利点がある.しかし肋骨間に開胸器をかけて広げるため術後疼痛を訴えることが多く,これがリハビリテーションの妨げとなってしまう場合があった.ICUにて適切に神経ブロックを追加することで術後疼痛管理が容易となった症例を経験したので報告する.
なお,本論文については患者本人の承諾を書面にて得ている.
【症例1】
患者:76歳,男性
既往歴:高コレステロール血症
臨床経過:狭心症に対してMICSでの冠動脈バイパス術が施行された(左第5肋間開胸).ICU入室後,速やかに覚醒・抜管を施行できた.術後鎮痛には術野から留置された肋間神経ブロックに加えて,持続のフェンタニルの静注を開始した.術後1日目にアスピリンとプラスグレルの内服を開始した.リハビリテーションを開始したが,体動時の創部痛がNRS(numerical rating scale)6と強く,端座位をとるのがやっとであった.開胸器の影響と考えられる疼痛のレベルが第6肋間レベルにも認めた.術後2日目に超音波ガイド下で第7胸椎レベルから穿刺して第6肋間に針の先端がくるように椎弓板後面ブロックを施行した(初期投与量0.3%ロピバカイン30 ml,持続投与0.15%ロピバカイン6 ml/時)(図1).速やかに創部痛はNRS 1となり,リハビリテーションは100 m歩行まで進んだ.術後3日目には200 m歩行まで進んだ.
超音波ガイド下持続椎弓板後面ブロックの実際
A:ICUでの超音波ガイド下椎弓板後面ブロック時の体位と穿刺部位
B:超音波を用いた穿刺方向の確認と椎弓板後面の同定
【症例2】
患者:71歳,男性
既往歴:高血圧,頸椎症
臨床経過:大動脈弁狭窄に対してMICSでの大動脈弁置換術(左第3肋間開胸)が施行された.術後3時間ほどで覚醒・抜管を施行できた.術後鎮痛には術野から留置された肋間神経ブロックに加えて,持続のフェンタニルの静注,アセトアミノフェンの静注,プレガバリンの内服を開始した.術後1日目にワルファリンとアスピリンの内服を開始した.リハビリテーションを開始したが,体動時の創部痛がNRS 6と強く,端座位をとるのが困難であった.痛みが強く食事も摂取できなかった.胸腔ドレーンの挿入部位の痛みも強く,疼痛のレベルが第4から第6胸椎レベルにも認めた.術後2日目に超音波ガイド下で第6胸椎レベルから穿刺して第5胸椎に先端がくるように椎弓板後面ブロックを施行した(初期投与量0.3%ロピバカイン30 ml,持続投与0.15%ロピバカイン6 ml/時).速やかに創部痛はNRS 1となり,リハビリテーションは30 m歩行まで進み,フェンタニルは終了となった.食事も摂取できるようになった.術後3日目には50 m歩行まで進み,椎弓板後面ブロックは終了となった.
術後疼痛管理は術後管理の主要な課題であり,とくに心臓血管手術の術後痛は呼吸循環を不安定にさせ,全身の酸素需給バランスを悪化させるといわれている1).MICSの術後痛に対しては,NSAIDsやアセトアミノフェンの定期投与なども行われているが,鎮痛効果としては不十分となることが多い.またオピオイドの全身投与は体動時痛には効果不十分であるだけでなく,増量すると呼吸抑制,嘔気・嘔吐などの副作用のため,早期リハビリテーションの妨げになってしまうこともある.
当院では年間30例以上のMICSの全術後症例に対して,フェンタニルの投与だけでなく,術野での肋間神経ブロックの施行,アセトアミノフェンの早期開始というmultimodal analgesiaを行っている.多くの症例では肋間神経ブロックが著効するのだが,ときに上記例のように神経ブロックの鎮痛が十分でないことがあり,術後疼痛がリハビリテーションの妨げとなってしまう場合があった.
MICSでは片側の肋間小開胸部位のみを鎮痛すればよいため,当院ではリハビリテーションが進まないときに,麻酔科医がICUにて傍脊椎ブロックや椎弓板後面ブロックを施行している.
ただMICS周術期の区域麻酔の施行は議論のあるところである.MICSとはいえ,弁膜症手術,冠動脈バイパス手術では術中ヘパリンを使用し,術後には抗凝固薬,抗血小板薬を使用するため,硬膜外麻酔や傍脊椎ブロックなどは血腫を生じるリスクが比較的高いとされている2).そのなかでも椎弓板後面ブロックは超音波ガイド下で麻酔科医が施行する場合,抗凝固薬を使用していても比較的安全に施行できるといわれる3).
さらに椎弓板後面ブロックは交感神経幹に作用しにくいため血圧低下などの循環動態への影響が少ないなどの多くのメリットがある4).MICSの術後疼痛管理に椎弓板後面ブロックは適しているといえるだろう.
このように当院では心臓大血管手術に対して,術中の麻酔管理もICUでの術後管理も,麻酔科医が行うことで患者の状態に応じた術後疼痛管理が可能となっている.とくに症例2では疼痛が軽減しただけでなく,オピオイドを減量できたことで食欲が増進したとも考えられる.適切な神経ブロックを追加することで,早期リハビリテーションを開始することができた症例を経験した.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.