Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Case of a young cancer survivor who recovered from an oral fentanyl addiction
Akiko HAGIWARAKoji ODAAya MAKINOYukiko GODASigeko MATSUYAMATomoya NAGAO
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2020 Volume 27 Issue 4 Pages 323-326

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Abstract

症例は虫垂がん,腹膜転移根治術後の20歳代女性で,2年4カ月間明らかな再発を認めなかった.治療過程でフェンタニル口腔粘膜吸収剤[以下,OF(oral fentanyl)]を使用していたが,次第に回数が増加し,800 μg/回のOFを1日に10回以上使用するようになった.OF処方を過剰に要求し,希死念慮も出現したため入院管理下に減量・中止が計画された.1,800 μg/日まで減量されたが,それ以上の減量が困難となったため,薬剤調整目的に当院に紹介となった.精神科病棟に入院させ,本人の同意を得てOFをメサドン10 mg/日へ置き換えた.当初はOF使用を強く要求したが,クエチアピンの投与やスタッフによる支持的精神療法を行ううちに要求は減少した.入院15日目にはブプレノルフィン貼付剤に切り替え,25日目にオピオイド使用を完全終了した.入院経過を通じて身体離脱症候は認められなかった.OFの断薬には,精神療法・支持療法とともにメサドン・ブプレノルフィンへの切り替えが有効であった.

I はじめに

近年わが国ではがんサバイバーの相対生存率が向上している1).それに伴い,疼痛治療で使用するオピオイドを乱用につなげないための対策が重要になりつつある.今回,若年がんサバイバーのフェンタニル口腔粘膜吸収剤(以下,OF)への依存にメサドン,ブプレノルフィンへの切り替えが有用であった症例を経験した.

本症例を論文として報告することに本人と家族に同意を得た.

II 症例

患者は身長166 cm,体重72 kgの20歳代女性で,X年に穿孔性虫垂炎の診断で虫垂切除,右卵巣部分切除,左卵巣摘出術が施行された.病理学的診断は虫垂がんであった.2カ月後に腹膜播種による腸閉塞を発症し,右半結腸切除,大網切除術を行い,術後6カ月間化学療法が行われた.

X+3年,他医で腹膜播種,卵巣転移の診断に対し根治術として右結腸切除,胆嚢切除,子宮卵巣直腸切除および術中温熱化学療法を施行し,人工肛門を造設した.

術後4カ月目に人工肛門を閉鎖したころから心窩部痛,右腰背部痛が生じた.がんによる突出痛と診断し,オキシコドン徐放剤とオキシコドン速放剤を処方したが,効果に乏しくフェンタニル貼付剤(以下,FT)とOFに変更した.

X+5年,吻合部糞瘻となり,小腸人工肛門を造設した.その後痛みが増強したため,FTの漸増やリエゾン介入を行ったが,痛みは改善しなかった.

X+6年,OFの使用が頻回となった.1日4回までの使用制限に対してOFを10回以上使用するようになった.抗不安薬も過量に内服し,希死念慮も出現したため前医に入院した.入院時はFT 3 mg,OF 800 μg/回であった.FTをフェンタニル1,200 μg/日の持続静注に変更したが痛みは変わらなかった.硬膜外ブロックを実施し,Th 4~12までの冷覚消失を得た間も痛みは改善しなかった.デュロキセチン,バルプロ酸,クロニジンなどの鎮痛補助薬を導入し,OFの使用は1日4回に制限できた.しかし,OFを漸減したときや,呼吸抑制でナロキソンを使用した際,発汗,いらだち,血圧上昇,振戦などの身体離脱症候が出現した.OF減量のたびに患者が強く抵抗し,OFの減量は進まなかった.主治医に対する過度な要求も増え,「主治医に連絡しないと死んでやる」「私が死ねばみんな安心する」という発言を繰り返した.薬剤調整の目的で前医入院2カ月目に当院へ紹介された.

成育歴:幼少期から体罰を受けてきたと,両親に対する否定的な印象を口にした.中学のときは過食の既往があった.子宮摘出後は「出産もできないのに生きている意味があるのだろうか」と発言するようになった.専門学校在学中に初回手術を行い,その後休学していたが復学を希望した.

検査所見:血液検査に特記すべき所見を認めなかった.根治術から2年4カ月目のCT所見では,明らかな異常所見は指摘されなかった.

介入経過(図1):外来初診時は1,800 μg/日のOFを1日4回に分けて疼痛とは関係なく定時使用しており,NRS 2~6/10の安静時痛とNRS 8~10/10の発作痛を訴えた.痛みの部位は全身の関節痛や筋肉痛,頭痛,腰痛,腹痛など,時間や日によって一定しなかった.OF使用時も非使用時も時間とともに痛みは軽減し,OFの使用と痛みの軽減には関係がなかった.検査からは明らかな再発所見を認めず,痛みは非がん性慢性疼痛と診断した.OFを使用したケミカルコーピングと判断し,精神科医と緩和ケア医師の間で治療方針を話し合った.その結果,外来での薬剤調整は困難と考え精神科病棟への入院を計画した.前医で漸減法が困難であった経緯から,OFを中止し少量のメサドンで身体離脱症候を抑制する計画を立てた.メサドンの1日使用量はオピオイド使用障害治療2)・メサドンメンテナンスガイドライン3)に基づき10 mgとした.前医で鎮痛薬の使用回数を減らすことや内服時間を変更することに強く抵抗したことを考慮して,わが国で採用されている最小量のメサドン5 mg錠2錠分をそれぞれ半分に分割し,OF内服時刻に合わせて置換した.執拗な要求があってもOFは使わないこと,面談は時間制限を最初に設定すること,面談はベッドサイドではなく面談室で行い,精神科医師・緩和ケア医師・看護師が同席すること,NRSだけでなく行動内容など痛みの他覚的評価を行うことを病棟スタッフと事前に確認した.患者も入院してOFの断薬に取り組むことに同意した.

図1

投薬経過

入院後,本人の同意をあらためて得たうえでOFをメサドンに置き換えた.いらだちの際はクエチアピン25 mgの頓用を指示した.当初はNRS 7~10/10の痛みを訴えOFを執拗に要求し,OFが使用できないと医師の診察を拒否しいらだちをぶつけた.それでも要求が通らないとクエチアピンを1日6回使用し,眠って過ごすようになった.この間も精神科医が治療の必要性とOFに依存している現状を繰り返し説明するとともに,スタッフが気持ちのつらさを傾聴する支持的療法を継続した.OF中止後10日目ごろからは,スタッフには「実は痛みはだいぶいい」「調子が良いときはNRS 0,悪くて6」と話し,外出するなど行動範囲も拡大した.入院15日目にメサドンをワクシニアウイルス接種家兎炎症皮膚抽出液錠剤(以下,NTP)4単位1日4回の定期内服とブプレノルフィン貼付剤10 mg/週に切り替え,入院25日目にオピオイド使用を終了した.それと並行して精神科医師がクエチアピンの使用限度回数を漸減調整した.経過中発汗や血圧上昇,振戦は認めなかった.入院36日目に前医に転院した.転院時のNRSは安静時0~2/10,発作時6/10であり,処方した鎮痛薬はNTPの定期内服と,疼痛時のロキソプロフェン60 mg/回,アセトアミノフェン900 mg/回の頓用使用であった.転院後は頓用の鎮痛薬を使うことなく前医を1週間で退院した.退院後は前医と精神科病院のフォロー,薬物依存症に対する認知行動療法プログラムによる治療が行われた.

III 考察

がん治療成績の向上に伴い相対生存率も上昇しており1),がんサバイバーの疼痛を治療する機会も増加している.オピオイドの使用期間が長期となると,依存の問題が増加してくる4).そのリスク因子としては若年者,高用量あるいは長期のオピオイド投与,血中濃度の上昇が速やかな剤形5)があり,本症例でも複数が該当した.とくに突出痛治療薬であるOFは最高血中濃度到達時間が0.5時間6)と速く,徐放性剤や貼付剤と比較して依存のリスクも高い5)

がん患者の痛みはがん自体による痛み,がん治療関連の痛み,がんに直接関係ない痛みに大別される.そのうち,WHOがん疼痛除痛ラダーで提示されるオピオイド鎮痛薬の治療が適応とされるのはがん自体による痛みだけである7).後者二つは非がん性慢性疼痛もしくは急性疼痛として扱うべきであり7),突出痛の対応としてオピオイド鎮痛薬の速放製剤の投与は推奨されない5).本症例は進行がん・腹膜転移がありがん自体による突出痛と診断されOFが処方されていた.しかし明らかな再発所見を認めず,4,5回目の手術の後から疼痛の訴えが急激に増加していることから,がん自体による痛みではなく頻回の手術に起因するがん治療関連の痛みと考えられ,後ろ向きに検討するとオピオイドの速放製剤の投与は推奨されなかった.

また当院受診時には痛みの場所が一定せず,硬膜外麻酔で冷覚消失を得ている範囲の痛みもまったく改善せず執拗にOFの要求をしたことを踏まえると,すでに痛みとは無関係にOFを希求する依存状態であった.がん患者は将来への不安や死への恐れ,経済的な問題や家族の問題などで痛みが修飾されることも多い.本症例でも家族関係や学業に関する不安があり,そこから逃れるためOFが頻回になり依存につながったのではないかと推察された.

以上から,本症例はオピオイドの速放製剤が推奨されない痛みに対して血中濃度の上昇が速やかで依存形成リスクの高いOFが処方され,痛みや精神的な不安の対応にOFを頻用した結果,依存をきたしたと考えられた.本症例のようにがんサバイバーの痛みががん自体によるものかどうかの鑑別はしばしば困難であるが,乱用を防止するためには痛みの原因のアセスメントと,持続痛がコントロールされているか,レスキューの使用が妥当かの評価を繰り返し行うことが重要であると考える.

一度薬物依存をきたすとその治療は一般的にきわめて困難である.本症例では前医において身体離脱症候がオピオイド減量の妨げとなっていた.オピオイドを長期間,多量に使用していた場合,急激な断薬あるいは減量により下痢,散瞳,筋肉痛,嘔気や不機嫌などが生じる8).これらは身体離脱症候と呼ばれ患者の断薬に対する意欲を低下させる.身体離脱症候の抑制には,メサドンやブプレノルフィンの使用が非オピオイド系薬剤より有用であるという報告がある3).本症例では精神科病棟という閉鎖された空間で,精神支持的療法を併用したことがオピオイドの完全断薬を成功させた大きな要因であるが,それに加えてメサドンからブプレノルフィンへと順次切り替えることで身体離脱症候を起こすことなく最終的にオピオイド使用の中止に至った.ブプレノルフィンは呼吸抑制や鎮静作用がメサドンに比べて少ない.また,治療中の死亡リスクが低い傾向にあり9),最も依存形成を起こしにくい貼付剤が剤形として採用されている5).しかし,本症例ではOFの1日4回の定期使用に精神的に頼っていたため,定期使用のリズムを崩さないことを優先し,まずメサドンの錠剤の定期内服への変更を選択した.その後,症状が落ち着いていることを確認しブプレノルフィンの貼付剤に変更した.

本症例においてはメサドン,ブプレノルフィンへの切り替えで身体離脱症候を抑制し,断薬が可能となったが,報告によれば依存症患者の再発率は覚せい剤で4割10),アルコール依存症で7割11)と高く,薬物依存症患者を対象としてオピオイド使用障害の長期寛解につなげるためには,認知行動療法や支持的アプローチを行いながら長期的に,あるいは生涯にわたり患者を治療していく必要がある.

本論文の要旨の一部は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)で発表した.

文献
  • 1)  国立がん研究センターがん情報サービス. https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html(参照2019–10–16).
  • 2)   Schuckit  MA. Treatment of Opioid-Use Disorders. N Engl J Med 2016; 375: 357–68.
  • 3)  World Health Organization. Clinical Guidelines for Withdrawal Management and Treatment of Drug Dependence in Closed Settings. 2009.
  • 4)   Glare  PA,  Davies  PS,  Finlay  E, et al. Pain in cancer survivors. J Clin Oncol 2014; 32: 1739–47.
  • 5)  日本ペインクリニック学会編集. 非がん性慢性疼痛に対するオピオイド鎮痛薬処方ガイドライン. 東京, 真興交易医書出版部, 2012.
  • 6)  アブストラル舌下錠インタビューフォーム. 2013.
  • 7)  山代亜紀子, 細川豊史, 深澤圭太, 他. 緩和医療を受け持つペインクリニック診療における課題と展望. ペインクリニック2013; 34: 760–70.
  • 8)   Wesson  DR,  Ling  W. The Clinical Opiate Withdrawal Scale (COWS). J Psychoactive Drugs 2003; 35: 253–9.
  • 9)   Sordo  L,  Barrio  G,  Bravo  MJ, et al. Mortality risk during and after opioid substitution treatment: systematic review and meta-analysis of cohort studies. BMJ 2017; 357: j1550.
  • 10)  小沼杏坪. 薬物依存症に対する治療・処遇と回復支援における光と影—急性期治療から地域生活支援まで—. 精神神経学雑誌2011; 113: 172–82.
  • 11)  鈴木康夫. アルコール症の長期予後. 臨床精神医学1984; 138: 555–63.
 
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