Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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A case of improvement of abdominal angina by spinal cord stimulation
Atsushi ITOAkio MASUDAHiroto YAMAMOTOKazuaki YOKOYAMATokujiro UCHIDA
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2020 Volume 27 Issue 4 Pages 331-334

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Abstract

腹部アンギーナはおもに食後の腹痛を呈し,しばしば疼痛コントロールに難渋する.脊髄刺激療法(SCS)はBuerger病などの虚血肢の疼痛コントロールに有効であるが,今回腹部アンギーナの患者に対し,SCSを用いることで症状が改善した症例を経験したので報告する.74歳男性.43歳時に腹部アンギーナに対し,大動脈–脾動脈バイパス術が施行された.その後,腹腔動脈および上腸間膜動脈が狭窄し,それに伴いとくに食後の腹痛が増悪するようになった.腸管の相対的虚血による疼痛と診断し,薬物治療や硬膜外ブロックによる治療を開始したが,効果は一過性であり症状改善は乏しかった.腹腔内は側副血行路が発達し手術による血行再建は不可能と判断された.SCSの適応を考慮し,試験刺激後にデュアルリード電極の先端をTh 8付近に留置した.植え込み後の疼痛コントロールは良好であった.3年後に他疾患の精査にてMRI検査の必要性に迫られSCSを抜去したが,その後鎮痛薬を要せず経過は良好である.末梢血行障害による虚血痛に対し,四肢に限らず体幹部においても,SCSは有効な治療法である可能性がある.

I はじめに

腹部アンギーナは腸間膜動脈の血流の低下により引き起こされ,時間経過とともに腹痛が出現する.通常,食後1時間以内に鈍いけいれん性の腹痛を呈し,その後2時間以内に腹痛は軽快する.慢性化した腹部アンギーナの大部分は,腹腔動脈または上腸間膜動脈起源のアテローム硬化性狭窄により引き起こされ,その他の原因として,繊維筋性異形成や大動脈または腸間膜動脈の解離,高安病やBuerger病などの血管炎などが知られている1).高齢者では無症状でも,最大18%の患者で腹腔動脈または上腸間膜動脈に狭窄があることが知られている.腹部アンギーナの症状を示す患者は通常60歳以上であり,リスクは女性が男性の3倍程度高い2).また典型的な患者は喫煙歴があり,多くの患者で冠動脈疾患,脳卒中,末梢血管障害を合併している.

症状を有する腹部アンギーナの患者に対しては,薬剤投与や手術による血行再建が施行されるが,しばしば疼痛コントロールに難渋する.近年,腹部アンギーナに対し脊髄刺激療法(spinal cord stimulation:SCS)が有効であるとの症例報告がある3,4).SCSはBuerger病などの虚血肢などの疼痛コントロールには有効であるが,腹部アンギーナに対してのSCSの適応の報告はわずかであり,いまだ不明な点も多い.今回腹部アンギーナの患者に対し,SCSを用いることで腹痛の症状が改善した症例を経験したので報告する.

本症例報告は,患者からの承諾を得て投稿している.

II 症例

患者は74歳男性.43歳時に腹部アンギーナに対し,大動脈–脾動脈バイパス手術が施行され経過観察されていたが,その後バイパス血管が閉塞し,さらに腹腔動脈および上腸間膜動脈が狭窄し,それに伴い食後の腹痛が増悪するようになった.疼痛緩和のため当科紹介となり,腸管膜の相対的虚血による腹痛と診断し,薬物治療や硬膜外ブロックによる治療を開始したが,効果は一過性であり症状改善は乏しかった.腹腔内は側副血行路が発達し,再手術による血行再建は不可能と判断された.

当科初診時の主訴は上腹部の食後の腹痛であり,視覚アナログスケール(visual analogue scale:VAS)で90 mmであった.既往歴にはBuerger病,高血圧症,逆流性食道炎があり,手術歴に腹部アンギーナに対し大動脈–脾動脈バイパス術があった.喫煙歴は64歳まで10本/日あり,以後禁煙していた.SCSによる治療開始前の内服薬は,ベラプロスト,シロスタゾール,ブロチゾラム,エチゾラム,センノシド,酸化マグネシウムであった.プレガバリンやガバペンの内服歴もあったが,副作用の出現により内服中止となっていた.またオピオイドの使用歴はなかった.

そこで,疼痛コントロールのために患者の同意のうえでSCSの適応を考慮した.ベラプロストとシロスタゾールを7日間休薬した後に,透視下で硬膜外腔にトライアルリードの先端をTh 8上縁に留置し,試験刺激を施行した.刺激設定はamplitude 2.8 mA,pulse width 450 μs,rate 20 Hzの低頻度トニック刺激にて,刺激直後より患部にパレステジアを感じ,刺激3日目より腹痛の改善を著明に認めVASはほぼ0 mmとなり,また刺激を止めると腹痛は再発することを確認し,刺激装置を植え込む方針となった.試験刺激を施行した約2カ月後,局所麻酔下に腹臥位にて刺激装置植え込みを施行した.広範囲に刺激でき,刺激したい部位を適切に変更できるようにするため,刺激装置は各リードに8極の刺激箇所が装着されたデュアルリード(プレジションTMプラスSCSシステム,ボストン・サイエンティフィック ジャパン社)を使用し,各リードの先端がTh 8上縁に位置するように留置した(図1).電池は充電式で留置部位は腰部背面とした.患部にパレステジアを感じることを確認したのちにリードを体内に固定した.

図1

刺激装置植え込み後の胸部レントゲン写真

デュアルリードの先端がTh 8上縁に位置するように植え込んだ.

刺激装置植え込み後,刺激設定はamplitude 1.1~2.2 mA,pulse width 450 μs,rate 20 Hzの低頻度トニック刺激にて,両リードとも頭側より1番目の電極を+,4番目を−に設定した.試験刺激と同様,疼痛コントロールは良好であり,便通も改善し緩下剤の処方もなくなった.経過中,刺激リードの先端がTh 8下縁に移動する事象は起こったが,刺激電極箇所の調整により食後の腹痛の出現はほぼなかった.植え込み3年後に他疾患の精査にてMRI検査の必要性に迫られSCSを抜去したが,その後も腹痛の出現はなく,鎮痛薬を要せず,植え込み後5年が経過した現在でも疼痛コントロールの経過は良好である.

III 考察

SCSは脊椎手術後症候群や糖尿病性疼痛,脳卒中後痛,脊髄性疼痛,複合性局所疼痛症候群,幻肢痛,帯状疱疹後神経痛などの神経障害性疼痛や,Buerger病などによる末梢血行障害による虚血肢痛や狭心痛に効果があることが知られている.一方で,本症例のように体幹部におけるSCSの効果は少ないとされ5),とくに慢性腹痛に対するSCSの効果は不明である.

虚血による難治性疼痛として上記の末梢血行障害や狭心痛があげられる.欧米では,血行再建術や薬物治療に反応性の乏しい難治性狭心症の症状に対して,SCSが積極的に施行されている.無作為比較対象研究においても,難治性狭心症に対するSCSの有用性が示されている6).難治性狭心症患者の治療において,Börjessonらのレビューでは,SCSは狭心症発作を減少させ,QOLの改善に有用であると報告している7).そのため難治性狭心症に対するSCSの適応は,欧州心臓病学会や米国心臓協会のガイドラインでは推奨度は高い.またBritish Pain Societyのガイドラインでは,good indicationに位置付けられている8).本邦のガイドラインでも推奨度はIとされているが9),これまで本邦での症例報告はない.

Buerger病やレイノー症候群,閉塞性動脈硬化症などの末梢血流障害では,SCS施行により救肢率が上昇し,鎮痛薬使用量が有意に減少するとの報告がある10).本邦における疼痛の各ガイドラインでも一定の推奨が示されている治療法である5,11)

一方,体幹部における疼痛,とくに慢性腹痛に対するSCSの適応は,これまでのエビデンスに乏しく,効果は不明な点が多い.慢性膵炎や過敏性腸症候群,腹部手術後の慢性腹痛などの一部の疾患に関して,SCSは有効との報告もあるが,後方視的研究や症例報告にとどまる.腸間膜虚血による腹部アンギーナのSCS適応により奏効した報告はこれまでに2例存在する.Carusoらは,下行大動脈解離後の血栓閉塞による腸間膜虚血による腹痛に対してSCSを施行し,疼痛の軽減と鎮痛薬の内服の頻度を減少させ,腹部アンギーナに対するSCSの有用性を報告している3).また,Ceballosらは,血管造影により下腸間膜動脈の完全閉塞が判明した患者の慢性腹痛に対してSCSを施行し,症状の寛解を報告している4).両症例とも外科的治療は適応とならず,薬物治療に抵抗性を示しており,本症例と類似するところがある.また本邦において,腹部アンギーナに対するSCSの施行報告はこれまでにない.

本症例では上腹部の食後内臓痛に対し,Th 8上縁にリードの先端を留置した.内臓痛に対するSCSの適応の難しさは高位レベル決定にあるが,腹部での交感神経の局在を知覚神経の刺激感知で示すことは難しい.一方で,ほかに参考となる部位決定のための有力な指標もないのが現状である.本症例では試験的に,腹痛と同じ部位にパレステジアが得られるTh 8レベルで試したところ,試験刺激により最も問題となっていた食後の痛みが劇的に改善したため,刺激電極位置をこの部位に決定した.

SCSの鎮痛機序としては,脊髄後索の電気刺激により,抑制性の介在ニューロンが活性化し痛覚の制御が起こるゲートコントロール理論や,下行性疼痛抑制系の刺激・賦活化,シナプス伝達を抑制するGABAやアセチルコリンなどの内因性疼痛抑制系の賦活化,交感神経系の抑制などが推測されている.またSCSは,腸管拡張による腹腔内の血管迷走神経反射の抑制をすることで内臓痛の抑制にかかわっている可能性がある12).さらにSCSは,末梢血行障害に対し求心性繊維が逆行性に末梢に伝導してカルシトニン遺伝子関連ペプチドが放出され血管平滑筋に作用し,血管拡張作用をもたらすと同時に,血管内皮細胞に作用して一酸化窒素を分泌させる.さらに血管拡張作用が増強することで,末梢微小循環が改善し虚血痛が改善すると考えられている13).本症例でも,SCSによる末梢血管拡張の効果が症状改善に影響した可能性はある.

本症例では刺激電極であるリードがわずかにずれる合併症が発生した.リードの位置ずれは全体の10~20%程度に発生するといわれ,疼痛コントロールが不良となった場合には,リードの位置修正や入れ替えを要することもある.しかし,本症例では刺激電極が各8極のデュアルリードを用いたことによって,リードの位置修正や入れ替えをすることなく,刺激電極箇所の調整により疼痛コントロールは一定して効果を示したと考えられた.

今回,腹部アンギーナの患者に対しSCSを施行した.食後に腹痛が増強して薬物療法には抵抗性を示し,かつ手術適応もなく,硬膜外ブロックにより症状が改善するも効果が一過性であった.腸間虚血による疼痛と考えられたことからSCSを適応し,長期にわたり良好な疼痛コントロールが得られた.末梢血行障害による虚血痛に対し,四肢に限らず体幹部においても,SCSは有効な治療法である可能性がある.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.

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