2020 Volume 27 Issue 4 Pages 304-307
胸髄損傷後の両下肢痙性(不随意運動)に対して,高周波熱凝固(radiofrequency thermocoagulation)による神経根ブロック(RFTC root)が著効した症例を経験した.症例は13歳,女児.150 cm,38 kg.両下肢の不随意運動とそれに伴う両膝関節周囲痛(腱伸展時の痛み)を主訴に紹介受診となった.両下肢症状に対して対症療法的に,両アキレス腱切離術,両ハムストリングス腱切離術など複数回の手術歴があった.両下肢の不随意運動によるactivity of daily livingの著しい低下を認めており,本人と家族の強い希望があったために,不可逆的な神経変性を伴う治療である旨を事前に十分に説明したうえで,RFTC rootを計画した.伏臥位の保持が困難で,鎮静下での施術を強く希望したため,全身麻酔下に両側第2–4腰神経根RFTC root(おのおの90℃×180秒)を施行した.麻酔覚醒直後より両下肢の不随意運動とそれに伴う両膝関節周囲痛は消失し,登校が可能になるなど,通常の日常生活を取り戻しつつある.
痙性は上位運動ニューロン症候群による症候の一つであり,腱反射亢進を伴った緊張性伸張反射(筋緊張)の速度依存性増加を特徴とする運動障害である1,2).
今回,すでに両下肢の自動運動機能は廃絶しており,両下肢の筋緊張亢進に伴う痙攣様の不随意運動によりactivity of daily living(ADL)が著しく低下した痙性症例に対して,90℃の高周波熱凝固法(radiofrequency thermocoagulation:RFTC)を用いた腰部神経根ブロック(以下,RFTC root)を施行することにより,運動神経遮断効果と,症状の軽減,ADLの改善および高い満足度を得た.
本症例の報告については本人と家族から承諾を得ているとともに,提示すべき利益相反はない.
症例は13歳,女児.150 cm,38 kg.X−2年1月に自動車の助手席乗車中に追突事故に遭遇して第5–7胸髄を損傷し,以降,両下肢の痙性(不随意運動)が出現した.胸椎MRI検査(T2強調脊髄体軸断像)では第5–7胸髄にhigh intensity areaを認めた(図1).バクロフェン髄腔内注入療法も考慮されたが,ミオシン軽鎖キナーゼ機能不全が病態であるMYLK遺伝子変異関連疾患の既往があり,創部が容易に哆開するなどの創傷治癒過程異常を認めていたため,異物挿入を要する治療法は困難と判断された.X−2年3月には両下肢へのボツリヌス注入療法も施行されたが無効であった.対症療法として両アキレス腱切離術,両ハムストリングス腱切離術など複数回の外科的治療を施行されたが(表1),両下肢が不随意かつ痙攣様に動くなどの症状は持続しており,登校も困難な状況であった.同症状に伴う両膝周囲痛の治療目的にX年8月,当科を紹介受診した.他の既往には遺伝性尿崩症とセフェム系抗生剤による薬剤性劇症肝炎があり,姉がセフェム系抗生剤による薬剤性劇症肝炎で死亡していた.
Th6高位の胸椎MRI検査(T2強調脊髄体軸断像)
実質にhigh intensity areaを認め,背側網様体脊髄路が走行する側索にも障害が及んでおり,Th5,Th7も同様の所見を認めた.
下肢の痙性麻痺に対する手術 | |
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X-2年7月 | アキレス腱延長術 |
X-1年2月 | 両ハムストリング腱切除術 |
X-1年6月 | 両アキレス腱切離術・母趾屈筋切離術 |
X年3月 | 両大腿四頭筋・筋腱移行部での腱切離術 |
X年5月 | 両股関節周囲筋群の切離術 両ハムストリング腱再切除術 両足趾屈筋切離術 |
X年6月 | 両前脛骨筋切離術 両アキレス腱再切離術 両足趾背屈筋群切離術 |
入院時numerical rating scale(NRS)は10/10と表現し,両側の大腿四頭筋や内転筋群などの不随意運動により両下肢の安静保持が困難で臥位がとれず,睡眠も(半)座位で行うなどADLは著しく低下していた.薬物療法(ダントリウムカプセル,アセトアミノフェン)のみが行われていた.
MYLK遺伝子変異関連疾患の既往があったことから,脊髄刺激療法などの中枢神経刺激鎮痛法は断念した.歩行・立位保持困難であることに加えて,前医での複数回の外科的治療により両下肢の自動運動機能が廃絶している状態であることを考慮して,末梢性の運動神経遮断効果を期待した90℃のRFTC rootを計画した.本人と家族に対して,90℃のRFTC rootは不可逆的な蛋白変性を伴う処置であり,求心路遮断痛発現などの副作用の可能性があることを十分説明したうえで,本人と家族の強い希望に即して同治療法を選択した.
伏臥位の体位保持困難があり,本人が鎮静下での施術を強く希望したのも考慮し,全身麻酔下で両側第2–4腰部神経根RFTC root(おのおの90℃×180秒,NeuroTherm社製JK3®使用)を施行した.施行に際し,3.0 Hz,0.3~0.5 Vの電気刺激でのtwitchを確認するとともにintraneuralもしくはperineuralの造影所見を得て,RFTCを行った.麻酔からの覚醒直後より両下肢の不随意運動の消失とそれに伴う両膝周囲の痛みの軽減および両下肢の感覚(冷覚,触覚)の低下~消失を確認した.以後,両下肢の伸展と仰臥位が可能となった.治療前と同様に車いす生活を余儀なくはされたものの,退院翌日より登校が可能となり,休日には友人と出かけるなど,ADLは著しく改善した.
その後,外来受診はなく経過していたが,X年10月に両足関節にも前述と同様の不随意運動が出現したために,X年11月に両側の第5腰部–第1仙骨部神経根RFTC root(おのおの90℃×180秒)を全身麻酔下で施行した.前回同様に麻酔からの覚醒直後より両足関節の不随意運動は消失した.
両側の第2–4腰部神経根および両側の第5腰部–第1仙骨部神経根RFTC root後,11カ月を経過した現在も効果は持続している.
本症例においては,症候および胸椎MRI所見より障害部位が第5–7胸髄の背側網様体脊髄路と推察され,抑制系ニューロンの障害により脱抑制の状態にあり,興奮系ニューロンが優位となった結果,痙性が生じたものと考えられた(図2).なお痙性の発生には末梢性の機序も存在するとされており,筋組織の変性により筋の柔軟性が損なわれた結果,筋紡錘の感度が増加することも関与すると考えられている3,4).
痙性の発症機序
文献4)より引用,一部改変.
痙性の治療としては,一般にバクロフェン療法が有効とされている5)が,本症例ではMYLK遺伝子の異常により創部が哆開しやすい状態であったことから,異物挿入を要する同法は施行困難と判断され,対症療法的に複数回の腱切除術が行われた経緯があった.同様の理由で,脊髄刺激療法などの中枢神経刺激療法も困難と考えられ,またボツリヌス注入療法は前医で無効であったことより選択しなかった.なお,患者は針を刺されることに強い恐怖感があり,本症例では全身麻酔下での治療を必要とした.治療選択肢としては,超音波ガイド下末梢神経ブロックやくも膜下フェノールブロックも考慮されたが,末梢神経ブロックで本症例の痙性を抑えるためには大腿神経,外側大腿皮神経,坐骨神経,閉鎖神経を遮断する必要があったものの,閉鎖神経の走行には個人差があり,神経遮断が不確実となる可能性があった.またくも膜下フェノールブロックは全身麻酔下での施術を余儀なくされた本症例では不適当と判断し,運動神経遮断を目的とした90℃のRFTC rootを選択した.RFTC rootを施行する前に,局所麻酔薬を使用したテストブロックを確認するのがより適切と考えられたが,本症例においては全身麻酔下での施術を要し,その煩雑さに加えて早急な治療効果を得たいという患者と家族の強い希望があったため,最初からRFTC rootを施行した.
RFTCは高周波通電により生じる熱が電極に接した組織で局所的に蛋白質を凝固するため,一般に組織の不可逆的変化を惹起する.この凝固巣は電極(針)の非絶縁部と接する組織に限局し,通電時間と電極の温度がその程度を決定する6).針先の温度を67℃以下に設定した比較的低温では,神経細胞の一部に蛋白変性が起こるものの,筋力低下などの副反応が起こることはまれであり,パルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)が主流となるより以前は頻用されていたものの,その適応は減少傾向にある.70℃以上に設定した高温での施術は,不可逆的な神経細胞の破壊,機能の廃絶をきたす7)とされており,がん性疼痛や特殊な病態に限られる8).
以上の報告からも,腰部神経根ブロックに際しては,RFTCが選択されることは少なく,とくに90℃と高温での施術は一般には行われない.実際,腰部神経根に対する高温のRFTC root施行に関する報告は,渉猟した限り山上ら9)の報告を除いて存在しない.同報告では,本症例と同様,脊髄損傷により自動運動が不可能で下肢痙縮が強い症例において,第1–2仙骨部神経根に対する90℃×120秒のRFTC rootにより不随意運動はほぼ消失し,対症療法の観血的手術をするよりも苦痛がはるかに少なく有用であったとしている.
以上,両下肢筋緊張亢進に伴う痙攣様の不随意運動によりADLが著しく低下していた症例に対して,すでに両下肢の自動運動機能が廃絶していたことを考慮し,運動神経遮断を意図して高温のRFTCを併用した腰部(仙骨部)神経根ブロックを行った.治療後に両下肢の不随意運動が消失したことからは,腰部(仙骨部)神経根に対する90℃×180秒のRFTC rootは運動神経をも遮断し得ることが改めて示唆された.運動神経遮断を目的とした腰部RFTC rootの治療効果や副作用については報告が少ないため,その適応については慎重に決定する必要がある.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.