2020 Volume 27 Issue 4 Pages 318-322
30歳代女性,主婦.10年間持続する右胸痛を主訴に,集学的多職種診察を行っている当院緩和ケア・痛みセンター内痛みセンター外来に紹介された.生活・家族背景などについて看護師診察の丁寧な聴取で,完璧主義で真面目な性格,母や夫に見捨てられないよう気を使っていること,40カ所の医療機関で見出せなかったトラウマ体験が明らかになり,かつ痛みで自分は死ぬというとらわれにつながっていたことが判明した.看護師は母とも面談を行い,学童期の通学中に同級生の死体遭遇体験,数々の傷つき体験,不安・恐怖感が強く周囲を気にかけての生育歴が判明した.身体的要因とトラウマ体験に伴う強い不安と恐怖感の情動要因の両者に対応した結果,初診から2カ月後に弱オピオイドの減量,痛みの軽減と日常生活の改善が得られた.身体的要因のみに焦点を当てた痛み治療で改善しない症例において,集学的多職種診察チームの看護師診察による本人や家族への介入で,本人の強い不安と関連する重要なトラウマ体験が明らかになり,独特な認知行動特性への多職種の対応が可能となり,集学的診療の効率をあげ有用であった.
慢性疼痛治療ガイドラインでも,従来からの薬物療法などに加えて,集学的治療の有効性が報告されている1).当院の緩和ケア・痛みセンター内痛みセンター外来(以下,痛みセンター)では,慢性痛患者に対して集学的多職種診察を行っている.すべての患者に各種問診票を郵送し,初診時に持参してもらい,問診票に基づいて看護師,薬剤師,精神科医,ペインクリニック医(以下,ペイン医)の順番で診察を実施している.看護師の診察は過去からのイベント,社会活動などと交えながら現病歴を丁寧に聴取し,家族背景,日常生活状況などを幅広く把握し,その情報をすべての診察者と共有する.ペイン医は身体診察に加えて看護師から得られた情報を加味して痛みの原因,病態,診断,痛み対応法を提示している2).今回,われわれは痛み治療に抵抗性の慢性痛患者に対し,看護師診察を契機に学童期のトラウマ体験が明らかになり,痛みの訴えの遷延化の背景として,身体的要因に加えて,トラウマ体験に基づいた不安・恐怖が痛みの破局的認知を増大させていることが考えられた.看護師は身体的要因に対し,生活上の動作など具体的な助言を行い,心理社会的要因に対しては,母親に影響を受けた過剰適応な認知行動特性が痛みの増強因子であることの気づきを促し,改善について助言した.さらに多職種で支援した結果,痛みの軽減,弱オピオイドの減量,日常生活の活動性が改善した症例を経験したので報告する.
本報告は,所属施設の倫理審査委員会の承認と,本人,家族の同意を得て行った(承認番号:2019005).
30歳代女性,主婦.母と来院.10年間持続する右胸痛を主訴に当センターに紹介される.交通事故後,次子出産後に右胸部痛が出現,次第に全身痛となる.問診テストの結果は,numerical rating scale(NRS)は,最低4―最高8―診察時6,日常生活支障度pain disability assessment scale(PDAS)は26/60,不安と抑うつの評価hospital anxiety and depression scale(HADS)で不安は13/21,抑うつは11/21,破局的思考pain catastrophizing scale(PCS)では44/52であった.既往歴は,X−8年 線維筋痛症,X−5年 低髄圧性頭痛にブラッドパッチを実施.右前胸部痛に右前斜角筋離断術.X−1年 前十字靱帯断裂であった.
1. 看護師診察問診票上,家族とのストレス「あり」であったため本人単独で聴取を行った.右前胸部~右肩甲骨内側に前から突き刺すような強い痛み(NRS 5)の持続痛と突発痛を認めた.
1) 現病歴X−4年 追突事故にて全身打撲,頸~腰部の痛みあり,半年間の薬物療法とリハビリにて痛みは消失.X−10年 次子出産,半年後から体調不良を自覚.高熱をきっかけに右前胸部~右肩甲骨内側の激痛が出現し精査するが原因判明せず1カ月間発熱が持続し,痛みはNRS 5~8で経過,ADLは保たれていた.X−8~6年,痛みの原因が判明せず,うつ病を指摘され精神科受診を勧められるが,本人は否定し通院を中断.医療機関変更し,線維筋痛症と診断される.斜角筋間ブロック,脳脊髄液減少症にてブラッドパッチを実施したが無効.左胸にも疼痛が出現し,胸郭出口症候群にて左右の前斜角筋離断術施行し,左胸部痛は改善を認めるが右胸部痛は不変.40カ所の医療機関を受診するが原因が判明せず,痛みが持続することで「痛みで自分は死ぬんだと思う」と発言が聞かれた.
2) 生活についての聴取6:30起床,家事,夕方車で子どもの迎え,洗濯2回,夕食準備2回,22時就寝であった.睡眠状況の質問では,寝つき不良,浅眠で常に意識がある感覚で,睡眠中は家族か自分が事故か自殺をする悪夢をみること,死んだ知人がいたという理由で自己の死を考える癖があること,通学の車送迎も子どもを事故にあわせたくないという思いで行っているとの発言があった.患者の自己評価での性格は,几帳面,我慢強い,ネガティブ,先に先に考えすぎる傾向であり,看護師評価では完璧主義,真面目,責任感が強いであった.家族構成は,理解のある夫と小学生2人と同居,夫の収入で生計を立てていた.実母は協力的で理解があり,近所に弟と在住.趣味はテニスで,運動時は痛みの軽減を自覚していた.
3) 診察結果と評価看護師診察にて,以下の点が明らかになった.①痛みへのとらわれ~破局的思考:何をしても痛みの原因が判明せず痛みで自分は死ぬと考える.②過剰適応の傾向:痛みがあっても真面目に毎朝起き,学校送迎,家事をこなす.③医療関係以外での傷つき体験:夫の転勤3回,引っ越し先で近隣トラブルにあうなど.④家族関係の影響:夫も母も理解あり協力的であるが,本人は迷惑をかけて申し訳ない思いが強く,家族しか頼れない状況で愛想をつかされ見捨てられる予期不安から両者に過度に気を使っていた.しかし母は受診に付き添い,診察待ちの様子から関係性が悪そうにはみられなかったため,患者以外の視点から家族関係を聴取する必要性ありと評価した.⑤受診歴で医療者から見捨てられる体験をしており,医療者への信頼を失っていた.心理面でも患者をサポートできる理解者の存在が必要と評価した.⑥慢性痛に対しては有効な治療法がない一方,潰瘍性大腸炎に対しステロイドが著効した体験と,左前斜角筋離断術にて左胸痛の改善を認めた体験から,痛みの原因と治療探しの行動に誘われていることも考えられた.
2. 母との面談―結果と評価患者が精神科医の診察中に母との面談を実施した.看護師が隣に座ると,母は「なんであの子ばかりこんな目にあうのか…」と,泣きながら話し出した.天真爛漫な幼少期が一変,学童期の通学中に同級生の土色に変化した死体に遭遇したときを境に対人関係に支障をきたすようになった.そして小学生時代はいじめ,中学時代は部活動でのパワーハラスメントや嫌がらせを受けながらも役目を全うしたこと,高校でもいじめにあった娘の体験を語られた.さらに,結婚後は義父からきつい言葉を浴びせられ,母は心的外傷後ストレス障害を心配するほどであった.母自身も昨年まで身内の3人を同時に介護し,精神疾患を発症した患者の弟の世話もしていた.そのため母は,患者が自分に気を使い辛い気持ちをいわないのではないかと考えていた.母の立場で患者を心配し毎回の受診に付き添い,治療費と交通費をすべて負担していた.また,介護をこなす母の姿をみている患者から,母は万能だといわれることに対し,母自身も肯定し,母を頼るようにと娘に伝えていた.このことから,母も患者同様に過剰適応な性格であることがうかがわれ,患者の診察だけでは明かされなかった新事実が得られた(図1).
母との面談結果
娘の人生~繰り返される理不尽な傷つき体験.
学童期の友人の死を目撃したことで死に対する恐れと怖さが潜在化し,その後自分に非がないにもかかわらず理不尽な対応を繰り返し受けることで,悩みを一人で抱え込むようになった.数々の傷つき体験のため,不安・恐怖感が強く,過剰適応な特性が形成され,20歳で追突事故という死を感じさせる災難に遭遇した.それを乗り越え,結婚,出産と嬉しい出来事のなか,体調を崩したことを契機に原因不明の痛みが出現.症状と検査結果の乖離が繰り返され,医療者から「匙を投げられた」と感じる体験を繰り返すなかで,痛み改善への絶望感がさらに痛みの修飾因子となっていた.ついには10年間増強し続ける痛みに死を結びつけ,知人の死の衝撃から無意識下でも死が付きまとい,痛みに強くとらわれていた.以上から,身体的要因に加え,数々の傷つき体験や学童期のトラウマ体験に伴う強い不安と恐怖感が痛みの訴えに関与していることが疑われた.母と患者とも過剰適応の傾向から性格も行動も酷似し,近い関係性であるゆえにお互いに影響し合っていることが判明した.母に気を使う娘と,娘を心配する母の母娘間のずれを修正し,支え合える関係性へ変化する必要性を判断した.
4. 対応母と患者へ今までの頑張りを労い,過剰適応な性格が似ていること,患者が夫と母に気を使っていることを伝えた.お互いに肩の力を抜くよう声を掛け合い,痛みを考える時間より楽しむ時間を増やすことを助言すると,母娘ともに流涙しながら何度も頷く様子がみられた(図2).
診察のプロセス
薬剤師診察では,アドヒアランス良好.薬剤長期使用に伴う副作用の心配があるため,副作用と減量の必要性の説明が必要との評価であった.精神科医診察では,融通が利かず,痛みの経過や治療反応に対しても遊びはまったくなく,真正面から受け止め,抱え込むような性格要因も痛みとの関連性ありとの評価であった.うつは否定的だが痛みにもそれ相応の原因があると頑なに考える思考の癖から,頻回の手術治療を受けることにつながった可能性が指摘された.ペイン医診察では,痛みの原因としては胸郭出口症候群,中枢性感作が考えられ,一次性慢性疼痛(ICD-11)の診断であった.トラマドールの薬効が乏しいためトラマドール・アセトアミノフェン配合錠6錠/日から3錠/日に減量,肩~背部の著明な筋緊張に対しアセトアミノフェン1,800 mg/日を開始.痛みと薬物療法のメカニズムの説明により痛みを対処可能な対象へ認知を変容させ,運動療法による痛みへの能動的行動等による認知行動療法的アプローチを提案し,患者の理解と納得が得られた.
6. 初診後の経過初診2カ月後,疼痛増強なくテニスは継続していた.トラマドール・アセトアミノフェン配合錠2錠/日に減量,初診6カ月後には寝込むことはほぼなくなり,テニスは継続,初めて泊まりでの家族旅行を実現できた.10カ月後には,今まで羨んでいた普通の人の暮らしに自分が近づけているとの喜びが語られた.
慢性痛患者は痛みへの固執が強く“痛みが諸悪の根源”との考え方(認知)により,痛み行動や日常生活の活動性の増悪が指摘されている3).本症例でも症状出現後ただちに不安になり受診行動を起こし,強い不安が常に痛みを意識させ次第にとらわれ,周囲も巻き込んで,患者の痛みを中心にした生活となっていた.今回痛みセンターの看護師診察にて,今までの医療機関でも,当事者ですら気づかずに隠れていた身体的要因の修飾因子である可能性の心理社会的要因を見出し,患者と母親に認識させ,認知の修正を行い,多職種で提案した痛み対応法を患者が受け入れ実践したため,痛みの軽減と日常生活の活動性の改善が得られたと考えられる.多職種診察の利点として,各職種の視点とかかわりがあり,痛みにとらわれていた患者は異なる視点で痛み対応について説明を受けることで状況の理解が進み,最後のペイン医診察時には理解への土台が作られたと考える.
看護師という職種は,看護師の患者への共感や思い入れが心理的距離を短くし5),さらに痛みの部位に触れる直接的ケアで物理的距離が縮み,日常生活や家族など話題を限定せずに話すことができる.看護師診察では,今までの医療機関で受けていたような,痛みや治療の情報を収集・提供する一方向のかかわりから,丁寧な質問から患者自ら体験を語るという相互に交流する関係性に変化させている6).専門看護師は,問題の背景を読み取り,事象を顕在化させることを重要な役割4,8)としているため,本症例でも,患者の訴えを吐き出させて受け止めた後に,信頼関係を築きつつ,質問に対する返答の違和感を糸口にしてさらに具体的に話を展開していくコミュニケーションスキルで,幼少期のトラウマ体験やさまざまな傷つき体験を言葉で表出するに至ったと考える.西原7)は,痛みの原因となる異常の有無よりも,痛みによる苦しみへの配慮が治療の素地になる,と述べているように,痛みを抱える患者と支える家族を一緒にケアし,寄り添っていく看護師の存在が痛み治療の一端を担い,集学的診療の効率をあげ,有用であったといえる.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.