2020 Volume 27 Issue 4 Pages 347-349
顔面の疼痛を呈する疾患は多数あり1),飲食や会話などで疼痛の悪化をきたす.そのため患者の日常生活動作(activities of daily living:ADL)低下を認めるケースも多くみられるが,診断および治療に難渋する症例が日常診療においてしばしば認められる.今回,三叉神経痛に金属アレルギーによる口腔内病変を合併した症例を経験したので,患者本人の承諾を得て報告する.
79歳,女性,糖尿病と高血圧の既往がある.15年前より右口角内側(オトガイ部)に痛みが出現した.13年前に他院神経内科にて,特発性三叉神経痛と診断され,内服加療が開始されたが,多数の薬剤でアレルギーを認め,治療に難渋していた.10年前から,口腔内の疼痛も認めるようになり,口内炎として歯科医院にてレーザー治療(詳細不明)を受けたが,あきらかな改善を認めなかった.
当院整形外科通院中に,右顔面,口腔内の痛みが悪化し,飲食および発語が困難となったため,ペインクリニックを紹介受診となった.
初診時,右口腔内および,右三叉神経第3枝領域に数値評価スケール(numerical rating scale:NRS)1~2/10の持続痛があり,右口角にトリガーポイントを認め,発作時の痛みは5分程度続く電撃痛で1日10回以上認め,NRS 10/10であった.また,右三叉神経第2,3枝領域に触覚鈍麻を認めた.飲食や発語でも痛みが誘発され飲水も困難で脱水状態であった.カルバマゼピン,フェニトインによる薬疹の既往があり,バルプロ酸ナトリウム,バクロフェンにてふらつきが出現するため,他院にて,プレガバリン150 mg/日の投与のみ継続されていたが,眠気,ふらつきが強くプレガバリンの増量は困難であった.当科では頸部から背部にかけての筋緊張が強く痛みも強かったため葛根湯5 g/日を開始し,1%キシロカイン1~2 ccを用いた右オトガイ神経ブロックと補液による脱水補正を行った.翌日には発作回数も減り,発作時の痛みは改善傾向(NRS 7/10)であり,処方継続となった.1週間後の再診時に発作時の痛みがさらに改善し(NRS 5/10),軽食の摂取は可能であった.肩こりの自覚は軽減したので,漢方を五苓散7.5 g/日に変更し,ブロック後はしばらく除痛されるので飲食が落ち着いてできるという理由で,ご本人の希望があり,再度右オトガイ神経ブロックを施行した.2週間後にはNRS 4程度の痛み発作は1日数回に減った.飲食もある程度可能であったが,前回と同様の理由で,再々度右オトガイ神経ブロックを行った.無水エタノールのブロック注射や高周波熱凝固の適応であるが,当院では行っていないため,その場合は他院に紹介になるとご本人に説明をしたが,徐々に痛みが治まってきているのでこのまま当院での加療を希望された.3週間後,右下顎部の持続痛は改善し発作痛も1日0~2回でNRS 2~3となり,神経ブロックを中断したが,口腔内のずきずきする痛みは局所的に残存していたため口内炎と考え,五苓散に半夏瀉心湯2.5 g/日(含嗽法)を追加し,経過観察とした.
1カ月後には,電撃痛は認めず右下顎部の持続痛も自制内におさまっていたが,右口腔内のずきずきする痛みが増悪しており,半夏瀉心湯を立効散2.5 g/日(含嗽法)に変更した.疼痛部位は,右頬粘膜内側に限局し,同部位に一致して白色病変を認めた.その粘膜病変に一致して歯の金属性補綴での加療が行われており,詳しく問診するとこの口腔内の痛みは歯の治療後に出現したとのことであった.全身の皮膚病変は認めず,血液検査でもアレルギー性の所見は認めなかったが,口内炎としては経過が長いため,歯科金属補綴によるアレルギーを疑い,かかりつけ歯科医院に問い合わせを行った.金,銀,銅,亜鉛,インジウム スズ,ガリウム,パラジウムおよびイリジウムを用いた金属性補綴が使用されており,3カ月後に同金属に対する金属アレルギー検査を近医総合病院皮膚科に依頼した.亜鉛2+水銀1+金1+陽性との結果を受け,5カ月後にかかりつけ歯科医院にて,金属性補綴が抜去され,非金属性補綴に交換となった.それにより白色病変はほぼ消失し,口腔内疼痛の改善を認めた.現在,右口腔内の限局した飲食時のしみるような痛み(NRS 1)を時々認めるも,五苓散2.5 g/日,立効散2.5 g/日(含嗽法)およびプレガバリン75 mg/日で疼痛コントロール可能となっている.第2,3枝領域の触覚鈍麻については経過中変化を認めなかった.
顔面および口腔内の疼痛を呈する疾患は多数あるが,それらの診断や治療は難渋する症例も多い.また,複数の疾患がオーバーラップする症例も報告されている2).本症例でも特発性三叉神経痛と歯科金属アレルギーによる口腔内粘膜病変が同時に存在し,10年にわたる慢性痛の要因の一つとなっていたと考えられる.
三叉神経痛は,顔面に疼痛を呈する主な代表的疾患であり,日常診療においてしばしば遭遇する.顔面痛は,日常生活動作などの軽微な運動により耐え難い疼痛が誘発され,患者のADLを著しく損なうことが多い.治療としては薬物療法,神経ブロック,外科的治療,ガンマナイフが行われる.本症例では特発性三叉神経痛発症後,15年以上経過しており,薬物療法のみで加療されていたが,カルバマゼピンも含め複数の薬物アレルギーを認めたため,プレガバリンのみ使用されていた.補助療法として,漢方薬が有用であるとの報告もあり3),本症例でも,葛根湯,五苓散を適時使用することにより,一定の除痛効果が得られた.さらにオトガイ神経ブロックも併用し,三叉神経領域の疼痛はほぼ自制内にまで改善を認めた.しかし,本症例では金属アレルギーによる口腔内粘膜病変を合併していたことにより,口腔内の疼痛の改善はみられなかった.
歯科金属アレルギーは,口腔内の金属補綴に用いられた金属元素に対するアレルギー反応であり,抗原が直接接触した粘膜や皮膚にアレルギー反応が感作,惹起する局所性接触皮膚炎と,経皮感作した抗原が,血液中に含まれることによる全身性接触皮膚炎がある.本症例では,歯補綴部の頬粘膜部に限局しており,GellとCoombs分類のIV型,遅延型アレルギーを呈していたと考えられる.
歯科金属アレルギーの口腔内症状としては,痛みや発赤があり,口腔内の白色病変および扁平苔癬が多くみられ,全身症状としては,手掌と足底の発疹やアトピー様症状,掌蹠膿疱症,水疱などがある4,5).それらの症状の病歴と歯科での治療歴が一致した場合は,歯科金属アレルギーが疑われる.歯科金属アレルギーでは,義歯以外は患者自身で取り除くことができないため再発を繰り返し,内服や外用薬では治癒しない場合が多い.歯科金属アレルギーが疑われた場合には,被疑金属の口腔内使用の確認も必要である.通常は歯科への問い合わせを行うことにより,使用金属の確認は可能であるが,不明である場合は金属元素分析が必要となる.金属アレルギーの診断には,皮膚科など専門医療機関によるパッチテストの施行が一般的である.患者への身体負担が少ないリンパ球刺激試験も行われるが,偽陽性が多いことと,すべての金属は実施できない欠点もある.歯科金属アレルギーの治療は,被疑金属除去置換があげられ,被疑金属除去後に55~70%の症例で皮膚粘膜症状の改善をみとめると報告されている.しかし,症状軽快まで2年以上かかるケースや,症状の増悪,再燃を認めるなどの報告もあり,すべての症例で改善を認めるわけではなく注意を要する5).本症例でも金属性補綴を抜去後8カ月経過したが,粘膜病変はほぼ消失しているが,軽度の痛みが残存している.
特発性三叉神経痛に,歯科金属アレルギーに口腔内病変が併発することにより,口腔顔面痛を呈した症例を経験した.長年,三叉神経痛と口内炎として治療されていたが,当科受診を機に口腔内病変は歯科金属アレルギーと診断でき,適切な治療を行うことができた.