2020 Volume 27 Issue 4 Pages 308-313
われわれは椎間関節造影とステロイド注入により寛解した,腰椎椎間関節嚢腫による下肢痛の3例を経験した.3例ともMRIで嚢腫様の腫瘤による神経根の圧迫所見があり,痛みの部位と一致した.椎間関節造影では椎間関節と嚢腫の交通が確認され,造影時に下肢痛の再現があった.2例は造影剤注入により嚢腫が破裂し,1例は破裂できなかったが,3例とも翌日には痛みが劇的に改善した.全例で6カ月以上経過しても再発がみられなかった.椎間関節造影は,本疾患において最初に行うべき治療法と思われた.
脊椎内ガングリオン嚢腫が初めて報告されたのは1880年のことで,椎間関節嚢腫による神経根圧迫に対して手術療法が行われたのは1950年のことといわれている1).椎間関節造影とステロイド注入による治療の初めての報告は1987年である2).脊柱管後外側の椎間関節周囲にある嚢腫のなかで,椎間関節と連続性があるものを椎間関節嚢腫と呼ぶ.そのうち上皮細胞のあるものを滑液嚢腫と呼び,上皮細胞のないものをガングリオン嚢腫と呼んでいる.
腰下肢痛のためMRI検査を受けた患者の1.7%が椎間関節嚢腫であると報告されている3).臨床症状は腰痛,単一神経根症,あるいは馬尾症候群である.診断は容易で,MRIで硬膜外腔背側に嚢胞構造があれば疑う.椎間関節造影で関節腔と嚢胞の連続性があれば診断が確定する.今回われわれは3例の腰椎椎間関節嚢腫による下肢痛に対し,椎間関節造影とステロイド注入を行い寛解させることができたので報告する.
なお,本症例においてはすべての患者から書面で公表の同意を得た.
症例1:53歳女性,2日前に突然発症した左腰下肢痛のため当院初診した.左straight leg raising(SLR)40°陽性,左アキレス腱反射の消失,徒手筋力テストで左大腿四頭筋力(4/5),左前脛骨筋力(4/5)の低下がみられた.仙骨部硬膜外ブロックを行ったが,痛みが強く帰宅困難のため入院とした.第5病日のMRI T2強調画像にてL4/5硬膜外腔左背側に全体が高輝度の嚢腫がみられた.L5椎体レベルで左L5神経根が圧迫されており,それより内側にある左S1神経根は別のスライスでみると,圧迫所見はなかった.この所見からL5神経根症と判断した(図1A).左L4/5椎間関節穿刺を行ったところ黄色透明の関節液が0.5 ml吸引できた.イオヘキソールを2 ml注入すると強い下肢痛が誘発され,嚢腫が造影された.最後に1%メピバカイン3 mlと,ベタメタゾン2 mg(0.5 ml)の混合液を注入した.その後のCTでは硬膜外腔への造影剤の流出が確認された(図1B).痛みは直後から軽減した.その後軽度の痛み[numerical rating scale(NRS)=3]が再燃したため,再度椎間関節造影を行ったが嚢腫は消失していた.神経根圧迫がなくなった後も残存する痛みの原因は硬膜外癒着と考えられたため,Racz catheterによる神経剥離術を2回行った.痛みはNRS 1となり,6カ月後に復職できた.1年後も再発はみられていない.
症例1
A:硬膜外腔左背側にMRI T2強調画像にて矢印の高輝度の嚢胞構造がみられる.両側L4/5椎間関節に関節液の貯留がある.
B:椎間関節造影CTでは硬膜外腔への造影剤の流出がみられる.
症例2:42歳女性,数年来の慢性腰痛があったが,2カ月前に左大腿痛が出現.近医で治療していたが,耐えられない痛みになり当院初診した.SLRは両側とも90°陰性,下肢筋力は正常であった.前医でのMRI T2強調画像では左L3/4レベルの硬膜外背側の左椎間関節前面に外側が低輝度で内部が一部高輝度の嚢腫があり,これによる左L4神経根症と診断した(図2A).仙骨部硬膜外ブロックはまったく無効で,翌日左L3/4椎間関節造影を施行した.イオヘキソール2 mlと1%メピバカイン3 ml,ベタメサゾン2 mg(0.5 ml)を注入したところ強い左下肢痛の誘発と,突然の抵抗消失がみられた.造影後CTでは造影剤の硬膜外流出が確認された(図2B).造影直後に下肢痛は消失し,10日後のMRIでは嚢腫の著明な縮小がみられた.仕事復帰後に時折腰痛が増強することがあったが,外来で随時腰部硬膜外ブロックを行って寛解し治療を終了した.
症例2
A:MRI T2強調画像でL3/4レベルの硬膜外腔左背側に外部が低輝度で内部が一部高輝度の嚢腫がみられる(矢印).
B:椎間関節造影CTにて嚢腫の造影と硬膜外への造影剤流出がみられる.造影時に左下肢の強い痛みが誘発された.
症例3:68歳男性,40日前に突然左腰下肢痛が出現.近医で仙骨部硬膜外ブロックを2回受けたが,効果がないため当院初診した.左SLR 40°陽性,左アキレス腱反射の消失を認めた.MRI T2強調画像ではL4/5椎間関節と連続する外部が低輝度で内部はまだら状に高輝度な嚢腫を認めた(図3A).L4/5椎間関節造影を行ったところ,黄色透明の関節液が吸引された.造影時に左下肢に強い放散痛が誘発された.イオヘキソール2 mlと1%メピバカイン3 ml,ベタメサゾン2 mg(0.5 ml)を加圧注入したが,嚢腫の破裂はできず椎間関節背側の関節包が破れ,背側に造影剤の流出を認めた(図3B).翌日痛みは完全に消失し,6カ月を経過しても再発はみられていない.
症例3
A:MRI T2強調画像でL4/5レベルの硬膜外腔左背側に全体に低輝度で内部にまだら状に高輝度の嚢腫がみられる(矢印).
B:椎間関節造CTにて造影剤の硬膜外流出はみられず,嚢腫の破裂はできなかった.椎間関節背側の関節包が破れ,造影剤が流出した.
3例とも椎間関節造影後に下肢痛は著明に減少したが,症例1と2では腰痛が残存した.症例1は2回のRacz catheterと週に1回程度のキセノンレーザー治療を行った.症例2は腰痛に対して1~2週に1回の腰部硬膜外ブロックを計5回要した.2例ともある程度の腰痛をもちながらも職場復帰している.症例3は嚢腫の破裂はできなかったが,下肢痛・腰痛ともに完全に消失した.3例とも6カ月以上経過しても再発はみられない.
腰椎椎間関節囊腫は激しい下肢痛をきたす疾患で,腰椎椎間板ヘルニアとの鑑別を要する疾患として重要である.Doyleら3)はMRI検査を行った腰痛・下肢痛患者303例のうち,29例(9.6%)に椎間関節嚢腫があったと報告している.その内訳は22例(7.3%)が椎間関節背側に,7例(2.3%)が脊柱管内に存在していた.7例の脊柱管内嚢腫のうち,2例は明らかに神経根症の原因となってないと診断した.つまり彼らの報告では,下肢の神経根症をもつ患者303例中,5例(1.7%)は椎間関節嚢腫が原因であった.Pytelらは脊椎手術時に摘出された標本を調べたところ,腰椎からの検体606例中16例(2.6%)が滑膜嚢腫であったと報告している4).発症には外傷5),関節リウマチ,腰椎すべり症などによる椎間関節変性3)が関係していると考えられている.今回の3例ではすべてにおいて椎間関節の変形性関節症性の変化と関節水腫がみられた.対応するレベルに椎間板の突出やすべり症はみられなかった.
椎間関節嚢腫は椎間関節の関節包や黄色靱帯関節部の破綻により,滑膜組織が関節外に逸脱して発生すると考えられている6).嚢腫内面に上皮細胞のあるものを滑液嚢腫と呼び,上皮細胞のないものをガングリオン嚢腫と分類している.診断はMRI T2強調画像で壁は低輝度,内部が一部高輝度の嚢胞像があれば診断する.椎間関節造影CTで椎間関節との交通がある例を椎間関節嚢腫と診断する.今回の3例では,MRI T2強調画像で椎間関節近傍に内腔全体が高輝度,あるいは内部に一部高輝度の嚢胞構造が認められた.これらT2強調画像での高輝度の程度の違いは,おそらく経時的な水分量の変化を表していると思われる.全体が高輝度なのは嚢胞外壁が薄く,内容物が漿液性であることを示している.一方,全体的に低輝度を示すものは長い経過を経て,嚢胞が器質化し,水分量が少なくなっていると考えられる.椎間関節造影では3例とも椎間関節と嚢腫の交通が確認され,関節内注入により強い患側下肢痛が再現されたことから,症候性の椎間関節嚢腫と診断した.
緊急手術が必要となる椎間関節嚢腫には,出血性嚢腫または,関節内血管穿刺の結果起こる二次性の出血性嚢腫がある.椎間関節嚢腫の経過観察中に嚢腫内の出血が急激に増大し,下肢痛の悪化と運動感覚障害の悪化が起こったため半椎弓切除術に至った例が報告されている7).椎間関節嚢腫はそもそもsynovial cell自体が血管新生因子を放出することにより新生血管が豊富である8).この血管は脆弱であり,嚢腫内の出血の原因となり得る.穿刺時に活動性出血がある場合は加圧注入を中断しなければならない.中断せずに,関節包を破裂させた場合は,硬膜外血腫のために下肢麻痺が起こりうる.その際に局所麻酔薬を注入すると,下肢の運動麻痺の原因が,局所麻酔薬による効果か血腫によるものか判別できないことが考えられる.よって,このような場合においては,造影剤加圧注入のみならず,局所麻酔薬の注入も避けるべきである.われわれは椎間関節穿刺後に,まず関節内貯留物の吸引を試みてその性状を確認している.椎間関節造影を行った後は,急激な神経症状の進行がないか確認を行うことも重要である.
吸引が可能であった症例1および3においては,黄褐色の漿液性関節液を認め,関節炎を最も疑い,ステロイドを使用した.われわれは神経根ブロックと同様の考え方に基づいて,習慣的に局所麻酔薬を使用しているが,前述したような合併症をマスクする危険性を考慮すれば,局所麻酔薬の代わりに生理食塩水を使用することも選択肢の一つと考える.今回の3例では感染を除外するため,一般細菌および抗酸菌培養検査を行ったが,いずれも陰性であった.
嚢腫を穿破できない場合に,もし何らかのメカニズムでチェックバルブが起き,嚢腫内減圧ができない状況になると,神経根圧迫が強くなり急激に運動麻痺を起こすことも考えられるので,たとえ嚢腫を穿破できない場合でも,術後の神経学的所見の確認は重要である.
嚢腫の位置によって障害される神経根はさまざまである.一般的に,嚢腫が椎間板レベルにある場合は,一つ尾側の神経根が障害されるが,嚢腫が椎間板レベルより頭側にある場合は椎間板の上位にある一つ頭側の神経根が障害される.また馬尾神経においては上位神経根は外側を通り,下位の神経根は内側を通る.したがって,嚢腫が内側にある場合は二つ尾側の神経根が圧迫される可能性もある.このように,占拠性病変の位置によって障害神経根に違いが出る.このことは椎間板ヘルニアにおいても同様である.
これまで報告されている治療法は,①消炎鎮痛薬内服,②椎間関節穿刺,吸引,加圧注入,ステロイド注射9),③経皮的穿刺(CTガイド)10),④硬膜外腔内視鏡補助下経皮的穿刺11),⑤椎弓切除囊腫摘出術12),⑥内視鏡下椎弓切除術13)等が報告されている.椎間関節穿刺は有効率が低いという理由から,椎間関節造影を行わずに直接手術を行っている報告が多い.
手術に先立って椎間関節造影をためらう理由として,椎間関節穿刺の手技が難しいことも一因ではないかと思われる.椎間関節嚢腫の患者では多くが椎間関節の変性を伴っていることから,関節穿刺はさらに困難となることがある.症例2でも関節裂隙の穿刺が困難なため,一度は穿刺を断念した.その後,行った腰椎CTで関節裂隙が極度に狭小化していることがわかった.そこで,腰椎模型を使って関節間隙を広げる方法を模索したところ,腰椎を捻ると一方の関節間隙が開くことに気がついた.体位を腹臥位から側臥位として,下半身を右捻し,上半身を左捻するツイストポジション(図4)として,ターゲットの椎間関節を開大させて再度穿刺をトライしたところ(図5),容易に関節裂隙内穿刺ができた(図6).この体位は,穿刺困難例では有用な体位であると思われる14).Bureauらは5年間に12例の椎間関節嚢腫に対して椎間関節造影,囊腫穿破,ステロイド注射を行った結果,12例中9例(75%)でexcellent pain reliefが得られ,そのうちの6例(67%)は後に行ったMRIで囊腫が完全に消失し,12例中1例(8%)は3回の注射を受けたが,一過性のため手術を受けたと報告している9).われわれの3例中2例は造影剤2 mlの注入で嚢腫の破裂ができ,そのうちの1例では,2回目の椎間関節造影CTで嚢腫の消失を確認した.症例2では術後10日目のMRIで嚢腫の著明な縮小がみられた.症例3では嚢腫の消失は確認していない.そもそも手術の目的は神経根を圧迫している囊腫除去である.椎間関節造影は67%でその目的を達成でき,さらに低侵襲であり長期の寛解の可能性もあることから,手術に先立ってまず行うべきと思われる.
症例2
右側臥位でのツイストポジション.術者の左手で患者の臀部を前に押し,右手で左胸部を後に引く.X線透視画像で左椎間関節が開くのを確認する.
症例2
A:腹臥位時の斜位像.左L3/4椎間関節間隙がない(矢印).
B:ツイストポジションでの斜位像.左L3/4椎間関節間隙が開いている.
症例2
左L3/4椎間関節造影時のX線透視画像.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.