Journal of Japan Society of Pain Clinicians
Online ISSN : 1884-1791
Print ISSN : 1340-4903
ISSN-L : 1340-4903
A case of refractory dialysis access-associated steal syndrome successfully treated by additional stellate ganglion block
Yosuke FUJITATakahisa NISHIYAMARyoji MAEDAMikiko TOMINONaoto IWASEToshio ITABASHI
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2020 Volume 27 Issue 4 Pages 335-339

Details
Abstract

内シャント設置後に生じた透析アクセス関連スチール症候群(以下,スチール症候群)にシャント閉鎖術を施行されたが,指尖部の虚血症状が残存した.この残存した虚血症状に星状神経節ブロック(以下,SGB:stellate ganglion block)が奏効した症例を報告する.50歳代男性,慢性腎不全のため10年前に内シャントを左前腕に設置された.当科初診2カ月前より透析時に増悪する左手指の蒼白と冷感と痛みが出現した.内シャント設置術後の虚血症状と考えられ,スチール症候群と診断された.当院血管外科より鎮痛薬と血管拡張薬の内服を開始され,シャント閉鎖術を施行された.しかし,指尖部の虚血症状は十分に改善しなかった.当科初診後,鎮痛薬を増量と変更し,複数回の左側のSGBを予定した.シャント閉鎖術から1カ月後に施行した初回のSGBで冷感と痛みの軽快がみられた.2回のSGBで虚血症状の増悪なく,手指の蒼白も劇的に軽快し,3カ月後に当科終診となった.スチール症候群は内シャントへの盗血による末梢循環障害が原因であり,シャント閉鎖術後にも残存する虚血症状にSGBによる血流改善効果は有効な治療法となり得る.

I はじめに

スチール症候群は内シャント設置術後の合併症である.内シャントの設置により,手指の血流が低下し,末梢循環障害によるさまざまな症状を引き起こす.例えば手指の蒼白や痛みを呈し,重症になると皮膚潰瘍や壊死に至る.治療法としてシャント血流制御術,経皮的血管形成術,バイパス術,シャント閉鎖術などが選択される.今回,シャント閉鎖術後にも残存した指尖部の虚血症状にSGBを行い,良好な経過をたどった症例を経験したので報告する.

本症例の報告においては,所属施設の承諾を得た.

II 症例

50歳代男性,20歳代より多発性腎嚢胞の診断を受けていたが放置していた.40歳代の健康診断で血尿と尿蛋白を指摘され,当院腎臓内科を受診し,慢性腎不全のため10年前に左前腕に内シャントを設置され,血液透析の導入となった.当科初診2カ月前より左の拇指,示指,中指,手掌に冷感と痛みを伴う蒼白が出現し,これらの症状は特に血液透析中に増悪した.スチール症候群の診断となり,1カ月前より主科から血管拡張目的でリマプロストアルファデクス(30 µg/day),鎮痛目的でアセトアミノフェン(725 mg/day),トラマドール(37.5 mg/day),プレガバリン(25 mg/day)を処方されたが,効果不十分だった.安静時痛が出現しておりFontaine分類III度のスチール症候群として結紮によるシャント閉鎖術を施行された.示指と中指の蒼白と冷感は一時軽快したが,痛みが残存した.バイパス術の追加適応はなく,処方薬のみで経過をみていたが,虚血症状の軽快がみられないため当科紹介となった.

当科初診時,左の拇指,示指,中指,環指,小指の基節骨より遠位に蒼白があり(図1),同部位の冷感と強い痛み(visual analogue scale:VAS 70 mm)としびれがみられた.一方,手掌に冷感はなく,血色も良好だった.上肢の造影CT検査では左撓骨動脈の掌側浅枝以遠の狭窄があり(図2A),左示指の固有指動脈の途絶がみられた(図2B).頸部MRI検査では頸椎疾患は否定的であり,Jackson testとSpurling testは陰性だった.血液検査では尿素窒素31.1 mg/dl,クレアチニン9.56 mg/dlと腎機能障害あり.PT-INR 0.92,ヘパリン持続静注のためAPTT 47.8 secと軽度延長していた.初診当日はプレガバリンを中止し,鎮痛強化のためアセトアミノフェンとトラマドールを増量し,ブプレノルフィンを追加した(図3).いずれもシャント閉鎖術後にも残存した指尖部の末梢循環障害による虚血症状と判断し,初診1週間後に左側のSGBを予定した.

図1

左手指の皮膚写真

A:背側面,B:掌側面

図2

左上肢の造影CT検査

A:掌側浅枝以遠の動脈狭窄がみられた(矢印).B:示指以外の固有指動脈は開通していた(矢印).

図3

当科初診からの経過

ヘパリン持続注入はSGBの前日に中止した.SGBは超音波ガイド下で施行し,第6頸椎レベルの左頸長筋内に1%リドカインを5 ml注入した.縮瞳,眼瞼下垂,結膜充血を確認し,直後より左手指の痛みが軽減し(VAS 70 mm→30 mm),手掌の熱感が出現した.翌日より左の拇指,示指,小指の蒼白が消失し,VAS 20 mm~30 mmで経過した.以後,複数回の左側のSGBを行う方針とした.1週間後に症状が安定して軽快していることを確認し,2回目のSGBを施行した.その後,VASは0 mmまで低下し,処方薬のみで経過観察を行い,3カ月後に当科終診となった(図3).

III 考察

スチール症候群は,血液透析のための内シャント設置術後に発症する手指の末梢循環障害による虚血症状の総称である1).内シャント設置により,表在静脈への還流血液量が増加することで,手掌動脈領域への血流が盗血され,末梢循環が低下する.同一のシャントを長期間使用することで,内シャント設置術後の約10%に発生するといわれる2).また患者要因としては動脈硬化と糖尿病が発生頻度を高めるとされる3).診断にはdigital brachial pressure index,超音波検査,レーザードプラ血流計,血管造影,指尖容量脈波,サーモグラフィーなどが用いられる.初期症状は手指の冷感やしびれ感であるが,進行すると皮膚潰瘍や壊死を伴うことがあり,客観的評価にFontaine分類を用いて重症度に応じた治療が必要となる4).国内ではFontaine分類に準じた独自の重症度分類が提案されている5).また,スチール症候群に対して本症例と同様の結紮によるシャント閉鎖術を施行するも,7%は虚血症状の軽快がみられなかったとの報告がある6)

本症例では造影CT検査で手指の動脈狭窄と閉塞が明らかとなり,安静時痛が出現していた.シャント閉鎖術の術直後より,手掌の血流は改善したが,指尖部の血流低下と痛みは残存した.初回のSGB直後から手指の蒼白と冷感と痛みが軽快したことから,一定の治療効果を示せたものと考えられる.潰瘍形成などIV度へ進行する前に虚血を改善できた.より客観的な評価として,造影CTの再検査が検討されたが,腎機能障害のため断念した.

SGBは頸部の交感神経節である星状神経節とその周囲に局所麻酔薬を注入する手技である.頭頸部,顔面,上肢,上胸部の交感神経を遮断することにより,同部位の痛みと末梢循環障害を改善するとされる7).国内ではレイノー病疑いの手指潰瘍に対するSGBの治療報告はあるが8),シャント閉鎖術後に残存したスチール症候群の虚血症状に対するそれはまだない.

本症例のSGBの機序は,シャント閉鎖術で静脈還流による盗血が低下したタイミングでSGBを行ったことで,交感神経の過緊張による指尖部の虚血が改善したと考えられる.長期間の血流低下と強い痛みで生じた痛みの悪循環が,SGBにより断ち切れた可能性がある.また,スチール症候群の重症度分類がII度からIII度への移行がみられ,虚血症状が不安定だった経過から,手指の末梢動脈に形成された可逆的な狭窄や閉塞が,シャント閉鎖術による盗血の低下に加え,SGBによる血管拡張により指尖部まで再開通したとも考えられる.このため,虚血症状が固定したスチール症候群では,治療がより長期化する可能性がある.治療の評価として,SGB施行前後の皮膚温の計測やサーモグラフィーなど,種々の検査を行うべきであったが,臨床症状から明らかな軽快がみられた.手指のレイノー現象に対するSGBの治療効果判定として末梢循環障害の改善に伴う灌流指標の上昇が痛みスコアの低下と相関しており有用だったとの報告があり9),本症例でも灌流指標の上昇がみられた可能性は高い.さらに,SGBで治療反応を示したレイノー現象において,脊髄刺激療法が痛み軽減と手指の血流改善に有効だったとの報告もあり10),シャント閉鎖術後も虚血症状の軽快の乏しいスチール症候群への治療応用も期待できる.

SGBの注意点として,SGB施行側の対側のスチール症状を悪化させることがあるため11),内シャントを対側に再設置した場合は,シャント側の虚血症状の出現に注意すべきである.また透析患者の心房細動の有病率は22.2%と健常者と比べて高率であり12),抗凝固療法中で侵襲を避けるべき状態では,星状神経節近傍への近赤外線照射など治療手技の変更が必要であろう.

シャント閉鎖術を施行するも指尖部の虚血症状が十分に軽快しないスチール症候群を経験した.SGBによる追加治療で虚血症状が著明に軽快した.

文献
 
© 2020 Japan Society of Pain Clinicians
feedback
Top