Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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2021 Volume 28 Issue 10 Pages 207-208

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I はじめに

今回,超音波ガイド下腸骨筋膜下ブロック(fascia iliaca compartment block:FICB)を施行した鏡視下半月板手術後に,遷延性感覚障害を発症した1例を経験した.

II 症例提示

40歳,男性.身長:168 cm,体重:67 kg.既往歴:特記事項なし.

右膝半月板損傷に対し,鏡視下半月板部分切除が施行された(手術:16分).全身麻酔導入後,0.3%ロピバカイン45 mlを用いて超音波ガイド下FICBを施行した.FICBは,鼠径靱帯下,平行法で行われた.穿刺針が大腿外側部の腸骨筋膜を貫いたところで,局所麻酔薬を注入し,薬液が大腿神経下面まで拡がったことを視認した.ターニケット(ダブルカフ)時間は,17分(圧250 mmHg)だった.手術は問題なく終了したが,翌日より大腿神経,伏在神経領域の神経障害がみられた.症状は,右大腿前面内側から膝前面の持続する痺れ(numerical rating scale:NRS 5~7/10)と知覚鈍麻(健側の感覚10に対して5~7),下腿内側の持続する痺れ(NRS 2~5/10),アロディニア(NRS 10/10)だった.患肢の鼠径部,大腿部には血腫による皮膚色調異常はみられなかった.深部感覚は正常であり,筋力低下はみられなかった.2週間後,独歩で退院したが,術後約8週の症状は,知覚鈍麻は8~9/10と改善していたが,痺れは,NRS評価で,大腿部(9/10),膝部(8/10),下腿内側のアロディニア(10/10)と増悪していたため,ペインクリニック外来に紹介された.末梢神経障害による神経障害性疼痛と診断し,プレガバリン,アミトリプチリンを開始した.同2剤の増量に加え,初診より3週後(術後11週)からクロナゼパムを追加したが,術後14週の症状は,NRS 4~7/10であった.しかし,術後15週より症状が改善し始め,16週には,膝の小切開創部位のアロディニア(NRS 3/10)以外の症状が消失した.そして,術後20週には,仕事に復帰された.

III 考察

本症例の末梢神経障害は,生来健康であった患者に,手術を契機に発症したことから,手術,神経ブロックがその原因と考えられた.そして,感覚障害の分布が,外側大腿皮神経領域を含まず,大腿神経(前皮枝と伏在神経)領域が主であったため,その神経障害部位は,腰神経叢の尾側から末梢と推測された.しかしながら,今回,Tinel signや圧痛点の検索といった詳細な身体所見をとることや神経伝導検査などの電気生理的検査を行わなかったことから,正確な局在診断とその原因についての結論を得ることはできない.

このように,今回,正確な神経障害部位とその原因についての考察を十分に行うことは難しいが,以下に可能な限り行いたい.まずは,鼠径靱帯近傍の大腿神経損傷と仮定した場合,その原因として,穿刺針による機械的損傷が疑われる.近年,超音波ガイド下神経ブロックの普及により,理論的には正しい部位に薬液を注入できるようになったが,実際は神経の誤認識や針先の誤認識による神経損傷は起きていると考えられる.本症例では,ブロック施行者が,大腿外側部から大腿神経下面に拡がる薬液を視認していることから,薬液は,大腿神経から離れた位置で注入され,穿刺針は,神経近傍まで進んでいなかったと思われる.よって,穿刺針による機械的神経損傷の可能性は,完全には否定できないが,きわめて低いと思われる.しかし,本症例と同様,予期せぬ神経障害が発生した際,神経ブロックの関与を除外するためにも動画記録を残す必要がある.

また,神経ブロック施行時のparesthesiaは,一般的には,神経損傷の警告所見と考えられているが,われわれの施設では,下肢手術に対する神経ブロックは,全身麻酔導入後に行われている.これは,患者にとっては,無痛でブロックを受けられるという利益がある一方で,穿刺時のparesthesiaが見逃されるという欠点もある.

次に,ブロックによる血腫が神経を圧迫した可能性を考える.筋膜面ブロックにおける血腫形成のリスクは低く,Chellyら1)は,股関節,膝関節置換術を受けた3,588名の患者に行った6,935のブロックを後方視的に評価し,その結果,1例も術後の血腫形成は認められなかったことを報告している.本症例でも,術後,鼠径部の紫斑,大腿部の腫脹はみられなかった.

最後に,薬液の関与を考える.本症例では,45 mlという高用量の薬液が使用された.FICBは,大腿神経が存在する腸骨筋膜下のコンパートメントに局所麻酔を広げるブロックであり,鼠径靱帯下で施行されたFICBでは,薬液がこの筋膜下の限局したコンパートメント内に留まる.よって,限局したコンパートメント内に,高用量の薬液が注入され,さらに短時間だが,ターニケットで加圧された場合,コンパートメント内圧が異常に高くなった可能性も考えられる.さらに,局所麻酔薬の神経毒性に関して言及すれば,ロピバカインは,他の局所麻酔薬に比べ,頻度が低いことが報告されている2).その発生には,高濃度の麻酔薬が関与していると考えられているが3,4),本症例では,0.3%の薬液が使用されており,高濃度の麻酔薬が神経に作用したとは考えにくい.しかしながら,低濃度の局所麻酔薬でも用量が高くなると神経毒性を引き起こすことを示唆する症例3)が報告されている.

最後に,皮膚切開による伏在神経損傷の可能性について考察する.伏在神経は,純粋な知覚神経であり,本症例の障害が感覚障害のみであったことに矛盾しない.同神経は,膝蓋部の感覚を膝蓋下枝,下腿内側を内側下腿皮枝が支配し,膝蓋下枝の走行は,バリエーションが多様であり,関節鏡手術における損傷の発生頻度は,22%と高いことが報告されている5).しかしながら,膝蓋下枝の損傷だけでは,大腿内側の感覚障害は説明できないため,手術による伏在神経損傷は,合併していた可能性はあるが,主因ではないと思われる.

以上より,今回,高用量の局所麻酔薬がFICBに使用されたことにより大腿神経損傷が生じ,とくに伏在神経に分布する神経繊維が強く障害されたと推察された.手術に応じた必要最低限の薬液濃度,用量を認識することが,安全な神経ブロックには必要である.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第54回大会(2020年11月,Web開催)において発表した.

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