Journal of Japan Society of Pain Clinicians
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Repeated rectus sheath block for intractable anterior cutaneous nerve entrapment syndrome: a case report
Hideyo HORIKAWAMizuki HATTORIHisakatsu ITOYoshinori TAKEMURAMitsuaki YAMAZAKI
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2021 Volume 28 Issue 2 Pages 17-21

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Abstract

72歳,女性.13年前開腹回盲部切除術が施行され,7年前から右下腹部創部痛が出現した.創上端部に一致した圧痛を認め,Carnett徴候陽性であったため前皮神経絞扼症候群(anterior cutaneous nerve entrapment syndrome:ACNES)と診断した.圧痛部位に腹直筋鞘ブロックを施行し,痛みは消失した.その後創下端部痛が出現し,同様の症状を訴えたため再度ブロックを施行したが,効果は一時的であった.20カ月間同部位にブロックを繰り返した.痛みはブロックにより緩和するが,短期間で再燃した.治療を続けた結果,痛みの改善は不十分であるが,患者のQOLは改善した.

I はじめに

今回,術後遠隔期に創部の2カ所で生じた前皮神経絞扼症候群(anterior cutaneous nerve entrapment syndrome:ACNES)の症例を経験したので報告する.

なお,本症例報告の投稿に際して患者本人から書面で同意を得ている.

II 症例

72歳,女性,身長151 cm,体重53 kg.13年前大腸がんに対し開腹回盲部切除術が施行され,7年前から右下腹部痛が出現するようになった.その前後で急激な体重変動や外傷の既往はない.当初腹痛は軽度であったが,3年前から痛みは悪化した.腹部CTや血液検査で異常がなく,複数の病院を受診しても腹痛の原因は不明であった.トラマドール,プレガバリン,デュロキセチン,ミルナシプランは無効であった.腹痛は徐々に増悪し,救急外来を頻回に受診するようになった.

初診時numerical rating scale(NRS)は最大値6/10,最小値0/10であり,立位で悪化し臥床で軽快した.起床時腹痛はないが,活動に伴い右下腹部が重だるくなり,しぶるような痛みが出現した.専業主婦で,やや困難に感じながらも家事は欠かさず続けていたが,次第に寝込む日が多くなった.1 kmの歩行は可能であったが,趣味の旅行や畑仕事は制限していた.心理的尺度や健康関連QOL等を表1(a)に示す.

表1 痛み・心理尺度・健康関連QOL等の問診
  初診時(a) 10カ月後(b) 14カ月後(c) 20カ月後(d)
NRS
Max-Min-Mean-Now
6‐0‐6‐6 10‐0‐5‐8 3‐0‐2‐0 8‐0‐5‐2
PDAS 23/60 18/60 8/60 0/60
HADS/A 6/21 10/21 0/21 0/21
HADS/D 7/21 10/21 1/21 0/21
PCS 26/52 43/52 8/52 6/52
EQ-5D 0.768 0.610 0.895 1.000
PSEQ 42/60 23/60 58/60 57/60
AIS 3/24 3/24 0/24 0/24
ロコモ25 10/100 17/100 8/100 1/100
満足度 3 1 1

NRS:numerical rating scale,Max:maximum,Min:minimum,HADS/A:hospital anxiety and depression scale/anxiety,HADS/D:hospital anxiety and depression scale/depression,PCS:pain catastrophizing scale,EQ-5D:EuroQol 5 dimensions,PSEQ:pain self-efficacy questionnaire,AIS:Athens insomnia scale

満足度:評価時に初診時と比較した印象を,7段階で評価(1:非常に良くなった,2:良くなった,3:少し良くなった,4:変わらなかった,5:少し悪くなった,6:悪くなった,7:非常に悪くなった)

腹部は平坦,軟,右腹直筋外縁に臍の高さから尾側に向かって10 cmの手術創があった(図1).創上端部,2 cm2の範囲に限局した圧痛を認め(図1A),Carnett徴候陽性のためACNESと診断した.エコー上創は腹直筋外縁と一致し,軟部組織や筋層が不整であった.A点に腹直筋鞘ブロック(rectus sheath block:RSB)(1%リドカイン15 mlとデキサメサゾン3.3 mg)を行い,痛みは消失した.

図1

腹部所見とエコー画像所見

(A)~(D):エコープローベの位置とエコー画像所見

三角矢印:手術の切開創,RA:腹直筋(rectus abdominis muscle),EO:外腹斜筋(external oblique muscle),IO:内腹斜筋(internal oblique muscle),TA:腹横筋(transverse abdominal muscle)

2週間後創下端部にA点と同様の痛みを訴え(図1B),2 cm2の範囲にCarnett徴候陽性の圧痛を認め,ACNESと診断した.エコー上,腹直筋は菲薄化し,外縁部で軟部組織と筋層が不整であった.その外側では外腹斜筋・内腹斜筋・腹横筋が菲薄化し,筋層は不明瞭であった(図1C).さらに外側に厚みのある腹横筋が確認できた(図1D).B点に対し初回と同様にRSBを行い,2日間痛みは消失したが再燃した.

B点にRSBを継続したが(1%リドカインまたは0.375%ロピバカイン20 ml+デキサメサゾン3.3 mg,4~8週ごと),効果の持続にばらつきがあり,1日~2週間痛みは軽快したが,再燃した.

初診3カ月後,トラマドール塩酸塩/アセトアミノフェン製剤37.5/325 mgを開始し,下腹部痛はわずかに軽減したが,十分ではなかった.9カ月後,ミロガバリンベシル酸塩10~30 mg/日を開始し,下腹部痛は軽減したが,消失はしなかった.

初診10カ月後心理的尺度や健康関連QOLが悪化した(表1(b)).B点で100 Hzの電気刺激により疼痛が誘発される部位に180秒および240秒のパルス高周波法(pulsed radiofrequency:PRF)を施行したが(ニューロサーモJK3®),無効だった.その3週間後再度同様の手順で180秒のPRFを施行したが無効だった.

次に神経切除術を提案したが,患者は希望しなかった.

初診12~20カ月の間,B点にRSB(0.375%ロピバカイン20 mlとデキサメサゾン3.3 mg,4~8週ごと)を継続した.次第に効果は延長し4~6週間痛みは緩和した.心理的尺度は改善し(表1(c)),救急外来を受診しなくなった.20カ月後痛みの改善は不十分であったが,趣味の畑仕事や旅行ができるようになり,心理的尺度はさらに改善した(表1(d)).

III 考察

腹壁の知覚はTh7–12の脊髄神経前皮枝と外側皮枝により成り立っており,腹直筋の部位で前皮枝が絞扼されるとACNESを生じる.近年,本邦での報告が増加している(表2).発症要因は特発性(57%),最近の腹部手術歴(28%),事故やスポーツ外傷,妊娠等であり7),①血液や画像検査で異常がない,②腹直筋外縁2 cm2の範囲に限局した圧痛,③Carnett徴候陽性(腹壁の筋を緊張させ痛みが増悪する),がある場合に疑う.鑑別診断は腹壁瘢痕ヘルニア,脊椎疾患や糖尿病性,薬剤性の神経障害である8).絞扼部の同定は,圧痛点に少量の局所麻酔薬を注入し痛みが軽快することを確認する必要がある.

表2 本邦のACNES症例の報告
報告者(年) 年齢 部位 誘因 注射回数 手術 転機
富田1)(2011) 7 F 左下腹部 急激な運動,右腹部手術歴 2 なし 治癒
浅井2)(2017) 14 F 右下腹部 スポーツ(打撲なし) 1 神経切除術 治癒
9 M 右下腹部 記載なし 0 神経切除術 治癒
3)(2017) 8 M 右鼠径部 記載なし 0 神経切除術 治癒
Tanizaki4(2017) 77 M 左下腹部3カ所 記載なし 各1~2 なし 治癒
Omura5(2019) 16 F 左下腹部 低用量ピル 1 神経切除術,再発し再手術 治癒
岩上6)(2019) 16 F 左側腹部 記載なし 3 神経減圧術 治癒
47 F 両下腹部2カ所 下腹部手術歴 1 左:神経減圧術
右:神経切除術
左:症状残存
右:治癒
78 M 左側腹部4カ所以上 記載なし 1 神経切除術,別の部位に再発し再手術 通院中断

注射回数は文献に記載のある回数であり,実際の施行回数は明らかでない.

治療の第一選択はトリガーポイント注射(trigger point injection:TPI)やRSBであり,TPI(1回~複数回)で痛みが改善した症例は24~33%である7,9).第二選択はPRFや神経切除術である.本症例のように長期にわたりRSBを継続した症例の報告はない.

本症例はA点とB点で異なる経過をたどった.A点は神経絞扼が腹直筋鞘で生じており,薬液注入により除圧が可能であった.一方,B点は解剖学的に腹直筋鞘後葉がなく,筋層が不明瞭で,エコー上絞扼部同定は困難であった.B点は,手術操作で神経が障害されたことによる筋萎縮と,数年後に前皮枝の絞扼をきたした二つの病態が生じていたと考えている.当初絞扼部へのアプローチが不十分でありRSB効果にばらつきがあった.結局,絞扼部は同定できていないが,同一施行者がブロックを続けることで絞扼部が含まれると思われるコンパートメント内に薬液を注入できるようになり効果が安定した可能性がある.

PRFは治療の第二選択であるが,絞扼部が同定できず,躊躇し施行が遅れた.2回のPRFが無効であったことから,穿刺針が絞扼部にアプローチできていなかったか,もしくはPRFが無効であった可能性がある.

Molらの報告では,神経切除術を施行したACNES症例で,痛みが半分以上軽減した症例は79.8%であった.しかし,鎮痛剤使用歴,腹部手術歴,傍脊椎部に圧痛がある症例,RSブロックの効果不良例では,神経切除術の効果は不良であったと報告しており10),本症例で神経切除術を施行しても効果不良の可能性がある.

本症例では手術6年後から右下腹部痛が出現し,その後増悪した理由について不明である.経過中,pain catastrophizing scaleが高値となったことも慢性痛の悪化に影響を与えていると考える.心理尺度が悪化したことから心理社会的因子が関与していると考え,RSBだけでなく薬物療法,さらにADL改善や活動性の増加が症状の改善に寄与している可能性がある.

本症例では,20カ月間,4~8週ごとにステロイドを使用していたが,慢性使用には高血糖や感染等さまざまなリスクがあり,慎重に投与すべきであった.

2カ所のACNESに対し,1カ所はRSBが著効したが,1カ所は慢性疼痛化しており治療に難渋した症例を経験した.ACNESについては不明な点も多く,今後さらなる症例の蓄積が必要である.

この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第53回大会(2019年7月,熊本)において発表した.

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