2021 Volume 28 Issue 3 Pages 39-42
stiff-person症候群(SPS)は全身に有痛性筋痙攣や筋硬直を呈するまれな疾患である.筋硬直に伴う腰下肢痛に対して持続腰部硬膜外ブロックを施行し,疼痛の軽減と日常生活活動(ADL)の改善を得た症例を経験したので報告する.症例は55歳の男性.X年5月より下肢優位の全身の筋硬直,眼瞼下垂,複視,尿閉が出現した.他院で自己免疫介在性脳炎の診断で治療されたが改善せず,X年11月に当院へ転院した.当院脳神経内科で抗グリシン受容体抗体が陽性のSPSと診断された.ステロイドパルス療法により脳神経症状は改善したが,筋硬直による腰下肢痛がnumerical rating scale(NRS)6で残存し,ジアゼパムを併用しても腰下肢痛が改善しないため,疼痛治療目的で当科へ紹介された.L1/2より0.2%ロピバカイン6 ml/時で持続腰部硬膜外ブロックを17日間施行した.施行後に腰下肢痛はNRS 1に低下し,筋痙攣は消失した.免疫グロブリン大量静注療法を追加し,歩行可能となった.
stiff-person症候群(SPS)は,1956年にMoerschらによってstiff-man症候群として初めて報告され,有痛性筋痙攣と歩行障害を特徴とするまれな疾患である1).①古典的なSPS,②progressive encephalomyelitis with rigidity and myoclonus(PERM),③stiff-limb syndrome(SLS),④てんかん発作や脳炎に随伴する重複症候群の4型に分類されており,これらを包括するstiff-person spectrum disorder(SPSD)という概念が提唱されている2).SPSは自己免疫学的異常による神経疾患と考えられており,関連する自己抗原として,glutamic acid decarboxylase(GAD)65,amphiphysin,gephyrin,dipeptidyl peptidase-like protein(DPPX)6,γ-aminobutyric acid-A受容体(GABAAR),glycine受容体のα1 subunit(GlyR)の6つが知られている2,3).SPSは,1988年に抗GAD65抗体との関連が報じられ4),本抗体がGAD活性を抑制することでGABAの合成を阻害し,GABA作動性抑制性経路が障害されることによって神経症状が出現すると推測されている.PERMは1976年に初めて報告され,四肢・体幹の筋硬直に加えて,眼球運動障害,嚥下障害,過剰驚愕症,ミオクローヌスを伴う重篤な疾患である5).抗GlyR抗体との関連性については,2008年にPERM症例で初めて報告された3).
今回,われわれは,筋硬直に伴う腰下肢痛で発症し,抗GlyR抗体陽性のSPS(PERM)と診断され,ステロイドパルス療法やジアゼパムなどを投与後も腰下肢痛の改善が得られず,持続腰部硬膜外ブロックにより痛みの軽減と日常生活活動(activities of daily living:ADL)の改善を得た症例を経験したので報告する.
なお,本症例報告に関しては患者本人に説明し,承諾を得ている.
患者:55歳,男性.
主訴:腰下肢痛,歩行障害.
既往歴・家族歴:特記事項なし.
現病歴:X年5月より下肢優位に全身の筋硬直,眼瞼下垂,複視,尿閉が出現した.A病院で自己免疫介在性脳炎と診断されて治療継続したが,症状の改善に乏しくX年11月に当院へ転院した.当院脳神経内科で抗GlyR抗体陽性のSPSと診断された.ステロイドパルス療法により脳神経症状は改善したが,A病院に入院中からあった腰下肢痛はnumerical rating scale(NRS)6で残存し,ジアゼパムが無効であったために疼痛治療目的で当科へ紹介となった.
現症:一般理学的所見は,特記事項はなかった.神経学的所見は,意識清明で,両側眼瞼下垂と右眼上転制限を認めた.顔面表情筋,咬筋,頸部筋,上肢に筋硬直はなかったが,両下肢に筋硬直を認めた.深部腱反射は四肢で軽度亢進していたが,病的反射は全て陰性であった.光・音刺激によるミオクローヌスの誘発はなかった.日常生活面では,起立に介助を要し,歩行は困難であった.
検査所見:血算,生化学に異常はなかった.血清中の自己抗体は,患者同意の下に傍腫瘍性神経症候群に関連する自己抗体(Ma1,Ma2,amphiphysin,CV2,Ri,Yo,HuD)および抗GAD65抗体を測定し,全て陰性であった.抗GlyR抗体は,血清および髄液の両方で陽性であった.神経伝導検査では,異常はなかった.針筋電図では,右大腿四頭筋で安静時にもかかわらず持続する筋収縮を認め,膝関節を屈曲するように指示すると,右大腿屈筋と右大腿四頭筋で同時に持続的筋収縮を認めた.全脊髄の単純MRIでは,異常はなかった.
臨床経過:治療後の臨床経過を図1に示す.当院への転院直後にSPSを疑われ,ジアゼパム(6 mg/日)の内服を開始した.第2病日から第4病日にステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン1,000 mgを3日間連続で投与)を施行した.しかし,転院前から持続するNRS 6の腰下肢痛は軽快しなかったことから,第12病日に当科へ併診依頼があった.同日よりトラマドール(150 mg/日)の投与を開始し,第15病日の時点で腰下肢痛はNRS 5まで鎮痛されたが,さらなる鎮痛を得る目的で第16病日より300 mg/日まで増量した.第16病日から第18病日にステロイドパルス療法を追加した.また,第19病日から第23病日まで免疫グロブリン大量静注療法(IVIG)を施行した.第19病日の時点で腰下肢痛の程度は不変であったので,トラマドールを150 mg/日へ減量した.同日,L1/2より硬膜外カテーテルを留置し,0.2%ロピバカインを6 ml/時間で投与開始した.持続腰部硬膜外ブロックを第19病日から第26病日まで継続し,痛みが増強した際はpatient controlled epidural analgesia(PCEA)で対応した.PCEAのボーラス投与量は3 ml/回で,ロックアウトタイムは30分とした.第20病日の時点で腰下肢痛はNRS 3まで鎮痛されたため,第21病日よりジアゼパムを2 mg/週のスピードで漸減し,第35病日より中止した.第27病日に再び痛みが増強したので,トラマドール(150 mg/日)を中止し,0.2%ロピバカイン288 mlにフェンタニル0.6 mg/12 mlを加えて6 ml/時間で持続投与を開始した.PCEAの投与条件は第26病日までと同一とした.第28病日には腰下肢痛はNRS 1まで鎮痛され,第35病日まで投与を継続したが痛みの増悪はなかった.第19病日から第35病日までのPCEAのボーラス使用回数は合計2回であった.1回目は,痛みが増強した第27病日であり,2回目は,治療効果判定目的で針筋電図検査を施行した第30病日で,検査後に痛みが増強したためであった.第35病日に持続投与をいったん中止し,約24時間経過した時点で腰下肢痛はNRS 1~2程度であったことから,持続腰部硬膜外ブロックを終了した.その後は理学療法を継続して,歩行器歩行が可能なレベルまでADLは改善し,第87病日に回復期リハビリテーション病院へ転院となった.
臨床経過
NRS:numerical rating scale,epi:epidural block,PSL:prednisolone,mPSL:methyl-prednisolone,IVIG:intravenous immunoglobulin
SPSはまれな疾患であるがゆえに,標準的治療法はまだ確立されていないのが現状である.SPSの治療は,有痛性筋痙攣に対する対症療法と,病態に対する免疫療法の2つである.
対症療法では,GABAA受容体作動薬であるジアゼパムが第一選択として使われる6).McKeonらは,99人のSPS患者に平均40 mg/日のジアゼパムを投与し,ほぼ全員の患者で有痛性筋痙攣が改善したと報告している7).本症例は,ジアゼパム(6 mg/日)の投与では腰下肢痛の改善はなく,副作用で眠気が出現してしまったため,McKeonらのように高用量のジアゼパムを投与できなかった.また,本症例は抗GAD65抗体が陰性であるため,この抗体によるGABA合成経路の障害は生じていないと予想された.したがって,ジアゼパムの投与では腰下肢痛の明らかな改善が期待できないと考え,ジアゼパム以外の有痛性筋痙攣に対する対症療法を検討する必要があった.Millerらは,GABAB受容体作動薬であるバクロフェンが有痛性筋痙攣に有効と報告しているが8),GABA合成経路の障害が本症例の発症の主因ではないと考えられ,ジアゼパムと同様に眠気の副作用が懸念されたことから,投与しなかった.Sechiらは,小規模のランダム化交差試験で,抗痙攣薬のレベチラセタムがプラセボに対して有益性を示したと報告しており9),本症例でも投与を検討した.しかし,ジアゼパムと同様に眠気が出現する可能性が高いと予想し,投与しなかった.本症例は,持続腰部硬膜外ブロックによる治療を行い,早期に腰下肢痛の改善を得ることができた.両下肢からの痛み刺激の脊髄入力は,脊髄反射弓を介した運動神経系の興奮から筋強直と筋攣縮を誘導し,さらに痛み刺激を増強させる.痛み刺激が増強すれば,反応性の筋強直と筋攣縮も増強し,痛みの悪循環が形成される.今回,持続腰部硬膜外ブロックで硬膜外腔にロピバカインとフェンタニルを投与したことで,両下肢末梢の筋組織からの痛み刺激の入力,脊髄反射弓,筋収縮が抑制され,痛みの悪循環が解除されて持続的鎮痛が得られたことによりADLが改善したと考えられる10).
免疫療法は,ステロイドパルス療法,血液浄化療法,IVIGが行われる6).本症例では,ステロイドパルス療法とIVIGを行った.複数回のステロイドパルス療法の後にIVIGを行い,腰下肢痛に対する効果を確認した.Dalakasらは,改訂ランキンスケール(modified Rankin scale:mRS)4以上の,歩行障害があるSPS患者の治療効果について調査を行い,単独の免疫療法ではmRSに大きな変化がみられなかったと報告している11).また,松井らは,複合的な免疫療法によりmRSが長期的に改善する可能性があると報告している12).本症例は,Dalakasら,松井らの報告と同様に,複数の免疫療法を行ったことが腰下肢痛の改善に寄与したと考えた.本症例は,免疫療法への反応に時間がかかり疼痛コントロールに難渋したが,ステロイドパルス療法とIVIGの効果が発現されるまでの鎮痛には,持続腰部硬膜外ブロックが大きな役割を果たし,腰下肢痛の鎮痛が長期的に持続したことは,免疫療法によるところが大きいと考えた.
われわれが検索した限り,SPSの急性期治療中に有痛性筋痙攣に対して持続硬膜外ブロックを施行し,その有効性を報告した例はなかった.ジアゼパムや免疫療法に抵抗性の筋硬直を伴う腰下肢痛に対して,持続硬膜外ブロックが有効であったSPS症例を経験した.
この論文の要旨は,日本ペインクリニック学会第52回大会(2018年7月,東京)において発表した.